カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第二十一話 ペパロニサラミはイワシと踊る

「一同、礼!」

『よろしくお願いします!』

 

 第63回高校戦車道全国大会・準決勝第一試合会場。

 小高い丘を背にして整然と並ぶ少女達と、両陣営合わせて合計22両の戦車と豆戦車。

 観客席向かって右側の大洗の7両の陣容に対し、左側のアンツィオ側の並びはある意味で異様であった。すなわち2両のP40と3両のセモヴェンテ、そして10両のCV33。強襲戦車競技(タンカスロン)ならばともかく、公式戦でここまで豆戦車が並ぶのは後にも先にも無いだろう。彼女たちが決勝に行かなければ、だが。

 

「……ようやく会えたッスね」

アンツィオ高校統帥・ペパロニは眼前のアンチョビを見据えて言った。イタリア軍を意識したアンツィオ高校のカーキ色のパンツァージャケットの上から、本来は着用しない統帥の証であるマントを着けている。

「ああ、良い試合にしよう」

 対する大洗学園隊長・アンチョビはそう言って微笑み、手を差し伸べた。僅かにそちらに目線を向けるが、ペパロニは指一つ動かさない。

「自分からわざわざフラッグ車になってくれた事にだけは感謝するッス。おかげでアンタも大洗も一緒に叩き潰せる」

「悪いがそのつもりは無い。勝つのはウチだ」

「っ!」

「統帥」

 不敵に笑うアンチョビにペパロニの顔が紅潮する。それを押し留めたのは彼女の傍らの副官カルパッチョだった。その呼びかけにペパロニは噴出しそうな感情を抑え、少し目を閉じて呼吸を整えた。

「……今の内に言うだけ言ってるッスよ。アンタを倒すためだけにアタシ等は来た。それを思い知らせてやる」

 そしてペパロニはマントを翻し、自身の乗車にしてフラッグ車であるP40に向かって行った。アンチョビ達に一礼し、カルパッチョもその後に続く。

 

「正直、この試合でアンタがフラッグ車になるのはどうかと思うわね」

 そこまで無言でアンチョビの横に立っていた大洗副隊長・逸見エリカはアンチョビに目線だけを向けて言った。確かに背後のCV38にはフラッグ車の印の小さい旗が立てられている。

「この方が敵の狙いが分散しない分、動きが読みやすくなる」

「本当にそれだけ?」

「……まあ、あいつの本気に応えないとってのも、ある」

「………」

「……怒るか?」

「素直に答えたから、今回は許すわ……勝つわよ」

 短い言葉を交わし、二人は背後の大洗メンバーの方に振り向き歩を進めた。

「エリカ。この試合、おそらく今までとは逆に相手から仕掛けてくる試合になる」

「……でしょうね」

「頼みがある。おそらく、ペパロニは……」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第二十一話 ペパロニサラミはイワシと踊る

 

 

 雛壇状に作られた観客席。準決勝という事もあり、双方の客席は八割がた埋まっている。学園艦の関係者や親族だけでなく、他校の戦車道関係者や応援なども来ているようだ。

 

「アンツィオ高校の勝利を勝利を祈してー! フレ~~~ッ! フレ~~~ッ! ア・ン・ツィ・オ!」

『フレッ、フレッ、アンツィオ! フレッ、フレッ、アンツィオ!』

 アンツィオ側の客席の最前列、詰襟の学生服にハチマキ姿で応援のエールを送るのは前試合で彼女らと戦った知波単学園の副隊長・西絹代だ。それに応じて元気な声援を送る知波単学園の生徒たち。

 

「やかましい応援ね、まったく」

 大洗側の客席。プラウダ高校副隊長・カチューシャは隊長のノンナに肩車されつつ言った。

「いやはや、負けたと言うのに知波単の人たちは元気なものだね」

「アンタもその楽器を鳴らすのを止めなさいよ!」

 その横に座り、膝に乗せたカンテレを鳴らす帽子を被った少女。

 継続高校隊長のミカ。その横には装填手兼砲手のアキと操縦手のミッコも座っている。

「……それで、プラウダの隊長殿はこの試合をどう見るかな?」

 カチューシャの抗議を無視して、その下のノンナに声をかけるミカ。ノンナは無表情のまま答える。

「数でこそアンツィオが上ですが、大半は戦力としてのカウントは困難な豆戦車……大洗に先んじて高地を取り、突撃砲で上から撃ち下ろす事がアンツィオには必要になるでしょう。逆に大洗はそこを押さえる事ができれば大幅に有利になりますね」

