カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第三十八話 反撃のイワシと走るアヒル

 

 ―――決勝戦数日前、大洗ガレージ。

 

 ポン、ポン、という小さな爆発音と共にアンチョビの眼前の模型の脚部が破砕される。

 何脚かの脚を壊されたその陸橋の模型は、少しの間ぐらついた後に斜めになって崩れた。

「……このタイミングでもダメみたいだね」

 反対側から崩れた状態を確認しつつ、レオポンチームのリーダー、ナカジマが言った。

「うーん、やはり頑丈に造られているな……」

 アンチョビはそう言いつつ頭を掻く。

 彼女らの前にあるのは試合会場の中心部のターミナル、そこに建てられた陸橋の小型模型である。数度の試合会場の下見で得たデータを元に、自動車部の3Dプリンターで作り上げたものだ。

「これでも十分、駅前は封鎖できると思うけど?」

 ナカジマの質問にアンチョビは首を横に振った。

「黒森峰の操縦技術は確かだ、戦車一両通れる隙間も作れない。均一に崩して、駅前を完全に通れないようにしないと駄目だ」

「……重心になっている支柱を壊して、中央から崩すやり方は問題ないと思う。あとは他の壊す柱の場所とタイミングだね」

「M3Leeなら一度に二ヵ所破壊できる。今度は一か所増やしてみよう」

「了解。次のに火薬を付け直すから待ってて」

 そう言う二人の横には、完全な崩落に失敗した陸橋の模型がうず高く積まれていた。

 

 

 カタクチイワシは虎と踊る 第三十九話 反撃のイワシと走るアヒル

 

 

「……何とか想定通りに行ってくれたか」

 ターミナルから少し離れた位置、砲撃を行ったP40の砲塔からアンチョビは陸橋の状態を確認すると大きく息をついた。各狙撃位置に展開していた僚機に連絡を取る。

「こちらイワシ、各車両、大丈夫か?」

『こちらカメチーム、大丈夫だよー』

『ウサギチーム、全員怪我はありません。このままポイントKDからの偵察に移行します』

『レオポン異常なし。予定通りトラチームと合流するね』

『こちらトラチーム、異常なし。レオポンチームと合流後は予定通り動くわ』

「分かった。みんな、聞いてくれ。これでようやく黒森峰と戦える準備が整った。だがそれでも五分には程遠い戦力差だ」

 そこまで言って、アンチョビは土煙に少しせき込んだ。

「ケホッ……カバチーム、アリクイチームの奮闘で西住姉妹の分断にも成功した。まずは姉のまほを叩く。トラとレオポンはそれまでの間、みほの相手を頼む」

『OK。こっちは任せておいて』

「それでは各員の健闘を祈る! みんな、頑張ってくれ!」

 

 

 都市外周の東側。轟音が治まり、静寂を取り戻した大通りで黒森峰の車両は一旦停止していた。まだ周囲の煙幕は薄まりこそすれ散り切ってはいない。

『どうしますか、隊長?』

「駅前の状況を確認する必要がある。このまま低速前進。敵は待ち伏せを仕掛けてくる可能性が高い。警戒を緩めるな」

『りょ、了解しました!』

 前方のティーガーⅡを指揮する直下からの打診に、西住まほは再行動の指示を出した。そこに別の通信が来る。履帯破壊された機体で編成を組んで向かっているみほからだ。

『お姉ちゃん! 凄い音が聞こえたけど、大丈夫!?』

 町の郊外にまで今の破砕音は聞こえていたのだろう。まほは安心させるように答えた。

「大洗の連中が駅前の陸橋を破壊した。向かっている途中だった我々は大丈夫だ」

「良かった……えっと、私たちはどう動けばいいかな?」

「そうだな……」

 

 まほは少し考えた。

 駅前の陸橋を爆破した目的はおそらくターミナルの封鎖と、大通りを利用しての東西間の通行を防ぐ事による分断。これは間違いない。

 車両数、戦力共に劣る大洗が正面からの組織戦で勝てないのは確かだ。そうなるとアンチョビらが選択できるのは、こちらの不意をついての奇襲戦法か、大規模戦闘が困難な狭所でのゲリラ戦。あるいはその併用。

