カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第四十二話 虎の覚悟と鴨の意地

「ラ、ラビット・アターック!」

 

 

 梓の叫びと共に高架から落下したM3Leeは、完全なタイミングで下を走行中のエレファントの車体に突き刺さった。

 如何な88mmの砲身と最大200mmの装甲を誇るエレファントとはいえ、位置エネルギーが加わった27tの鉄塊の直撃を受けてはひとたまりも無い。砲塔は曲がり、大きなへこみをつくり、少し走った後に動きを止めた車体からは白旗が上がる。

 無論、落下した側のM3Leeも無事では無かった。重心が下にある車体は飛び込みのように頭から落ち、エレファントに突き刺さった後に道路に横倒しになった。その車体からも同様に白旗が上がる。

 

『大洗女子学園・M3Lee、黒森峰女学園・エレファント、共に走行不能!』

 

「何い!? ちょ、ちょっと止まって!」

 CV38を追撃していたティーガーⅡ、それに搭乗していた車長の直下は驚きの声をあげ、慌てて操縦手に急停止を指示した。眼前に横たわる二両の戦車に激突する前に何とか停車するが、その間に当のCV38は一気に距離を離してゆく。

「くそーっ! 絶対追い付いてやるからなー!」

 直下は砲塔から出てCV38に向かって叫ぶと、車体を擦りつつエレファントの脇を抜けようと進み始めた。

 

 

「おいおい、だ、大丈夫か!?」

 逃げるCV38車内、後方の惨状を見つつアンチョビは慌てて通信を行った。

『こちら梓、大丈夫です!』

『あゆみ、怪我ありません!』

『桂利奈ぜっこーちょー!』

『………』

『優季、大丈夫です。紗希も大丈夫って言ってますー』

『眼鏡割れちゃったけど大丈夫でーす!』

 ウサギチーム各員からの元気な応答が返ってくる。

「無茶な事をしたなァ……だが、よくやってくれた。それとあや、眼鏡は経費で落ちるから安心してくれ」

『はーい』

『隊長、あとはお願いします!』

「任せておけ! お前たちはゆっくり休んでいてくれ!」

 梓の声に返すと、アンチョビは通信を終えて一息ついた。横で休まずCV38を操縦する麻子が彼女に尋ねた。

「それで、ここからどう行く?」

「今のウサギチームの動きで一つ作戦が浮かんだ。高速に上がるからインターに向かってくれ」

「嫌な予感しかしないぞ」

 そう言いつつも麻子は手早く操縦桿を動かし、CV38の方向を変えた。

 

 

「隊長、大丈夫かな?」

 横倒しになったM3Leeの車内、あゆみは梓に言った。

「勝てるよ、きっと。隊長なら」

 疲れながらも、どこか満足そうに梓は答えた。

「でも梓、確かに急に振ったけど『ラビットアタック』は無いんじゃないかな?」

 桂利奈がそう言うと、優季やあやも同意する。

「ちょっとね~」

「言うにしても、もうちょっと、ねえ」

「え? ええ!?」

 賑やかに話をする少女たち。

 その声を背に紗希は横向きになった窓からCV38を見送り、僅かに微笑んだ。

 

 

 カタクチイワシは虎と踊る 第四十二話 虎の覚悟と鴨の意地

 

 

 都市部西側・陸橋跡付近。

 Ⅳ号戦車が隠蔽に使っていた瓦礫が弾け飛んだ。貫通した徹甲弾はそのまま車体に当たるが、勢いが落ちていたのに加え傾斜を付けていた事で損傷は軽微で済んだ。

「……動きが変わったわね」

 砲塔から半身を出しつつ、逸見エリカは敵部隊を観察した。

 先程までの集中砲火で敵2両を撃破したが、それまで停止していたみほの乗るフラッグ車が再び動き始め、反撃を行ってきた。

 立ち直ったか。1000m以上の距離からでは肉眼でみほの姿を詳細に確認する事はできない。しかし、ティーガーからの攻撃の正確さからエリカはみほが回復した事を確信した。