「良い考察だね」

「そう思うのであれば、鹵獲ルールでそちらに行っているT-34の一両でもお返し下さい」

「それは難しいかな」

 棘のあるノンナの言葉をミカは軽くかわし、客席に視線を向けた。選手の家族なのか仕事着であろうエプロン姿のままの中年夫婦。似つかわしくない和服の女性と、その傍らで仕える使用人の角刈りの青年。そして―――

「………」

 半ば無意識にミカは帽子を深く被り、顔を隠した。

 大洗側客席の最上段付近に座る二人の少女と、その横に座る黒スーツの女性。

「どうしたの、ミカ?」

 彼女の挙動に気付いたアキが声をかける。ミカは小声で答えた。

「どうやら、怖い人が来ているね」

 

「こうやって改めて見ても俄かには信じがたいわね。あの戦力でプラウダ高校を倒したなんて」

 黒スーツの女性が呟く。その横の二人のうち、彼女に近い方の少女が言った。

「ルノーB1bisはこの試合からですが、あとは同じです。一回戦、二回戦共に奇策を駆使して戦力差を覆しています」

「邪道ね」

 彼女、西住流師範にして高校戦車道連盟理事長である西住しほは一言で切り捨てた。ふと、気付いたように言葉を続ける。

「あの大洗の副隊長、確かに見覚えがあるわね。彼女が黒森峰の?」

「う、うん。去年の大会でティーガーⅡに乗って、私たちと一緒に戦った子。逸見エリカさん」

 姉である西住まほを挟み一番左に座る少女、西住みほが少しおどおどと説明する。

「何故、黒森峰戦車道を辞めて転校した学校で戦車道を始めたのかしら」

「……分からない。もう戦車道はやらないって思ってたから」

 少しみほの表情に陰が差す。彼女の気持ちを察し、まほはしほに言った。

「お母様、試合が始まります」

「……では、見るとしましょう。決勝で貴女達と戦うのがどちらかを」

 しほは膝を正し、プロジェクターに視線を送った。それに合わせて二人も姿勢を正す。

 「お母様」とまほが言った通り、三人の関係は血の繋がった親子である。しかしその間に流れる空気は厳粛な師匠と弟子の関係めいたそれであり、家族仲良く試合観戦といった空気は全くない。

 だが、二人の娘はそれを異常とは思わない。流鏑馬の流派であった時代から数えて約三百年の伝統を誇る西住流。間もなく家元を襲名する者。その娘として将来的に後を継がねばならない者。彼女らが背負う「西住流」という名の伝統は余りに重い。

 

 撃てば必中 守りは堅く 進む姿に迷い無し

 鉄の掟 鋼の心

 

 ―――正確に言えば、みほには過去に僅かだがその西住流に疑問を抱いた時期もあった。小学校時代の短い時間だが、「楽しい戦車道」を知れた時があった。「僚機の搭乗員」ではない「友だち」との触れ合いがあった。

 しかしそれは過去。その時に萌芽しかけた戦車道を楽しもうという気持ちは、それからの数年間で摘み取られてしまった。心根の優しさこそあれ、如何なる犠牲をもってしても勝利を得ようとする西住流の姿勢に彼女は疑問を持たない。

 そうしている間に、試合開始の合図であるファンファーレが鳴り響いた。

 

『準決勝第一試合、試合開始!』

 

 

 アンツィオ陣営側スタート地点。ずらりと並ぶ10両のCV33の全ての車両の上には何枚もの板が乗せられている。

「統帥、お時間です」

 懐中時計を確認し、カルパッチョはP40の上に乗るペパロニに言った。

「よーし、そんじゃ行くぞ! アタシ等がどれだけ強くなったか、あの裏切者に見せつけてやれ! 地獄の底まで進め! アーヴァンティ!」

『アーヴァンティ!』

 鞭を振りペパロニの号令が響く。血気盛んなアンツィオ高校戦車道メンバーが一斉に拳を上げ、其々の車両が唸りを上げる。

 一斉に10両のCV33は走り出した。目指すは大洗側から丘の高地を目指す上で通過点となる要所だ。P40とセモヴェンテは続かず、別の動きを行う。

 

 双方のスタート地点だが、丘の高地を正面に見て右の麓に大洗、左の麓にアンツィオの陣営がある。回り込んで丘の裏側から上る道もあるが遠回りは避けられない。目指す過程でぶつかり合う展開になるのが常道だ。

 P40を導入したとはいえアンツィオの総合的な戦力は大洗の7両に劣る。第二試合で知波単に仕掛けたのと同様、CV33の機動力を駆使して相手の陣形を崩し、敵戦車を撃破できる火力を持つP40やセモヴェンテが要所を押さえて迎撃するのがアンツィオの取り得る最も有効な戦術だろう。