 ここで黒森峰が取り得る戦術で最も有効なのは、大通りや大型駐車スペース等の広い所に陣取っての持久戦だろう。相手が散発的な攻撃しかしてこないのであれば、それをモグラ叩きめいて潰してゆけばいい。戦車数で勝る以上、削り合いに持って行けば確実に黒森峰が勝つ。

 

―――しかし、それは黒森峰の戦い方では、王者の戦い方ではない。

 

 西住流は退かず、逃げず、前に進む流派。全てに劣る相手を警戒して動きを止め、時間をかけて競り勝ちしたとしても誰もそれを勝利とは認めないだろう。王者であるという事は、王者らしい勝ち方をし続けなければならないという事なのだ。

 

「……みほ、お前たちの部隊は転進して町の西側から侵入。大通りを進み、制圧を行ってくれ。敵の動きはまだ不透明だ。片側に集中させている内に別の手立てを打つ可能性もある」

『分かった。お姉ちゃん、気をつけて』

「ああ、みほも」

 みほからの心配の言葉に短く答えるとまほは通信を終え、再び黒森峰戦車道自作の町の地図を広げた。

「さて、どう出てくる」

 

 おそらく、相手はこちらが大通りを使えなくなった事で困窮していると思っているだろう。確かに一般的な学校ならばそうだろうが、黒森峰の調査はより詳しく、より徹底的だ。

 その地図は学生が測ったとは思えない程に詳細かつ精密だった。どの道が使え、どの道が通れず、各ポイントに向かうにはどのルートが最適かまで記されている。無論、これは黒森峰の全車両に配布されているものだ。

 

『隊長! 敵発見、八九式中戦車です!』

 前方を進むティーガーⅡからの通信。まほは地図から顔を上げるとハッチを押し開き前方を見た。煙幕はようやく散り、大通りの先の瓦礫の山もうっすらと見える。しかし直下の言う八九式の姿は無い。

 まほは喉頭マイクに手を伸ばすとティーガーⅡに通信を送った。

「八九式はどこに居た?」

『今、路地の間から間へと……すみません、射撃のタイミングを逃しました。追いますか?』

「いや、おそらくは陽動だろう。このまま進む。仮に裏を取られても八九式ならば影響は無い」

 直下からの提案にそう答え、まほは更に前進の指示を出す。

 やがて彼女らの戦車はターミナル付近にまでたどり着いた。ターミナル全体に行き届くように造られていた陸橋は完全に破壊され、大小の瓦礫と化して駅前周辺を埋め尽くしている。

「……通行は無理か」

 双眼鏡でターミナル外縁部まで確認した後、まほは呟いた。綺麗な壊し方だ。おそらくは入念なシミュレートを行った上での榴弾による爆破だろう。

 これで集団での東西間の移動は難しくなった。しかし、それは相手も同じだ。

 ティーガーを転回させ、駅を背にする。西側に展開中のⅢ号戦車へ通信。

「Ⅲ号、西側の状況はどうだ?」

『こちらⅢ号。陸橋破壊後の大洗は分散して行動しているようです。現在、一定の距離を置きつつ敵フラッグ車・Ⅳ号の動きを偵察中』

「Ⅳ号は西側に移動しているのか?」

『はい。あとポルシェティーガーもこちらに来ているようです』

「分かった。現在、副隊長の部隊を西側に回している。こちらからも増援を送るが、合流までは距離を置いて偵察に徹しろ」

『了解』

 Ⅲ号車長の応答。まほは少しの沈黙の後に彼女に尋ねた。

「……八九式は見たか?」

「八九式ですか? ええっと、どうもB1bisと行動を共にしつつ住宅街付近を走り回っているようです。Ⅳ号の偵察を優先したため細かい動きまでは分かりませんが……」

「そうか。ならばいい」

 通信を一旦終え、まほは地図上に大まかな敵戦車の位置を書き込んだ。

 

