カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第三話 虎の涙とイワシの牙と

「……うーむ」

 CV33の上でアンチョビは空を眺めていた。学園艦程の大型艦だけに、艦上には独自の生態系が出来ているのだろう。海のど真ん中でもスズメが飛んでいる。

「うーむ……」

 寝転がっていた姿勢から起き上がり、頭を掻く。懐中時計を取り出すと、試合開始の時間まであと五分まで迫っていた。大洗学園敷地内の小さい丘にCV33は停車していた。新緑の木々が風にそよぎ、草原にはタンポポが黄色い彩を添えている。

「……危険だなァ、まあ、これしかないか」

 ひとまずのプランは仕上がった。リスクは高いし勝率も100%とは言えないが、そもそもⅣ号戦車とCV33でサシで勝負して勝とうというのが無理のある話なのだ。仕方ない。

「よし、それじゃ行くぞペパロニ」

 コンコンとCV33の屋根を叩く。反応は無い。

「……そうか、ペパロニはもう居なかったな。そんじゃカルパッチョ……も、居ないか」

 数秒の沈黙。

「あ”あ”あ”あ”あ”! しまったー!」

 一方、ガレージに残された杏と柚子は何かを考えていた。

「アンチョビ、何か一人で乗っていったけど……あれ一人用だったっけ?」

「いえ、もう一人銃座に必要なはずですけど……?」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る  第三話 虎の涙とイワシの牙と

 

 

 ガレージ内のⅣ号戦車には、4人の少女が既に搭乗していた。車長にエリカ。通信手は沙織、砲手兼装填手に優花里、操縦手に華という編成だ。そしてその中の空気は正直なところ快適ではなかった。

 授業が始まったかと思ったら突然出てきた女生徒が初見の隊長と衝突。その後いきなり乗り方の説明もそこそこに「お願いできるかしら」の一言で乗せられたのだ。流石に和気藹々とするには無理のある状況である。

「(大丈夫かな……何だか、あの逸見さんって怖そうだし……)」

「……迷惑をかけるわね」

「はいっ!?」

 不安そうな沙織の態度に気付いてか、エリカは彼女に声をかけた。跳ねるように反応

して車長席のエリカへ振り向く。

「履修初日に変な事に巻き込んで、悪いと思ってるわ」

 そう言うエリカの表情は実際に申し訳なさそうだった。

「安心して、みんな戦車に乗るのは初めてなのは分かってる。勝負と言っても、こっちは相手に一発当てれば勝てる。そして相手の攻撃は基本的にこっちを貫通できない。焦る必要は無いわ。練習の気持ちで、落ち着いていきましょう」

「分かりました。よろしくお願いします」

「ありがとう。こっちこそよろしくね、逸見さん(良かった。見た目よりいい人そう……)」

 エリカの言葉に華が操縦席から丁寧に返す。続いて沙織も。その時、砲手席の優花里がおずおずとエリカに尋ねた。

「あ、あの……逸見殿、ですよね? 黒森峰の……」

「……まあ、そうなるわね」

「やっぱりですか! お会いできて光栄です! あのあの、前大会での二回戦や準決勝で見せた数々のアシストはお見事でした!」

 エリカが不本意そうに答える。すると優花里の表情は急に明るくなり、食いつくように彼女を賞賛した。その反応に若干戸惑いながらエリカは答えた。

「そ、そう……良く見てたわね」

「そういえば、先ほども秋山さんは逸見さんの事を言われていましたが……」

 華がガレージでの優花里の反応を思い出して言った。

「はい! ……まあ、西住姉妹や他校の隊長ほどの華々しい戦果を持たれている訳では無いんですが、知る人ぞ知る名バイプレーヤーと一部で言われていて……」

「お喋りはその位にしておきましょう。そろそろ始まるわ」

「あ、はい、すみません……」

 更に語ろうとする優花里を、エリカはやや厳しい口調で止めた。しゅんとして優花里が沈黙する。

 アンチョビが指定した勝負開始まであと3分。実践に近い勝負にするために、Ⅳ号のスタート地点は大洗女子学園の戦車ガレージからだがCV33の位置は不明で始まる。

 エリカは内心のイラつきを抑えていた。戦車の内部の鉄と油の匂い、暖気を始めたエンジンの音と振動。車長席から見える光景。それらがエリカに過去の記憶を思い出させ、彼女の心に懐かしさを与え―――それが同時に、堪らなく不快だ。

