カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十七話 虎の咆哮、カンテレの唄

「……それで、どうなんだ?」

 回収待ちのCV38の車内。運搬車の到着を待ちつつ操縦席の麻子が言った。

 灰色の空からは少しずつだが雪が降り始めていた。積もる雪になるだろう。

「どうなんだって?」

 その横で同じく回収を待つアンチョビが答える。

「エリカ達と継続のBT-42だ。ウチに勝ち目はあるのか?」

「まあ……厳しいっちゃ厳しい」

 手を頭の後ろに回し、座席にもたれかかりつつアンチョビは言葉を続けた。

「麻子も経験したと思うが、継続高校の中でもあの三人は別格だ。普通に相手が撃ってくるのを待っているだけなら弾切れ前に倒されるだろう」

「だとすると?」

「倒すつもりで攻める。それでようやく五分と五分」

 数秒の沈黙の後、麻子は口元に笑みを浮かべ静かに言った。

「……酷い隊長だ。あいつ等に相当な責任を負わせたものだな」

「そうだな」

 アンチョビは否定はしなかった。

「この先の試合。アンツィオ、黒森峰との戦いにおいてエリカ達はより重要な存在になる。継続の連中は私達を西住姉妹との練習台にしようとしていたが、私たちにとっても今回の試合は各人の今後の成長の糧になる筈だ」

「当人がフェイントに騙されて、消耗もさせれず撃破されたのでなければ良い言葉だ」

「……そうだな」

 アンチョビは目線を逸らしつつ言った。回収はまだ来ない。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十七話 虎の咆哮、カンテレの唄

 

 

 雪積もる小枝をBT-42の転輪が踏み折った。降り始めた雪はその量を少しずつ増し、BT-42の先ほどまでの戦闘での熱の残る砲身を冷やす。

「見当たらないねー」

 吹き込んでくる雪を払いつつ、操縦席のミッコが言った。 

 

 既に双方一両のみ。偵察車両も無く、レーダーも無いこの状況では互いの位置を視認で探るしかない。基本的に引き分けは無く時間無制限の戦車道の試合においてこういった状況になる事は決して珍しくはなく、往々にして長期戦にもつれ込む事の多いケースだ。

 しかし、残弾数が少なく選択の少ないミカ達に長期戦をするつもりは無かった。そしてそれは相手のエリカ達も察しているだろう。

 

「って言ったって、どうするの? 黙って出てきてくれるとは思えないけど?」

 砲手席に座り少し休憩を取りつつアキがミカに尋ねた。

「自然(ネイチュア)は多弁だよ」

 涼しい顔でミカは答えると、カンテレの音を少し変えた。それを合図に止まるBT-42。

「ミカ?」

 アキの問いかけにミカは答えず演奏を止め、ハッチから車外に出た。

 吐く息は白く、彼女の帽子にも雪が降りかかる。ミカは幾つかの樹木を確認し、そこに付けられた擦過跡を見た。新しい。

 更にミカは少し歩き、消えかけた履帯跡を発見した。より消えている方向、逆の方向。

 少し目を閉じてこの森の地形と大まかな樹木の位置を思い出す。BT-42で通過可能な幅とⅣ号戦車で通過できる幅。木を倒せば音が立つ。避けて進んでいる筈だ。

「……よし」

 ミカは小さく呟き、車内に戻ってきた。再び演奏を始めるが、ごく小さな音だ。

「大体の位置は分かった。先手を取らせてもらおう」

 再び進み始めるBT-42、極力音を立てずに走行してゆく。

 やがてその進行方向の先に薄く、一つの影が見えてきた。見覚えのある車両の形だ。

「敵車両発見! 停車してる、こっちに砲塔は向いてないよ!」

 発見したミッコが報告する。それに音で前進の指示を出すミカ。

 静かにBT-42は前進する。間もなく射程だ。

「!? ミッコ、全速!」

 その時、ミカは一瞬カンテレを弾く手を止めた。彼女の指は、BT-42が僅かに何かに引っかかった感触を捉えたのだ。おそらくは、ワイヤー的な何かに。

 音を立てず密かに接近していたBT-42のエンジンが急激に回転を上げる。

 同時に、ワイヤーに繋がっていた発煙筒が煙を噴出させた。

 

 

