カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十一話 尚も虎は顔を伏せず

 西住しほは異名を持たない。

 

 戦車道においてある程度の名を成した女性は、本人が名乗らずとも周囲から自ずと相応しい異名と共に語られるようになる。「高校戦車道の怪物」と西住姉妹が呼ばれるように。

 しかし、しほにそういった二つ名めいた異名は無い。誰かが言い出す事も無い。

 理由は極めてシンプルだ。“西住流家元・西住しほ”を超える名が無いからである。

 「西住流家元」という肩書。それだけで日本の戦車道の頂点に立つという事。それに足りる実力を持っているという証明になる。故に他の名を持つ必要が無い。

 その実力が牙を剥くとはどういう事か。履帯を破壊されたティーガーの砲手席で、赤星小梅は戦慄と共にそれを理解した。

 

 

劇場版 カタクチイワシは虎と踊る  第十一話 尚も虎は顔を伏せず

 

 

「破損状況確認!」

「左側の履帯、破壊されました! 移動不能、修繕の必要あり!」

 みほの声に操縦手が答える。戦車道において、履帯を破壊されただけでは白旗は上がらない。エンジンの不調と同様に搭乗員が修繕を行えばまた走行可能になるからだ

 だが、転輪まで破壊され、戦闘継続が困難と判定された場合はその限りではない。

「!?」

 砲塔から外に出ようとしたみほは、ティーガー後方から接近してくるⅡ号戦車を見た。林の中だと言うのに最高速でこちらに向かってくる。反応が早い。

「このままじゃ……迎撃します、榴弾装填!」

 みほは即座に判断し、装填手に指示を飛ばす。

 Ⅱ号戦車の機関砲が火を吹いた。ティーガーの背面に火花を散らすが、80mmの装甲を抜くまでには至らない。

「装填完了!」

「赤星さん、相手はこちらの発砲のタイミングを読んできます。わざと一拍遅らせて撃ってください!」

「分かりました、やってみます!」

 小梅は照準を合わせつつ答えた。スコープ越しに見えるⅡ号戦車は一見直進しているように見えるが微妙な緩急を付けつつ左右に揺れるように動き、こちらの予測射撃を困難にしていた。

 流石は家元が選んだだけあり、優秀な操縦手だ。焦りを感じつつも、小梅は何とか細かい挙動から次の進路を読み取ろうとする。僅かにⅡ号戦車の速度が落ち、左に揺れた。次は急加速から右に行くか。

 

「撃ちます!」

 

 気持ちを抑え、あえて一呼吸してから小梅はトリガーを引いた。88mm砲から榴弾が放たれる。直撃せずとも、至近距離での着弾なら爆風で十分な被害を与えられるはずだ。

「えっ?」

 しかしⅡ号戦車の動きはその予測を裏切った。更に左に大きく曲がり木々の細い間に入り込む。榴弾が炸裂するが破片や土砂は樹木で防がれ、やはり細い隙間から走り出てくる。

「読まれた!?」

 砲塔から身を出したまま、みほは息を呑んだ。

 両者の距離が近づく。このままでは車外での修繕も出来ないままⅡ号戦車の攻撃に晒される。20mm機関砲であっても転輪を破壊されたり、先の大会でまほが撃破されたように機関部をやられれば白旗は上がる。

「お母さん……!」

 

 みほはしほとの埋めようも無い差を感じていた。戦術がどうとか言う些末の事ではない、純粋な技量と経験の違い。見えている世界の違い。

 それは短い、しかし絶対的な言葉でみほに圧し掛かる。

「格が違う」と。

 

『みほ!』

 その時、通信機からのまほの声と共にⅡ号戦車の手前に側面から砲撃が撃ち込まれた。炸裂した榴弾が双方の視界を妨げる。

「お姉ちゃん!」

『遅くなった、こちらが引き付けている間に履帯の修理を』

「了解! 皆さん、視界は悪いですが、この場で修繕を行います。砲手と装填手は一緒に外に、通信手はお姉ちゃんからの通信を聞き逃さず、操縦手はすぐ出せるように備えてください!」