(まあ、いいでしょう。これで戦車に乗るのも最後なんだし)

 エリカは内心で呟き、指示を飛ばした。

「それじゃ、いくわよ。パンツァー・フォー!」

「……パンツがアホー?」

「……戦車前進って意味よ。まずはそこから教える必要がありそうね」

 エリカは軽い頭痛を覚え、額に手を当てた。

 

 

 CV33停車地点ではアンチョビが頭を抱えていた。

「しまった……あいつらが居なかった事とか今まで無かったから、つい習慣で出てきてしまったけど、どうすれば……!?」

 当たり前だがCV33は二人乗りである。一人が操縦手、一人が砲手を務める。なので必然的にアンチョビ一人では操縦しかできない。そして彼女の考えたプランでは絶対に砲手が必要なのだ。

「どうする、どうする……今から戻って『いやー、うっかり砲手を乗せ忘れた』と言って誰かに乗ってもらうか? いや、あれだけ見栄を切っておいてそれは恰好悪すぎる!」

 大声で自問自答しながら頭を振るアンチョビ。

「では不戦敗? いや! それはもっとダメだ! 隊長就任初日にそんな事をした日には隊長としての面目丸潰れで、誰もついて来なくなる!」

 CV33の上でゴロゴロと転がる。

「駄目だー! 八方ふさがりだー!」

「……誰だ、さっきから大声で人の安眠を妨害するのは?」

 その時、一本の木の方から声が聞こえてきた。

「え?」

 アンチョビは起き上がり、声の方向を見た。丁度陰になっていて気付かなかったが、木陰に寝ていた生徒がいたようだ。

「あ、ああ、すまない……って、お前は?」

「……何だ、安斎さんか」

 昼寝中だった冷泉麻子は、アイマスク代わりの顔の上の本を取ってアンチョビを見た。

「……とりあえずアンチョビと呼んでくれ」

 

 

 一方、ガレージのⅣ号戦車は操縦に関する簡単なレクチャーを終え、開始時間を若干割ってから発進しようとしていた。

「えっと、それで、どちらに向かえば良いでしょうか?」

「今回の勝負はあくまで公式戦ルール上での試合だから、野試合みたいに一般人を巻き込むような場所での戦闘はできない。それに加えて相手のCV33は火力は無いけど速度はあるから、足を活かせる場所で待ち構えているでしょうね」

 華の質問にエリカが答える。

「って事は……学校裏の丘の辺りかな? 逸見さん」

「そうね。Ⅳ号でも上面は流石に薄いから、できるだけ高度を稼げる所に早めに上がって、相手を広地でおびき出しましょう。さっきも言ったけど、正面からの勝負での負けは基本無い勝負よ。戦車前進、目標は山岳部。草原を大回りして」

 沙織が質問を引継ぎ、それにエリカが答えて指示を出した。華が不慣れな手つきながらレバーを握り、力を込めて動かすとⅣ号戦車は唸りを上げて前進を始めた。

「おお、動いた!」

「頑張れー!」

「……頑張ったら隊長負けちゃうんじゃないの?」

 その戦車を見送りつつ、並べられたパイプ椅子に座っている他の履修者が歓声を送る。

 彼女らの前には急ごしらえのスクリーンが用意され、ドローンから見た上空からの映像が送られている。公式戦では随所に用意されたカメラや観測機を使って実況や判定を行う。それに近づけた形だ。現在はカメラはガレージ直上。前進するⅣ号を上から映している。

 Ⅳ号はやがて校舎を離れ、舗装されていない山道に差し掛かった。そのまま坂道を登り、木々の間を抜けて進んでゆく。その先はある程度の広さのある草原だ。

「……まだ仕掛けてきませんね」

「って言うか、一人で出ていっちゃったからねー。仕掛けられるのかな?」

 スクリーンを見ながら言う桃に、杏は干し芋を食べつつ言った。

 映像のⅣ号は更に進み、草原の入り口に差し掛かる。その時、Ⅳ号の過ぎた後の木々の間から突然CV33が現れた。後方からⅣ号に向かって突撃し、激しい銃撃を浴びせる。

「……誰が乗ってるんだろ、あれ?」

 首を傾げつつ、杏は干し芋をもう一枚食べた。

 