 

 ここまでの放送から黒森峰の残りの戦力を思い出す。M3Leeが撃破された今、東側に残っている戦力はアンチョビのCV38のみ。そちらに戦力を集中するとは考えにくい。だとすると、増援の到着は時間の問題か。

 今は何とか拮抗しているが、それは相手がここまで東側との連携を重視しており突撃を避けていたからだ。その必要が無くなった今、戦力が整えばみほは即座に突撃してくるだろう。

 

 エリカは喉頭マイクに手を添え、各車両に通信を送った。

「黒森峰は増援を待っている、今の内に改めて作戦を実行に移しましょう。レオポンはポイントHSに移動して付近で潜伏。非常時以外は動かないでタイミングを待って。アヒルとカモは予定通りの動きを。大変だけど、頼むわね」

「了解! みんなも頑張ってねー」

「任せてください、根性出し切ります!」

「わ、分かりました!」

 各車の車長から勢いある応答が返ってくる。

「『アル・フォルノ』作戦を開始するわ! パンツァー・フォー!」

 

 

 都市部西側・外周部。

 88mm砲の弾着を確認しつつ、みほはこちらに向かっている途中のパンター車長に尋ねた。

「こちら2号車。そちらの状況はどうですか?」

『こちら7号車。すみません、大洗がばら撒いていた障害物が思った以上に多く遅れています。もう間もなくそちらに到着できるかと思います』

「分かりました。大洗から突撃する可能性は低いです。焦らずに進んでください」

『了解』

 

 実際のところ、この状況においても大洗側から正面から攻撃を仕掛けてくる事は無いとみほは読んでいた。

 戦車の数でこそ4対3と大洗が勝っているが、総合力ではティーガーⅠ・ティーガーⅡ・パンターを残した黒森峰側の方が上回る。ここまでの戦いで、大洗側は賭けに出るとしても5分以上の状況を作り上げてから仕掛けてきていた。まだ、攻めてくるタイミングではない。

 

「(……でも、逸見さんも分かっているはず)」

 このまま黒森峰の増援の到着を待てば、蹂躙されるだけだという事を。

 みほは双眼鏡を手に取り、敵陣を観察した。視界に映るのはⅣ号とB1bis。ポルシェティーガーと八九式の姿は見えない。隠れているか、横道からどこかに抜けたか。

「皆さん、おそらく大洗はこちらが合流して戦列を整える直前に仕掛けてきます。少しずつ前線を押し上げつつ、視界の取れる広い交差点に出て迎撃態勢を整えます。行進間射撃を途絶えさせず、相手の動きを押さえたまま進んでください」

『了解しました!』

 3号車の小梅からの返事と共にティーガーⅡが動いた。前面最大150mmの装甲はⅣ号でも貫通は困難だ。みほの前に進み、そのまま盾となって前進を始める。

 みほの指示通り、3両の戦車は前進しつつ砲撃を繰り返す。88mm砲の一撃は大洗の戦車にとっては何処に当たっても致命傷だ。狙いの甘い行進間射撃だが、それでも怯ませる事は出来る。

 そのままみほ達はより広い交差点で陣形を構えた。付近のビルを遮蔽として利用しつつ、角度を付けて垂直での直撃を防ぐ。三方を見回すみほ。障害物は無く、接近してくれば視認は容易だ。

「全車停止。ここで迎撃します」

 町の中心部からは相変わらず散発的な砲撃が飛んでくる。みほはそちらを警戒しつつも周辺へと意識を向ける。

「……全車両、一旦砲撃を止めてください」

 通信を送り、砲撃が一旦静まる。

 みほは耳を澄ました。風の音、砲撃音の残響、敵の砲撃音───

 

「───来ます! 後方警戒!」

 

