カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第二十二話 二本の旗とイワシと紅茶

 準決勝・第一試合会場の観客席からやや離れた場所に、奇妙なスペースがあった。

 豪奢な衝立が立てられ、その前にはテーブルと椅子が置かれている。テーブルの上には皿に盛られたスコーンとポット、そしてわざわざ引っ張ってきたであろう有線電話機。いずれも英国式デザインの、細かな意匠が凝らされた高級品である事が見て取れる。

 その椅子に座り、紅茶を飲む一人の少女。一口飲み、その風味を堪能する。

 傍らの電話機が鳴り、彼女はカップを置き受話器を手に取った。

 

「はい……ええ、始まっていますわ。何とも品の無い試合になりそうですわね。やはりイタリアは……え? ええ、おられます。大洗側の観客席に……ふふ、そうですわね」

 

 オペラグラスを持ち、大洗側の観客席を見る。その先に映るのは西住しほ、まほ、みほの三人だ。

 

「……はい、こちらにはまだ……ええ、報告は逐一にさせていただきますわ。それでは……」

 

 受話器を置き、少女は一息つくと再びカップを手に取り紅茶を飲んだ。

 

 

 カタクチイワシは虎と踊る 第二十二話 二本の旗とイワシと紅茶

 

 

 丘上の高地へ続く山道を乗るCV38は進んでいた。車体からアンチョビが体を乗り出し、双眼鏡で周囲の状況を探る。

 

 現在、ペパロニの超マカロニ作戦を破った大洗勢は高地へのメインルートである中央の山道を押さえ、そこから向かっていた。集中砲火を避けるために他の部隊は38t・M3Leeの2両とルノー・八九式・Ⅳ号の3両に分かれ、山道を進まず左右の林を進む。砲塔が回らず急襲に弱いⅢ突は彼女らの後方から進み、支援の機会を伺う。

 

 CV38が単騎で進んでいるのは、CV38の小ささによる隠蔽率の高さと機動力により先制を取られにくい事と、ペパロニの次の手を誘い出すためだ。

 試合開始時からの一連のペパロニの動きを見るに、明らかに彼女はアンチョビに強い執着を持っている。更に勝利の要となるフラッグ車となれば最優先目標なのは間違いない。

 相手の狙いが明らかならば、それを利用して行動を縛ろうというのがアンチョビの狙いだ。

 

 

「……あれ?」

 丘を正面から見て左側を進むM3Lee、ハッチから体を出して車長の澤梓が周囲を哨戒する。

 その時、梓は視界の端に何かを捉えた。双眼鏡を構えてそちらを見る。

「あれは……」

 左前方、小さく見える数量の車両。アンツィオのイタリア戦車は大きさで判別しやすく、戦車の知識が豊富とは言えない梓でも識別は可能だ。

「CV33が2両と……フラッグ車のP40!」

 

 

「……ん?」

 丘から正面から見て右側を進むⅣ号、ハッチから体を出してエリカが周囲を哨戒する。

 その時、エリカは視界の端に何かを捉えた。双眼鏡を構えてそちらを見る。

「あれは……」

 右後方、小さく見える数量の車両。アンツィオのイタリア戦車は大きさで判別しやすく、エリカは即座に識別した。

「CV33が1両、セモヴェンテ1両と……フラッグ車のP40!」

 

 

『隊長、ウサギチーム左前方、敵フラッグ車発見しました!』

『隊長、トラチーム右後方、敵フラッグ車を発見したわ!』

「ちょ、ちょっと待て! 何だって!?」

 CV38にほぼ同時に送られた通信に、アンチョビは驚いて問い返した。

『だから右後方にフラッグ車よ! 護衛にCV33とセモヴェンテが1両ずつ付いて、後方から来てる!』

『ま、待ってください! こっちも2両のCV33と一緒に……』

『P40をアンツィオは2両持ってるわ。梓、そっちのP40に旗は立ってる?』

『はい! フラッグ車の旗も立てられています!』

 アンチョビ越しに通信で言い合う二人。アンチョビは腕を組み考え、推測を立てた。

「これは……フラッグ車の偽装をしているな」

『フラッグ車の偽装?』

「ルール上、ある戦車を他の戦車に偽装して相手を騙すのは戦術のひとつとして認められている。要はそれの応用だ。同型車を二両持っていればこそ可能な戦法だな」

『……嬉しそうね』

「そ、そんな事は……」

 アンチョビの説明の中に後輩の成長への喜びが混じっているのを感じたのか、エリカが冷たく言う。

「コホン、ま、まあ、それで間違いない筈だ。1両は偽の旗を付けられたフェイクだな」

『だったらどう動く? まだ相手はこっちに気付いてないようだけど』

 エリカの問いに、アンチョビは再び考えた。

 

