カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十四話 虎の電撃、カンテレの風

 初夏とは思えぬ冷たい風が吹き、雪を被った木々を揺らす。

「さむっ!? ここ本当に日本?」

 体を擦って暖を取りつつ沙織が言った。

 砂漠の試合会場から北上すること数日、北緯50度を越えた雪原の試合会場だ。会場までのインフラは整備されており、各所に戦車道連盟のロゴの入ったテントが立ち、豚汁や甘酒などの出店が並んでいる。

 

「ヴィンターケッテへの履帯の変更は完了。各車両に携帯カイロの配布は済んだ?」

「そっちは配布した。非常食はどうする?」

「短期戦で行くつもりだけど、チョコレートとカンパン、飲料と固形燃料くらいは用意しておきましょう」

 大洗学園側スタート地点、エリカはテキパキと指示を振り、アンチョビに状況を確認していた。吐く息は白く、戦車の冷え切った表面は皮膚が貼りつきかねない程だ。

 

「……」

 砲弾の積み込みを行っていた紗希がぴくりと動きを止め、ある方向を見た。

「ん?」

 それを見たアンチョビが耳を立てる。僅かに聞こえてくる弦楽器の音。

「……エリカ、どうやら向こうの隊長が来たようだ」

 次第にその音は他の皆にも聞こえるようになってきた。その音の方向から来る、継続高校のジャージを着た三人の少女。ミカ、アキ、ミッコ。

「やあ、試合前の挨拶に来させてもらったよ」

「その、今日はよろしくお願いします」

 歩きながら器用に片手のみでカンテレを鳴らしつつ隊長のミカが言った。その横で丁寧に頭を下げて礼をするアキ。

「こちらこそ、よろしくお願いするわ」

「この前は世話になったな。今日は礼として、しっかりお返しはさせてもらう」

 それに対してエリカとアンチョビは返事を返した。頭を下げるエリカと、不敵な笑みで戦意を示すアンチョビ。よくよく対照的な二人だとアキは思った。

「えっと……こっちで良いのかな、隊長さん」

 二人をそれぞれ見た後、ミカは少し考えてからエリカに手を差し出した。

「ええ。私自身、まさか隊長にさせられるとは思ってなかったけど」

 ため息を一つ。エリカはそう言いつつ握手を返した。アンチョビに顔を向けるミカ。

「確かに隊長の変更は体調不良や不慮の事態に備えて認められているし罰則もない。アンチョビ、君は自分の足りない所をこうやって補おうとした訳か」

「お前の言う通り、私は万能でもないし欠点もあるからな。ならばそれを仲間同士でフォローし合えば良いだけだ」

「それだけ、信用しているんだね」

「まあな」

 短い返事。しかしそこにはエリカへの信頼と確信が込められていた。

「やはり君たちと当たれて良かった。今日は本当に楽しめそうだ」

「悪いけど、楽しませるつもりは無いわ」

「―――ごきげんよう」

 毅然としたエリカの言葉に、ミカはむしろ満足そうに頷くと一歩下がり礼をした。

そのまま身を翻し、陣営を後にしてゆく。

「ちょ、ちょっとミカ! すみません、失礼しました!」

「あー……ありゃ相当テンション上がってるね」

 それを追うアキとミッコ。

「……相変わらず、掴みどころの無い隊長ね」

「だが、個人戦ならおそらく大会でもトップクラス……エリカ、保険的なものだけど『カウント』はよろしく頼む」

 それを見送りつつ、エリカとアンチョビは言葉を交わした。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十四話 虎の電撃、カンテレの風

 

 

 雛壇状に組まれた観客席。寒さに震える観客の足元を少しでも温めようと各所に石油ストーブが設置され、また希望者にはブランケットが配布されている。

 前試合ではまばらだった大洗の観客席も、先のプラウダ戦でのジャイアントキリングで注目度が上がっているのかその数は増しており、他校の生徒の姿も見える。

 その中、小柄な少女を肩車する黒髪の女性が一人いた。ノンナとカチューシャである。

「どうかしらね、大洗は」

「正直なところ不利は否めませんね。地形的にも、戦力的にも」

 ノンナの肩の上で腕を組み考えるカチューシャに、ノンナは率直に言った。彼女らの眼前の大型プロジェクターには、既に双方の戦力が表示されている。

 

大洗女子学園

 Ⅳ号戦車D型(フラッグ車)×1 CV38×1 三号突撃砲×1

 38(t)×1 M3Lee×1 八九式中戦車×1

 