 続けて発煙筒が立て続けに撃ち込まれる。みほは素早く指示を出すとティーガーから降りた。急ぎながらも正確な作業で履帯の交換を行ってゆく。ティーガーの履帯は重い。力を合わせ、煙が渦巻く中でみほは額に汗を浮かべつつ作業を進めた。

「足元に気をつけて、作業完了後はすぐに再搭乗してください!」

 

 

 みほのティーガーから見て右側面に約1000m、砲身から陽炎を立たせつつまほのティーガーは休まず攻撃を行っていた。

「ツェスカ、細かな狙いはつけるな。二両の間に連続で撃ち込み、突撃させる隙を作らせないよう撃て」

「了解!」

 連続の砲火の震動が車内を揺らす。その振動を受けつつ、まほは双眼鏡で着弾の状況を確認していた。

「装填手、榴弾の残りは?」

「あと20発です!」

 装填手からの応答に僅かに表情を曇らせる。ティーガー戦を想定していただけに、所持している砲弾は徹甲弾が中心だ。この調子で榴弾ばかり撃ち続けていては、すぐに切れるだろう。

「……?」

 土煙が舞う中で回避行動を取っていたⅡ号戦車の動きが変わった。草々にみほ車への接近を諦め、車体をまほ側に向ける。

「敵が標的をこちらに変えた。すぐに向かってくるぞ。砲撃は一旦停止、ポイントを変更する」

 表情を変えずにまほは指示を出す。その間にも双眼鏡でⅡ号戦車の位置を把握しようとするが、攻撃から大凡の方向を把握していたのだろう。深い藪や木々の間に潜り込むように移動し、その車体は早々に見えなくなった。

 

 Ⅱ号戦車の大きさは全長4.8m、全幅2.3m、全高2.1m。これは全長8.45mのティーガーと比べれば二回りほど小さく、その分隠蔽性に優れている。そこにしほの経験からの指示と菊代の操縦スキルが組み合わされば、一度隠れられればまほでも発見は難しい。

 

 警戒して下がるか? 

 否、まだみほのティーガーは履帯の修理を終えていない。ここは前に出て、撃破する勢いで押し切るのが西住流の戦い方だ。

「こちら一号車、このままこちらで敵を引き付ける」

『こちら二号車、現在副隊長は車外で作業中。間もなく完了しますので、戻り次第お伝えします』

 はきはきとした通信手の応答が返ってくる。まほは頷き、周囲を警戒しつつ林道を進む。

「……!」

 その表情に険しさが増す。前方に倒木。表面に残る弾痕からして自然に倒れたものではない。しかしここに向かう途中で砲声は聞こえなかった。という事は。

「全速後退!」

 迷う間も無く、まほは操縦手に声を飛ばした。直後、その眼前を砲火が過ぎる。

 まほは攻撃の来た左側面を見た。木々の隙間から僅かに見えるⅡ号戦車。突撃するのでなく、ティーガーと並走しつつ攻撃のタイミングを伺っている。狙いはみほ車同様に足回りか。

「9時方向より敵襲。後退しつつ攻撃。履帯を狙われないよう注意しろ」

 落ち着いた態度を崩すことなく、まほは指示を出す。しかし表情の険しさは取れない。

 

「(完全にこちらの行動パターンを読まれている。このままでは時間の問題だな)」

 

 みほ車を先に狙ってきたのも、まほの移動予測先にあらかじめ倒木を作っておいたのも、しほが二人の動きをほぼ完全に予測できているからだ。確かにまほ達が実践している西住流のメソードは彼女が教えたものではあるが、ここまで正確に予測できるものか。

 一方、こちら側はしほの動きを把握できているとは言い難い。何処かで先手を取らねば押し切られる。まほは自身の経験からそれを確信した。車内に戻り、砲手席のツェスカに声をかける。

「ツェスカ、頼みがある」

 