 敵Ⅳ号とポルシェティーガーは西側。八九式とB1bisは住宅地。残りはP40、ヘッツァー、M3Lee。これがどう動いているか。

 とはいえ、敵フラッグ車の位置が確認できている以上こちらがすべき事は決まっている。すなわち敵に何かしらの思惑があり何かをしようとしているならば、それが整う前にこちらの戦力を西側に送り込み包囲殲滅する。それが黒森峰の前に進む戦だ。

 

「住宅地を抜け、西側のフラッグ車を叩く。車線は狭くなるので直下は下がれ。6号車から10号車まで先行して進攻。周辺のクリアリングを行いつつターミナルを迂回、西側大通りに向かえ」

 まほの指示に応え、3両のパンターと2両のⅣ号駆逐が横道に入り込んだ。西側に抜けるルートは幾つかある。危険なルートを回避し、より安全に突破するための備えだ。

 しばらくの間を置き、まほのティーガーも進み始めた。その進み方は慎重である。

 ティーガーの全幅は4m弱。二車線の道路でも狭く、余りに車間が近いと万一の時に対応できないからだ。

 駅周辺は高層建築物が密集しており、ある程度そこから離れてから住宅街方面に抜ける。ティーガーは街路樹の間を抜け、住宅街手前の交差点の中央で停まった。

「6号車、状況を」

『………』

 まほの通信に対し、返ってきたものは沈黙だった。僅かの違和感を覚え、再度呼びかける。

「6号車、どうした?」

『あ、も、申し訳ありません、隊長! その、道に障害物があるんですが、どう説明したものか分からなかったもので……』

「障害物?」

『す、すぐに撤去しますので、お待ちください!』

 問いかけるまほの言葉に咎めるような響きを感じたのだろうか。6号車のⅣ号駆逐車長は慌てて弁明すると通信を切った。まほは少し考えた後、7号車のパンターに連絡する。

「……7号車、そちらの状況は?」 

『こちら7号車。現在、前方に障害物があり確認中です』

 7号車の車長は6号車に比べ、まだ落ち着いているようだ。まほは彼女に尋ねた。

「その障害物とは何だ?」

 実際、試合中の偶発的な障害物というのは珍しいものではない。偶然の倒木、崖の崩落、市街地であれば倒れた電柱や崩れたブロック塀などだ。だが、それらであれば彼女らはそう報告するだろう。

 問われた7号車長は、僅かな思案の間の後に答えた。

『その、短い鉄骨をワイヤーで結んだような、それが道の真ん中に……』

 まほの表情に険しさが増す。

「……”チェコの針鼠”か」

『は?』

「話は後だ。7号車、すぐにそこから離れろ。11号車と12号車はこの周辺に建築現場などが無いか大通りに戻り確認……」

 その時、まほの耳に砲声が届いた。

 

『黒森峰女学園・Ⅳ号駆逐戦車、走行不能!』

 

 放送が流れる。数秒遅れて6号車長からの通信が届く。

『申し訳ありません、6号車やられました! 周辺は警戒しつつ作業していたのですが、路地から急にヘッツァーが……!』

 

 

「え!?」

 6号車と同様に道路の中央に置かれた障害物を横に避けようと数名で抱えたまま、8号車パンター車長は驚きの声を上げた。

「大丈夫です、周辺の道路に敵車両は確認できません!」

 砲塔から周囲を警戒する通信手が言う。

「分かった。急いで動かすわよ、せーの!」

『せーの!』

 降りてきた他のメンバーと声を合わせて道の端へと運んでゆく。

「……ん?」

 経験的なものだろうか。車長は何かしらの気配を感じてふと横を見た。

 一車線しかない、戦車も通れない細い道の先。

 砲門だけが、こちらを覗いている。

「しまっ……!」

 車長が叫び終える前に、パンターの側面を徹甲弾が撃ち抜いていた。

 

『黒森峰女学園・パンターG型、走行不能!』

 

 

