カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

18 / 89
イワシとサラミ編
第十八話 虎に胃薬、イワシに鴨


 二回戦・第三試合会場、丘陵地帯。なだらかな丘と緑成す草原が広がる。

 本来は穏やかな光景であろうそこに今、激しい砲声が飛び交っていた。

 

 最高速度を維持したまま、マジノ女学院のソミュアS35が砲撃を放つ。側面を見せていたⅣ号駆逐が直撃を受けて白旗を上げた。

 その結果を見届ける事無く、ソミュアは減速せず黒森峰の部隊の後方を斜めに横切り、稜線を越えて丘向こうに消えた。

『こちらⅣ号、やられました! 申し訳ありません!』

「各機速度を維持したまま進め。止まれば敵の的になる」

 フラッグを立てたティーガーの中、隊長の西住まほは冷静に指示を出した。

 次いでみほからの通信。

『こちら第二部隊。お姉ちゃ、た、隊長、大丈夫!?』

 まほの第一部隊への砲撃が聞こえたのだろう。かなり慌てているようだ。

「Ⅳ号駆逐が一両やられた。私は大丈夫だ」

『そう、良かった……でも、まさかマジノ女学院が機動戦を仕掛けてくるなんて……』

「完全にこちらの予測を外してきたな。一回戦で旧来の防衛戦術に徹していたのも、おそらくはこの第二試合に向けてのカモフラージュだったのだろう」

 

 マジノ女学院はフランス戦車を中心とした編成の、歴史ある戦車道の名門校である。

 だがその歴史ゆえに戦法は保守的な防衛戦術から抜け出る事無く、また所有する戦車が近代戦に適していないWWⅠ時代の旧型戦車なのも相まって近年では他の強豪校と大きな差を付けられ、実際に負けが続いていた。

 一回戦もその旧来の防衛戦術―――重戦車を要塞に見立て、それを中心に防衛陣を張り最小限の動きで攻撃に専念する事で動く敵に隙を与えないという戦法―――に彼女らは徹して苦戦しながらも勝利した。二回戦も同様の戦術で来ると考えるのは必然だった。

 

 だが、二回戦のマジノは何か違っていた。

 丘上にルノーを中心とした陣形の作成を確認し、まほは想定通りに部隊を二つに分けた。一つはまほが指揮を執る、正面からマジノに攻撃を仕掛け敵の砲撃を向けさせる部隊。もう一つはその隙に敵陣の背後に回り込み挟撃する、みほの指揮する部隊である。

 みほの部隊が離れ、まほの部隊が5両となり攻撃をしようとした時それは起こった。丘陵の影から回り込んでいたマジノのソミュア部隊が側面から奇襲を仕掛けてきたのだ。

 これは完全に黒森峰側の想定外の動きだった。無論、その場で思いついた程度の戦法では無いだろう。行進間射撃の訓練が無ければ可能な動きでは無いからだ。

「マジノ隊長のエクレール、半ば成り行きからの勝負で前隊長から隊長の座を譲り受け就任した人物で経験も浅いと聞いていたが……なかなかやるようだな」

 

 

「……とでも思ってくれていると良いのですけれど」

 マジノ女学院側隊長車・ルノーR35新砲塔型車内。錠剤と顆粒の二種の胃薬をドリンク剤で流し込みながら、車長席のウェーブがかった黒髪の少女が疲れた口調で呟いた。マジノ女学院戦車道隊長、エクレールである。

『エクレール様。正面の黒森峰部隊、隊列を乱さず引き続き前進して来るようです』

「流石は黒森峰、一撃程度では乱れませんわね……」

 フラッグ車のルノーB1bisに搭乗している、部下のフォンデュからの通信。

「背面に回り込んでいる部隊が戻ってくるまでには時間があります。ソミュア部隊、転進して再び黒森峰の部隊の背面を強襲してくださいませ」

『了解(コンプリ)!』

 ソミュア部隊指揮の部下、ガレットからの短くも頼りになる返信。

「丘上の私達はソミュアを支援します。多少距離がありますが合図と共に一斉砲撃。敵の進攻速度を落とし、強襲の成功率を上げます」

 

 エクレールは、この『二回戦』で黒森峰と当たれた事に天啓を感じていた。

 旧型戦車が中心で総合力で大幅に黒森峰に劣るマジノでは、準決勝の15対15や決勝の20対20で彼女らに勝とうと思ったなら相当に厳しくなる。一回戦敗退のリスクを覚悟の上で初戦で防衛戦術に徹したのも、この最高のタイミングで黒森峰に一撃を浴びせる為だ。

 

 正直なところ、ここで勝ったとしても準決勝の聖グロリアーナ、もしくはサンダース大付属に勝つ事は難しいだろう。だがここで黒森峰に勝てばマジノの名は今大会に残る。

 周辺の強豪校から戦術的も戦車の性能的にも出遅れ、『弱小の名門校』という不名誉な称号を受け続け数年。マジノの伝統を重んじ、穏やかさと優雅さの陰で涙を飲んだ先輩方。彼女らの無念をここで晴らす。

