カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十一話 サラミの意地と軍人の憂鬱

 オイ車。

「大型イ号(一号)戦車」の略称で呼ばれるそれは、大戦末期の日本が秘密裏に開発していた超重戦車である。

 正確には1940年に開発された100tの超重戦車と1944年に再開発された150t戦車の二種類があり、主に後者をオイ車と呼ぶ事が多い。

 車体全長10m。車体のみで高さ2.5m、砲塔込みの全高約4m。全幅約4m。

 知波単の主力であるチハの全長約5.5m、全高約2.3m、全幅約2.2mの二倍近いサイズを誇り、その武装は主砲である100mm砲に副砲として47mm砲が二門、後方に機銃一門。

 また装甲は最大厚200mmという、当時の日本戦車では規格外の厚さであった。

 

 そしてそれが今、敵フラッグ車としてペパロニ達のP40の眼前にあった。

 

 

 カタクチイワシは虎と踊る 第十一話 サラミの意地と軍人の憂鬱

 

 

『全軍一時撤退! 手前ら、全速で離脱してポイントAに集まれ!』

「ポイントA合流困難な場合はポイントCとDを30分ごとに隠れつつ移動して下さい!」

 P40・カルパッチョ搭乗車内。ペパロニからの全車両への通信が響く。カルパッチョはそれを補足する通信を自身も送った。

「カルパッチョ姐さん! これ、ちょっとマズいかもしれないッス!」

 操縦手から悲痛な声が上がる。戦線を乱して突撃する態勢で向かっていただけに、二両のP40とオイ車の間には遮蔽物が無い。如何な重戦車の名前を冠するP40とはいえ、オイ車の100mm砲の直撃を食らえば一発で白旗が上がるだろう。

「仕方ありません……本車両は前進、統帥のP40の盾となります!」

 カルパッチョがそう決断した時、前方のオイ車に二発の榴弾が命中し爆発を起こした。

「!?」

 突然の砲撃に驚く彼女に、別車両からの通信の声が二つ届いた。

『統帥! カルパッチョ姐さん! ここはアタシ達が防ぎます!』

『P40は早く撤退してください!』

 前方のオイ車に警戒しつつハッチを開け、カルパッチョは射撃のあった方向を見た。

 後方から支援砲撃を行う予定だったM41セモヴェンテ、その内二両が突撃してきている。

『無茶だ! お前らこそ早く……』

『敵の狙いをこっちに向ける程度は出来ますよ!』

『ここで姐さん二人がやられたら、本当に勝てなくなるッス! だから撤退を!』

 向こうにも通信が行っていたのだろう。ペパロニは二人を制しようとするが、それを聞き入れる気配は無い。そのまま後退するP40二両の間を抜け、オイ車に向かってゆく。

「統帥……」

『……撤退だ。お前ら、仇は必ず取るからな!』

『この試合に勝てたらアンツィオ食堂のスペシャルディナーセット、奢ってくださいよ!』

『それじゃ、アタシはそれにジェラートも付けてもらうッス! ……統帥、お気をつけて』

 涙声のペパロニに、二両のセモヴェンテ車長は最後の通信を送り突撃して行った。

 激しい砲火が交わされる光景を残し、十分な距離を取ったP40は転進して撤退してゆく。

 

『……アンツィオ高校・M41セモヴェンテ二両。走行不能!』

『知波単学園・九七式中戦車二両、走行不能!』

 

 ―――放送が流れたのは、僅か数分後の事だった。

 彼女らは、最後の意地を見せてチハ二両を道連れにしたのだ。カルパッチョは車長席で悲痛な表情でその放送を聞いていた。

 何とか撤退はできた。残ったCV33も無事逃げられたようだ。しかし、これで残り六両。あの怪物じみた超重戦車を相手取るには、余りにも脆弱な戦力だ。

「どうすれば……」

 そう呟いた時、彼女はポケットに入れたままの手紙を思い出した。予想外の事態が起こった時に読めと書かれた、アンチョビからの封書。

 カルパッチョは急いでそれを取り出し、躊躇なく封を破った。 

 中には折り畳まれた一枚の紙。広げると、それは戦車の図面だった。

 