 ごく僅かなエンジン音の響き。パンターやⅣ号駆逐の音とは僅かに異なる。それはみほ達の展開する位置から後方より聞こえてきた。

「私たちが前進する間に、大回りしてきた?」

 ポルシェティーガーにそれが可能な足は無い、だとすれば。

 みほは即座にティーガーⅡの小梅との通信を開いた。

「3号車、接近してきているのは八九式です。陽動だと思いますから、他の方向に警戒してください」

『わ、分かりました!』

「11号車は砲塔のみ回して後方を警戒してください。相手が八九式なら背面からでも大丈夫だから、落ち着いて」

『こちら11号車、了解!』

 後方から撃ち込んでいたパンターの砲塔が回る。

 僅かの静寂。後方からの複数の駆動音。

 そちらの方向に目を向ける。遠くからこちらに向かってくる複数の戦車。

『こちら7号車、東側大通り外縁部に到着しました。これより合流します』

 増援のパンターからの通信。みほは頷き、応答する。

「お願いします。敵が1両回り込んでいます、注意してください」

『了か……』

 パンター車長が言い終わる直前、両の部隊の間に割り込むように1両の戦車が横道から走り込んできた。八九式だ。

「来ました! 7号車、11号車は八九式を迎撃。他は周辺を警戒!」

 みほはあえてその八九式を無視して後続部隊に任せ、それ以外の方向に注意を向けた。

 大洗側で最大の火力を誇るポルシェティーガー。それを最も有効に扱うならば、八九式を陽動に使っての奇襲とみほは読んだ。

 隙なく目を配る。88mm砲は1000mからでもティーガーⅠの正面を撃ち抜ける。遠方からの狙撃の可能性も無視できない。

「……居ない?」

 みほは呟いた。こちらが陽動に乗ってこない事で出られないでいるか。

『副隊長、八九式が……!』

 後方のパンター車長からの通信。みほは後方を見た。

 視界を煙が遮る。後方の通りは、煙幕によって完全に覆われていた。

「そんな、この短時間で!?」

 発煙筒であれ発砲すれば音は鳴る。なにより単発でしか打てない八九式でここまでの大規模な煙幕を展開できるはずが……

 そこまで考え、みほは大洗の過去の試合を思い出した。

「……まさか!」

 

 

「キャプテン、危険です!」

 八九式車内、あけびは砲塔からほぼ全身を出している典子に言った。

「ここが私たちの踏ん張りどころだ! 河西、今度は逆サイド行くぞ!」

「はいっ!」

 煙を背に、蛇行しつつ八九式は増援側の4両に向かう。一発でも当たれば八九式ならば白旗は確実だ。だが、エリカがら直前に言われた言葉を典子は信じた。

 

「黒森峰の圧倒的な火力。それは正面からの撃ち合いでは強力だけど、混戦では逆に動きを抑制する要素になるわ。迂闊に撃てば味方を撃ち抜く事になる。一対多の状況になった場合、できるだけ相手同士の射線が重なるように動いて」

 

「近藤、次っ!」

「はいっ!」

 妙子は車内に置かれた袋から発煙筒を典子に渡した。

「………」

 渡された発煙筒をポンポンと軽く浮かせつつ、典子は打ち込むタイミングを測る。距離はやや遠いが、これ以上接近すれば流石に危険か。

「キャ、キャプテン!?」

 典子は自身の身体を引き上げ、完全に車外に出た。

「ととっ!?」

 全速力で動いている八九式の上でバランスを取りつつ、典子は眼前のパンターに目を向けた。

 風が全身に吹き付ける。足がすくみ、体の奥から怯えの気持ちが沸きあがる。薄い装甲でも、カーボンに守られた戦車から身を出すだけでこうも違うものか。

「……根性おぉぉっ!」

 だが、ここで自分たちが損なえば勝ちの目は消える。典子は自身を奮い立たせ、発煙筒を握り締めた。

 上空へ放り投げる。移動する八九式の動きに合わせ、真上ではなくやや角度を付けて、できるだけ高く。

「必殺・ジャンピングサーブッ!」

 典子は車体を蹴り大きく飛んだ。もっとも高い打点と落下する発煙筒の位置が一致する。

 