 実際悪くない手だ。無視はできない。しかしそれぞれに戦力を分配すれば高地を目指せる戦力はアンチョビのCV38のみになる。大洗の戦車の少なさから来る弱みを突いてきた格好だ。

 そして更に考える。その場合、ペパロニの狙いは……

 

「……よし、ウサギさんチームとカメさんチームはそのまま西側のフラッグ車を、トラさんチームとカモさんチーム、アヒルさんチームは東側のフラッグ車を追撃。イワシはこのまま高地に向かう。Ⅲ突は距離を置いて、私の後方から続いてくれ」

『それだと隊長、アンタの方がかなり手薄になるわ。大丈夫なの?』

 アンチョビの指示にエリカが問いかける。それに対し、アンチョビは落ち着いた口調で答えた。

「だからといって無視もできない。ここはあえてペパロニの誘いに乗る。大体アイツの狙いは読めているし、その対策として訓練もやってきた」

「……ヤバいと思ったら、すぐにこちらに合流しなさい」

 ため息をひとつ残し、エリカは通信を切った。アンチョビは大きく深呼吸をして、操縦席の麻子に言った。

「各部隊がある程度離れたら仕掛けて来るはずだ。頼むぞ、麻子」

「やれやれ、結局こうなるか……何対何だ?」

 いつも通りの怠そうな口調で答える麻子。事もなげにアンチョビに聞き返す。

「ここまでの動かし方からして、おそらく1対5だな」

「CV33が5両か、まあまあだな……まあ、やるだけやろう」

 当たり前のように当たり前でない内容の言葉を交わしつつ、CV38は更に坂を進む。やがて、その前方左側から微かなエンジン音が聞こえてきた。アンチョビが身構える。

「……来るぞ!」

 

 

「大洗の隊長は随分と無謀な事をするものね。残りのCV33全てをCV38で受けきるつもり?」

「第一試合、第二試合共に大洗隊長のアンチョビは自ら前線に出て攪乱や牽制、偵察などを行っています。自分から前に立つタイプのようです」

 観客席。しほの感想にまほが補足する。

 

 戦局は3つに分かれつつあった。丘を登るCV38と後方のⅢ突、それに包囲陣形で接近しつつあるアンツィオ側のCV33が5両。

 丘の右側、Ⅳ号戦車を中心とする3両はCV33・セモヴェンテ・P40による敵部隊に接近。それに気付いたかアンツィオ側の部隊はP40を後退させつつ残り2両岩場に陣取り迎え撃つ。

 丘の左側、M3Leeと38tの2両はCV33とP40の部隊に向かう。こちらは最初から分散させて足止めさせるつもりだったのか、退かずに迎撃するようだ。車両数ではアンツィオが上だが、大洗側の2両の装甲を貫通できるのはP40しかいない。戦力的には大洗が有利だ。

 

「……あれ?」

 ふと、みほは観客席から離れた位置の衝立に気付いた。

「どうした、みほ?」

「ほら、あそこ……あの人、聖グロリアーナの隊長さんじゃないかな?」

みほが指さす方向には、確かに英国風の衝立とテーブル、そしてそれに腰かける人影が見える。

「なるほど、聖グロリアーナも偵察に来ていたか」

「えっと、後であいさつに行った方がいいかな?」

「……いや、良いだろう。試合前に意識しすぎる事も無い」

 おずおずと聞くみほに、まほは首を振った。

 

『アンツィオ高校・CV33、走行不能!』

 

 放送が流れた。戦力表示板のアンツィオ側のずらりと並ぶ「CV33」の表示がひとつ消灯される。

「……どのCV33かしら?」

「アンチョビのCV38と交戦中の1両が撃破されたようです」

 モニター中央の展開図。アンチョビを示す青い三角を包囲していた5つの赤い三角マーカーが4つになっている。

「……やるわね」

 しほは素直に評価し、モニターを見た。

 

