カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第八話 イワシとムカデ、虎と母虎

「まずいかもしれないわね……」

 プロペラ音が響く輸送ヘリ内で、蝶野亜美は向かい側に座る杏に言った。

 彼女らは熊本の西住家から東京への帰路にあった。給油無しで2000㎞飛行可能な軍用の輸送ヘリである。このまま補給無しで夕方には戻れる見込みだ。

 

 

 戦車道連盟理事長へ直談判に向かった杏、アンチョビ、蝶野の三人だったが、その返事は決して色よいものでは無かった。しかし、糸口は見つかった。

 確かに連盟としても、今年全国大会で優勝した学校が突然廃校となるのは無視できない問題ではあった。しかし向こうの面子を考えた場合、そう簡単にこちらから取り消しを言い出せる立場でもない。

 だがそこで戦車道プロリーグ発足に文科省が注力している話が挙がり、杏たちはひとつの可能性を考え付いた。

 プロリーグ発足には当然ながらリーグを成しうるだけのチームが必要であり、そのためには少なくない戦車と、その数倍の戦車道経験者が更に必要となる。その為に必須と言えるのが、戦車道諸流派の支援だ。

 その中でも最も存在感が大きく、かつ影響を与えうるのが西住流である。西住しほ。文科省すら顔色を伺う彼女であれば上から学園艦管理局に影響しうるのでは、そう考えたのだ。

 日帰り予定とはいえ、東京─熊本間の大移動である。流石にそこまではアンチョビを同行させるのは杏も躊躇い、彼女をアンツィオに返し自身は蝶野と共に熊本に向かった。

 蝶野の仲介もあり、しほとのアポイント無しの面会はあっさりと出来た。状況を説明し、しほの助力が必要である事を伝え、頼んだ。

 

 返事は───『保留』である。

 

「状況は分かりました……少し、検討する時間をもらってもいいかしら? 遅くとも明後日には結論を出すわ」

 そう答えるしほの表情は、雑誌やTVなどで見るのと変わらない平時のものだ。

 杏は丁寧に頭を下げ、礼をした。

「良い返事を、期待しています」

 しかし、その内側からの怒りを杏は確かに感じ取っていた。

 

 

「西住師範は常に決断的で、基本的に相談事はその場で結論を出していたわ。正直、返事の内容は覚悟しておいた方がいいかもしれない」

「……いいえ、大丈夫です」

 蝶野の気遣う言葉に、杏は微笑みで返す。

 しほの怒りが何なのか、それは杏にも分かっていた。自分たちは無敗を誇っていた二人の娘を倒した仇敵だ。彼女にも母親としての姿があるならば、理屈で推し量れない感情も当然あるだろう。あるいは姉妹のどちらかがもう一人を倒したとかであれば西住流の強さそのものは示せた訳で、そこまでの怒りは無かったのかもしれない。

 しかし同時に、感情だけならばあの場で断る事も出来ただろう。高校戦車道連盟理事長としてのあるべき姿。それも当然しほは知り、持ち合わせている。そのせめぎ合いと杏は読んでいる。

「さて……どーしたもんかね?」

 次に打てる手は無いか、それを考えつつ杏は仮眠を取ろうと目を閉じた。

 

 

 劇場版 カタクチイワシは虎と踊る  第八話 イワシとムカデ、虎と母虎

 

 

 幾つものトレニアにテーブルクロスがかけられ、やはりそこに幾つもの料理が並ぶ。

「だからな、ペパロニ(もぐもぐ)。お前はそうやって勝手に(もぐもぐ)約束を交わしたりとかはするな(もぐもぐ)といつも言ってるだろう?」

「そうは言いますけど姐さん(もぐもぐ)、あそこで黙ってコイツを帰してたら(もぐもぐ)アンツィオの名折れっスよ(もぐもぐ)!」

「……食べるか喋るか、どっちかにしたら?」

 イカスミとボンゴレ、それぞれのパスタを口に含みつつ話をするアンチョビとペパロニの横でボロネーゼを皿に取りつつエリカが言った。

 