 

「……とまあ、そこまではアイツは間違いなく読んでくる」

 P40車長席でペパロニはカルパッチョに通信を送る。

『ですね。ドゥー……前統帥なら』

 アンチョビの事を危うく「統帥」と言いかけ訂正するカルパッチョの声。未だ彼女の中での「統帥」はアンチョビなのだろう。そして、それは―――

「その裏をかく。頼んだッスよ、カルパッチョ」

『お任せください。統帥』

 良くない方向に行きかけた感傷を止め、ペパロニは指示を飛ばした。

 そうだ。今は自分が統帥だ。アンツィオの皆を指揮し、勝利に導く統帥だ。無意識に自身の肩に乗るマントに手を添える。決して高級なマントという訳でもないが、その質感と重みが自分の責務を思い出させてくれる。

「……さあ、開始だ!」

 

 

 対する大洗側の麓では、CV38が道を使わず木々の間を隠れながら進んでいた。アンチョビの指示で別方向からも八九式が偵察で先行している。他の車両は適度な距離を保ちつつそれを通常速度で追随する形だ。

「大丈夫なのか? フラッグ車が先行して偵察ってのは」

 操縦席の麻子の言葉に、アンチョビは落ち着いた口調で返した。

「昔ならともかく、相手の正確な位置が分からない状態で突っ込んでくるほど今のペパロニは無謀じゃない。隠れて進めば大丈夫だ」

「調子は戻ったみたいだな。逸見さんの料理が効いたか?」

「……まあな」

 麻子は口元に笑みを浮かべた。アンチョビもそれに笑みで返す。

 やがてCV38は速度を落とし、木陰で停止した。高地へ向かう山道が交差する、こちら側の麓から目指すのであれば避けられない要所の手前だ。

「さて、敵の展開は……」

 アンチョビはハッチを開けて身を出し、双眼鏡を構えた。そこから見える光景は―――

「……おいおい、何のつもりだペパロニ!?」

 思わずアンチョビは声を上げた。ほぼ同時に八九式の典子から焦った口調で通信が入る。

『こ、こちらアヒルチーム! 偵察を開始しましたが……その、1、2、3……た、沢山です! 少なくともCV33が10両以上が展開されています!』

「……ああ、こっちも同じだ」

 そう応答するアンチョビの双眼鏡越しの視界にも、10両以上のCV33が展開されていた。

 

 十字に交差する山道の山側の林の中、CV33が整然と並んで展開している。問題はその数だ。試合開始時の10両を大幅に超える、20両以上のCV33が確認できている。

『ちょっと、それってどういう事?』

 Ⅳ号戦車のエリカからの通信に、アンチョビは眉をひそめつつ答えた。

「おそらく……これはアンツィオ時代に私の考えた、『マカロニ作戦』だ」

『マカロニ作戦?』

「書き割りを利用した足止め作戦だ。待ち伏せていると思わせて本隊は迂回、背面を突いて混乱させたところを突撃砲で撃破するってコンセプトだったんだが……上手くいかなかった」

『どうして?』

「何度やってもペパロニが正しい車両数通りに看板を置かなかったんだ。予備まで必ず置くからあっさりバレた」

『………』

 通信機の向こうのエリカは何も言わない。絶句しているのだろう。

「まあ、その作戦の再利用といったところだとは思うんだが……」

 そこまで言ってアンチョビの言葉が濁る。だが、その先が分からない。何故あっさりバレるような数の看板を展開しているのか?

 

『はっはっはー! 驚いているようッスねー!』

 

 その時、大音量で彼女らの通信に突然割り込んできたのはペパロニの高らかな哄笑だった。

『な、何よこれ!?』

「全方位通信!?」

 動揺するエリカの声。驚いたのはアンチョビも同様である。相当に強い電波で飛ばしているのか、ノイズひとつ入らずペパロニの声が聞こえてくる。

 

『でも、まだ驚くのはここからッスよ!』

 

 その言葉を合図に、書き割りと思われていた一両のCV33の機銃が火を吹いた。

「っ!?」

 まだ正確にこちらの位置を把握はしてないからか狙いは雑だが、慌ててCV38は回避運動を取った。麻子の両腕が素早く動く。

「はっはー! これこそ『超マカロニ作戦』ッスよ!」

 勝ち誇るペパロニの声。

 アンチョビは双眼鏡を再び装着して目を凝らした。よくよく見れば無数の書き割りは全てが偽物という訳ではなかった。何台かの本物のCV33が入り混じり、こちらに銃撃しては再び書き割りの中に紛れ込むのを繰り返している。

