カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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最終話 カタクチイワシは虎と踊る

 

【月刊戦車道・第63回戦車道全国高校生大会特別号より抜粋】

 

 

 決勝戦に思う高校戦車道の未来

 

 

 第63回全国高校戦車道大会が終わって3週間が過ぎた。

 今もなお、戦車道界隈は”あの”決勝戦の内容について賛否に分かれた議論が繰り返されている。優勝した大洗女子学園の隊長であるアンチョビ(敬称略・以下同)が突如として学園から姿を消し、優勝旗をアンツィオに持ち出した件も話題の火種に薪をくべた形だ。

 曰く、「大洗の戦術は戦車道の新たな可能性を生み出した革新的なものである」という肯定的なものから「彼女らのした事は戦車道そのものへの冒涜である」という極端に否定的なものまで私の耳に入ってくる。大凡、近年でここまで戦車道の在り方について議論が紛糾した事は無かっただろう。私自身、自分の見解を固めるための時間が相当に必要だった。

 

 

 誤解を恐れず結論から述べさせてもらうならば、あの試合において大洗女子学園は勝つべくして勝ち、黒森峰女学園は負けるべくして負けたというのが私の見解である。

 特に問題と言えるのは、黒森峰側に見られた三つの失策だ。 

 

 

 試合開始時の単純な戦力で見た場合、黒森峰を10とすれば大洗は5か6。正面から戦えば間違いなく黒森峰が勝利しただろう。ここで大洗が取った戦術は、奇策によって黒森峰の戦力を8くらいまで削った上で、更に自身の戦力を状況に応じて攻・防・走のいずれかに全て振って戦うという選択だった。

 例えば序盤戦、黒森峰は大洗が都市部に突入するまでに叩くという電撃戦を仕掛けた。ここで黒森峰は戦力を攻撃5・走行5で仕掛けたと言える。これに対し大洗は5の戦力を全て逃げる事に特化させる事で追撃を凌ぎ切った。

 

 

 そこからの黒森峰は完全に後手に回った。

 三式の特攻によってヤークトティーガーが撃破された事で用心した訳だが、振り返ればここは完全に黒森峰隊長の西住まほの采配ミスと言えるだろう。電撃戦の勢いを止めずに被害を恐れず突撃を敢行し、フラッグ車であるⅣ号戦車を撃破できればもちろん、隊長車のP40を撃破できれば勝負は決まっていた。

 西住まほの指揮は勇猛果敢ではあるが、そのタイミングを計るために時として慎重に過ぎる所がある。その間に大洗側は陸橋爆破という大掛かりな策により、市街地の東西間の大規模な移動を不可能とした。これが第一の失策である。

 

 

 第二の失策は、そこからの稚拙な合流策である。

 相手が東西の分断を図っているのが分かった時点で、大洗の意図が分断による各個撃破からのフラッグ車撃破にあった事を推測するのは可能であった筈だ。当然、より移動しやすい住宅地方面から合流に動こうとする黒森峰側の動きに対し、何らかの対抗策を用意しているとも察するべきだったろう。

 しかし、ここで分散して送り込んだ事で結果として黒森峰は障害物の妨害を受け、更に戦力を削らされる事となった。ここでパンターを二両失った事が、この後のアンチョビ追撃の失敗に繋がっている。

 

 

 その後の大洗側の作戦と黒森峰の対応については、単純に大洗側の策とメンバーの執念が黒森峰を上回ったと言えるだろう。シークレット車両での豆戦車の投入と、P40との搭乗員差を利用した乗り換え作戦については私も驚かされた。

 西住まほ撃破後、黒森峰の指揮権は副隊長の西住みほに移行する。隊長撃破直後の動揺こそあったが、その後の指揮は決して鈍重では無かったと言えるだろう。

 一部の戦車道の評論家からは敵の誘いに乗り学校内へ単騎で突入した事を失敗とする言もあるが、黒森峰の戦術の軸となる西住流は一度攻撃に転ずれば徹底的な攻めを良しとする。そこから考えた場合、彼女の行動自体はおかしくはない。問題はその後である。

 

 

 第三の失策はCV38の乱入後の西住みほの行動であった。

 増援を待たずに逃げに転じなかった事を間違いとは思わない。ティーガーⅠに対して相手はⅣ号戦車とCV38。勝負に出て良い場面ではあった。

 しかしここで西住みほは姉のまほと同様のミスを犯す。煙幕によって警戒し、迎撃態勢に入ってしまった。

 相手が何かを仕掛けるにせよ、最も警戒していたのはその用意の前に突撃される事であったのは確かだ。しかしそこで彼女はティーガーの装甲を頼りに守りに入った。結果、大洗側の看板による偽装は間に合い、フラッグ車撃破を許してしまった。