継続高校

 BT-42(フラッグ車)×1 BT-5×2 BT-7×2 T-26×1

三号突撃砲×1 T-34/76×1 T-34/85×1 Ⅳ号戦車D型×1

 

 大洗側は一回戦と同様の、最大数の10両にも届かない6両。対して継続高校側は高速戦車を主体として、それに幾つかの中戦車や突撃砲を含めた編成だ。総合力では継続高校が勝るだけに、序盤戦からそれをどう切り崩すかが大洗の課題になるだろう。

「……ん? ねえノンナ、前試合で継続が使ったⅣ号ってD型だった?」

 戦力表示を見ていたカチューシャが違和感を覚え、ノンナに尋ねた。

「いえ、確か一回戦で使用していたⅣ号は最終型のJ型だった筈です」

 即座に返事を返すノンナ。

 

 初期型のD型と大戦末期のJ型は、同じⅣ号戦車でも別物と言って良い代物である。車両の基本性能こそ変わらないものの、砲身はD型が短い24口径75mm砲なのに対しJ型は長い43口径75mm砲を搭載。またシュルツェン(対戦車ライフルや成形炸薬弾を防ぐための薄い鉄板)をJ型は装備しており、火力、防御面ともに強化されている。

 

「じゃあ、わざわざ弱体化の改修をしたって事?」

「分かりません。ですが、そうだとすると狙いは……」

 ノンナが自分の推測を話そうとした時、スピーカーから試合開始のサイレンが鳴った。

 

 

『大洗女子学園対継続高校、開始!』

 

 サイレンに続きアナウンスが響く。Ⅳ号戦車内、エリカは全車両に向けて通信を開いた。

『行動開始の前にひとつだけ皆に言っておくわ。先の試合で私達は勝ったけど、これはかなり運に助けられた試合だったわ。フィールド、敵の油断。こちらの作戦が結果的に上手くいっただけで、負けても不思議でない勝負だった』

「……随分と言われているな」

 CV38の操縦桿を動かしつつ麻子が言った。

『ここからはそうはいかない。強豪を倒した事で、これから私達を油断する相手はいなくなる。今回みたいに敵に有利な戦場で戦う場合もあるし、作戦が思うようにならない状況も来る。一人一人が強くならなければ、この先は勝てないわ』

「エースだけでは勝てないのは、バレーも戦車も同じか……」

 八九式車内、典子がその言葉に頷く。

『仲間をあてにしても良い。頼りにしてもいい……同時に、自身がそれに応えられるよう互いに努めましょう。そうすれば、私たちは勝てるわ』

「ハマってるねー、エリカ隊長」

 38(t)車内の杏が干し芋を齧りつつ言った。

『それじゃ行くわよ、パンツァー・フォー! 進路は予定通り、全速前進!』

 その言葉を合図に、大洗の車両は動き出した。

「……なかなか堂に入ってるじゃないか」

「怒るわよ」

 揺れるCV38の車内からアンチョビはエリカに通信を送った。エリカの鋭い返答。

「それよりイワシチーム、頼んだわよ。初動が決まるかは貴女達次第なんだから」

「分かってるとも。CV38、部隊から外れるぞ!」

 通信を切り、CV38は他の車両とは別方向に向かって走り出した。

 

「……フゥ」

 通信を終えたエリカは車長席で息をついた。

 事は始まった。ここからは自分の指揮が全ての趨勢を決める。

「本当……あの隊長はよく、こんな状態であんな指揮を執れたものね」

 

 黒森峰の紅白戦などの非公式戦で隊長を務めた事こそあるが、こういった公式戦で隊長になるのは初めてだ。自分の両肩にかかる重みをエリカは感じていた。

 自分の判断が部隊全ての行動を決めるという責任感、勝敗の全責任が自分にかかっているという重圧。そして、負ければ廃校となり、大洗学園艦の全ての人間が路頭に迷うという余りに大きな使命感。

 この重みを抱えてあの隊長は、優勝候補のプラウダ相手に豆戦車で正面から突っ込んだり逃げ回ったり果ては転んで無防備になりながら隙を作ったりしていたのだ。自分が同じ位置に座って、改めてエリカはアンチョビの勇敢、あるいは無謀に感心した。

 