 

 山道中腹。白旗を上げるCV33の真横をCV38が通過する。

「……まずひとつ」

 麻子が呟く。通過しきる直前で急停止。機銃の音。白旗のCV33を盾にしてしのぐ。

「あたたたたたっ!? アンチョビ姐さん、酷いッスよ!?」

 そのCV33からアンツィオ生徒の抗議の声。

「すまない! 後で詫びに行くか、らああっ!?」

 アンチョビは丁寧に謝りつつも、即座に再発進したCV38に体を持っていかれる。

「……そういうのは後にしておけ」

 

 左右の大洗の車両が離れてからのアンツィオのCV33部隊の動きは迅速だった。

 包囲するようにアンチョビのCV38に接近しての一斉攻撃。しかし、今のところ戦闘は五分で進んでいた。

 

 ハッチを開け、身を乗り出しアンチョビが周囲を探る。

「来た! 左から2両、右から2両!」

「先に右を片付ける、行くぞ」

「分かった!」

 すぐに銃座に戻り、銃座の20mm機関砲を構える。

 照準の先に小さく見える、見慣れた形状の2両の豆戦車。自身の移動速度と相手の移動を含めた位置予測を行い、横薙ぎの掃射を行う。

 それは前方にいたうちの1両の正面を正確に撃ち抜いた。動きを止め、白旗を上げるCV33。

 

『アンツィオ高校、CV33。走行不能!』

 

 互角以上に戦えている理由はふたつ。一つは装備の差。もう一つはCV33の特性による。

 CV38に新しく搭載された20mm機関砲の有効射程は1500m、対してCV33の8mm機銃の有効射程は1000m。無論遮蔽物の多い場所でその通りの射程を活かせるという訳ではないが、より相手に先んじて攻撃できる所は大きい。

 またCV33は砲塔が無く、包囲戦をするにしても車体を回転させて相手を狙わねばならず、同士討ちを避けるために接近して撃ち込む事も難しい。戦車道の試合においてCV33に足りる役割はあくまで牽制と攪乱であり、直接の戦闘にはとことん向かない戦車なのだ。その事をアンチョビは知り尽くしていた。

 

「(……だが、それはペパロニも勿論知っているはず)」

 弾倉の交換を行いつつアンチョビは考える。それでなお、CV33をこういった形で運用してくる意図は何か―――

 

『はっはー! お見事ッスねー、アンチョビ!』

 

 その思考を遮るように、再び通信に笑い声が割り込んできた。

「ペパロニか!?」

 

『やっぱり、アタシ等のCV33じゃ相手にならないッスねー。まあ、そりゃそっか! アンタはウチ等の戦車を誰より知ってたんスから!』

 

 ペパロニの声が流れてくる内も敵の攻撃は止まらない。前方の残った一両の銃撃を加速して回避。直後に90度転回して側面を狙う。しかしそこに後方からの2両が追い付いた。更に転回して2両の間に入り込むように走りこむ。

「やかましいな、お前の後輩は」

「……いや、ちょっと待て?」

 アンチョビの脳裏にひとつの疑問が沸いた。

 2両のP40はペパロニ搭乗のフラッグ車と、カルパッチョが搭乗している偽装フラッグ車。そしてそれはどちらも交戦中のはず。

 ―――何故ペパロニは、戦闘中にここまで余裕あるお喋りが出来る?

 

 

「ええい、鬱陶しい!」

 通信に割り込んできたペパロニの声に、38tの砲手席で桃は悪態をついた。

 

 彼女らが相対しているのはP40と2両のCV33。こちらのM3Leeや38tの間を搔い潜るように入り込んでくるCV33が機銃で履帯を狙い、そちらに意識が行ったところをP40が砲撃してくる。その連携は見事に噛み合っており、敵の練度の高さを推し量るに余りあるものだ。

 