 試合に使われた大通りを中心とした一帯の修繕や片づけを終え、彼女らは食事会を行っていた。アンツィオの生徒は反省会やら歓迎会やら残念会やら、とにかく適当な集まる理由を作ってはこうした食事会を開いているのだ。大勢での作業は「お疲れ」の意味を含めた食事の場を設けるには十分な理由だった。

 

「しかし見事な戦いぶりであった。こちらとしても来た甲斐があったというものだ(もぐもぐ)むう、そしてこのパスタの辛さと旨みもなかなか……!」

「あ、あの、お疲れさまでした!」

 真っ赤なアラビアータ・スパゲッティを食べつつ、鶴姫しずかがアンチョビ達に寄ってきた。鈴も後ろからそれに続く。アンチョビは皿を持ったまま彼女らに向き合った。

「えっと、お前たちが楯無高校の?」

「申し遅れた。我は楯無高校百足組・車長の鶴姫しずか」

「操縦手の松風鈴です。あ、あの、アンチョビさん。お会いできて光栄です! 決勝戦、見てました!」

「え? あ、ど、どうも……」

 不敵な笑みを浮かべるしずかと、瞳を輝かせつつ握手を求めてくる鈴。アンチョビは戸惑いつつも皿を置き、その手を握り返した。

「テケ車とはまた珍しい戦車を使っているな。知波単も持っていないんじゃなかったか?」

「我が家の先代に戦車道を趣味とする者が居てな、その酔狂の名残だ」

 しずかはそう説明すると、改めてアンチョビに向き合った。鈴の手を離し、アンチョビも彼女に向き直る。

「さて……良い勝負ではあったが、結果は結果だ。アンツィオ高校戦車道隊長・アンチョビ殿。改めて我らと一戦交えて頂きたい」

「……ひとつ聞こう、何故そこまで私と戦いたい? お前の話では『戦車道はお遊戯』なのだろう? だったら私は、その遊戯で優勝した程度の相手だぞ?」

 アンチョビが尋ねた。アラビアータの皿を置き、不敵な笑みを崩さないまましずかは答える。

「愚問」

 その口調はあくまで静か。しかし、アンチョビに向けられた視線には爛々たる戦意が込められている。

「タンカスロンは豆戦車を駆る戦。そしてアンチョビ殿、貴殿はその豆戦車においては天下一の乗り手。其れに挑むは当然であろう?」

「天下一……ねえ。私は別にそんなのを名乗った覚えは無いんだが」

「誰が天下一かは世間が決める。豆戦車に乗る者は皆、CV38でティーガーを撃破した貴殿こそ当代随一の豆戦車乗りであると認めておる」

 頭を掻くアンチョビにしずかは鋭く言う。彼女の視線を受け、アンチョビは思った。

 

(珍しいタイプだな、こりゃ。戦車道を”楽しみ過ぎてる”)

 

 中学時代から戦車道を始め、その隊長としての素質を見込まれアンツィオにスカウト、そこから大洗へ。

 アンチョビはそれまでの間、先輩、後輩、対戦相手、様々な戦車道を修める少女達と出会ってきた。エリカのように真面目に戦車乗りとしての向上を目指す者、最初のペパロニのようにからかい半分で始めた者、西住みほのように嫌々始めた者、様々な少女とだ。

 その中でしずかをあえて当てはめるなら、戦車好き、ミリタリー好きが高じて戦車道を始めた少女がそれに近いだろう。戦車道はその性質上、いわゆる”軍人かぶれ”な少女も少なくはない(歴女チームのエルヴィンは欧州史好きからの流れなので微妙に異なる)。

 だが彼女らの多くは実際の戦車道に触れる事で現実を知り、そういった色は薄くなるのが常だ。しかし──彼女、鶴姫しずかは武将として、実に本気で、無法の強襲戦車競技において最強となる事で自身の名を示そうとしている。まるで、戦国の武将が敵将の首級で功名を示そうとするように。