 磯辺典子。

 彼女はアヒルチーム───元大洗女子学園バレー部、身長170㎝近くが揃う他メンバーの中で143㎝と唯一、そして最も小柄である。バレーという高身長がものを言う競技において、それが大きなハンディキャップである事は間違いない。

 だが彼女がバレー部のキャプテンである事に疑問を持つ者はいない。それは単に彼女が元バレー部の中で唯一の二年生だからというだけではない。

 セッター、バレーにおいてトスを上げるポジション。それはボールを的確に捉える機敏さ、正確にボールを上げるコントロール、そして他選手の動きを把握する観察力が要求される、総合力が求められるポジションである。

 あけび、忍、妙子、彼女らは知っている。そのセッターにおいて典子が最強であることを。

 

 叩かれた発煙筒が放物線を描いて飛ぶ。

 それは的確に先頭を進むパンターの車体に乗り、少し転がった後に留まった。もくもくと煙が噴き出し、敵の視界を遮る。

「そーれそれーっ!」

 更に数本を打ち込み、再び八九式は反転した。急いで砲塔に戻る典子。

「仕上げ行くぞ! 河西、もう一度敵フラッグ車の方向に突撃! 砲撃は場所を教えるから抑えて!」

『はい、キャプテン!』

 同時に声を返す三人。八九式はアスファルトを削りつつ自身が作った煙幕の中へと飛び込む。

 ここからは賭けだ。煙を抜けた後にみほのティーガーの砲門がどちらに向いているか。

 後方の増援部隊からの攻撃は無い。煙幕に混乱しているのに加え、誤射を警戒して撃てないでいるのだろう。

 典子は外に出たまま、煙を吸わないよう襟元で口を押さえつつ前を見る。

 やがて煙を抜けた。その先に見える二両のティーガー。

 

「……駄目か」

 

 その砲門は八九式側に向けられていた。あるいは煙を抜ける前から気付かれていたか。

「それならっ!」

 だが、典子の目には諦めは無かった。だた前に向かう闘志だけがあった。

 最後の発煙筒を構え、精一杯の力を込めて打ち出す。

「そーれっ!」

 それは大きく放物線を描き、正確にティーガーⅡの車体に乗った。直後、八九式にティーガーの88mm砲が至近距離で撃ち込まれた。弾けるように吹き飛び、横倒しになる。

 

『大洗女子学園・八九式中戦車、走行不能!』

 

「こちらアヒル、ティーガーⅡまでは煙幕かけました。後はお願いします!」

 咄嗟に戻った車内で、典子は最後の通信を行った。

『よくやってくれたわ。次は、私たちの番ね』

 

 

 ティーガーⅠの車体から身を出したまま、みほは白旗を上げた八九式を見た。

「前進してください。煙幕から距離を取ります!」

 素早く指示を出し、視界を確保しようとする。

 周辺は煙に包まれていた。大洗が継続高校戦で見せた手投げによる発煙筒の投擲。それによる攪乱は黒森峰の部隊に十分な混乱を引き起こしていた。

「くっ!?」

 突如、みほの身体を衝撃が揺らした。別車輌が擦れるほど近くを通ったのだ。混乱した僚機が操縦を誤ったか。みほはそちらを見た。

「………!?」

 高速でティーガー側面を駆け抜けるⅣ号戦車。

 その砲塔からは、大洗のパンツァージャケットを着たエリカがこちらを見つめていた。

 砲撃をすることなく、そのまま再び煙の中に消えてゆく。

「敵フラッグ車、接近しています。追撃を!」

『すみません! 3号車、煙幕で位置を把握できません!』

『同じく11号車、位置把握困難です!』

 みほの通信に対し、焦りの混じる応答が返ってくる。

 悩む時間は無い。みほは間髪入れずに言った。

「私が追撃します。位置は後から伝えますから、それに付いてきてください!」

『りょ、了解……』

 その時、立て続けに砲声が響いた。先ほどまでⅣ号戦車とB1bisがいた、崩れた陸橋付近から連続して砲撃が放たれている。そのペースは今までとは比べ物にならないほど早い。必死の足止めか。

