カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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サラミの死闘編
第十話 鉄の悪魔とイタリア料理


 二回戦第一試合会場・市街地。

 郊外の住宅地をイメージして設定されたそのステージは高さが低い平屋の住宅地と団地、駅近くの一部高層建築物。そして中央を通る浅い川と土手、駅と線路によって構成されている。土手周辺以外は舗装されており戦車の機動力を活かせる試合場だ。

 

 その試合場のアンツィオ高校スタート地点では、複数の屋台が展開されていた。資金稼ぎと応援を兼ねた、アンツィオ生徒たちによる自主的な営業である。

「アンツィオ名物鉄板ナポリタン如何ッスかー!? 一皿300円だよー!」

「マルゲリータピッツァ、ただ今焼き立て上がりましたー! 一枚500円、二枚で800円!」

「トマトたっぷりのリゾットだよ! 体に良くてローカロリー!」

「試合観戦におすすめのフォッカチャ一枚100円! 冷めても美味しいよ!」

「挽きたてのイタリアンコーヒー! カプチーノもエスプレッソもあるよー!」

「……まるでお祭りね」

「そう言いながら買ってるじゃないか」

「このピザ、バジルが効いていて美味しいです」

 屋台で買ったフォッカチャを齧るエリカに杏がツッコミを入れる。その横で歩きつつ切り分けられたピザを口にする華。

「私立のアンツィオは戦車道に限らず資金不足に慢性的に悩まされているからな。生徒の自主独立性を育てる意味でも、こういった屋台経営が認められているんだ」

 それらの屋台のかけ声を懐かしそうに聞きつつ、先を進むアンチョビが言った。

 

 彼女ら大洗戦車道チームは、第一試合の観戦に団体で来ていた。

 目的は二つ。ひとつは別れ際に継続高校のアキが語った『アレ』とアンツィオ側の秘密兵器の視察。そしてもうひとつは―――

「アンチョビ姐さん、来てくれたんスか!?」

 アンツィオの待機場所で整備をしていた一人がアンチョビに気付き、駆け寄ってきた。他の数名もその周辺に寄ってくる。

「おお、お前ら元気そうだな!」

 アンチョビは彼女らに気さくに手を振り挨拶を返した。

「姐さんこそお元気そうで何よりです!」

「プラウダに勝ったって聞いたッスよ、流石ですねー!」

「次は継続高校でしたよね? 頑張って下さい!」

「すごい人気……何だか『裏切者』とか言われてなかったっけ?」

「どうやら、嫌ってるのはアイツだけみたいだな」

 口々に声をかけるアンツィオの隊員たち。後ろから見ていた沙織が呟き、麻子がそれに答える。ふと、隊員の一人が何かに気付いたように小声でアンチョビに言った。

「あ、でも、観客席に戻った方が良いかもッスよ? ペパロニ姐さんが……」

「silenzio(黙れ)!」

 直後、場の空気を切るような敵意の込められた声が響いた。弾かれるように背筋を伸ばし、アンチョビに名残惜しそうな視線を残して各自の作業に戻る隊員たち。

 その後ろから現れたマントを羽織った新統帥・ペパロニと副官のカルパッチョが大洗の一同の前に立った。ペパロニの鞭を持つ手は固く握りしめられている。

「……何をしにきた、裏切者」

「この前はお前たちがわざわざ観戦に来てくれたからな」

「フン、私達が知波単に負けるとでも思ってるんスか? 舐められたもんだ!」

 刺々しい言い方のペパロニに対し、アンチョビは飄々と返す。

「まあ安心してくれ、ちゃんと屋台で落とすものは落として行くから」

「……オススメは今朝輸入したてのモッツァレッラを使ったマルゲリータピッツァっス。ってそうじゃない! まあ、来たからには驚いて帰ってもらう。ウチの秘密兵器を見て絶望感をお土産にして大洗に戻るがいい」

 アンチョビとペパロニは額が当たる程の近距離で顔を見合わせた。特にペパロニは頭に血が上っているのか他に目が行っていないようだ。

 その隙に、一行の中のカエサルはカルパッチョに近づいた。それに気付くカルパッチョ。

「え、あれ、たかちゃん?」

「ひなちゃん、これ」

 小声でカルパッチョの手に手紙を押し付ける。

「や、やだ、たかちゃん! 試合前のこんな時に……」

「いや、そ、そうじゃなくて! それはそれで別な……とにかくこれ、隊長から」

 赤面するカルパッチョに慌てて弁解すると、カエサルは足早に一行に戻った。残されたカルパッチョは手元に残された手紙を、ペパロニに気付かれないように広げた。

 

「予想外の事態が起こったらこれを開け acciuga」

 その封筒にはそれだけ書かれていた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十話 鉄の悪魔とイタリア料理

 

 

