カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

25 / 89
虎と紅茶編
第二十五話 虎と紅茶と猛犬と


 アーク・ロイヤル級航空母艦を思わせる外観の学園艦が海をゆく。そこから離れてゆく一隻の輸送艦。輸送艦自体も相当な大きさの筈なのだが、全長10㎞を超える学園艦から比べればボート程度の大きさにも感じられる。

 

 「……これが、パーシングですか」

 聖グロリアーナ女学院学園艦に搬入された四両の戦車がガレージに整然と並ぶ。それの前に立つ三人の少女。

 湯気の立つカップを持つ中央のダージリンの右後方、盆を持ち控えるオレンジペコがその姿を見つつ呟いた。

 全体的に傾斜装甲を施された外観は、その性能とは裏腹にどこか丸みを帯びた印象を与える。そこから長く突き出た90mm砲の長砲身は、聖グロの戦車には見られない威圧感を見る者に与えていた。

「……やはり米戦車のデザインは好きになれませんわね」

 しばらくの間、ダージリンはじっくりとパーシングを眺めた後に素っ気なく言った。

「とはいえ、これで黒森峰に対抗しうる火力の小隊が組めます。戦力比も縮まり、私の計算では勝率も30%まで上がりました」

 ダージリンの左後方に控えパームトップPCを広げる少女、チャーチル砲手のアッサムがダージリンに言う。振り向かずダージリンは尋ねた。

「それでも30%なのね」

「西住姉妹の連携を何とか崩さなければ、我々の勝利は困難です。あの二人の判断力と采配は高校生のそれとは思えません」

 遠慮なくアッサムは意見する。美辞麗句で持ち上げ、現実と乖離した答えを言う事がダージリンに対しての最大の無礼であると知っているのだ。

「そう」

 実際、ダージリンはアッサムの言葉をそれだけで済ました。

「あの、ダージリン様。これには誰を乗せるのですか?」

 ペコは小さく手を挙げてダージリンに聞く。ダージリンはペコの方を向き、薄く笑った。

「ペコ、貴女なら分かっているのではなくて?」

 謎かけめいた言葉。

 ペコは少し考え、ある人物の姿が思い浮かび、あえてそれをかき消した。

「まさか……」

 そうだ、島田流から裏道を使って得た虎の子のパーシングに彼女を乗せる筈がない。

 子供に安全装置を外した機関銃を持たせるような事を、する筈がない。

「……こんな格言を知ってる? 『我々は何もしないことから生じる損害と、行動して発生するリスクの間で決断しなければならない』」

 そう言うとダージリンは、微笑んだままカップの中の紅茶を一口飲んだ。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第二十五話 虎と紅茶と猛犬と

 

 

「いやー!」

 茶碗に山盛りにされた白米が瞬く間に消えてゆく。

「それにしても!」

 まだ脂が音を立てる出来立ての焼き魚を、器用に高速で小骨を取りながら摘まんでゆく。

「大洗の飯は美味いッスねー! おかわりッス!」

 米を呑み込むように食べた後、空になった茶碗を突き出してペパロニが言った。

「……ここはおかわりは自分で行くのよ」

「あ、そうッスか! んじゃ、ちょっと行ってくるッス!」

「それじゃ、私も……」

 彼女の前に座って食事を摂っていたエリカが説明すると、ペパロニは椀を片手に立ち上がった。その横に座っていたカルパッチョもトレーを持ち一緒に向かう。

「………」

 二人の背中を見送りつつ、エリカはその横で懐かしそうに眺めていたアンチョビに話しかけた。

「ねえ……私はあのペパロニって子の事あまり知らないんだけど、あの子ああいうキャラだったの?」

「アレで遠慮している方だ。いつもならテーブルにあと二皿は料理が乗ってる」

「何というか、アレに準決勝で苦戦させられたって信じたくないわね……」

 食堂の壁に貼られた、

 

『 祝 ・ 大 洗 戦 車 道 、 決 勝 進 出 ! 』

 