 

「……そろそろみほが復帰します。2時方向から離脱。再度攻撃を行います」

「はい、奥方様」

 Ⅱ号戦車内、機関砲に装填しつつしほは菊代に言った。涼しい顔で菊代は答え、和服姿とは思えない機敏な動きで操縦桿を動かし、ペダルを踏み込む。

 

 ここまでの娘二人の動きはしほの想定通り。みほが復帰したならば、まほは再び挟撃を仕掛けようとしてくる。それに付きあわず、合流前に再度みほを叩く。

 高校生の戦車乗りとしては二人とも破格の強さを誇るが、特にみほの射撃センスはまほのそれを上回る。しほは既に、現在の自分の位置に向けてみほが攻撃を行うであろう地点を割り出していた。ティーガーより小回りと速度で勝るⅡ号戦車であれば、まほの追撃を躱してポイントに向かうのは難しくはない。

 先程はまほの援護が間に合い履帯の破壊に留まったが、転輪を完全に破壊してしまえば白旗は上がる。相手は二両。片方を潰し、残った一両の履帯を破壊して移動不能にしてしまえば後はワンサイドゲームだ。

 

 林を抜け、やや盆地になった草原へⅡ号戦車は入りこんだ。後方からの攻撃はない。まほはこちらを見失ったか。

「………?」

 その時、しほの眉がぴくりと動いた。

「左へ回避行動」

「はい」

 静かなやり取りとは裏腹に、急激な加速と共にⅡ号戦車は左へ曲がった。直後、右後方に榴弾が撃ち込まれる。

「回避行動を継続。移動先はポイント23地点から21地点に変更」

「はい、奥方様」

 双眼鏡を手に、しほは砲塔から身を出した。周囲を確認するが、敵影は確認できない。

 そうする内に次の攻撃が来た。今度は前方からの着弾。その軌跡は大きな曲線を描いている。仰角を最大に取っての曲射めいた榴弾での攻撃。

「こちらを直接視認はしていない。それでも、正確に狙ってきている……」

 小さく呟き、再び車内に戻る。

「菊代。少し手間をかける事になるわ」

「喜んで。それにしても、お嬢様方も強くなったものですね」

 微笑みつつ言う菊代に対し、しほは無表情のまま肯定も否定もせず次の指示を出した。

 

 

 しほのⅡ号戦車の走る盆地を見下ろす丘の頂上付近、緑色のポンチョを被りつつ双眼鏡を構えた金髪の少女が一人いた。ツェスカである。

「隊長、目標の進路変わりました! 10時方向に向かっています!」

『了解した。引き続き確認を頼む』

 レシーバーでまほに位置のナビゲートを行い、再びⅡ号戦車の動きを追う。

 

 しほの追撃を中断し、まほは当初の予定であった丘付近まで移動してからツェスカを降ろして単独で丘に向かわせた。しほがこちらの動きを読んでいる事を逆手に取っての偵察員の動員である。

 搭乗員を偵察要員として利用するのは戦車道規約にも認められているルールのひとつだ。

 

「林に入りました! また進路変更、副隊長の後方に回り込もうとしています!」

『ありがとう、迎撃します!』

 相手が二人の動きや視界を把握しているのであれば、こちらは「目」をもう一つ増やせば良いという発想である。ツェスカは高速で走るⅡ号戦車の動きを懸命に追いつつ、二人に更に情報を送る。

「……しめた!」

 林に入ったと思った直後、Ⅱ号戦車は急激に下がり転進した。かく乱しようとしての動きかもしれないが、それもこちらは把握済だ。

「戻りました! えっと、今度は全速で3時方向!」

『了解、このまま副隊長と合わせて挟撃する』

 まほ達にとって良い位置に移りつつあった。

「林に入りました! 進路変わらず。このまま行けば草原に出ます!」

 Ⅱ号戦車の動きは幾らかの牽制を含めてこそいたが、それまでの精細な動きと比べて格段に直線的になっていた。

「これなら……」

 レシーバーを握るツェスカの手に汗が滲む。木々で視界が遮られる中、何とかその隙間から覗くⅡ号戦車の動きを上から追おうとする。

「!?」

 Ⅱ号戦車が停車した。砲塔からしほが身を出しているようだ。

 