「な、何? 二両まとめて!?」

 別ルートから進んでいた9号車車長は立て続けの放送に動揺を隠せずにいた。

「車長、ここは一度退いて隊長の指示を仰ぐべきでは?」

 焦りつつ装填手が言う。

「……そうね、罠が張られている可能性が高いわ。後退して戦況を確認しましょう」

 その意見具申を受け、車長は頷いた。転回して戻ろうとするパンター。

 進んできた幾つかの辻を抜け、本隊の位置に戻ろうとする。

 しかしその後退は思わぬ物に止められた。

「車長、前方に障害物が!」

 操縦手の声に車長は前方を見る。

「そんな、さっきまで何も無かったのに!?」

 戻ろうとする道路の先。そこには鉄骨を組み合わされた障害物が二つ並んでいた。

「これじゃ戻れない……!」

 砲塔から身を出して困惑する車長の耳に届く、パンターとは違う戦車の駆動音。

 その音に反応して後ろを振り向くと、先程まで進んでいた位置に丁度停止したヘッツァーがこちらに砲身を向けたところだった。

「て、転回!」

 如何なパンターとはいえ背面は40mm。ヘッツァーの75mm砲の前では―――

 車長がそう思う間に、敵の砲撃は放たれていた。

 

『黒森峰女学園・パンターG型、走行不能!』

 

 

「何と……西副隊長殿、あれは一体何でありますか!?」

 観客席に座る福田が戦況の急転に驚きつつ尋ねた。絹代が腕を組みつつ唸る。

「うむ、あれはおそらく『ばりけいど』のようなものだろう。しかし……」

 西の顔にも疑問の色が濃く出ている。当たり前だが、そんな物が都合よく町中に転がっている訳も無い。それでは何処で大洗勢はそんな物を用意できたのか。

「”チェコの針鼠”ですね」

 その横に座るノンナが言った。

「知っておられるのですか、ノンナ隊長?」

「私たちとも縁深い物ですので」

 

 チェコの針鼠。

 いわゆるアンチタンクバリケード―――対戦車障害物の一種である。

 WWⅡ開戦前のチェコスロバキアが建造していた要塞線において設置されたのが起源である事からそう呼ばれる、1mほどの短い鉄骨や木材を組み合わせた単純な造りの構造物だ。

 それは歩兵などの人間を止めるのには役立たないが、戦車の進攻を止めるのには多大な効果を発揮する。乗り越える事もできず、仮に破壊されても走行を妨害させる事ができる。

 モニターに映る針鼠はそこまでの大きさではないが、戦車の走行を阻害するには十分なサイズにはなっている。戦車にしてみれば乗り越える事も、轢き潰す事も難しいだろう。

 

「でも、どうやってあんな物を用意できたのかしら?」

「その答えは、もう映っているみたいだよ」

 絹代と同じ疑問を口にするカチューシャに、ミカがカンテレを鳴らしつつ言った。顔を上げ、モニターに映る戦車に視線を送る。

 広い背に鉄骨を乗せたB1bisと、箱乗りに近い形で磯辺典子が身を出している八九式に。

 

 

「みんないくよー! せーのっ!」

「せーのっ!」

『よーいしょ!』

「設置完了!」

 典子のかけ声と共にアヒルチームの各員が声を合わせ、B1bisの背中に積まれていた針鼠を手際よく設置させる。間を置かず八九式に乗り直す。

「こちらアヒル! ウサギチーム、敵の動きはどうですか?」

『こちらウサギチーム、その先にⅣ号駆逐がいます。迂回してください』

「了解! 河西、右からのサイドアタック!」

「はいっ!」

 典子は砲塔からほぼ全身を出しつつ視線を上に向けた。町を走る高速道路の高架。そのフェンスからM3Leeの頭だけが少し顔を出している。そこから偵察した情報を共有し、黒森峰の動きを回避しているのだ。