 

 

 ここまでの流れで「では黒森峰側の失策のみで勝負は決まったのか」と思われる方もおられるだろうが、そうではない。重要なのはこれらの失策が、大洗側、ひいてはアンチョビ隊長が仕掛けた作戦によって思考を誘導され、引き起こされたという事である。

 彼女が相手取ったのは「戦車」でなく、「戦車に乗る搭乗員」であった。陸橋爆破という派手な演出に目を向けさせ、その一方で障害物設置などの搦め手からの攻めを裏で行い、ルールブックの内容を逆手に取るかのような作戦で黒森峰を翻弄した。

 一方、緒戦で容易に大洗を撃破できると思っていた黒森峰側は次第に用心の気持ちが生まれ、守りを気にするようになり、より大洗側にとって容易にコントロールできるようになってしまった。

 大洗の勝利が必然だったと私が述べるのはそこである。

 

 

 今回の大会は、本戦に出場を見合わせていた戦車道における中小校にとって大きな希望となった。今までは高校戦車道では常道からさほど離れる事の無かった戦術研究もより進み、強豪校は様々な策への対応を考えねばならなくなるだろう。

 しかし、黒森峰を初めとする強豪校がそれに追随するようになる事を私は歓迎しない。

 戦術における邪道とは王道があってこそ邪道足り得るのであり、全ての学校が策に頼る戦車道を行おうとすれば、それは無法となるだろう。

 強豪校はより王道の、高い練度と確かな戦術を追及する事によってチームを堅実に強化し、中小校は自由な発想から様々な策を練りジャイアントキリングに挑む。その真逆の発想から生まれる戦車道が激突する事によって、双方は研磨され、よりレベルの高い戦車道となるのではないか。私はそれに期待したい。

 あらゆる競技は、旧来の慣習を守る者とそれを破壊する者とがぶつかり合う中で発展して来た。未来の戦車道を担う少女たちに、私はそれを期待したい。

 

(西住 しほ)

 

 

 最終話 カタクチイワシは虎と踊る

 

 

「……何だか、自分の娘に対して辛辣ね」

「むしろ娘だからこそ、でしょうね」

 プラウダ高校副隊長のカチューシャは、隊長であるノンナの頭上からその記事を見つつ言った。膝に置いていた雑誌を閉じ、それに返すノンナ。

「高校戦車道連盟の理事長が娘を庇うような事を言っていては示しになりません。黒森峰の敗北は隊長と副隊長の采配ミスにあると指摘する事で、肉親であろうと妥協しない西住流の姿勢を示したと言えます」

「そんなものかしら?」

 カチューシャは呟き、ノンナに肩車されたまま視線を記事から上に向けた。

 観客席を埋める人々と、その先に設置された巨大プロジェクター。

 そしてプロジェクターの真下で左右に並ぶ少女達と、幾両もの戦車。

「ねえノンナ。この試合、どちらが勝つかしら?」

「普通に考えれば聖グロリアーナ側ですが……大洗側も色々な意味で未知数です。”彼女”も居ますし」

 

 

『第63回 戦車道全国高校生大会 大洗女子学園・優勝記念エキシビジョンマッチ

 

 大洗女子学園/コアラの森学園 対 聖グロリアーナ女学院/アンツィオ高校』

 

 

 そう書かれた横断幕に視線を向けつつノンナはカチューシャの問いに答えた。その視線を今度は自分の真横に向ける。

「……貴女はどう思いますか、西住まほ?」

 黒森峰女学園の制服姿で背筋を伸ばし座る少女、西住まほにノンナは尋ねた。

 まほは少し考え、口を開いた。

「そうだな、私は───」

 

 

 観客席からやや離れた一角にフィンランド製の架線整備車が停車していた。昇降式のゴンドラは高く上げられ、その中にいる二人の少女に見晴らしよい特等席を設えている。

「エキシビジョンって、何だかカッコいいねー」

 両校挨拶に集まる少女たちを眺めつつ、継続高校の隊長車砲手であるアキは言った。

「『カッコいい』……それは戦車道にとって必要なものかな?」

 手すりに座り、膝の上に乗せたカンテレを鳴らしつつもう一人の帽子を被った少女が尋ねる。

「えー? それじゃミカは、何で戦車道をやってるの?」

 継続高校戦車道隊長・名無しことミカにアキは言った。この隊長は時折、どこか斜に構えたような事を言う。それが深い意味を持つ時もあれば、場の雰囲気に合わせて何となく言っただけの時もある事をアキは知っている。