「あ、あの……逸見殿?」

 その時、魔法瓶を持った優花里が心配そうにこちらを見ているのにエリカはようやく気付いた。どうやら思った以上に表情に出てしまっていたようだ。

「あ、ン、ンン……どうしたの?」

 軽く咳払いをして、優花里に言う。

「あの、ココア用意してきましたから、良かったらどうぞ」

「ありがとう。いただくわ」

 蓋に注がれた湯気を立てるココアを受け取り、少し冷ましてから飲む。強い甘みと温かさが、体の内側から暖めてくれるようだ。

「逸見殿……あの、自分は逸見殿を信用しています。どんなタイミングでも、撃つ時は迷わず言って下さい!」

 優花里は言おうかどうか少し迷った後、エリカに向かって言った。

「私もかなり運転に慣れてきました。逸見さんの指示にも対応できると思います」

「通信の方は任せておいて! 味方の通信は絶対聞き漏らさないから!」

 華、沙織も続けてエリカに言う。エリカは少し驚き、それから微笑んだ。偉そうに言っておきながら、他を頼っていないのは自分自身だったか。

「……分かったわ。私の本気の指揮は容赦ないから、覚悟しておきなさい」

『はい!』

 一斉に返事が返ってくる。

「全速前進。まずは先手を取るわ!」

 

 

 雪原を進む高速戦車を中心とした戦車たち。継続高校の主力部隊である。

 先頭を進むBT-42、その左右に軽戦車BT-5やBT-7が展開し周囲を警戒。後方からは二両のT-34が続き、76mm砲と85mm砲を光らせている。

 天候は雲。湿度はやや高く、霧が出るかもしれない。

「それで、どう行く?」

 BT-42車内。操縦席のミッコは後方で座っているミカに聞いた。重心の悪いBT-42は本来まともに走らせるのも困難な機体である。しかし、この自走砲と長く付き合いのあるミッコにとってはその癖を含めて手足のようなものだ。話をしながらも休まずその手足は動き機体のバランスを取りながら走らせている。

「大洗にとってこの雪原は初めての試合場だからね。まずは森を抜けて強襲と行こう」

「了解!」

 壁に貼られた地図の双方のスタート地点を確認しながらミカは言った。両者の位置は森の間の街道を通っても向かう事は出来るが、森を抜ければショートカットが可能だ。

 迷わず彼女らの戦車は森に突入していった。木々を避けるために若干の速度低下はあるが、それでもほぼ減速せずにどの車両も森の木々を抜けてゆく。

 

「ねえミカ、あの逸見さんって黒森峰にいた人だよね?」

 揺れるBT-42の中、砲の調子を確認しつつアキが尋ねた。

「そうだね。確か去年の大会では……ティーガーⅡに乗っていたんだったかな」

 一方、ミカは座ったままカンテレの弦の調律をしていた。一見戦闘に関係ない行為に見えるが、本当にBT-42に全力を出させる時にこのカンテレは重要な意味を持つのだ。

「私はよく知らないんだけど、どんなスタイルだったの?」

「黒森峰の戦闘スタイルは西住流……戦車道の流派でも機動力を活かした突撃戦法を得意とする流派だけど、黒森峰はこれを高い練度で実現しているチームだ。その中で主力を務めていただけに、彼女も西住流の戦法を主としているだろう」

「って事は……私達と同様の突撃戦法?」

「普通に考えればそうだけど、難しいだろうね。彼女はともかく他のメンバーがそれに付いてこれるかとなると……」

 その時、ミカがそう言い終わる前にBT-42の前方の雪が爆ぜた。

「ええっ!? も、もうここまで!?」

「……訂正しよう。各車攻撃準備!」

 素早く僚機への通信を開き、ミカは指示を飛ばした。

 

 

『こちらアヒルチーム、敵車両群と遭遇! 発砲しましたが命中せず!』

「了解しました。敵の動きはどうですか?」

『……停止しません、そのまま向かってきています!』

「分かりました。ええっと、この場合はパターンBだから……そのまま速度を落とさず前進してください。ただ、八九式の装甲では正面からの勝負は危険です。なので絶えず砲撃を繰り返しながら、敵部隊のやや側面を抜けるように進んでください!」

『了解!』

「エリカ! 先頭のアヒルチームが敵と遭遇。そのまま向かってきてるって!」

 あらかじめエリカから渡されていたフローチャートを見つつ指示を行った後、沙織は車長席の彼女に伝えた。

「流石に止まってはくれないわね。沙織、全車両砲撃準備。撃てそうと思ったら迷わず止まらず撃つように伝えて。このまま敵と交差するわ!」

「了解!」

 その時、沙織はアンチョビのCV38からの通信を捉えた。

「こちらトラさんチーム。イワシチーム、状況はどうですか?」

『こちらイワシ、目標を発見した。その森から三時の方向に約1000m!』

「分かりました。えっと、単騎で挑まず本隊の合流を待ってください」

『了解。付近に潜伏して待つ』

 アンチョビとの通信を終え、沙織は一息ついた。

「ふぅ……隊長、じゃなかった副隊長が目標を発見! 三時方向約1000m!」

「上出来ね。このまま一気に進んで交差する。衝撃に気を付けて!」 

 