 ―――そうすれば、日々の慣れぬ隊長としての職務と、過度のプレッシャーで悲鳴を上げる胃袋を少しは休ませる事も出来よう。

 

「撃て(フー)!」

 エクレールは未だ治まらぬ腹痛を堪えつつ、砲撃の指示を飛ばした。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十八話 虎に胃薬、イワシに鴨

 

 

 同時刻、大洗女子学園・大浴場。

 その日の授業を終えた大洗女子戦車道チームの面々は、いつものガレージではなくこちらに向かうように角谷杏から指示を出され前日の疲れを癒していた。

 

 大洗側の戦車の損害は、一回戦のプラウダ戦の比ではない甚大なものだった。

 Ⅳ号を残し全車両が走行不能。残ったⅣ号にしても各所の装甲被害は単なる張り替えで済むものではなく、プロの工廠並みの設備と技術を持つ自動車部でも練習可能な状態にするには最低二日はかかる(それでも尋常な速度ではないのだが)と判断された。

 結果、この期間は前試合で疲弊したメンバーのケアと次戦対策に当てられたのだ。

 

「いたた……うぅ、筋肉痛が染みるよー」

 慣れない装填作業の補助で張ったままの腕をさすりつつ、沙織が言った。

「染みるならまだ大丈夫だ。私なんて昨日は腕の感覚が無くなったからな」

 その横で、湯船に浸かり腕をマッサージしながらカエサルが苦笑する。

 大洗の車両の内、最も砲弾が重いのがⅢ突である。10kg以上あるそれをカエサルは支援射撃で連続で装填し、更にその後はBT-42と撃ち合いを繰り広げたのだ。男性でも辛い重作業である。

 

「それにしてもあの継続の操縦手は見事だったぜよ。まさに人馬一体、いや人車一体と言うべき戦いぶり……」

「本当に凄かったです。やっぱり根性が違うんでしょうか?」

 眼鏡をかけたまま入浴するおりょうが腕を組んで唸った。向かいの忍が同意する。

「あれは普通に練度がもの凄く高いだけだ」

「じゃあ、私でもアレ位操縦できるようになれますか?」

 麻子の考察に桂利奈が尋ねる。

「M3Leeの癖を全部把握して、その癖を全部制御できるようになればな」

「うえー、大変そう!」

「『道は百も千も万もある』とかの竜馬も言っている。阪口には阪口に合う練習を見つけ、それで道を究めれば良いと思うぜよ」

「それにしても……おりょうさん、猫背で気づかなかったけど貴女相当に……」

「……身長は同じくらいなのになー」

「……格差社会」

「?」

 

「いやー、それにしても二回戦も本当にお疲れさん! よくやってくれたねー」

 髪を団子に結わえた杏がアンチョビとエリカに労いの言葉をかける。

「まあ、正直ギリギリだったけどな」

 同様に髪を上で纏めたアンチョビが答えた。左右のロール部分の髪の量はかなり多く、頭の上にちょっとしたオブジェが作られたようになっている。

「次は準決勝……車両数の少ないウチには、ここからが厳しくなってくるわね」

 頭にタオルを乗せたエリカが言った。湯気で火照りながらもその表情は険しい。

「……そうだね」

 杏もその言葉に表情を引き締める。

 

 全国大会での使用できる車両枠は一回戦・二回戦は上限が10両。これが準決勝は上限15両となり、更に決勝戦は上限20両となる。より大規模に、派手になってゆくのだ。

 しかしこれで得をするのは上限以上の車両を所有している名門校の話である。公式戦出場権を得るだけの数ギリギリしか持っていない大洗からすれば逆風でしかない。

 今までの試合では6対10だった勝負が、6対15で勝たねばならないのだ。

 

「んー、まあ、アンツィオの場合はCV33が増えるだけだとは思うが……それでも数は戦力だからな。この前見つかった二両はどうなってるんだ?」

 アンツィオの戦力を思い出しつつアンチョビが言い、杏に尋ねた。

「学園艦深部にあった戦車のパーツはサルベージ中に落っことして一部破損。自動車部が修繕を行ってるけど、こっちはちょっと間に合わないかも。もう一両のB1bisは試運転まで完了してるよ。次の試合には間に合うかな」