「……河嶋、交代」

 突然、通信席で干し芋を齧りつつ横になっていた杏が体を起こした。

「会長?」

「やられたかもね、こりゃ」

「え?」

「すぐに片づける。ウサギチーム! ちょっと大変だけどCV33引き付けといて!」

『わ、分かりました!』

 手際よく通信を行い、杏は桃が下がった砲手席についた。桃はそのまま装填手に回る。

「小山、強引かもだけど接近するよ。一発アウトだから集中して」

「は、はい!」

 

『さて、ここで大洗の皆さんに問題だ! 2両のフラッグ車、アタシのP40はどっちだと思う? アンタ達から見て東か、西か?』

 

 ペパロニの声は止まらない。それを聞く杏の表情は固い。

 38tの機関部が唸りを上げ、履帯が土を削る。何度目かの攻撃を仕掛けてくるCV33。M3Leeがそれに体当たりする勢いで接敵した。流石にM3の質量をまともに受けては一発で白旗が上がる。慌てて回避するCV33。道が開いた。

「突撃!」

 杏の指示が飛び、柚子はエンジンの回転を最大まで上げた。彼女らから見て上にいるP40に速度を上げ接近してゆく。

「小山、左から回り込んで!」

「会長、上り坂で速度が上がり切りません! これだと狙われます!」

「大丈夫。アイツは『砲塔は回らない』!」

 杏の迷い無い言葉に、柚子は思い切って操縦桿を動かした。大きく左に寄り、敵右側面に回り込む38t。P40はそれに対し、何故か砲塔を回さずに転回しようとする。

「やっぱりか!」

「な、何がですか!?」

 状況を把握できない桃が叫ぶ。

「こいつの正体は……!」

 更に接近する38t。十分な距離。放たれる37mm砲。

 それは的確に、P40の描かれた書き割りごとセモヴェンテの正面を撃ち抜いていた。

 

『アンツィオ高校・M41セモヴェンテ、走行不能!』

 

「セ、セモヴェンテ?」

 目を丸くする桃。

『そんな!? でも、私たちが見たのは確かにP40だったのに……』

 梓の驚きの声。それに対して杏は苦笑いを浮かべた。

「やられたね、途中で入れ替わられた」

 

 最初、梓が確認したのが本物のP40だったのは間違いないだろう。

 その後、迎撃する風を見せて書き割りの偽P40と入れ替わる。視界の悪い戦車の中で遮蔽物の多い林を進む以上、常に敵を視認できる訳ではない。ましてや数百m先の相手だ。

 優花里並みに戦車の知識が豊富であれば敵の砲弾などから偽物であると判断できたかもしれないが、そこまでの知識が無い彼女らに、更にマイナーなイタリア戦車の砲撃音を判別しろと言うのは酷と言うものだろう。

 

「で、では本物は逸見たちが相手をしている方の?」

「話はあと。小山! すぐ山頂に向か……」

 杏は桃の質問を遮り更に指示を飛ばす。

 しかし、それを言い終わる前に38tは斜め上からの砲撃を撃ち込まれた。

 

『大洗女子学園・38t、走行不能!』

 

 

「何!?」

 東側の麓。セモヴェンテ撃破の直後に流れた38t大破の放送にエリカは驚きの声を上げた。

 岩場の陰に隠れながら散発的な攻撃に徹するセモヴェンテと、その隙間から銃撃を放ってくるCV33。そしてその後方で、砲撃せずに支援の機会を伺うP40。それをB1bisの堅牢な60mm正面装甲で受けつつ攻撃をする大洗勢。どちらも決め手に欠けた撃ち合いとなっている。

 

『あー。西側はバレたみたいッスねー。そう! 西側のP40は偽物だったんスよ』

 

 ペパロニの放送は続く。その間にⅣ号の装填が完了した。

「撃て!」

 エリカの指示で優花里がトリガーを引く。狙いは奥のP40。長砲身となったⅣ号であれば十分撃ち抜ける距離。

 それは僅かに狙いを逸れ、P40の至近距離を掠めた。その衝撃で書き割りが吹き飛び、セモヴェンテの姿が露になる。

「あれは!?」

『ま、また書き割り!? うわっ!?』

 砲撃音が響く。偽装に驚いていた八九式の典子が叫ぶ。

 

『大洗女子学園・八九式、走行不能!』

 