 

「全車、転回せずこのまま前進。交差して敵部隊の間を抜ける」

 ミカは車長席にゆったりと座りながら指示を送った。外の砲声がまるで聞こえていないような落ち着きある姿。だがその指は手元のカンテレの上で跳ねるように踊り、その音でアキやミッコに操縦や砲撃の指示を飛ばしている。

「よいしょ!」

 アキが114mm砲のトリガーを引き、成形炸薬弾が放たれる。BT-42正面に接近していたⅣ号戦車がそれを予測していたか少し早く右に回避した。正面に道が開く。

 ミカの視界に見える戦車は3台。Ⅳ号戦車、M3Lee、38(t)。最初に仕掛けてきたと思われる八九式の姿は視界には見えない。正面を避けて迂回したか。

「T-34、警戒して。おそらく彼女らの後ろに三号がいる」

 継続の各車両はバラバラに、しかし出遅れる事無く大洗の部隊に突進してゆく。交差するBT-42とⅣ号。その先にはミカの予測通り、こちらに向かう三号突撃砲。

 僅かにカンテレが大きな音を立てた。それを合図にアキが再度砲撃を行う。

 今度の成形炸薬弾はⅢ突の正面に命中した。

「……やはり固いね、Ⅲ号は」

 だが、僅かに揺れた程度で白旗は上がらない。BT-42の対戦車用の成形炸薬弾は飛距離問わず100mmの装甲を抜くという触れ込みだが、実際はそう上手くはいかない。Ⅲ突の正面の80mmを削った程度のようだ。

 その時、ミカの左から大きな衝撃音が聞こえた。BTシリーズの一両が避け損ねたようだ。

 

『継続高校・BT-5、走行不能!』

 

 アナウンスが無慈悲に流れる。続けて三号とBT-42がすれ違う瞬間、Ⅲ突が砲撃を行った。ミカの後方から抜けようとしていたT-34/76がそれを正面から食らう。

 

『継続高校・T-34/76、走行不能!』

 

「ど、どうしようミカ!? もう二両やられちゃったよ!?」

 放送に焦るアキ。ミカはカンテレを弾きながら困ったように笑った。

「いやはや、完全にこちらの態勢が整う前を狙われたね。これが西住流の電撃戦か」

 正直なところ、大洗のメンバーの進攻速度はミカの予測を大幅に上回っていた。

 森林の中で戦車で走るという行為はそう簡単なものではない。樹木の間隔と車両の幅を把握し、素早い判断で正確な運転が出来なければ正面衝突も起こり得る危険な行為だ。

 だがそれを彼女らは迷わず実行し、そして成功させた。おそらく試合会場が決定してからの期間、短いながら徹底した訓練を行っていたのだろう。

 

 やがて砲撃の音は止み、戦車の駆動音のみが周囲に響くようになった。どうやら敵の車両と交差しきったようだ。ミカは各車両に通信を送り、状況確認を行った。

『こちらBT-5、損傷無し。もう一両はM3Leeにやられました』

『BT-7、二両とも問題なし』

『T-34/85、砲撃を受けるも損害は軽微。戦闘継続に支障なし』

「どうする? 今ならまだ追えるかも」

 背後のミカにアキが提案した。それに対し首を横に振るミカ。

「それを見越して迎撃の用意をしているかもしれない。追撃はやめておこう。それに敵の車両は……」

 ふと言葉を止め、そこでミカは珍しくカンテレを弾く指を止めて考え始めた。

「……ねえアキ、ミッコ。今の敵は何両いたかな?」

「え? んー、あっちが先に攻撃してきて数えるどころじゃなかったから、分からないよ」

「確認できたのは八九式、Ⅳ号、Ⅲ突、38(t)、M3Leeだね」

 アキとミッコはそれぞれ返事を返した。

 ミカは更にそこから自分が先ほど聞いた音を思い出そうとした。

 複数の砲撃、何両もの戦車の駆動音―――機銃の音は無かった。

「……まずいね」

 咄嗟にミカは伏兵として森の外の狙撃位置に向かわせていた継続側の三号突撃砲と、足の遅さからそちらの護衛に回したT-26に通信を開いた。

『こちらT-26。隊長、どうしましたか? さっきそちらで砲声が……』

「すぐに二両ともそこから離れて。おそらくその位置が偵察に見つかっている」

 車長の返事を待たずミカは簡潔に言った。彼女がそういう言い方で指示を出す意味を相手の車長も把握しているのだろう。問い返さず、即座に返事を返した。

『りょ、了解しました! すぐに移動……うわっ!?』

 通信機の向こうから爆発音。

『だ、駄目です! 敵車両6両、全戦力がこちらに向かっています!』

「……遅かったか」

 

