カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十六話 虎のポルカ、イワシの算術

 寒風吹く大洗側観客席。

「難しくなってきたわね」

「はい」

 大型モニターを見る観客の表情は明るく、4対1となった大洗側の勝利は動かないものと皆が思っていた。ただ一組、カチューシャとノンナを除いては。

 

 現在の高校戦車道において、最も継続高校と試合経験があるのがプラウダである。

 「鹵獲ルール」という一種の賭けルールに基づく非公式戦。それを彼女らは何年も前から繰り広げてきた。当然、試合数は一度二度で済むものではない。

 では、何故プラウダは継続に戦車を奪われたままなのか?

 

 ―――答えはシンプルだ。この非公式戦で、プラウダは大きく負け越している。

 総合力で単純に比較した場合、継続がプラウダに勝てる要素はかなり薄い。例えば決勝戦の20対20のルールであればノンナは容易に彼女らを撃破できるだろう。

 しかし非公式戦での5対5、より個々人の実力が重要となる小規模な試合では継続はプラウダを圧倒する。カチューシャやノンナですら白旗を許した事もある。

 否、「継続は」と言うよりも「あの隊長は」と言うべきだろうか。

「……ん? ノンナ、何か聞こえない?」

 その時、カチューシャの耳は僅かに何かを捉えた。言われてノンナも耳を澄ます。

 設置されたスピーカーから僅かに聞こえてくる弦楽器の音。

「これは確か、継続高校隊長の持っていた楽器の音……」

 それを通信機のチャンネルを開放して流している? 何のために?

「そんなの決まってるわ。戦場において、音楽は己を誇るために鳴らすのよ」

 肩の上のカチューシャが言った。己の力を誇示するために、己の戦意を高めるために。おそらくこれは彼女ら継続高校にとって深い意味を持つのだろう。

「……勝てるかしらね、大洗は」

「………」

 ノンナは答えなかった。

 

 

 カタクチイワシは虎と踊る 第十六話 虎のポルカ、イワシの算術

 

 

 丘上のⅢ号突撃砲。車長のエルヴィンは顔を出して周囲の状況を伺っていた。

 38(t)を撃破した後、敵の最後の車両であるBT-42は姿を潜めていた。双眼鏡を使い周囲の雪道を観測するが、まだ発見はできていない。

「こちらカバチーム、BT-42は未だ発見できず」

『こちらイワシ、了解。こっちも森の中を探してるが見当たらないな』

 

 現在の戦況は4対1、恐らくミカは包囲を避けて一両ずつ撃破しようとしているだろう。こちらはそうさせない為にも先手を取って発見し包囲撃滅を狙う。先を取れるかの勝負だ。

『エルヴィン、BT-42の対処法は事前に言った通りだ。キーワードは……』

「『直角を避ける』と『カウント』だな、了解した」

『そうだ。1対1でⅢ号に勝ち目は無い。もし相対しても倒そうとは考えるな』

「ああ。出来るだけ時間を稼ぐ。その間に……?」

 その時、アンチョビとの通信にノイズが走った。別の電波が割り込んでいる。

「これは……音楽か?」

 カエサルが呟く。弦楽器の軽快な音。エルヴィンはその割り込んだ音楽に意識を向けた。

「……Säkkijärven Polkkaだ」

「サ、サッキヤ?」

「サッキヤルヴェン・ポルカ、欧州フィンランドの民謡だ。継続戦争でロシアに奪われたフィンランドの都市サッキヤルヴィを歌った望郷の曲……」

 聞きなれない言葉に戸惑う左衛門佐にエルヴィンは解説した。だが、何故それが?