 その姿勢をアンチョビは素直に羨ましいと思い、同時に危うく感じた。今、しずか達は心から戦車に乗る事を楽しみ、戦に挑んでいる。しかしそれは熱狂と紙一重の危うい楽しみ方だ。あまりに手段を選ばず、周囲から眉をひそめられるような勝負を繰り広げるようになれば自然と彼女らは孤立してゆくだろう。

 

(……惜しいな)

 

 アンチョビは僅かに考え、周囲にも聞こえるような大きさで答えた。

「分かった! 私の知らないところでの勝負とはいえ、約束は約束だ。そちらにも今試合で痛めた車両のメンテナンスもあるだろう。勝負は明朝10時、場所は同じアンツィオ高校構内。方式はフラッグ戦」

「使用する車両数は如何に?」

 間髪入れずしずかが尋ねる。彼女はアンチョビとの対決が実現してなお、一対多の戦いを想定しているのだ。アンチョビは歯を見せて笑った。

「……車両数は自由、そして何両投入するかは伏せておくってので、どうだ?」

「!?」

 しずかの目が見開かれる。口元の不敵な笑みが、楽し気な笑みに変わる。

「お前は全力の私と戦いたいのだろう? なら、それを見せてやるよ」

「……善き哉!」

 心底楽しげなしずかを見つつ、アンチョビは思った。やはりこの武者めいた少女は「優勝校を率いる将」としての姿を自分に求めている。ならばあと一押し。

「さて……鶴姫しずか、お前は私に勝つ事で天下一の豆戦車乗りの名を手に入れる事が出来る。では、私が勝った時にお前は何を差し出す?」

 その言葉を半ば予測していたのだろう。しずかは笑みを崩さずに答えた。

「無論、全てを。我等が敗北したその時は我等両名、このテケ車、売り飛ばすなり慰み物にするなり好きにするが良かろう」

「……交渉成立だな」 

 笑顔を交わすと呼ぶには余りに攻撃的な笑みで、二人は顔を突き合わせた。

 

「だ、大丈夫なのかな……?」

 食事の手を止め、二人の様子を見つつみほが呟いた。額に手を当てつつエリカがそれに返す。

「大丈夫……と言いたいんだけど、勝てる根拠なしでああいう事を普通に言い出すのよね、ウチの隊長」

 只でさえ大洗の事で頭が痛いのに、また変なのの乱入で余計な事が増えた。エリカの表情はありありとその困惑を物語っている。

「いやあ、困ったモンだねえ」

 その横からの声。見れば、何時の間に戻ってきたのか杏が皿に乗せたチーズペンネを頬張りながらアンチョビ達の様子を見ていた。

「会長!?」

「い、いつ帰ってきたんですか?」

「んー、今さっき。それで、アレ誰?」

 驚くエリカとみほに対し、杏は少し離れたしずかをフォークで指しつつ平然と答えた。改めてエリカが杏に尋ねる。

「こっちの事は後で説明するわ。それより会長、そっちの首尾はどうだったの?」

 そう聞かれた杏は、僅かに目を伏せた。

「……駄目かもね」

「え?」

 短い言葉。それを聞いたみほの動きが止まる。

「西住流家元に会う事は出来たんだけどさ、『保留』って言われて帰された。明後日には返事を返すって言ってくれたけど、蝶野さんの話だと決める時は即決らしいから、正直厳しいかもって」

「……まずいわね、それ」

 エリカが渋い顔で言った。もしこれでしほに断られれば、文科省への口入れが厳しくなる事は彼女にも容易に想像できた。

「あ、あの……すみません、お母さんが」

 みほは俯きつつ、詫びるように杏に言った。手をひらひらと振り、軽く答える杏。

「別に西住ちゃんが気にする必要は無いよ。家元にだって事情があるんだろうしさ」

 しかしそう言われてもみほの表情は晴れず、伏せた瞳で何かを考えていた。

 

 