 

 一方、観客席は落ち着かぬ、雑然とした空気に包まれていた。

「いやあ……話には聞いていたけど、現物を見るとやっぱり半端ないねえ。オイ車」

 その空気を読んでか読まずか、杏は干し芋を飲み込んでから感心するように言った。

「会長、そんな呑気な事を言っている場合じゃありません!」

 横の柚子が焦りつつ杏に言う。

「あ、慌てるな! あんなもの、図体がデカいだけのウスノロだ!」

 一方、桃はそう言って周囲を落ち着かせようとしていたが、その膝は残像が残る程に激しく震えていた。

「超重戦車……まさか一番最初に使ってきたのが、よりによって知波単とはね」

 その横のエリカが呟く。言い方こそ軽いが、その表情は驚きを隠せずにいる。

「一番最初に?」

 沙織が聞く。エリカはそれに頷き返すと言葉を続けた。

「超重戦車……あのオイ車みたいな100tクラスの怪物戦車をそう言うんだけど、そういった戦車は知波単だけが持っている訳じゃないって事よ」

 

 それは実際事実である。高校戦車道ルールにおける使用可能な戦車は1945年までに製造された戦車(試作品のみの車輌を含む)だが、それに該当する超重戦車は少なくない。

 黒森峰のマウス、サンダース大付属高校のカール自走臼砲(これはオープントップ車なので厳密には戦車ではないのだが)、聖グロリアーナのトータス。表面上は噂レベルの話ではあるのだが、各校がそれぞれ秘密兵器を隠し持っていると言われている。

 

「で、でも、それらは確か高校戦車道のレギュレーションに違反しているのでは?」

 優花里がエリカの説明の合間に質問を挟んだ。

「そうね。見ての通り一両でパワーバランスを偏らせる戦車だけに戦車道連盟は慎重よ。でも、それだけ強い戦車をガレージに置いておくだけともいかない。だから何処も必死にレギュレーションを通過させようと打診を繰り返してる」

「それが、通ってしまったと言う事ですか……」

 華は息を呑んでプロジェクターに威圧的に映るオイ車を見た。

「……そういう事になるわね」

「私達……次の試合に勝ってもこの感じだと準決勝でアレと戦うんだよね。マズくない?」

 沙織が若干血の気の引いた顔で言った。

「落ち着け、お前たち。そんな言う程焦る事でもないぞ」

 その時、それまで沈黙していたアンチョビが口元に笑みを浮かべて言った。

「そ、そうなの?」

「ああ! 確かにあの超重戦車は火力・装甲については化物だ。だがその分弱点も多い。というか弱点だらけだ」

 画像のオイ車を指さし、説明を続ける。

「まず重さ。見ての通りの100t以上の重さだから舗装されていない道を進めば平気でめり込むし進まない。沼地にでも突っ込んだら脱出できずに白旗が上がる」

 もう一本指を立てる。

「二つ目は速度。アイツはチハの半分程度の時速20kmしか出せない。今みたいな迎撃では強いが、チハの速度で勢いを付けて突撃する知波単の戦術で使うのは不向きだ」

「だが逃げ回っているだけでは勝てないぞ。最悪、『無気力な試合』として警告を受ける可能性もある。それに今回は道路は大半が舗装されている。この場合どうするんだ?」

 戦車道ルールブックを広げていた麻子が尋ねる。アンチョビはもう一本指を立てた。

「そこで三つ目の弱点なんだが……問題は、それにアイツが気付くかだな」

 プロジェクター上の戦力表示。何とか逃げ延び団地周辺に隠れようとしているP40の動きを追いながら、アンチョビは小さく言った。

 

 