 と大きく貼られた切り文字を見つつ、エリカはそう呟いた。

 新設したての戦車道の決勝進出は、学園艦内でも大きなニュースとなっていた。生徒会広報の桃の尽力で、学園艦の商店街などにも張り紙がされている程だ。アンチョビやエリカの学内での知名度も上がって来たのか、知らない生徒が声援を送ってくれる事もある。

「勝ちは勝ち……だが、ここで負けてもゲームオーバーだ」

 アンチョビはそう言うとデザートのプリンを掬って食べた。

 杏が学園艦管理局と交わした条件はあくまで優勝だ。初出場準優勝なら普通は十分誇れる結果だろうが、それでは廃校は免れない。

「お待たせしたッスー!」

 ペパロニ達が戻ってきた。一旦椀をテーブルに置き、思い出したようにペパロニはアンチョビに言った。

「ああ、それで姐さん……実際、決勝の勝ちの見込みはどうなんスか?」

 僅かだが彼女の纏う空気が変わったのをエリカは感じ取った。口調こそ軽いが、その目には真剣な闘志が宿っている。なるほど、伊達に統帥として準決勝まで勝ち進んできた訳でもないか。

「そうだな……お前はどう思う?」

「ま、普通なら無理ッスね」

 あっさりとペパロニは答え、生卵を割るとご飯にかけて醤油を垂らした。かき混ぜつつ言葉を続ける。

「決勝戦の出場枠は最大20両、相手が黒森峰か聖グロリアーナかはまだ分からないッスけど、どっちにせよ相手は最大まで出してくるんじゃないッスか?」

「……そうだな」

 頷きつつプリンを食べるアンチョビ。

「それに比べてこっちの大洗は、アタシらが持ってきたP40に姐さんと……冷泉、でしたっけ? あの子がCV38からこっちに乗り換えて7両。おまけに西住姉妹のティーガーを抜けるのはその内、Ⅳ号・Ⅲ突・P40だけ。キツいって話じゃないッスよ」

 そこまで言うとペパロニは椀を口に当てて卵かけご飯をかき込んだ。

「っかー! 大洗は卵も新鮮ッスねー!」

「って、CV38からいきなり乗り換えれるものなの?」

 P40への乗り換えの話を初めて聞いたエリカがアンチョビに尋ねた。スプーンを持ちつつアンチョビが答える。

「流石にティーガー相手にCV38ではな……麻子なら大丈夫だ。もう午前中にマニュアル読んで全部覚えたと言っていた」

「……彼女も大概ね」

 P40のレンタリースはアンチョビ達にとってもサプライズではあったが、折角来たP40を使わない手は無い。今日の今日ではあるが、早速放課後の練習から

 

 通信手兼車長・アンチョビ  装填手・カルパッチョ

     砲手・ペパロニ   操縦手・麻子

 

 という編成で訓練を始めようとアンチョビは考えていた。

「……しかしペパロニ、相変わらず思った事をそのまま言うな、お前は」

 先ほどまでのペパロニの客観的な意見にアンチョビが苦笑すると、ペパロニは笑って言った。

「『普通なら』ッスからね。姐さん、もう色々と考えてるんじゃないッスか?」

「……まあな」

 その言葉に、アンチョビも苦笑を不敵な笑みに変えて返した。

「まだ聖グロリアーナが準決勝で勝ってくれれば、決勝も多少は楽になるでしょうけど……」

 いつの間にか食べ終わっていたカルパッチョが言う。最後まで言い切らないが、言外に黒森峰の勝利を確信しているのだろう。

「十中八九、黒森峰でしょうね」

 そしてそれはエリカも同感だった。聖グロリアーナ主力のマチルダⅡは、黒森峰のパンターやティーガーの前には余りに脆弱だ。エリカはアンチョビに言った。

「準決勝は見に行くの、隊長?」

「それなんだが……」

「あ、あの……」

 その時、彼女らのテーブルに一人の女生徒がおずおずと話しかけてきた。

 

 何とも奇妙な風体の女生徒だった。着ているものこそ普通の大洗の制服だが、170㎝近い長身を猫背で丸めた姿は細身と言うより「ひょろり」という言葉が似合う。

 キューティクル光る亜麻色の髪は長く腰近くまで伸びているが、それを揃えたり束ねたりという発想が無いのか無造作に伸ばしたままで、幾筋もの髪が化粧気の無い顔にかかったままなのを気に止めてもいない。