 食事会が終わる事には日は傾き、既に薄暗くなり始めていた。

 宴は賑やかなまま終わり、片づけは皆で行った。しずか達はテケ車と共に一旦アンツィオ艦を降り、楯無高校学園艦に戻っていった。

「大丈夫なの、姫? あんな約束しちゃったけど……」

 帰りのテケ車内、不安そうに尋ねる鈴にしずかは答えた。

「さて」

「『さて』って……」

「我等は胸を借りる側。ならば全てを賭け、全てをぶつけるしかあるまいよ」

 そう答えるしずかはどこまでも楽しそうであり、明日の戦いの期待に溢れていた。

 学園艦の本土への寄港は資材や人員の搬入出もあり、試合の移動などでなければ一日で港を離れる事は無い。学園艦はそのまま港で夜を過ごし、そして朝を迎えた。

 

 

──そしてその朝、西住みほは姿を消した。

 

 

「………」

 アンツィオ高校戦車道ガレージ。

 不機嫌な、極めて不機嫌な表情でエリカは眼前の机に置かれた書き置きを見ていた。左右から覗き込むようにアンチョビと杏が眺める。

 

『家に戻ります。2、3日で戻りますから心配しないでください。  西住 みほ』

 

 書かれているのはそれだけである。しかし、彼女の行動理由を察するには十分な内容であった。不機嫌な表情のまま、エリカは横目で杏に問いかけた。

「会長。アンタ、西住さんがこういう行動に出ると知ってて、あの時こっそり近づいてたんじゃないの?」

 考えてみれば奇妙な話であった。食事会中とはいえ、帰ってきたならばまずアンチョビに話をしに行くのが普通であろう。何故わざわざみほとエリカの所まで寄ってきたのか。

「……逸見ちゃんがこういうやり方が嫌いなのは知ってるよ。西住ちゃんを巻き込みたくないって事もね」

 言外にエリカの言葉を認め、杏は涼しい顔で答えた。

「でもね、それがどんな手段であれ、廃校撤回への方法のひとつになるなら私は迷わずそれをするよ」

 その杏の言葉に迷いは無かった。エリカは少しの間だけ杏を睨むと、諦めたように息を吐いた。今更みほを連れ戻す事も出来ないのだ。おそらくはフェリーで既に熊本に向かっている途中だろう。

「まあ、その辺りの是非は彼女が帰ってきてから考えるとしよう。何より私達もする事がある。とりあえず今日の試合の準備をしないとな」

 二人の間の険悪な空気を取り持つようにアンチョビが言った。疲れた口調でエリカが言う。

「それこそ、この状況で私が出来る事は無いと思うけど? 継続の輸送船が来るの、今日の午後でしょ?」

 現在、アンツィオ艦にあるのはアンツィオ戦車道で元々所有していたP40、セモヴェンテ、CV33、そしてCV38だけである。当然アンチョビもそれを知っている筈だが、彼女は首を横に振った。

「そうもいかない。エリカ、お前には私の操縦手をやってもらわないといけないからな」

「……はあ!?」

 驚くエリカに対しアンチョビは何時もの、根拠が有るのか無いのか分からない、しかし自信に満ちた笑みを返した。

 

 

 九州・熊本。西住邸。

 構えの広い門を抜けると、そこには歴史を感じさせる木製の屋敷が広がる。広い庭には様々な木々が植えられ、小さな池と相まって涼しげな山水画めいた景色を作り上げる。

 その一室。長い机が置かれた畳敷きの広い部屋。壁には「徹底抗戦」「一意専心」「不撓不屈」等の勇ましい言葉が踊る掛け軸が並び、机上には機関砲を咥えた熊の置物が飾られている。

 