 

「ちょ、撃たれてる! 後ろから撃たれてるー!」

 突然車内に響く銃撃音に、沙織は大声で叫んだ。

「静かにしなさい! 後ろからでもⅣ号の装甲は抜けない。雨のようなものよ」

 エリカが抑えた声で咽頭マイク通信を送る。

「え?」

 言われて沙織は改めて認識した。確かに先ほどからカンカンと音こそすれ、揺れる程の衝撃も無ければ弾丸が車内に飛び込んできたりも無い。

「Ⅳ号戦車は背面でも20mm。CV33の8mm機銃では実際厳しいですね」

 複雑な表情で優花里が言う。気持ち的にはCV33に勝ってほしい部分もあるのだが、正直それは難しいし、何より人から砲手を頼まれて手を抜く事はできない。その板挟みだ。

「……悪いわね。でも、私はもう戦車に乗りたくないの……だから協力して。頼むわ」

 それを察したのか、エリカが優花里に言った。流石にそう言われてはNOとは言えない。

優花里は背筋を伸ばして答えた。

「はっ、承知しました! 秋山優花里、全力でアンチョビ殿を狙わせていただきます!」

「このまま広地に出るわ。前進してから砲塔を旋回。落ち着いて狙って」

「了解であります!」

 後方からの銃撃を受けつつⅣ号は草原に出た。

「右に回りつつ正面をCV33に向けるようにして、正面を向いたら停止!」

 履帯跡を残しつつ旋回する。CV33が華の視界に入った。後ろから現れたまま、全速で走り抜けて再びⅣ号の視界から逃れようとしているようだ。正面に捉え、停止する。

「相手の足は速いわ。感覚でいいから、移動している少し先を狙って」

 優花里は砲塔を回転させ、照準を見た。既に徹甲弾は装填済みだ。

「速い……」

 戦車ショップのシミュレーターで多少の経験はあるとはいえ、本物の戦車で撃つのは優花里も当然初めてだ。走るCV33のやや先を感覚で狙う。

「撃て!」

 エリカの指示が飛んだ。優花里がトリガーを引くと、今までの8mm機銃の銃撃とは比べ物にならない轟音が車内に響き、75mm砲が発射された。

 だが、それはCV33が走り抜ける後方に着弾し、土煙を上げるだけに留まった。

「す、すみません……」

「初めてにしては上出来よ。今の感覚を覚えて、次はもっと先を狙ってみて」

 謝る優花里に対し、エリカは怒る風でもなく言った。

 CV33が走っていった方を追撃する。しばらく行くと、今度は左前方から飛び出し走りながら銃撃を仕掛けてきた。8mm機銃の銃弾が防盾に撃ち込まれ火花を散らす。しかし35mmの前面装甲を抜ける筈もなく、そのまま右斜め後方に抜けようとする。

「撃て!」

 再び発射。今度は先ほどよりやや近い位置に着弾するが、やはり命中はしなかった。

 そして射線外に消えるCV33。ハッチから体を出し、エリカは失望混じりの疑問を抱いた。

「(特に変わった動きをするでもなく、隠れてから打ち込んで逃げるだけ……まさか、策も無しでウィークポイントへのまぐれ当たり狙いで倒そうとしているの?)」

 

 

 一方、CV33の車内ではアンチョビが冷や汗を拭っていた。

「危ない危ない……二発目で大分近くなってきた。やはり腐ってても元黒森峰車長、的確な指示を飛ばしているみたいだな」

「それで、次はどうするんだ?」

 その横で操縦桿を握る冷泉麻子がアンチョビに尋ねた。

 先ほどアンチョビが苦悶している所で偶然遭遇した麻子に駄目元で操縦が可能か聞いたところ、彼女は眉一つ動かさずこう言った。

「大丈夫だ、朝、アンチョビが操縦しているのを横で見て覚えた」

 流石に半信半疑だったが、背に腹は替えられぬとアンチョビは麻子に頼み操縦席に座ってもらった。だが、その麻子の言葉は実際本当だった。CV33に乗りなれた彼女からしても感心するほどその捌き方は巧みで、とても初乗りとは思えない程だ。