「隊長、副隊長、Ⅱ号戦車が停止しています。隊長車から11時方向、距離約1500!」

『了解』

『了解!』

 

 まほとみほ、両者からの返答と共に砲声。しかしⅡ号戦車は着弾直前に僅かに動いて回避した。再びしほが車内に戻り、走行を始める。進路変更はない。速度の緩急を微妙につけながら、林を抜けた先の草原に向かう。遮蔽物が無くなればティーガーの圧倒的有利は覆らない。

 Ⅱ号戦車の出現予測位置に向け、接近してゆく2両のティーガー。

「……来ます!」

 

 

 揺れるⅡ号戦車の中、しほは広げた地図に指を添えていた。先程の攻撃方向、砲声から着弾までの時間差。ティーガーの速度と遮蔽物による減速。

「間もなく林を抜けます」

「はい」

 菊代の返答が終わるかどうかのタイミングでⅡ号戦車は林を完全に抜けた。

 しほは目を閉じた。こちらに向けられる殺気がふたつ。

 砲声が同時に左右から響く。

 

「お嬢様」

 

 瞬間、菊代の手足が高速で動いた。急加速からの急制動。更に超伸地旋回。まるでコマ回しのようにⅡ号戦車が踊る。

 

「それは、悪手ですわ」

 

 Ⅱ号戦車の装甲から僅か数㎝の所を二発の砲弾が左右に過ぎる。

 その砲弾の先には、しほが位置を調整したまほとみほのティーガー。

 被弾音。数秒遅れ、白旗の上がる音が二つ。

「……試合終了ね」

 そう呟き、しほは目を開けた。

 

 

「嘘……!?」

 丘からその光景を見ていたツェスカは声を漏らした。

 確かに同士討ちは戦車道の試合でも起こりうる現象である。しかし、ここまで綺麗に決まったのを見た事はツェスカにも無かった。

「まさか」

 馬鹿げた発想が浮かぶ。攻撃される方向や距離から相手の位置や動きを察し、丁度同士討ちが起こりうる場所に二両とも誘導し、姉妹の息の合った同時攻撃を意図的に起こす。

 確かに理論上は出来なくはないかもしれない。だがそれは、言ってみれば左右から拳銃を突き付けられたのを宙返りで回避するような映画めいた方法だ。

 どれ程の実践と経験を積めばその領域に達するのか、ツェスカには想像も出来なかった。

 

 

 白旗が上がるみほのティーガー車内。小梅は唇を噛みつつ目を伏せた。

「すみません、西住さん……!」

「……ううん、気にしないで。頑張ってくれて、ありがとう」

 みほは小梅を気遣うように答えたが、その顔に浮かぶ絶望だけは隠しようがなかった。

 

(ごめんなさい、逸見さん)

 

 涙が溢れそうになる。一度白旗が上がった以上、勝敗は覆らない。これで───

「……え?」

 みほの表情が変わった。顎に指をあて、何かを思い出そうとする。

 やがて、みほは呟いた。

「もしかしたら……」

 

 

 数十分後、牽引されたティーガーと共にみほ達はスタート地点に再集合していた。

「……すまない、みほ」

 まほがみほに頭を下げる。その表情こそ冷静なままだが、声には憔悴が混ざる。

 しかしそれに対し、みほは首を横に振った。

「みほ?」

「お姉ちゃん、あの……」

「集まったようね」

 みほの言葉を遮るように鋭い声が飛ぶ。振り向けば、停車したⅡ号戦車からしほと菊代が降りたところだった。改めて整列し、しほと向き合う黒森峰メンバー。

 

「家元、ありがとうございました」

『ありがとうございました!』

 