「エリカ、煙が出たよ! 距離約500、4時方向!」

 Ⅳ号戦車の中、沙織は噴き出る煙に気付きエリカに報告を飛ばした。

「来たわね、迎撃用意! 華、90度転回!」

 

 丘上でBT-42が戦闘を行いⅣ号を探しに森に入るまでの間、エリカ達が取った戦略は待ち伏せによる迎撃作戦だった。相手は地形慣れしており練度も高い。アンチョビ達が戦闘に突入した時点で彼女らはⅣ号の位置を定め、周辺にワイヤーと発煙筒を結わえた鳴子めいた仕掛けを張った。

 直接車両に損害を与えるトラップ、例えば地雷などであればルール違反となるが煙幕や戦車壕の作成、バリケード等は認められている。

 間違いなく相手はこちらより先に発見してくる。それを読んだ上での仕掛けだった。

 

「来ました!」

 煙の中から高速で抜け出してくるBT-42を認め優花里が言う。

「停止後に砲撃、どこでもいいわ。当たれば一撃で倒せる!」

「了解しました!」

 超信地旋回のできないⅣ号は転回速度がややかかる。長く感じるその間にもBT-42はその距離を更に詰めてくる。やがて、転回が止まった。

「撃て!」

 それを合図に優花里はトリガーを引いた。放たれる75mm砲。しかしその直前に敵はその進行方向を僅かに横に逸らした。紙一重でBT-42を掠める砲弾。

「すみません、外しました!」

「こちらが停車するタイミングを読まれたわね、来るわ! 華、垂直での接敵は避けて!」

「は、はい!」

 再び進行方向を戻して突進するBT-42。全く減速しないまま、榴弾を放つ。

「くっ!?」

 Ⅳ号戦車の表面に当たったそれは貫通せず、爆発を起こした。爆音と煙が耳と目を塞ぐ。

 

 その衝撃に耐えつつエリカは考えた。何故成形炸薬弾でなく榴弾? 貫通力の低い通常榴弾でⅣ号の装甲を抜けないのは相手も分かっている筈、こちらの視界を塞いでからの攻撃にしても、分離薬筒型のBT-42でそんな連撃が……

 

「まずい! 華、全速後退!」

 そこまで考え、エリカは半ば反射的に華に指示を出した。

 出来る訳が無い? 否、彼女らならば!

 果たして次の瞬間、Ⅳ号の防盾にBT-42の成形炸薬弾が撃ち込まれていた。衝撃がⅣ号戦車の車内に響く。辛うじて白旗を避けられた格好だ。

 そのままBT-42はⅣ号の側面を走り抜け、再び森の木々の隙間へと消えた。雪は更に振る量を増し、視界を悪くしてゆく。

「……荷が重いどころじゃないわね、全く」

 車長席でエリカは大きく息をついた。

 

 雪の降るこの悪路でここまでの速度を平然と出せる操縦手。

 その高速移動する車内で分離薬筒型の砲弾を連続装填してのける装填手兼砲手。

 そして彼女らへの的確な指示を楽器の演奏だけで行う車長。

 残り4、5発しか打てない状況でも平然と一発を捨て石に使う決断力といい、練度がどうとか言う問題ではない。西住姉妹とは方向こそ異なるが、間違いなく彼女らは怪物だ。

 

「だからって、ね……」

 エリカの口元に笑みが浮かぶ。怪物に負けるのは一度で十分だ。

 ではどうする? じきに彼女らは戻ってくる。今度こそこちらの不意を突くだろう。

 自分の持つ正統派の戦術ではおそらく通じない。ならば彼女らならばどうするだろう?

 あの能天気な隊長なら、かつて自身を倒した西住みほなら。

「……沙織、優花里、ちょっと大変になるけど、お願いできる?」

 

 

「凄いね、本当……今のは絶対決まったと思ったのに」

 腕の痺れを振って散らしつつアキが言った。

「向こうも決められたと思ったんじゃないかな?」

 涼しい顔でミカはポルカを奏でる。十分な距離を置き、BT-42は別の角度から攻撃を仕掛けようとしていた。Ⅳ号の旋回速度ならば今度は反応しきれない筈だ。

「……?」

 その時、ミカの耳は僅かにⅣ号の砲撃音を捉えた。こちらに向けられたものではない。更にさほど間を置かず二発目、三発目。その感覚は短い。

「この音……?」

 四発目、五発目。方向的にはこちらに向けられた砲撃のようだが、付近に着弾は無い。

「やけに砲撃の間隔が短いね。誰か装填の補助に就いたのかな?」

 アキにもその音は聞こえたようだ。だが何のために?