「……もう一度同じ事をやろう。今度は回り込んで敵左後方から右前面に抜ける。それで、次は若干速度を落として右から接近して一撃離脱で左」

 地図を広げ、周辺の地形を確認しながらアンチョビは言った。

「……良く分からないが、見た限り効いてないんじゃないのか?」

「ああ、効いてない」

 麻子の疑問に、アンチョビは平然と答えた。

「相手に思わせるんだ。こっちがウィークポイントへのラッキーショットを狙ってるとな」

 

 

 二両の戦車は攻撃と追撃を繰り返しつつ、丘を次第に下り場所を移しつつあった。

「先輩、これって戦況的にはどうなんですか?」

 観戦している中の一人、一年の澤梓が手を挙げて杏に聞いた。

「んー……まあ、ぶっちゃけ勝負になってないかな? CV33は必死に攻撃してるけど、全然効いてない。逆にⅣ号はどんどん砲撃が近くなってきてる」

 実も蓋もないコメントを返す杏。

「……あれ? 紗希、何見てるの?」

 別席、同じく一年の大野あやは横の丸山紗希がどこからか出した地図を見ているのに気付いた。現在の二両のいる位置に指を置き、その進路を辿っている。

「………」

 あと少しで農業科が管理している畑、更にその先には……

 

 

 Ⅳ号戦車は畑の間に作られたあぜ道を進んでいた。相変わらずCV33は一撃離脱の銃撃を繰り返しているが、Ⅳ号の履帯を切る事すらできていない。次第にその動きは精彩を欠き、無駄撃ちも増えてきている。

「大分疲弊してきているわね……あと少しよ」

 畑に残ったCV33の履帯跡を車外で確認しつつ、エリカは前進の指示を出した。

「(結局偉そうな事を言って力押しの一辺倒……そんなものよね)」

 あそこまで大見得を切ったアンチョビが何を考えてこの無謀な戦闘を仕掛けたのか、それにエリカが全く興味が沸かなかったかと言えば嘘になる。だが、実際はこの通り。

 ―――そう、勝てるはずがないのだ。

 また何度目か分からないCV33の攻撃が来た。右正面から現れて方向転換、こちらに正面を向けたまま後退しつつ銃撃を繰り返す。

「攻撃を気にせずそのまま砲撃! 相手は正面、よく狙って!」

「はいっ!」

 一瞬停車し砲撃を放つ。だがCV33はそれを読んでいたか僅かに横に逸れた。あぜ道の土が吹き上がり射界を防ぐ。

 CV33はそのまま後退し、その先の土手を後ろ向きに駆け上がった。しかし相手は相当に焦っているようだ。土手の向こうの射撃の通らない位置から銃撃を行っている。

「ここが勝負どころね。土手を越えたら前進、銃撃の方向に向けて撃って!」

 それをⅣ号は追い、土手を乗り越えた。

「……しまった、停止!」

 突然それまでの余裕を捨て、エリカは華に指示を飛ばした。だが間に合わない。

「(まさか、これを最初から!?)」 

 激しい揺れと衝撃。

 勢いづいたⅣ号戦車は、土手を越えた先の水田に砲塔ごと突っ込んでいた。

 

 

「よーし! 見たか、三角定規作戦大成功!」

 泥まみれのCV33から体を出し、アンチョビは勝ち誇った。

 Ⅳ号戦車の重量15トンに対してCV33の重量は約3トン。大型トラクターよりやや重い程度であり、速度が乗ってさえいれば水田を走行するのは不可能ではない。無効の銃撃を重ねたのは少しでも軽くする意味もあったのだ。

 何とかⅣ号は履帯を回転させて下がろうとしているが、完全に嵌っており泥を撥ねるだけで動く気配はない。やがて煙を吹き出し、噴出音と共に白旗が車体上に上がった。走行不能を意味するマーカーだ。

「よーし、これで私の勝ちだな。約束は守ってもらうぞ!」

 大声で呼びかけるが、反応はない。その一方でⅣ号は次第に埋もれてゆく。横の麻子があくまで淡々と言った。

「……沈んでないか、アレ?」

「……い、いかん、救けよう!」

 大慌てでアンチョビはCV33をⅣ号に向かわせた。

 