 曲調とは裏腹の不吉なものを感じ、エルヴィンは通信を一旦閉じハッチを開けた。体を出し、改めて周辺の状況を探る。双眼鏡で先ほどまでの戦場の森林を覗く。姿は無い。

「!?」

 瞬間、エルヴィンは殺気を感じ後方を見た。

 丘下約1000m、こちらに向かって高速で走る一両の戦車。

「BT-42発見! 距離約1000! カバチーム、これより交戦に入る!」

 状況確認より先に通信を行い、エルヴィンは車内に戻った。

「後方だと!?」

「森の反対側から大回りしてきたか! 車体回せ、迎撃準備!」

 驚くカエサルに説明しつつⅢ突を転回させる。その間にも急激に距離を詰めてくる高速戦車、最大速度を非整地で出してくる操縦手の練度はどれ程のものか。

「装填完了!」

「おりょう、敵正面を向いたら停止! 左衛門佐は停止後に砲撃。敵の移動速度は時速50㎞以上だ、現在位置の50m先にに予測射撃を撃ち込め!」

「了解ぜよ!」

「任せよ!」

 転回を終え砲塔が眼下のBT-42を狙う。完全に車体が停止し75mm砲が火を吹く。だがBT-42の速度が僅かに上回った。車両の僅か後方に着弾。速度は緩まない。

「次弾装填! 少しでも敵の速度を落とす!」

「りょ……了解!」

 息を切らしつつカエサルが応える。その時、走ったままBT-42が砲撃を放った。弾道は低く、こちらを狙っていない射線。それはⅢ突の位置のやや下に着弾した。

「何……くっ!?」

 次の瞬間、撃ち込まれた榴弾が炸裂し大量の雪とその下の土砂を吹き飛ばした。Ⅲ突の車体にも雪と土砂は降りかかり、視界を防ぐ。

「ペッペッ、モロに食らったぜよ!」

「これでは敵位置が……」

 下から飛んできた土砂が窓から入り、操縦席のおりょうが悲鳴を上げる。砲手席の左衛門佐は頬に一筋の汗を流しながら視界の確保に苦戦している。

「全速後退! 下がって視界を開く!」

 エルヴィンは指示を飛ばしつつ額の汗を拭った。Ⅲ突は遠距離での迎撃や狙撃は得意だが砲塔が回らない性質上接近戦は不利になる。何とかあと少し距離を……

「!? 車長、前!」

 下がってやや視界が開けるようになった時、左衛門佐が叫んだ。

 車長席からエルヴィンもそれと同じものを見た。

 

 BT-42が飛んでいた。

 それは実際は高速で丘を駆け上がり、その勢いで僅かに浮いただけかもしれない。だが、エルヴィン達にそれは飛んでいるように見えた。

 

「しまっ……!」

 一瞬の空白の後、既に至近距離まで接近を許した事に気付きエルヴィンは指示を飛ばそうとした。それと同時にBT-42から放たれる砲弾。先程のは通常榴弾だったが、今度のは貫通力を持たせた対戦車用の成形炸薬弾だろう。

「ぜよっ!」

 エルヴィンの指示を待たずおりょうは操縦桿を動かしⅢ突を僅かに転回させた。車体を襲う衝撃。しかし白旗は上がらない。

「……しっかりするぜよ、車長!」

「すまない、おりょう! 今の感覚で、決して敵の砲撃を垂直に撃たせるな!」

 おりょうの激にエルヴィンが答え、改めて指示を飛ばした。

 

 BT-42の114mm砲は本来は歩兵支援用であり、戦車戦向けのものではない。その貫通力は極端に低く、通常榴弾では普通の中戦車クラス相手でも撃ち抜く事は難しい。

 よって対戦車戦では特殊弾である成形炸薬弾を主に使う。貫通力は距離問わず100mm装甲を抜けるという触れ込みだが、その貫通力には非常にムラがあり、垂直の着弾でなければ小さい穴一つを開けるだけで終わったりもする。速度こそ凄まじいが攻撃面では決して強くはない、一言で現すならばピーキーな機体なのだ。

 ―――そしてそれは、そんな機体を自在に操る彼女らの異常さも示しているのだが。

 

 Ⅲ号車内には引き続きポルカが流れ続けている。既にBT-42は眼前だ。Ⅲ突の正面を避け、側面に回り込もうとする。

「接近された! どうする、車長!?」

「重量ではこちらが勝る、突っかけろ!」

 カエサルの問いにエルヴィンは前進を指示した。回避しようとせずBT-42に正面から激突しようとするⅢ突。予想外の行動だったか、BT-42は回り込みを止めて後退した。砲塔はこちらを向いているが、装填が終わっていないのかまだ撃ってこない。

「更に前進、角度を付けて、垂直にならないよう当てろ!」

 砲身を角のように振るいⅢ突は更に突撃した。BT-42の重量約15tに比べてⅢ突の重量は約22t、捨て身の戦法だが、ぶつけ合えばフラッグ車のBT-42には不利な勝負となる。