 6両中豆戦車のCV38のみを偵察として周辺の伏兵の捜索に向かわせ、残り5両は高速で敵陣営に突撃を行い、相手の態勢が整う前に打撃を与える。

 相手がそこで動きを止めたり、反転するようであれば追撃してフラッグ車を狙う。正面突破で抜けようとした場合はフラッグ車を無理に狙わず戦力を削る事を狙う。

 この際、先に攻撃を行う事で意識を攻撃に向けさせて偵察の存在を隠す。

 そして敵陣を抜けた後は、その勢いのまま偵察が発見した伏兵を撃破する。相手が機動戦に場慣れしており、すぐに追ってこないのを見越した上でだ。

 

『継続高校・T-26、同三号突撃砲、走行不能!』

 

「お見事……と言うべきだろうね。実に真っ直ぐな、それでいて迷い無い戦法だ」

「か、感心している場合じゃないよミカ! もうこれで6対6だよ!?」

 あくまで静かに語るミカに、アキが焦りつつ言った。

「むしろこれくらいの相手に勝てるようじゃないと、どの道黒森峰には勝てないさ」

 そう言ってミカは再びカンテレを鳴らした。

「……とはいえ、この辺りで勢いを止めさせて貰うとしよう。風は広い場所に吹くだけじゃない。僅かな隙間に吹き込むのも、また風さ」

 彼女は指を止め、別の車両との通信を開いた。

 

 

「やったー、大戦果だー!」

 M3Lee車内、大野あやは歓声を上げていた。彼女らウサギチームにとっては公式試合で初の撃破スコアである。テンションが上がるのも無理からぬ事だ。

「このまま二回戦も突破できたりして~」

 通信手の優季が呑気に言う。

『まだ互角になっただけよ。フラッグ車が健在な限り油断はできない。もう一度森に入って継続の部隊を追いましょう』

 エリカからの釘をさす通信。車長の梓は折り目正しく答えた。

「了解しました。油断せず戦闘を継続します」

『次は私が先行して偵察を行う。お前たちはそれに続いてくれ』

 アンチョビの通信が割り込んできた。

「分かりました。隊長……じゃなかった、副隊長。よろしくお願いします」

『……呼びなおさなくていい』

 皆が言い間違えるからだろう。少しうんざりしたようにアンチョビは答えた。

「このまま副隊長のままだったりして」

「逸見副隊長の下剋上!? カッコいいー!」

 操縦席の桂利奈の言葉にあゆみが返し、車内が沸く。

「みんな、そろそろ落ち着いて。また森に入るよ」

 彼女らに声をかけつつ、梓はハッチを開けて車外の様子を見た。

 若干霧が出てきたようだ。多少ぼやけてはいるが前方やや先にCV38の黄色い車体が見える。その右後方、梓から見て右前方に38(t)。CV38を見失わぬよう、M3Leeは後を追って森に再度入った。

 

 敵の姿は見えず、ただ雪の積もった地面と立ち並ぶ樹木のみが広がる。雪を見慣れない梓にとってそれは神秘的で、それでいてどこか不安になる光景だった。

「……あれ?」

 その時、梓はⅣ号戦車が自分と並走しているのに気付いた。こちらを気にかけるように右から距離を狭めてくる。

 先ほどの通信での浮かれっぷりが気になったのだろうか。梓は申し訳なく思いつつも優季に言って通信を回してもらった。

「あの……逸見隊長、お気遣いありがとうございます。さっきは皆ちょっと興奮していましたけど、もう大丈夫ですから」

『……何の話?』

 だが、エリカの返事には困惑と違和感が混ざっていた。

 

 車内の紗希がぴくりと反応した。警戒するように、しきりに右側に意識を向ける。

 

 梓はエリカの反応を聞いてもう一度車外を見た。更に近づいているⅣ号戦車。

 いつの間にか、その砲門はこちらに向けられている。

 

「……あの、隊長。隊長から見て、私たちは何処にいますか?」

「M3? それなら私達の後方に……」

「隊長、敵です! 敵のⅣ号が私たちの中に……!」

 叫ぶ梓。その言葉を言い終わるのを待たず、Ⅳ号の75mm砲がM3の側面に撃ち込まれた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十四話 終わり

次回「カンテレは謀り、イワシは燻す」に続く


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