「搭乗員は?」

「それならここにいるよ。おーい!」

 杏が少し離れた所で入浴している三人に声をかけた。微妙に長さの違うおかっぱ頭の少女たちがまるでカルガモの行進めいて近寄ってきた。

「何だ、いつも校門にいる風紀委員じゃないか」

「この子たちに乗ってもらう。真面目だけど操縦は素人だから、一から教えてあげて」

 杏の紹介に合わせ、三人はそれぞれアンチョビに頭を下げた、

「風紀委員の園みどり子です。安斎さん、改めてよろしくお願いします」

「えっと、お、同じ風紀委員の後藤モヨ子です。安斎さん、よろしくお願いします」

「金春希美です。安斎さん、よろしくお願いします」

「……とりあえずアンチョビと呼んでくれ」

 譲れない所を強調しつつアンチョビは答えた。横のエリカが呟く。

「B1bis……フランス戦車ね」

「火力はそれなり、装甲も最大厚60mm。多砲塔で搭乗員一人当たりの負担が多い戦車だねー……そういえば、確か今日の試合で黒森峰と戦ってるマジノ女学院も主戦力として使ってるんじゃなかったっけ?」

「……まあ、厳しいだろうな」

 目を閉じてアンチョビが言った。

 

 アンツィオ時代、戦力的に近しいところもありアンチョビはマジノと練習試合を行った事もある。新隊長のエクレールは常に腹を押さえて苦しそうだったが、それでも旧来の防衛戦から脱却し機動戦に移行しようと必死に模索していた。

 おそらく黒森峰との試合においても無策では無いだろう。戦力差を少しでも埋めようと様々な策を練り、試合に備えていた筈だ。

 ―――しかし、それで果たして黒森峰を止められるかどうか。

 そこまで考えたところでアンチョビは思案を止めた。良くない考え方だ。アンツィオとの試合を控えているのに、気持ちがその先に行ってしまっている。

 アンツィオは、ペパロニは本気でこちらを潰しに来るだろう。こちらが半端な気持ちでぶつかれば黒森峰と戦う前に大洗は敗北し、廃校となる。

(黒森峰との事は後にしておけ、アンチョビ。今はアンツィオを倒す事だけ考えろ)

 自身に言い聞かせ、アンチョビはシャワーのために湯船から上がった。

 

 

『マジノ女学院フラッグ車、走行不能! よって、黒森峰女学園の勝利!』

 

 B1bisから白旗が上がり、放送が流れる。

「くっ……」

 同様に白旗の上がるR35から一人の少女が体を出した。エクレールだ。腹痛を堪えつつ走行不能になったB1bisと、彼女らを包囲するティーガーやパンターを見る。

「黒森峰の重戦車、これ程とは……!」

 その姿を、ティーガーから身体を出したまほは静かに見下ろしていた。

 

 エクレールらの奇襲戦法に対し、黒森峰が取った戦術は恐ろしくシンプルであった。すなわち、奇襲部隊を完全に無視しての丘上のフラッグ車部隊の制圧である。

 まほが重視したのは、敵の奇襲部隊の練度と砲性能だった。

 確かにソミュアはマジノの戦力としては優秀だが、34口径の短砲身47mm砲で一撃でティーガーを仕留めるのは難しい。

 敵の技量が、訓練されながらもそこを正確に撃ち抜く程でもない事を二度目の襲撃で察したまほは救援に向かおうとするみほを制し、そのまま丘の背面に向かわせた。

 一方自身は後方を僚機の重駆逐に防いでもらいつつ、敵陣に高速で乗り込んだ。

 黒森峰の混乱を期待していたマジノ側は予想を裏切られ、更に後方からのみほの部隊の攻撃もあり急速に戦力を削られ、こちらの動きに気付いた機動部隊が支援に戻る前にフラッグ車の撃破を許したという訳だ。

 

 翻って考えるに、より本格的な混乱を黒森峰に与えるにはマジノの奇襲部隊は一撃離脱でなく、多少の被害を覚悟の上で貼りついて攻撃を続けるべきだったかもしれない。

 だが、戦術を切り替えたばかりのマジノにそこまでの駆け引きを求めるのは酷というものだろう。電撃戦の成功には、高い練度と判断力と駆け引きが求められるのだ。

 

「良い作戦と発想だった」

 表情を変えぬまま、まほはエクレールに言った。

「機動戦に適さないマジノの戦車でここまで動かすには苦心もあったろう。より練度を上げ戦術の切り替えが可能になれば、お前の理想のマジノは完成する筈だ」

「……そう言われれば、少しは報われた気持ちになりますわね」

 悔しさを顔に滲ませながらも、エクレールは懸命に優雅さを保ちつつ一礼した。

 

 

「うーん……?」

 その二人を見上げる位置に待機するティーガーⅡ、その中でみほは何かを考えていた。客観的に見れば圧倒的だったかもしれないが、僅かに味方の動きが鈍い。

 みほはエリカの事を思い出す。彼女の電撃戦の指揮は勇敢で決断的だった。素早い判断が可能な車長が一人居なくなるというのは、全体に想定以上の鈍化を起こすものだ。

「逸見さん……どうしてるかな」

 かつての光景。まほ、エリカ、そして自分が並び戦った日々を想いつつ、みほは呟いた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十八話 終わり

次回「干し芋の思い、サラミの想い」に続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。