「ぐっ!?」

 再度のBT-42の砲撃。激しい揺れ。だがやはり白旗は上がらない。Ⅲ突は角度をつけたまま車体を衝突させた。車体を大きくへこませるBT-42。

「やったか!?」

「いや、まだだ! このまま前進!」

 ふらつくように後退するBT-42。それをⅢ突は更に追撃した。先ほどまでの狙撃位置に戻ってくる両車。

 その時、僅かにⅢ突がやや前方に傾いた。

「さっきの榴弾跡か?」

 エルヴィンが呟くと同時にBT-42が前方に動いた。急激な加速で車体前面が浮く。

「な!?」

 そのままBT-42はⅢ突の上面に乗り上げた。勢いを殺すことなくⅢ突の車高の低い平面的な車体を乗り越え背面に回る。

「まずい、緊急転回!」

 戦車の車上を戦車が通る轟音に耐え、エルヴィンが叫ぶ。

 しかし、BT-42の砲撃はそれより早くⅢ突の背面に撃ち込まれていた。今度こそ白旗の上がるⅢ突。

 

『大洗女子学園・Ⅲ号突撃砲、走行不能!』

 

「……こちらカバチーム、やられた。カウント『5』だ」

 煙を吹くⅢ突車内でエルヴィンは無念そうにアンチョビに通信を送った。

『十分だ。よくやってくれた』

 アンチョビからの通信が返ってくる。

『こちらこそ、間に合わなくてすまなかった……ここからは、私達の出番だ』

 その言葉と共に、BT-42の駆動音とは別の車両の音が近づいてきていた。

 ポルカは、まだ響いている。

 

 

「さて、これで残り3両か」

 BT-42の車内、膝上のカンテレを奏でる音を止めずにミカは言った。

「やっぱりやるねー、大洗。接近したら素直に逃げると思ったのに」

 次弾の装填準備をしつつアキが汗一つかかずに答えた。

「て言うかミカ、フラッグ車を狙うだけで良かったんじゃないの?」

「Ⅲ突は1500mからでもこちらを撃ち抜けるからね、フラッグ車を狙って行って遠くから狙われるのは困るかな」

 車外の音に耳を澄ましつつミカは言葉を続けた。

「……それに、彼女らもそれを許さないだろうしね」

 カンテレの響きが僅かに変わる。操縦席のミッコがそれに反応してBT-42を前進させる。丘の左右から、CV38と八九式が迫ってきていた。

 

 

「動き出した! 隊長、どうしますか?」

 八九式の車内、車長の典子はアンチョビに通信を送った。

『BT-42の装甲は最大20mm、八九式の57mmでも十分抜ける。だがあくまで撃つのは隙が出来てからだ。回避優先で走り回れ!』

「了解! いくよ、みんな!」

「はい、キャプテ……ひゃあっ!?」

 返事を返そうとした妙子が突然の爆発音に悲鳴を上げた。BT-42が走りながら通常榴弾を撃ち込んできたのだ。

「やっぱりこっちを先に狙ってくるね……河西、ジグザグに進みながら敵側面! サイドからインターセプトかけるよ!」

「はいっ!」

 

 Ⅲ突の80mm装甲ならともかく、最大装甲17mmの八九式では通常榴弾の爆発ですら無視できないダメージになる。八九式はBT-42の正面に出ずにそのまま右側に走りこんだ。逆の左側にはCV38が走っているのが見える。

 BT-42はそのどちらにも寄ろうとはせず、八九式を狙った後は転進せずに前進を続け両車の間を抜けた。一定の距離を開けてから方向を変えるか。

 

 その時、走行中のBT-42の履帯から小爆発が起こった。

『来るぞ!』

 通信からの緊張したアンチョビの声。同時に履帯から開放されたBT-42の車輪が直接地面を削り走り出した。更に速度が上がり八九式の側に寄せつつ転進してくる。

 しかしその速度が僅かに落ちた。一瞬遅れてCV38の機銃の弾幕がBT-42の前方を掠める。

「180度転回、敵とすれ違う時を狙う! 佐々木、チャンスは一度だ。集中して!」

「はい!」

 砲身を肩に乗せ、あけびは照準を合わせた。

 180度の方向転換を終え、車外に体を出して典子は周囲を見た。正面から突撃してくるBT-42、その背面に回り込もうとしているCV38。CV38の13.2mm機銃は何発かはBT-42に命中したようだが致命傷には至っていないようだ。