 まほの礼に続き、残るみほ達が一斉に頭を下げる。

「各員の練度の向上は確認できましたが、まだ車長の判断力がそれを活かしきれていないわね。より連携の強化、また位置確認などの情報共有に課題があるわ。そこを注意しなさい」

 まるで普通の演習だったかのようにしほは言い、やがてまほとみほの前に立った。

 

「……何か言う事は?」

 

 その視線は鋭く、実の娘に向けるとは思えない程の圧力を持ち合わせている。

「いえ……ありません」

 まほは答えた。負けたという現実がある以上、何を言っても意味はない。潔く負けを認める姿勢が短い言葉に表れていた。

「………」

 みほは顔を上げ、何かを言おうとして口を閉じ、やはりまた何かを言おうとした。

「どうしたの、みほ?」

「お、お母さん……」

「………」

「………」

 数秒の沈黙の後、みほは大きく息を吸うと言った。

 

「……もう一度、勝負してください」

 

「みほ?」

 まほは驚き、みほの方を見た。みほの表情には強い決意があった。

「時間がありません。それに、今の貴女たちでは同じ結果になるだけです」

 切り捨てるようなしほの言葉。それでもなお、みほは言った。

「明日でも、明後日でも構いません。今度は勝ってみせます」

「に、西住さん……?」

 小梅の戸惑いの声。控えめな、普段のみほの姿からは想像もつかないような姿勢。

 

「………」

「………」

 

 母と娘の視線がぶつかり合う。

 確かにみほは絶望しかけた。しかし一つだけ、しほの言葉に違和感があった。

 ここまでしほは一度も「勝ったら大洗の手助けをする」とも「負けたら諦めなさい」とも言っていない。ただ「試合を行う」「意思を貫け」と言っただけだ。

 傍から見れば往生際の悪い、見苦しい足掻きかもしれない。

 しかしみほは、それでも気持ちを折りたくはなかった。大洗のために、廃校を告げられ慟哭した彼女のために。

 

「……明日は朝から時間がありません」

 無限にも思える数秒が過ぎ、しほは言った。

「お母さん……!」

 更に言い募ろうとしたみほに、しほは言葉を重ねる。

「明日の早朝、東京の文科省に向かいます」

「え?」

「みほ、貴女も支度を。大洗の生徒会長には私から連絡しておきます」

 そう言うとしほは身を翻し、再びⅡ号戦車に乗り込んだ。

「それではお嬢様、私もこれで……」

 菊代も一礼し、それに続く。酷使されたエンジンが鈍い音を立てる。

 みほは涙を滲ませ、深々と頭を下げた。まほも共に礼をしつつⅡ号戦車を見送る。

「……ありがとう、お母さん」

 

 

「それにしても奥方様、少し意地が悪かったのではありませんか?」

 Ⅱ号戦車内、菊代は後方のしほに言った。

「最初から『文科省に抗議に向かうつもりだった』と言えば、ここまで面倒にはならなかったと思うんですが……」

「あそこで二人とも心が折れていたようなら、行くつもりは無かったわ」

 冷たく答えるしほ。しかし、それが娘たちの心の強さを信じるが故の裏返しである事を菊代は知る。

「強くなりましたね、お二人とも。特にみほ様は前の大会から見違えました」

「………」

 しほは答えない。その沈黙の意図を察し、菊代は言葉を続けた。

「奥方様の育て方が悪かったとは私は思いません。そもそも、奥方様が鍛えた戦車道の下地があったからこそ、今のみほ様もおられるのですから」

「……そんな事を思ってはいないわ」

 しほからの否定の言葉。菊代は苦笑しつつ言った。

「差し出がましいようですが、奥方様はもっとご自身を出されて良いと思いますよ? そんなですから、旦那様との恋仲にしても私が間に入って……」

「菊代」

「はい?」

「……それは言わないで」

「……はい」

 微笑みつつ、菊代はペダルを踏み込んだ。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る  第十一話 終わり

次回「眼鏡の舌禍、イワシの奔走」に続く


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