 そこにアンチョビからの通信が届く。

『こちらイワシ、そろそろ敵も気付きだす。そこからは生存を優先して、合間を見ての補給と設置をしてくれ』

「了解です!」

 やがて八九式とB1bisは黒森峰の展開する位置から離れた大通りにひょっこりと顔を出し、道沿いの建築現場に素早く逃げ込んだ。

「みんな、もうひと踏ん張りいくよ!」

「キャプテン、腕がもう限界です~……」

「堪えろ近藤! 私たちの頑張りでこの試合が勝てるか決まるんだ、根性ー!」

 数十kgある物を繰り返し上げ下げする重労働に妙子から弱音が出る。それを典子は拳を突きあげて励まし、工事現場の片隅に幾つも転がるオブジェめいた鉄骨の所へ向かった。

「いくぞ、せーのっ!」

『せーのっ!』

 かけ声と共に抱え、B1bisに乗せ始める。

「あ、あの、やっぱり私たちも……」

 B1bis車内から後藤モヨ子が顔を出し、おずおずと申し出る。しかし典子はそれを一言で押しとどめた。

「大丈夫です、こういう時のためのバレー部ですから! 風紀委員の皆さんは警戒に集中してください!」

 そして再び鉄骨を乗せる作業を再開する。やはりおずおずとモヨ子は言った。

「バレー部は関係無いんじゃ……?」

 

 

「工事現場にあらかじめ障害物を……!?」

 驚くノンナ。頭上のカチューシャは首をひねりつつ言った。

「でも、そんな用意する時間なんてあったかしら?」

「おそらく、下見の時に既に用意していたんじゃないかな。会場の下見については何人来ようがルール違反では無いからね」

 澄ましたような笑みを浮かべつつミカが答える。大洗のこの戦い方は彼女の興味を引いているようだ。それに反論するカチューシャ。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 試合会場の事前チェックは本部がしてるはずよ?」

「そのチェックを抜けた、という事だろうね」

 

 当然ではあるが試合開始前、戦車道連盟本部による会場のチェックは行われる。区域に残っている住人はいないか、試合校がトラップ等を事前に仕掛けていないか等を確認するためである。

 しかし街ひとつを確認しなければならない中、建築現場に他の資材に混じって転がる鉄骨にまで注意が向くかと言えばこれは無理というものだろう。大洗からすれば気付かれればアウトの危険な賭けではあったが、彼女らはそれを潜り抜けたのだ。

 

ミカは更に言葉を続ける。

「……とはいえ、色々とギリギリな方法だね。『たまたま工事現場にあった資材を利用して急ごしらえで障害物を作った』と言えば通らなくは無いけど、抗議が来たら試合中断くらいは十分あり得るだろうね」

「そして、その抗議を黒森峰はできない」

 ノンナがその言葉を引き継ぐように言った。頷くミカ。

「そう。10対20……いや、9対20かな? その大差で始まり、被害が出たとはいえまだまだ黒森峰にとって圧倒的な戦況だ。ここで物言いを付けて勝ったとしても黒森峰の名は地に落ちる……王者として求められる風格と伝統、それは黒森峰にとって最大の拘束なのさ」

 カンテレの澄んだ音が鳴るのと同時にモニターが切り替わり、P40から顔をのぞかせるアンチョビの姿を映す。

「全く……彼女もなかなかに食えない隊長だよ」

 

 

 人間が最も動揺する時、それはその人にとって崩れない筈の前提が崩れる時である。

 絶対にある筈のものが無い。無い筈の物がある。通れる筈の所が通れない。規律正しく行動している者ほど、それが崩れた時の振れ幅は大きい。

 さあ、これでお前の頼りにしていた地図は役立たずだ。どう動く、西住まほ。

「……ここまでは成功ッスね」

 P40砲手席のペパロニが汗を拭う。

「これで勝てる相手なら準決勝で聖グロリアーナが倒してるさ。すぐに黒森峰は態勢を立て直す」

 車内に戻り、アンチョビは言った。

「ここで西住まほを仕留める、一気に行くぞ!」

 意気高く吼えるその声に応えるように、P40のエンジンが唸りを上げた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第三十八話 終わり

次回「虎と、虎」に続く


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