「根性ー!」

 典子の叫びと共に八十九式は唸りを上げて突撃した。時速50㎞を出すBT-42との距離は急激に縮まってゆく。

「撃てっ!」

 典子の指示と同時に、BT-42の動きが変わった。高速で走ったまま更にその速度を上げ、僅かに進路を横に逸らし、砲塔は背後のCV38に向けられた。

『何ぃ!?』

 通信からのアンチョビの声。

 89式の砲弾は僅かに加速したBT-42の後方を掠めた。

 BT-42の榴弾はCV38を吹き飛ばした。

 

『大洗女子学園・CV38、走行不能!』

 

「フェイントやられた! もう一度転進して狙……」

 敵の狙いが機銃で弾幕を張れるCV38だった事に典子はようやく気付き、車内に指示を送る。しかしその間にBT-42との距離は遥かに開けられていた。

 BT-42も進行方向を再び八十九式に向け直し、再突撃を狙ってきた。

「……いや、後退!」

 咄嗟に典子は逆の指示を忍に出した。直後に八十九式の直前に着弾する榴弾。

「キャプテン!?」

「『数を稼ぐ』! みんな、ギリギリまで敵を引き付けるよ!」

「了解! 回避ならまかせてください!」

 再度の榴弾砲撃、やはりこれも紙一重で躱す。

「まだまだっ!」

 細かい前後で更に次の榴弾も回避。更に回避運動を……

「……うわっ!」

 八十九式の車体が傾いた。榴弾の爆発で削られた地面と爆発熱によって溶けた雪で八十九式周辺の地面が即席の泥濘となっていたのだ。

 それは時間としてはほんの数秒にも満たないバランスの崩れ。しかしその数秒を狙いBT-42は八十九式に最後の砲撃を放った。

 

『大洗女子学園・八十九式中戦車、走行不能!』

 

 

「ふぅ、これで残りはフラッグ車だけだね」

 BT-42車内、小さく息をついてアキは言った。

「……どうやら、相手の狙いが分かってきたね」

 カンテレを弾き続けながらミカが呟く。

「狙い?」

「ああ。アキ、砲弾の残りは?」

「……あ!」

 

 

『くそー、やられた!』

「……いや、これで私たちの勝ちに大分近づいた。典子、カウントは?」

 悔しそうに言う典子に回収待ちのCV38の中、広域通信を行いつつアンチョビは尋ねた。

「えっと……確か『5』です!」

「私が『1』、38(t)が杏の話だと『1』か。となると……」

「多く見積もって、残り5発」

 その横の麻子が答える。アンチョビは今度は通信の繋がっているエリカに言った。

「……という訳だエリカ、あと4発か5発、死ぬ気で避けてくれ」

『簡単に言ってくれるわね、全く』

 エリカの返事は冷たかったが声には張りがあり、強い戦意を感じられるものだった。

 

「聞いた事無いわよ、弾切れの戦闘不能狙いなんて」

 森に潜んだままのⅣ号戦車の車内、エリカは呆れ声でアンチョビに言った。

「だからこそ意味がある。ルール上の戦闘継続困難にも該当するしな」

「……了解。ちゃんと決めてあげる」

 そう言うとエリカは通信を切り、操縦席の華に言った。

「華、ここからは貴女が勝負の要になる。頼んだわよ」

「承知しました」

 華は口元を引き締めつつ答え、操縦桿を握った。

 ポルカはまだ流れ続けている。その音を聞きつつ、エリカは誰ともなく言った。

「生憎とダンスの趣味は無いの。ここで終わらせるわ」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十六話 終わり

次回「虎の咆哮、カンテレの唄」に続く




申し訳ありません。感想欄では今回が継続戦最終と言っていたのですが、当初の想定以上に戦闘シーンが長くなってしまい分けさせていただきました。
今度こそ次回で対継続高校編は完結となります。
宜しければ引き続きお付き合いください。

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