『す、すみません、やられました! 上面からの攻撃です!』

「華、回避行動!」

 咄嗟に操縦席の華に指示を出しつつ、エリカは車外に身を出して砲撃が来たと思われる方向を見た。

「……やってくれたわね!」

 

『正解は……どちらも偽物。本物は真ん中ッス』

 高地の崖から見下ろすようにP40がそこにいた。砲身からは煙が上がり、今の攻撃がこのP40から放たれたものである事を証明している。

 

 

「そういう事か、ペパロニ!」

 山道中腹部。最初の超マカロニ作戦からの一連が全てフェイクだった事をアンチョビは悟った。

 最初に稚拙な作戦でこちらを油断させたのも、戦力分散させてアンチョビ独りを狙ったかのように見せたのも、全ては本来の目的のカモフラージュ。一度失敗した書き割りを二度は使ってこないと思わせる目的もあったのだろう。

 例えるならば新(ノーヴォ)マカロニ作戦とでも言うべきか。

『マズいわね……このままだと、頭の上からいいように撃たれるわ』

 エリカからの通信。その声には抑えようもない焦りが滲んでいる。だが、それに落ち着いて返答する余裕はアンチョビには無かった。3両のCV33は一定の距離を保ちこちらを牽制している。ペパロニが他の車両を狙う間の足止めに切り替えたのだろう。

 アンチョビの額に汗が浮かぶ。強引に突破するか、しかし……

『隊長―!』

 その時、通信と共に1両の戦車が全速力で両者の間に割り込んできた。後方にいたⅢ突だ。

「エルヴィン!?」

『状況は把握した! ここは我々が引き受ける!』

「し、しかし……」

「Ⅲ号ならCV33の8mmは貫通しない。時間は稼げる! だが、砲塔の回るP40と格闘戦で相手をするのは無理だ! だから行け、隊長!」

「……分かった! 麻子、頼む!」

「了解、行くぞ」

 一瞬の判断の後、アンチョビは決断した。Ⅲ号の砲撃で開いたところから山頂へと向かう。

「待っていろ、ペパロニ! お望み通り決着を着けてやる!」

 そう言うアンチョビの表情には焦燥と決意、そして僅かばかりの喜びが混じっていた。

 

 

『統帥、CV38が山頂に向かってきます』

「やはり来たか」

 P40フラッグ車内。ペパロニはカルパッチョの報告に落ち着いた口調で答えた。

「最終作戦『オンブラ』行くッス。ここが決め手ッスよ、カルパッチョ」

「お任せください。この務め、果たしてみせます」

「……終わったら、パスタを山盛りで食いたいッスね」

「……そうですね」

 僅かな会話の後、通信は切られた。

 大きく息をつく。大丈夫だ。作戦は上手く行っている。

「姐さん……これで、終わらせます」

 搭乗員にも聞こえない小さな声で、ペパロニは呟いた。

 

 

 観客席外れの特設席。金髪の少女が落ち着いた風情で紅茶を飲む。

 電話機が鳴る。慌てずカップを置き、受話器を取る。

「はい……ええ、何とも野蛮な展開になってきましたわね。今は10対5となって……え? そ、そんな! 恐れ多いですわ。こうやってダージリン様の影を務めさせていただくだけでも末代までの光栄……ええ。はい、はい……承知いたしました」

 受話器を置き、彼女、西呉王子グローナ学園戦車道隊長にしてダージリンファンクラブ・プラチナ会員であるキリマンジァロはもう一度紅茶を飲んだ。

 

 

某所。

「……貴女自身は見に行かなくて良いの?」

「結果の分かり切った試合に、見る価値はありませんわ」

 受話器を置き、聖グロリアーナ隊長のダージリンは眼前の人物に言った。

 その横で二人のカップに淹れたての紅茶を注ぐのは、チャーチル装填手のオレンジペコだ。

「申し訳ないわね。私も多忙な身だから……」

「いえいえ、こちらこそ……では、お話を進めていただけますか?」

 ダージリンはカップを手に取り立ち上る紅茶の風味を味わい、それから口に少量を含み、口内に広がる程よい苦みと甘みを楽しんだ。

「ええ、黒森峰を倒すための」

 彼女の正面に座る栗色の髪の婦人は、そう言って微笑んだ。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第二十二話 終わり

次回「叫べサラミ、吼えよイワシ」に続く


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