「……ととっ!?」

 突然、操縦席のミッコが声を上げると車体が大きく前方に傾いた。急ブレーキだ。

「ミッコ?」

「ごめんミカ! これ前進できないよ!」

 そう言うミッコの眼前には、数本の樹木が折り重なっていた。先ほどまでの砲撃で倒された木々がバリケードを作っていたのだ。

 履帯を装備した状態ならば多少強引に乗り越える事も可能だったかもしれないが、車輪走行の今の状態で乗り越えるのは困難だ。

「これは……」

 状況を確認したミカが呟く。

「ど、どうするミカ? 多分これ、迂回した先に待ち受けてる作戦じゃ……?」

 アキが不安そうに尋ねると、

「……ははっ」

 ミカは嬉しそうに笑った。

「ミ、ミカ?」

「素晴らしいね。これでようやく私達は完全な君たちと勝負できるんだ」

 

 ミカの内心に興奮と満足感が沸きあがってきていた。正統派の電撃戦、奇策、そして急場において即座に最適解を出せる判断力。ここに来てミカが求めていた完全な敵が出来上がったのだ。

 (参ったね……熱くなる性分では無いのだけど)

 少し瞳を閉じ、息を吸い、ミカは再び瞳を開いた。

 

「アキ、正面のバリケードに榴弾を砲撃したら即次弾装填。突撃して次の一撃で仕留める」

 カンテレの上で踊る指の動きが更に激しさを増す。仮にこのバリケードを回避しても他の箇所に次の障害が作られているだろう。回避は下策。突撃あるのみ。

「わ、分かった!」

 それ以上の指示を求めず、アキは榴弾を装填した。即座に木々に砲撃。一瞬の後に爆発が起き、その爆風が収まるのを待たずBT-42は突進する。

 

 ―――正面に、砲塔をこちらに向けたⅣ号がいた。

 

「……そう、それでいい」

 ミカは更に笑った。そうだ。その程度は読んでくるだろう。そうでなくては。

 一際カンテレの音が車内に大きく響く。その音を合図にミッコは速度を最大まで上げた。

 

 

「わ、ほ、本当に来た!」

 慣れない連続装填で痺れた腕を摩りつつ沙織が叫ぶ。

「撃て!」

 短いエリカの指示。放たれる砲撃。

 その瞬間、BT-42の車体が大きく浮いた。急激な加速によって樹木に乗り上げ、そのまま飛び上がったのだ。その真下を通過する砲弾。

「前進!」

 エリカは即座に華に指示を飛ばした。

 BT-42の成形炸薬弾。前進するⅣ号、衝撃音。

 

 

「………?」

 エリカは衝撃音が収まるのを待ち、頭上を見上げた。亀裂が見える。

 打ち下ろすように放たれたBT-42の砲撃はⅣ号の前進で僅かに狙いを逸れ、砲塔上部をカーボン直前まで大きく削っていた。

「んっ……」

 いつの間にかポルカは止んでいた。ハッチを開け、周辺を見る。

 眼前にはBT-42が、砲身からまだ煙を出しつつ停車していた。上部のハッチが開き、帽子を被った少女が顔を出した。ミカだ。

「………」

「………」

 雪の中、二人の少女は少しの合間、互いを見た。

 数秒後、ミカは車内から白旗を取り出すとBT-42の車上に置き、通信を開いた。

「……継続高校フラッグ車、砲弾が無くなりました。戦闘継続は不可能です」

 そしてミカはエリカに深々と頭を下げた。

「お見事」

 

『継続高校フラッグ車・残弾無しにより戦闘継続不能! よって、大洗女子学園の勝利!』

 

「……か、勝ったんですか?」

 操縦席で憔悴しつつ華が呟く。

「です……よね?」

 まだ実感が沸かないのか、優花里が不安そうに言った。

「だよ……ね! 勝ったんだよね!?」

 徐々に興奮しつつ沙織がエリカに尋ねる。車内に戻ったエリカが答えた。

「ええ……私達の勝ちよ」

 まだ実感が沸かないけど。

 エリカは内心でそう言った。

 