 極め付けはその頭に付けられた猫耳付きのヘアバンドと、整った顔を半分隠すほどに大きい、瞳が見えない程に分厚い眼鏡だった。

 そして、その女生徒にエリカは見覚えがあった。

 

「……ええっと、猫田、さん?」

 名前を思い出したエリカが言うと、猫田と呼ばれた女生徒は嬉しそうに言った。

「あ! お、覚えててくれたんだね、逸見さん……」

「何だエリカ、知り合いか?」

「同じクラスの子。その、あまり話をしたりとかは無いけど……」

 彼女を見上げつつ尋ねるアンチョビにエリカは答え、猫田に向き直った。

「それで、どうしたの?」

「そ、その、戦車道なんだけど、今からでも、始められないかな? 戦車の操縦は知ってるから……」

 どもりながらも猫田はそう言い、反応を待った。

「本当? それなら願ってもないけど……でも、肝心の戦車が無いのよね」

 意外そうにエリカは答えたが、すぐにその顔を曇らせた。アンチョビの乗り換えでCV38が空くとはいえ、戦車道始めたての少女をアレに乗せるのはあんまりだろう。

 それに対し、猫田は首を傾げて言った。

「あの戦車は使わないの?」

「あの戦車?」

 無言で猫田は窓の外を指さした。その先に視線を送る。

「あれは……」

 校舎下の駐車場、その一角。エリカはそこにある物体を確認した。

「……三式中戦車?」

「何!?」

 エリカの呟きにアンチョビもそちらを見た。

 確かに戦車が一台停められている。独戦車やソ連戦車とも異なる独特の外観。エリカの言った通りの三式中戦車で間違いないだろう。

「……ってアレ、使えたのか?」

「知ってたの?」

「転校初日に見かけたんだが、杏も何も言ってなかったからオブジェか何かだと……」

「すぐに自動車部に連絡しましょう。猫田さん、一緒に来てくれる?」

 トレーを持ちながらエリカは席を立ち、猫田を促した。

「う、うん! あ、あの、あとお願いなんだけど……」

「何?」

「そ、その、ボクの事は『ねこにゃー』って呼んでもらっていいかな? そっちの方が、よ、呼ばれ慣れてるから」

「わ、分かった。努力するわ」

 奇妙な願いにエリカは動揺しつつも頷いた。

「……『ねこにゃー』?」

 その名前に反応したのは、意外にもペパロニだった。

「あのー、ひょっとしてアンタ、World of SPGってやってないッスか?」

「え!? あ、は、はい、やってますけど……?」

「やっぱり! アタシ『サラミン』ッスよ!」

「おお! 小隊員のサラミンさん!? まさかこんな所でオフで会えるとは……!」

 自分を指さすペパロニに猫田……ねこにゃーは驚きつつ頭を下げた。

「何だペパロニ、お前も知り合いなのか?」

「オンライン戦車ゲームで同じ部隊だったんッスよ。Wosのねこにゃーと言えば無敵の部隊長として有名で、実況者ランキングでも上位の常連なんス」

「……ねえ、猫田さん。ひょっとして貴女の戦車の知識って……」

 ペパロニの言葉に嫌な予感を覚えたエリカが尋ねると、ねこにゃーは誇らしげに答えた。

「はい、ゲームで……ここ100試合は無敗です」

 エリカは頭痛を覚え、額に手を当てた。

 

 

 鉄十字を思わせる黒森峰の校章、それを刻まれた戦車が整然と進む。

 黒森峰女学園・戦車道訓練場。西住流の全面的なバックアップを受けたその訓練場は学園艦の中でも巨大な黒森峰学園艦においてなお敷地の相当な面積を持っており、様々な訓練内容や環境に対応した充実ぶりはプロの軍事演習場に見劣りしない程だ。