「………」

 その書斎の上座に座る黒スーツの女性、西住しほは無言で向かいに座る二人の娘を見た。アンツィオの制服を着たままのみほと、黒森峰のジャケットを着たままのまほ。

「突然戻ってきたと思ったら……どうしたの、改まって?」

 向かって右に座るみほに声をかける。みほはしほの視線を正面から受け止め、緊張しつつも口を開いた。

「あ、あの! お母さん、昨日、大洗の生徒会長さんが来た……よね?」

「……ええ。廃校撤回の事について相談を受けたわ」

 特に誤魔化しもせずしほは答えた。その表情は平静のままだ。

 みほはしほの視線から逃れたい気持ちを懸命に抑えつつ、言葉を続けた。

「その……助けて、あげるの?」

「………」

 しほは答えない。みほは畳に手を置くと、深々と頭を下げた。

「お願い……お母さん、大洗を助けてあげてください」

「お母様、私からもお願いします。このまま大洗が廃校となっては、来年の黒森峰が雪辱を晴らす事も出来なくなります。どうか……」

 横のまほが言葉を引き継ぐように言った。みほと同様に手を畳につき、頭を下げる。

 大凡、母子の対話とは思えぬ状況である。しほは数十秒の間、頭を下げる二人の娘の姿を見ていた。やがて、彼女はみほに声をかけた。

「みほ。『西住流とは』?」

 みほは慌てて頭を上げた。幼い頃から教え込まれてきた、西住流の在り方についての教えだ。

「かっ、『勝つ事』です!」

「まほ、『鋼の心』とは?」

 今度はまほに声をかける。同様に即座に答えるまほ。

「『犠牲を厭わず、心を動かさず、己の意思を貫く事』です」

「その通り」

 しほは頷き、二人を見た。

「西住流は勝つ事を貴び、前へ進む流派。そして前へ進むには己の意思を貫くが肝要。それが西住の戦車道」

 その視線が鋭さを増した。背中に氷を突然入れられたかのような戦慄がみほの身体に走る。

「……貴女たちが自分の意思を貫きたいと思うのならば、まずはそれを見せなさい」

「お母様?」

 しほの言葉の意味を測りかね、まほが尋ねる。しほはそれに答えずに立ち上がり、腕時計を見た。

「黒森峰の朝練は8時からだったわね? ならその1時間前……7時からにしましょう」

「お、お母さん……」

 みほの額に汗が浮かぶ。意味が分かってきたのだ。つまり、彼女は、

「明日の朝7時、戦車2両を用意しておきなさい。私が相手をします」

 それ以上何も言わず、しほは書斎を出た。

「お、お姉ちゃん……!」

「………」

 みほとまほは険しい表情で視線を交わした。

 つまりしほはこう言っているのだ。『自分の意見を通したければ私に勝ってみせろ』と。

「勝とう、みほ」

「お姉ちゃん?」

「一人なら無理だろう。だが……私とみほとの二人なら、お母様に勝てるかもしれない」

 まほは静かに、しかし力強くみほに言った。自身の不安を抑え込み、みほも答える。

「……うん、勝とう」

 そして二人は準備にかかり始めた、戦術の練り合わせに、協力を頼む黒森峰メンバーの選出に。

 

「………」

「ご機嫌良いようですね、奥方様」

 無言で廊下を歩くしほに、彼女よりやや若い和服の女性が声をかけた。黒髪を後ろで簡素に束ね、手には毛ばたきを持っている。埃取りの途中だったようだ。

 彼女に対し、しほは表情を全く変えずに言った。

「菊代、掃除は中断して良いので戦車の用意を。明日の朝、試合を行います」

 急な指示には慣れているのだろう。菊代と呼ばれたその家政婦の女性は苦笑しつつ答えた。

「折角みほ様が久々に戻ってきましたのに、また急ですね……どちらの車両を?」

 戦車道の古くからの名門である西住家には、当然ながら何両もの戦車が自家用として存在している。いずれも多少のメンテナンスを行えば即時使用可能な状態だ。

 しほは形良い顎に指をあて、少しだけ考えた後に言った。

「Ⅱ号戦車をお願い」

「あら、それでは……」

「ええ。菊代、貴女に操縦はお願いするわ」

 当たり前のように言うしほに、菊代は楽しそうに微笑んだ。

「はい。お嬢様方の成長を、私も見させていただきます」

 

彼女の名は井出上菊代。西住家の家政婦にして、戦車道連盟スカウト部門のスカウトマンにして───西住しほが最も信頼を置く女性である。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第八話 終わり

次回「ムカデは舞い、イワシは化ける」に続く


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