「行きます!」

『副隊長、気を付けて!』

 みほはその砲声に背を向け、Ⅳ号を追う。

「……逸見さん」

 小さく呟く。彼女が何をしようとしているのか、おぼろげながら分かってきた。

 エリカが目論んでいる状況、それは───

 

 

「せーのっ!」

 B1bis、上部にある副砲の47mm砲が火を吹く。

「よいしょ!」

 下部主砲、75mm砲が放たれる。

「せーのっ!」

 止まることなく装填、そして発射。

「……よいしょ!」

 同じく75mm砲も素早く装填と発射が行われる。

「せ、せーのっ!」

 カモチーム車長兼通信手兼副砲砲手のそど子が息を切らしつつ再度の装填を行う。

「限界だよ、そど子ー」

 主砲装填手兼砲手のパゾ美が悲鳴をあげた。

「踏ん張るのよパゾ美! ここで足止め出来なかったら、作戦失敗なんだから!」

 敵からの至近弾。全面約60mmの装甲は大洗の車両では堅牢な方ではあるが、それでも88mm砲の前では紙同然だ。

「ゴモヨ! 退いちゃ駄目よ、前後させて狙いを逸らして!」

「わ、分かってるよ、そど子~!」

 操縦席のゴモヨが半泣きで答える。

 

 B1bis。

 WWⅡ開戦前に作られた車両で、フランスの生み出した重戦車である。

 ───が、はっきり言ってしまうと戦車道向きの車両ではない。

 先にも挙げた通り、背面を含めてほぼ全体が60mm装甲で覆われた車体は堅牢であり、WWⅡの開戦当初はこの装甲を貫通させうる独戦車は居なかった程である。

 しかし、それはあくまで開戦当初の話。戦争中に驚異的な高性能化・高火力化を遂げたティーガー等の前では只の鈍重な戦車に過ぎなくなってしまった。

 また、更なる問題が搭乗員の負担の大きさである。

 例えばB1bis同様、二つの砲門を持つM3Leeは各砲に装填手と砲手、また通信手も揃っており、それだけの人数が収まるだけの空間がある。それに対し、カモチームのB1bisは二門の砲門を持ちながら搭乗員は3名。つまりウサギチームが6人で行っている作業を半分の人員で行わなければならないのだ。

 各砲を一人で装填、発射を行った上に車長が通信手を兼ねる。結果、連携した作戦行動を取ろうと思えば副砲はほぼ役立たずになってしまう。まあ使えても、副砲の威力はⅢ号戦車の50mm砲とどっこいなのだが。

 その性能と火力を十全に活かすためには、色々と捨てる必要があった。連携を捨て、通信を行わず、全てを砲撃に注力する。

 それが今、この時であった。

 

 煙の中、闇雲に撃ち込む。アヒルチームは的確に相手の車体に発煙筒を乗せていた。煙の位置が敵の位置だ。

 75mm砲がティーガーⅡに命中した。しかし、損害は全く与えられていないようだ。短砲身ゆえの火力の足りなさである。

「やっぱ効いてないねー」

「パゾ美、次からは榴弾にして! 周りの建物に当てて瓦礫で攻撃するの!」

「りょーかい」

 口調こそいつも通りだが、パゾ美の息は荒く、額には幾つもの汗が浮かんでいる。

 そど子も同様だ。主砲の75mmに比べれば47mm砲の砲弾は軽いとはいえ、普段の倍以上のペースでの装填と砲撃の繰り返しである。腕が痺れ、絶えず動くため足腰の負担も大きい。

「風紀委員を……」

 だが、それでもそど子は動きを止めない。ここで負ければ学園は無くなる。風紀委員の仲間と共に守り続けてきた学園が。

「舐めないでよねーっ!」

 叫びと共に47mm砲が、幾度目かの砲火を放った。

 

 