 大通りを抜け、住宅地へと進む八両の知波単の戦車。

『ハハハ、見たか西! アンツィオの連中の逃げ回る様を!』

「はい……」

 通信機からの隊長・辻つつじの高揚した声に、副隊長・西絹代は陰鬱な声で返した。

『このまま私が前面に出て進む。お前たちは残敵の掃討に徹しろ』

「お言葉ですが隊長、オイ車とはいえフラッグ車を矢面に立たせるのは……」

『今の戦いを見ただろう。アンツィオも新戦車を用意していたようだが、奴らの75mm砲ではこのオイ車の装甲は貫けん。その提案は却下する』

「……承知致しました」

 通信は辻から一方的に切られた。程なくして絹代の車両に指向性の通信。自分のチハの横を進む九五式軽戦車に乗る福田からだ。

 絹代は努めて声を平静に戻してから、福田との通信を開いた。

「どうした、福田?」

『その、西副隊長殿……自分達は、本当に正しい試合を出来ているのでありましょうか?』

「どういう意味だ?」

『自分は、恐ろしいのであります。て、敵がではなく、味方のはずのあの超重戦車がです。本当にアレを使って、一方的にアンツィオの生徒たちを弄る行為が、我々知波単の戦車道なのでありましょうか?』

「……ルールに則った行為をしている以上、問題は無い。福田、今の言葉は私の中だけに収めておく。決して他の隊員や隊長に言って士気を乱すな」

『も、申し訳ありません、副隊長殿!』

 これが通信で良かったと絹代は思った。直接顔を合わせての話だったならば、福田は容易に自分が本心から言ってない事を見抜いただろう。

 福田が通信を切った。それから数十秒も経たず再び別の通信。

『どうした、何か通信をしていたようだが』

 辻からだ。相変わらずこういう所には勘の働く隊長だと絹代は思った。

「その、九五式の福田から偵察の具申がありました。如何いたしますか?」

『フン、良いだろう。その辺りの動きの指示はお前に任せる』

「(……隊長殿の頭には、オイ車以外は何も無しか)」

 絹代は束の間そう考え、すぐに頭を振って生まれた悪態を振り払った。

 正しさの可否は後で考えよう。まずは己の本分を果たすべし。絹代は改めて腹を括り、僚機のチハに周辺の哨戒の指示を出した。

 

 

 知波単部隊の展開している地点から数km離れた団地。そこに撤退してきたアンツィオの車両が集まり、身を潜めていた。

 警戒用のCV33一両のみが周囲の巡回を行い、残りのメンバーは降車して団地の集会所に集まり状況確認を行っている。幸いにしてオイ車の足は遅い。多少の時間はある筈だ。

「チッ、まさかあんなのを出してくるとはな……!」

ペパロニは舌打ちしつつ、埃の積もった机の上の図面を見た。今試合会場の全体図だ。

「姐さん、ありゃあCV33の機銃はもちろん、セモヴェンテの突撃砲も効きません」

「その……正直、勝ち目無いんじゃないスかね?」

 それを囲む各車両のメンバーの表情も重い。

「バカ言うんじゃねえ! 何か、何かあるはずだ……アイツを倒す方法が」

 彼女らの気弱な声に発破をかけるペパロニだが、彼女の顔にも焦りが深く刻まれている。

「あの……統帥、これを」

 その時、傍らのカルパッチョが一枚の図面を差し出した。ペパロニが受け取って見ると、それはオイ車のデータの記載された書類だった。全体図は勿論、全高や重量、装備、各所装甲の最大厚に至るまで詳細に書かれている。

「これは……カルパッチョ、どこでこれを!?」

「そ、その、可能性は低いと思っていたのですが、万一に備えて知波単が出してくる事があり得る車両のデータを用意していました」

 驚くペパロニに若干たどたどしくもカルパッチョは答える。その返事に僅かな違和感を覚えつつも、ペパロニはその図面を机に広げて考察を始めた。

 

 部下たちの言った通り、正面からではセモヴェンテは勿論P40の主砲でも抜くことは難しい。背面ですら100mmあり、後ろを取っても仕留められる保証は無い。失敗すればオイ車の100mm砲と45mm副砲の一斉砲火を浴びて白旗が上がるだろう。

 試合会場が山岳部や湿地帯であれば沼地や柔らかい土地に誘い込んで自爆させる手も使えたかもしれないが、今試合会場では非舗装の場所は河川敷の土手くらいしか無い。

 では打つ手無しか?