 

 「……よくやってくれたな、エリカ」

 大洗側の選手待機場所で、モニターを見つつアンチョビは言った。

「これで次は準決勝……苦しい戦いになるね、次も、その次も」

 その横で同様に観戦していた杏が話しかけた。頷くアンチョビ。

「んー……? いや、でも確か……?」

 一方、麻子は指を折りつつ何かを数えていた。

 

 

「一同、礼!」

『ありがとうございました!』

 審判の合図で大洗・継続の両選手が一斉に頭を下げた。戦車道は礼に始まり礼に終わる。淑女を育てる競技としてルールなどの大枠こそ変遷してきたが、それだけは変わらない。

「良い勝負だった。次の準決勝の健闘を祈るよ」

 ミカはそう言ってカンテレを鳴らした。

「こっちとしても色々と勉強になる試合だった。感謝する」

 素直な感想を言いつつ、アンチョビはミカと握手を交わした。

「正直、二度と戦いたくないけどね」

 こちらも正直な感想を言いつつ、エリカは苦笑した。

「……御機嫌よう」

 そして一礼すると、ミカは身を翻して歩き去っていった。それを追うアキとミッコ。

「……最後まで掴みどころのない隊長だったわね」

「実際、次に試合したら勝てないかもな」

 残された二人はそう言うと、勝利に沸く仲間たちの許へと向かって行った。

 

 

「………」

 雪の中の帰路、BT-42の車内でアキは無言だった。その表情からも不機嫌なのは明らかだ。

「どうしたんだい、アキ?」

 ミカが楽器の調律をしつつ尋ねた。彼女を横目で見つつアキは言った。

「……何で撃たなかったの?」

「何を?」

「あと一発、残ってたよね。砲弾」

 端的な言葉。しかしアキの言いたい事は全て詰まっていた。

「………」

「何で勝ちを譲ったの?」

「譲ったつもりは無いさ。あの一撃で仕留められなかった時点で私達の敗け。もし黒森峰との試合だったなら、西住姉妹の片方だけ倒して弾が尽きていた事になるしね」

「そんな理由で……」

「アキ、騙されちゃダメだよ! 要はミカ、アレだよね? 大洗と黒森峰が戦うのが見たくなったんでしょ?」

 操縦席のミッコが後方の二人に言った。

「………」

 ミカは答えずカンテレを鳴らす。アキはミカの本音を見極めようとしばらく見つめていたが、やがて諦めて座った。

 こういう隊長なのだ。そして、そんな隊長だから自分たちは付いてきたのだ。

「仕方ないなあ、もう」

「すまないね」

 アキの言葉に、ミカは小さく答えた。

 

 

 石畳の廊下を早足で歩く音。やがて止まり、扉が開く。

「統帥(ドゥーチェ)! 大洗女子学園、二回戦突破しました!」

「……来たか」

 報告するカルパッチョの言葉に、アンツィオ高校統帥・ペパロニは彼女が驚くほど静かに答えると椅子から立ち上がり、傍らのマントを羽織った。

「試合会場の決定は?」

「あと数日、残りの二回戦が消化されてから発表されます」

「皆に召集をかけろ。各フィールドに合わせた最終訓練を行う」

「……あの、統帥」

 ペパロニの機敏な指示。それに対しカルパッチョの返事は歯切れが悪かった。

「何だ?」

「いえ、召集についてですが、現在メンバー全員が夕食中で……」

「……もうそんな時間ッスか!?」

 慌ててペパロニは時計を見た。既に時計は18時を示している。

「しまった! 確か今晩の食堂の限定ディナーは……」

「サルティン・ボッカ。仔牛の包み焼です」

「召集は明日に変更! 急ぐぞ、カルパッチョ!」

 そう言うが早いかペパロニは走り出した。慌ててそれを追うカルパッチョ。

「ま、待ってください統帥!」

 石畳を走る足音が二つ響く。

 マントをはためかせ、全力で走りながらペパロニは呟いた。

「……待っていろ、アンチョビ」

 

 

 準決勝・第一試合 大洗女子学園 VS アンツィオ高校

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十七話 終わり

次回「虎に胃薬、イワシに鴨」に続く


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