 ミカは手元のカンテレを鳴らし、静かに言った。

「戦車道には、人生に大切なすべての事が詰ま……」

「おお! そこにおられるのは継続高校の方々ではないですか! 奇遇でありますなあ!」

 だが、その言葉は下からの張りのある声で遮られた。

 アキが見下ろすと、何時の間に来ていたのか数両の九七式中戦車チハが近くで停車していた。そこから身を出し、こちらに手を振る長い黒髪の少女がひとり。

「あれ、知波単の……西さん、だっけ? どうしたの?」

 知波単学園・新隊長の西絹代はアキにそう聞かれ、敬礼しつつ答えた。

「覚えていただき恐縮の至りであります! 遺憾ながら前の決勝でカチューシャ副隊長らに『騒々しい』と言われてしまいましたので、観客席から離れて『えきしびじょんまっち』を観戦しようと来た次第です!」

「し、次第であります!」

 その横の九五式軽戦車から福田が出てきて同様の敬礼を行う。

「……元気で何よりだね」

 ミカは僅かの間カンテレを爪弾く指を止め、絹代に言った。

「えっと、それでミカ、何だっけ?」

「ふふ、何でもないよ」

 改めて問い返すアキにミカは微笑んで返すと、プロジェクターに視線を向けた。

 

 

「両校、挨拶!」

 先の決勝戦に続き審判長を務める蝶野亜美の号令に合わせ、両校の100名近い少女が一斉に挨拶を行う。

 

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

 

 少女達の服の色は綺麗に四つに分かれていた。向かって右側に赤とカーキ色、左に紺と迷彩色。それぞれ聖グロリアーナ、アンツィオ、大洗、コアラの森のジャケットの色だ。

 その右側の一団から、灰緑色の髪をツインテールに結わえた少女が進み出た。そのまま左側の紺色のジャケットを着た少女のひとりに歩み寄る。

「……久しぶりだな」

「優勝旗、返して貰いに来たわよ」

 互いに口元に不敵な笑みを浮かべ、アンツィオ高校戦車道名誉統帥・アンチョビと大洗女子学園戦車道隊長・逸見エリカは言葉を交わした。

「麻子は元気か?」

「人が足りてなかったし、Ⅳ号戦車の操縦手になってもらったわ。華は砲手になったけど、彼女にはそっちの方が適役だったみたい。華道をやっていたからか凄い集中力よ、彼女」

「そうか……」

 アンチョビは頷き、軽く咳払いをしてエリカに向き合った。

「……で、いきなりだが、二つ聞いていいか?」

「何?」

「いや、その……それは何だ?」

 エリカの顔に向けていた目線を、その足元へ向ける。

 

 そこには一匹のコアラがいた。比喩でなく、本物の動物のコアラが。

 コアラの森学園の迷彩色のパンツァージャケットを羽織り、片手に持ったユーカリの葉を無心に齧っている。その腕には隊長を示す腕章が付けられていた。

 まあ、無心なのか何かを考えているのかはアンチョビには分からなかったが。

 

「……隊長よ、コアラの森学園の」

 その質問はエリカにとって聞き飽きたものだったのだろう。若干うんざりした様子で彼女は答えた。

「……隊長?」

「隊長」

「………」

 まじまじとアンチョビはそのコアラを見た。その視線に気づいたのか、パタパタと空いた手を振る。

「『気にしないでくれたまえ』って言ってるわ」

「分かるのか!?」

「何となく……だけど。あと、隊長以外は普通に人間だから作戦も通じるし」

「そ、そうか……」

 アンチョビは何とか自身を納得させると、改めてエリカに言った。

「あともう一つなんだが……何で彼女がここに?」

 今度はエリカの左に視線を向ける。

「あ、ど、どうも! アンチョビさん、今日はよろしくお願いします」

 大洗のパンツァージャケットを着た西住みほは、緊張しつつアンチョビに頭を下げた。

 

 

「黒森峰から他校への交換訓練……今まで黒森峰のノウハウは門外不出だった筈ですが、思い切った事をしたものですね」

 観客席のノンナはそう言いつつ横のまほを見た。

「みほには経験が必要だ。黒森峰の中の狭い世界ではなく、多くの戦車道を知る必要がな」

 まほの声には優し気な響きがあった。妹を思う姉の響きが。

 

 みほは初めて自分の意思で戦車道に向き合おうとしている。だからこそ、まほは自分の意見が黒森峰戦車道に影響を持つ間にみほに様々な事を知ってもらいたかった。

 自分よりもみほはより自由な、既存の黒森峰の戦車道に収まらない戦術眼とセンスを持っているとまほは思っていた。それを磨くことが出来れば、間違いなくみほは自分より優れた隊長になり、黒森峰を新たな段階に成長させる事が出来る。その確信があった。