 大通りからやや離れた道を走るⅣ号戦車と、それを追うティーガーⅠ。

 88mm砲が撃ち込まれるが、Ⅳ号戦車はそれを最小限の動きで避けた。車上のエリカは何か指示を出しつつ、時折後方を振り返ってみほを確認している。まるで、ちゃんと付いてきているかを確かめるように。

 やがて前方に一際大きな建物が見えてきた。白塗りの校舎。高い壁に囲まれている。

 そこにⅣ号は滑り込むように入って行った。

「こちら2号車。3号車、状況はどうですか?」

『こちら3号車、大洗のB1bisが足止めを仕掛けていますが、増援部隊の方をそちらに回しました』

「分かりました。敵フラッグ車は付近の高校の校舎に入りました。先行して動きを押さえるので、そのまま向かわせてください」

『分かりました!』

 小梅との通信を終え、みほは改めて学校を見た。ここで合流を待っては相手の待ち伏せや仕掛けを許す事になる。

「敵フラッグ車を追います。速度を落とさず進んでください」

 ティーガーⅠが校門を越えた。Ⅳ号の履帯跡を追うように建物の隙間を縫い、更に奥へ進んでゆく。

 Ⅳ号は先ほどより速度を落とし、トンネルのように造られたゲートを抜けた。どうやらこの先は中庭になっているようだ。

「……やっぱり」

 みほは僅かに考えた。エリカがしようとしている事はほぼ分かった。それに乗るのは策としては間違いなく下策だ。だが───

「このまま向かって下さい」

 操縦手に指示を出し、みほはそれを追った。

 ゲートを過ぎた後、後方に耳を澄ます。通常のエンジン音とは異なる、モーターめいた音。それが僅かに聞こえる。

 更に追う。建物の隙間を抜け、青々とした木々の間を通り、やがて二両の戦車は中庭にたどり着いた。戦車二両が動き回るには十分な広さの空間。

 

「……来てくれたわね」

 

 Ⅳ号戦車の上から、エリカが言った。視線は真っ直ぐにみほに向けられている。

『こちら7号車。副隊長、3号車、聞こえますか!? 副隊長!?』

 みほの耳に、増援部隊のパンター車長の声が届く。

『学校まで到着しましたが、校舎のゲート前をポルシェティーガーが遮って封鎖しています! このままではそちらに行けません!』 

『そんな……!』

 小梅の声に焦りが混じる。みほはそれを、どこか淡々とした表情で聞いていた。

 

 エリカ達は最初から、こうしてみほと1対1の状況に持ち込もうとしていたのだ。

 例えどこまで奇策を弄しても、それで削れる戦力には限界がある。押し潰されない程度まで削った後にこうして入口が限られた場所に誘い込み、大洗でもっとも装甲の厚いポルシェティーガーで蓋をする。それが大洗の最終作戦。

 エリカが単独で接触してきた時点で、みほはその意図を理解していた。

 本来ならばそれに乗らずあくまで落ち着いた対応で態勢を整えるのが最善の策であり、そうすれば間違いなく黒森峰は勝利しただろう。

 

『副隊長、こちらを片付けてすぐに向かいます。それまで待っていてください!』

 小梅からの要請。確かにティーガーの装甲をもって回避に専念すれば、ポルシェティーガーを撃破して味方の突破を待つまで耐える事は可能だろう。

 みほは喉頭マイクに指を添えた。

 

「……ごめんね、赤星さん。先に、約束してたから」

 

 学園艦に帰れなくなり、旅館で一夜を過ごした翌朝。連絡船の搭乗口でエリカは自分に全てをぶつけてくると言った。そして、それを自分は逃げずに受け止めると約束した。

 姉のため、西住流のために戦う理由は無くなった。

 そして、黒森峰の皆のために戦おうと思った。

 しかし、それより前に自分は約束していたのだ。

 ならば、その約束は守ろう。

 黒森峰の副隊長ではなく、西住みほとして向き合ってくれた彼女との約束を。

 みほは背を伸ばし、エリカを真正面から見つめた。

 

「───受けて立ちます!」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第四十二話 終わり

次回「決着」に続く


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