 

「ありがとうございます、助かりました……」

「し、死ぬかと思ったであります……」

「あーもー、泥だらけ……シャワー浴びないと」

「………」

 沈みかけのⅣ号から助け出された四人は土手の上に腰を落とし、一息ついていた。彼女らを前にしてアンチョビと麻子が息を切らしている。

「……お、おい、次からはもっと相手にも安全な作戦を考えてやれ」

「そ、そうする……危うく隊長初日に人災を起こす所だった……」

 そんな彼女たちを見上げ、エリカは険しい表情のまま言った。

「……やられたわね。そちらの作戦を見誤り、地形把握を怠ったこちらのミスだったわ」

「乱暴な方法だったが、これしか思いつかなくってな」

 呼吸を整え、アンチョビは答えた。

「でも……逸見エリカ、やっぱりお前強いな! 正直ヤバかった!」

 全員を救けて力が抜けたのか、落ちるようにアンチョビも腰を落とした。正面からエリカと向き合い、屈託ない笑顔を見せる。

「初めての連中を連れていればもうちょっと動きも拙くなるかと思ったんだけど、全然そんな事無いんだものな! 射撃もどんどん正確になってくるし!」

「………」

 隠し立てないアンチョビの言葉にエリカは最初驚き、やがて眼を伏せた。

 ―――あの時、『彼女』がそう言ってくれたなら自分はまだ黒森峰に居ただろうか。

 過去の光景、大会直後の黒森峰学内紅白戦。ハッチを開けた時に見上げた『彼女』の

表情が記憶に蘇り、エリカの目に涙が滲んだ。

「ど、どうした?」

「……何でもないわ」

 予想外の反応に戸惑うアンチョビに、エリカは目元を拭って顔を上げた。

「そ、そうか? ……よしっ! それなら……」

 アンチョビは気を取り直して立ち上がり、座ったままのエリカに手を差し伸べた。

「?」

「ようこそ、大洗女子学園戦車道へ。逸見エリカ……いや、『ティグレ』!」

「……何よそれ」

 

「……え?」

「いや、『え?』じゃなくて。大体ティグレって何よ?」

「いやいや、これはイタリア語で『虎』って意味でだな、というか流れ的におかしいだろ! ここはお前が私の手を取ってだな……!」

「そういうのは、ノリの合う人とやってもらえる? 全く、付き合ってられないわね……」

 呆れたようにエリカは言うと、立ち上がって泥をはたいた。そのまま土手を歩いてゆく。

「お、おい、どこへ行く!?」

「Ⅳ号をそのままにしておけないでしょ? 自動車部に言って牽引してもらわないと」

 制止しようとするアンチョビに、振り向いてエリカは答えた。

「私が就くからにはしっかりして貰うわよ、『隊長』」

 そう言うとエリカは今度こそ振り返らず、土手を去っていった。

 残されたアンチョビは呆気にとられ、やがて笑顔になり、そして大きく手を振った。

「おう、任せておけ!」

「……って言うか、何で麻子がいるの?」

「それはだな……」

 

 

 そうして騒動から始まった大洗戦車道だったが、早速翌日から訓練が始まった。

 エリカは約束通り戦車道に加わり、アンチョビと共に初心者の指導に従事していった。彼女の持つ黒森峰時代の新人育成の経験はアンチョビにとっても大きな助けとなったが、エリカは自身の事はあまり語ろうとせず、特に黒森峰の頃の事は言いたくないようだった。

 アンチョビの演習は厳しくも緩急をつけたものだった。練習試合が実りのあるものであれば例え負けても豪奢な食事を練習後に用意したし、逆に履修者の気持ちに油断や驕り、また気持ちの緩みなどがあった時にはベーコンすら入ってないペペロンチーノを出して無言のメッセージを送った。

 そして二か月程経ち、ようやく部隊の練度がそれなりの形に整ったとアンチョビとエリカが共通で思えるようになった頃、その時はやってきた。

 

 

『大洗女子学園 8番!』

 

 一回戦・第四試合 大洗女子学園 VS プラウダ高校 

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第三話 終わり

次回「二匹の虎とサラミとイワシ」に続く


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