 

『確かにアタシはアンタが隊長だった頃、数を数えるのは苦手だったッスよ。それは今も変わらない! だったら、相手も何両いるか分からないくらい数を増やせばいいって事ッス! さあ、どれが本物か分かるッスか!?』

 

 勝ち誇るペパロニの声。

「………」

 それを聞くアンチョビの表情は戦慄でも緊張でもなく、何とも微妙な表情をしていた。強いて表現するならば、全力で滑り芸を行う芸人のネタが全くツボに入らなかった時の表情とでも言うべきか。

「……後方全車両、SE32とSE36地点に榴弾発射。アヒルチームは機銃掃射」

 淡々と僚機に通信を送り、自身もCV38の銃座に着いた。

 

『え』

 

 間を置かず、書き割りが密集する箇所に乱雑な砲撃が撃ち込まれた。榴弾の爆発が次々と起こり、爆発は瞬く間に書き割りを吹き飛ばしてゆく。土煙と爆発の煙が吹き上がり、観客席から直接見えるほどに林を覆う。

 

『―――アンツィオ高校・CV33、二両走行不能!』

 

 放送が流れ、煙が薄れた中から現れる白旗を上げたCV33。

「……あのなァ、ペパロニ。それをよりによってCV33でやって何の意味がある?」

 ペパロニに聞こえるように周波数を散らした通信をアンチョビは送った。

「こっちの装甲を抜けるのが私のCV38くらいしか無いのに、その火力で足止めしようとしても無駄だろう……こっちは損害を気にせず、集中砲火をかければいいだけなんだから」

 

『……ククッ』

 説教するようなアンチョビの言葉に、ペパロニは僅かな沈黙の後に笑った。

『ハ、ハーッハッハッ! や、やってくれるな大洗! だが、まだまだ地獄はここからッスよ! 新生アンツィオの恐ろしさ、思い知るがいいッス!』

 少し語尾を震わせつつペパロニは捨て台詞を残し、通信は切られた。再び山道を静寂が包む。

「………」

『……ねえ、あまり言いたくはないけれど、貴女の後輩って馬鹿なの?』

「いや、まあ馬鹿は馬鹿でもそれなりにしっかりした馬鹿だったんだが……なあ」

 直接的なエリカの言葉に、アンチョビは自信なさげに答えた。

 何れにせよ、大洗側の障害はひとまず無くなった。後続の車両を誘導しつつ大洗の7両は山頂を目指す。

「どういうつもりだ……ペパロニ?」

 揺れる車内の中で呟いたアンチョビの言葉には、僅かだが確かな失望の響きが含まれていた。

 

 

 先程までの一連の通信での応酬は観客席にまで届いていた。準決勝の試合とは思えない展開にある者は笑い、ある者は微笑ましさを感じていた。

「全く、間抜けな隊長もいたものね。これじゃ大洗の楽勝なんじゃない?」

 相変わらずノンナの肩の上で体を揺らしつつ、カチューシャが鼻で笑った。

「どうかな? むしろ分からなくなってきたと思うけどね」

 その横のミカがカンテレを鳴らす。そちらを見るカチューシャ。

「ちょっと、どういう意味よ?」

「……何故、彼女はあんなパフォーマンスめいた事をやったんだろうね? 黙っていればもっと足止めできた筈なのに」

「単に作戦に自信があったからじゃないの?」

「それなら2両と言わず、もっとあそこで撃破されているよ。そして残り8両のCV33は、何処へ行ったんだろうね?」

「そ、それは……」

 言い淀むカチューシャ。次第に彼女も気付き始めた。その違和感に。

「さて……大洗はそれに気付くかな?」

 モニターを見つつ、ミカはもう一度弦を鳴らした。

 

 

『総帥、お疲れ様でした』

「まずは成功……って所だな」

 P40車内。カルパッチョからの通信にペパロニは落ち着いた口調で答えた。

「行くぞ。引き続きジェミニ作戦、ノーヴォ・マカロニ作戦に移る」

『了解しました』

 通信を切り、ペパロニは目を閉じた。

 まだアンチョビはこちらの力量を伺っているだろう。まだ足りない。彼女の疑念を晴らすには。お前の不肖の後輩は未だにお前より劣っていると確信させるには。

 確信しろ。自身と大洗の勝利を。その時こそアンツィオ勝利の時となる。

 大きく息を吸い、ペパロニは号令をかけた。

「行くぞ手前ら! アーヴァンティ!」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第二十一話 終わり

次回「二本の旗とイワシと紅茶」に続く


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