 ペパロニは必死で考えた。相手の手札、こちらの手札。オイ車の装甲。町の地形。

 どうすればいい? 諦めるな。この場面で打開策を出せるのは統帥である自分だけだ。

 考えろ、あの人ならどうした!? あの人なら考え付いた筈だ。慌てふためきながらも、あの人ならこの場面で必ず何かしらの打開策を出せた筈だ!

 目を閉じ、ペパロニは自身の記憶を探った。彼女の残した言葉を。

 

 

 それは、数か月前の記憶だった。練習を終え、ペパロニは彼女の家でカルパッチョも含めた食事会を行ったあと、そのまま対戦ゲームをしていた。

「だあ、負けたー! 統帥強すぎッスよー!」

 コントローラーを投げてペパロニが言った。

「お前なあ、最初はそっちが勝ってただろう? 決めに大技を狙いすぎなんだよ」

 彼女、アンチョビは呆れたように答えた。

「だってー、やっぱ最後は格好良くキメたいじゃないッスかー」

 胡坐をかいて前後に体を揺らしつつ、ペパロニは口を尖らせて言った。

「そう思ってるのが丸分かりだから、動きがワンパターンになるんだ。いいか、ペパロニ? 誰だって格好良く勝ちたい、気持ちよく勝ちたいと思うさ。でもそれは同時に動きを縛る事になる。そうすると、こっちは相手の動きが簡単に読めるようになるんだ」

「流石ッスねー」

「お前、分かってるのか? これは戦車道でも同じだ。相手に気持ちよくさせて、勝った気にさせる。そこで横っ面を思いっきり叩くんだ。私はお前よりゲームの腕は下手だけど、それでも今みたいに勝つ事が出来るようになる」

「んー……やっぱ、良く分かんないッス!」

 ペパロニが笑いながら答えると、アンチョビは苦笑しつつ言った。

「お前な……ま、いいか。戦車道では考えるのは私に任せておけ。お前やカルパッチョは、その時に最大限の力を出せるだけの腕を磨いてくれていればいい」

 

 

「……いや、それじゃ駄目なんだ」

「統帥?」

 ペパロニは目を開けた。彼女を見つめる視線をぐるりと見まわし、大きく息を吐いてCV33車長の一人に聞いた。

「おい、超マカロニ作戦の資材はまだスタート地点にあったな?」

「は、はい、あります!」

「ひとつ、思いついた。お前らの意見を聞きたい」

 自分の考え付いた案をペパロニは皆に説明した。

「……どうだ、これは可能か?」

「可能だと……思います。でも、これが可能なポイントとなると……」

「それは、ここを使う」

 カルパッチョの懸念に、地図のある一点を指し示す。

「……確かに、ここなら可能ですね」

「でもそれだと、新しく描く必要があるッスよ?」

「どの位でできる?」

「今残ってるCV33の連中で総がかりなら、30分……いえ、20分でやってみせます!」

「分かった」

「その間の時間稼ぎは私がやります」

「カルパッチョ、頼むッス」

 迷わず牽制役を名乗り出たカルパッチョにペパロニは頭を下げた。改めて顔を上げ、一同に声を向ける。

「いいか、一度でも気付かれたら終わりだ。アンツィオの根性、勝ったと思い込んでる知波単の連中に見せてやれ!」

「了解しました、統帥」

「任せて下さい統帥!」

「やってやりましょう、統帥!」

 一礼するカルパッチョ、意気を上げるメンバー達。

 ペパロニは机を強く叩き、反撃の声を上げた。

「行くぞ手前ら、アーヴァンティ!」

『アーヴァンティ!』

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 十一話 終わり

次回「サラミの凱歌と干し芋の真実」に続く


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