 

「大洗の次はプラウダだったわよね。フフ、ウチに来たら芋掘りでもやらせようかしら?」

 ノンナの頭上のカチューシャが嗜虐的な笑みを浮かべる。

「………」

 まほの目元の鋭さが増した。刺すような視線でカチューシャを見る。

「……じょ、冗談よ」

 涙目になりつつカチューシャはノンナの後頭部に顔を隠した。

 そう言葉を彼女らが交わす間にも、各校の少女たちは戦車に乗り込んでゆく。試合開始が近い。モニターは戦車に搭乗しつつ言葉を交わす隊長たちの姿を映していた。

 

 

「姐さーん、どうでした?」

 アンツィオの主戦力であるP40───二両のうち、一両は修繕費不足からまだ復帰させられていない───の砲手席に座るペパロニがアンチョビに尋ねた。

「ああ、みんな元気そうだった。麻子はⅣ号の操縦手になったそうだ」

「だとしたら、一層警戒しないといけませんね」

 装填手のカルパッチョが言った。頷くアンチョビ。

「他のメンバーも、エリカが徹底的に鍛えてきたようだ。油断は禁物だな」

『かつての教え子とはいえ、手加減は禁物ですわよ。アンチョビ?』

 突然、そこに通信が割り込んできた。聖グロの隊長であるダージリンの声。

「分かっているとも。そっちこそ、マチルダの足で出遅れないようにな」

『あら、英国淑女は貴女方と違って正確よ?』

「……ひょっとして、姐さんとダージリンさんって仲悪いんスか?」

「まあ、イタリアとイギリスだから。アレは挨拶みたいなものよ」

 小声で尋ねるペパロニに、カルパッチョは苦笑しつつ答えた、

「ああ、ああ……分かった。そちらの指揮はダージリンに任せるから、それで頼む」

 そう言う間にアンチョビは通信を終えた。改めて車内の皆に言った。

「それじゃ、行くぞお前ら!」

 

 

「元気そうだったか? アイツは」

 Ⅳ号戦車の操縦席の窓から覗きつつ、麻子は車外のエリカに尋ねた。

「ええ、相変わらずよ。コアラやみほを見て目を白黒させてたわ」

「……だろうな。私も驚いた」

 コアラの森戦車道の隊長車であるセンチネル巡行戦車へと向かうコアラの背中を見つつ、麻子は言った。

 エリカはⅣ号戦車の砲塔に上がった。横のティーガーⅠに搭乗しようとするみほと目線が合い、何となく顔を見合わせてしまう。

 やがて、エリカは微笑みつつ言った。

「本当、まさかアンタと一緒に戦う事になるとは思わなかったわね」

 そう言われ、みほははにかみつつ答えた。

「私も……逸見さん、今日は私も大洗の一員だから遠慮なく指示してね」

「ええ、頑張りましょう」

 エリカは車内に入り、車長席に座った。彼女に視線を向ける華、優花里、沙織。

「……さあ、行くわよ!」

 

 

 試合開始のサイレンが鳴った。

 

『優勝記念エキシビジョンマッチ、試合開始!』

 

 放送が流れる。

 居並ぶ戦車が一斉に唸りを上げる。操縦手はペダルを踏みこみ、装填手は砲弾を確認し、砲手は照準の状態を確かめる。通信手は各車両の動きに耳を傾け、車長は即座の指示を出せるよう周囲に気を張り巡らせる。

 

 戦車道に終わりは無い。

 試合に勝ち、喜ぶ日もある。

 試合に負け、涙に濡れる日もある。

 だが、それでも彼女たちは戦車に乗り続ける。

 

「パンツァー・フォー!」

「アーヴァンティ!」

 

 二人の少女の声が、大空に響いた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 終わり

 




 ここまで拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
 自分としてもハーメルンでは初の長編への挑戦という事もあり正直完結できるかの不安はありましたが、連載9ヵ月、30万字超えでようやく完結させる事が出来ました。
 これもお読みいただいた方々の応援や感想のお陰です。礼の言葉もありません。

 劇場版まで話を進める事も考えましたが、感想でも触れた通りまだ大まかなイメージしか固まっていないため、ここで一先ず完結とさせていただきます。
 今後の作品の参考とするためにも、ご意見、ご感想を頂ければと思います。

 それでは最後に、ガルパンを語る上で外せない一言で本作の締めとさせていただきます。

『ガルパンは、いいぞ!』

 本当に、本当に、ありがとうございました。

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