 その一角の射撃演習場を走る六両の戦車。先頭を進むティーガーのハッチが開き、隊長である西住まほが姿を見せた。

「それでは行進間射撃の訓練を行う。各車装填。30秒後に一斉砲撃」

 きっかり30秒後、後方のパンターやⅢ号戦車が一斉に砲撃を放った。周囲を轟音と砲煙が包む。しかしまほは眉ひとつ動かさず、双眼鏡を持つと弾着状況を確認した。

「……直下、お前だけ着弾地点が大幅に後方だ。もっと予測射撃を正確に行え」

『す、すみません、隊長!』

「赤星は発射タイミングが早い。時計合わせは正確に行ったか?」 

『はい、そ、その筈なんですが』

「今から合わせ直しに戻る訳にもいかない。時計のタイミングから半呼吸置いて撃て」

『りょ、了解しました!』

 他のメンバーにも一通り指導と注意を行った後、まほは全体に言った。

「ミーティングでも言ったと思うが、次の試合の聖グロリアーナ女学院は行進間射撃による回避と攻撃を両立させた訓練を重点的に行っている。止まっている相手を撃てると思うな」

『はい!』

 折り目正しい返事が返ってくる。

 まほは、別の場所で駆逐戦車を相手に訓練を行っているみほに通信を開いた。

「そっちはどうだ、みほ?」

『お姉ちゃ……隊長、うーん、あまり良くない……かな。まだ誰も当てられてない』

「……あまりいじめてやるな」

『え? え??』

 まほの返事に、みほは戸惑うように答えた。

 

 みほ達の行っている訓練は、チャーチルに見立てたみほのティーガーを標的役としてⅣ号駆逐数両が狙うという内容だ。本人には自覚が無いが、みほは訓練で一切の手加減をしない。全力で回避して撃ってくるみほのティーガーに対抗しろと言うのは、黒森峰メンバーでも比較的下位の実力の駆逐戦車搭乗員には酷というものだろう。

 

「一発でも当てられた者から上がらせてやれ。こちらも予定通り訓練を行ったら戻る」

『う、うん、分かった』

 みほとの通信を終え、まほは再度僚機に通信を開いた。

「……行進間射撃訓練をあと10セット行う。180度転回して同目標を狙え。パンツァー・フォー!」

 

 

「……ダージリン、しょ、い、いえ、本気なのですか?」

 聖グロリアーナ戦車道の休憩室。アッサムは危うく「正気ですか?」と言いかけてそれを呑み込んだ。

 「休憩室」と名前こそ簡潔だが、英王朝風の家具が並び、純白の円卓の上にはティーポットとカップ、それとスコーン等の茶菓子。他にも赤い革張りの装飾が施された椅子に巨大な柱時計と、まるで貴族のティールームめいた内装である。

「あらアッサム。貴女の計算では、このままだと勝率30%なのでしょう?」

 アッサムの言葉が予想通りだったのか、ダージリンはスコーンを割りつつ答えた。

「そ、それは、そうなのですけど……」

「この場合の勝率は?」

「……『測定不能』と出ました」

 アッサムは改めて自分たちの隊長の底知れなさを痛感した。この隊長は高校生と思えない達観と洞察力を持つ反面、どこか子供めいた気まぐれと発想力を持ち合わせている。

「なら、やってみる価値はあるのではなくて?」

 そこまで言うとダージリンは円卓の別方向、彼女とアッサムの間の位置にに座る少女に声をかけた。

「……という訳です、ローズヒップ。貴方を次試合、特設パーシング小隊の小隊長に任命します。暴れておやりなさい」

「お任せくださいダージリン様! 西住姉妹だか何だか知りませんけど、このローズヒップがダージリン様のお紅茶が冷める前に試合を決めて差し上げますですわ!」

 ローズヒップと呼ばれた赤毛の少女はそう言うと胸を叩き、誇らしげに答えた。

 その言葉に不安を覚えたアッサムが彼女に尋ねる。

「ねえローズヒップ。貴方、西住姉妹の事は知っているの?」

「全然ご存知申し上げませんわ!」

 アッサムは頭痛を覚え、額に手を当てた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第二十五話 終わり

次回「海辺の町に虎は濡れるか」に続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。