「すまないな、カエサル」

「ちょっと誤解されたけど、大丈夫」

 アンツィオ待機場所を離れ、一行は観客席の雛壇に座っていた。

 彼女らの眼前には前試合同様の大型プロジェクターが設置され、双方のスタート地点と互いの戦力、そして試合開始までの残り時間が表示されている。

「ねえ隊長、アレなに?」

 坂口桂利奈がプロジェクターの戦力表示の一部を指さした。互いの戦力となる戦車が上から並んでいるが、アンツィオ側の最後の二両分が伏せられている。知波単側も一両。

「ああ、アレはシークレット枠だ。戦車道では情報戦も試合の一部であるとされていて、最大二両まで自軍の戦力を隠す事ができるんだ。通称・秘密兵器枠とも言われている」

「へー……」

「社会人や大学選抜戦では、T-28重戦車がシークレットで使われて驚かれた事もあるな」

「知波単のシークレットの一両……継続の連中の話が本当なら、アレでしょうね」

 アンチョビの横に座るエリカがプロジェクターを見つつ言った。その表情は固い。

 その原因は知波単だけではない。アンツィオの二つのシークレット枠。それは何か。

「しかし隊長、何故わざわざアンツィオに情報を?」

 エリカの疑念を他所に、彼女らの下段に座るエルヴィンが聞いた。腕を組みながらアンチョビが答える。

「まあ……知った以上は放っておけないだろう。流石にフェアじゃない」

「その精神は敬意に値するな」

「ウム、ハンニバルとスキピオを思い出す」

 エルヴィンの横のカエサルが頷く。

「この場合は信玄と謙信の塩の例えじゃないか?」

『それだ!』

 左衛門佐の言葉にカバチームの全員が指さす。

「さて、そろそろ始まるみたいだよ」

 エリカの隣の杏が干し芋を齧りつつ言った。

 

 双方の戦力はアンツィオがシークレット枠×2、M41セモヴェンテ×3、CV33×5。対する知波単はシークレット枠×1、九十七式中戦車(旧砲塔)×4、九十七式中戦車(新砲塔)×4、九十五式軽戦車×1という編成だ。

 ここまでで比較した場合、双方の戦力比は総合的には知波単にやや有利。九十七式、いわゆるチハは旧砲塔でもCV33を容易く貫通させる事ができるし、新砲塔搭載型ならば1000mの距離からアンツィオのセモヴェンテを抜く事ができる。だが、セモヴェンテの75mm砲は同様に1000mからチハの正面を貫通可能だ。

 アンツィオ側にとってはCV33でどれだけ敵の陣形を乱して突撃砲の射線に入れるか、逆に知波単側は突撃陣形を保ちつつフラッグ車に達する事ができるかの勝負になるだろう。

 

「……普通の勝負で終わってくれれば、だがな」

 アンチョビの呟きとほぼ同時に、試合開始のサイレンが鳴った。

 

 

「よしっ! 手前ら行くぞ!」

 アンツィオ側の秘密兵器、P40重戦車の車内からペパロニは全車両に激を飛ばした。

今試合では、彼女のP40車が隊長車にしてフラッグ車だ。

『統帥、動きはどのように?』

「知波単の戦略は突撃のみ、相手が勢いづく前に叩く! 私とカルパッチョのP40は正面、CV33部隊は先行して左右に展開、建物に隠れながら相手の背面に回り込め! M41は後方から支援、CV33が乱した戦列に集中砲火を浴びせてやれ!」

 もう一両のP40に乗るカルパッチョの問いに機敏に指示を送る。

 重装甲、高火力のP40を二両得た事でアンツィオの戦略の幅は大きく広がった。前試合までのアンツィオしか知らない知波単であれば読めない作戦の筈だ。

『あれ? 統帥、予定してた超マカロニ作戦はやらないんスか?』

 セモヴェンテの車長から質問が来た。誰も見てはいないが、したり顔でペパロニは返す。

「大洗の連中が来てるとなれば話は別だ。アレは本当の奥の手。P40があれば十分に知波単相手なら勝てる。資材はその辺りに置いておけ!」

「了解ッス!」

「そんじゃ全車発進! 地獄の果てまで進め、アーヴァンティ!」

『assalto(突撃)!』

 ペパロニの鬨の声に歓声を上げ、アンツィオ勢は一斉に動き始めた。

 

 

 観客席のプロジェクターの戦力表示が動いた。

 市街地中心の大通りを進む主戦力と、左右に散って素早く知波単戦力の矢印を迂回しようとするCV33、後方に位置しながら進むM41。その展開速度は知波単の戦力を示す矢印の進行速度より遥かに早い。

「流石は機動戦のアンツィオ、素早い展開……な、アレは!?」

 杏の横に座る桃がその速度に唸る。だが、それは大通りを進むアンツィオの車両が大写しになった時に驚きに変わった。

 シークレットが解除され、プロジェクターの伏せられた箇所に「P40型重戦車」という表示が二つ並んだ。優花里が目を輝かせて席から腰を上げる。

「凄いです! P40ですよP40! 私初めて見ました!」

「ちょ、ゆかりん落ち着いて!」

 慌ててそれを抑えようとする沙織。優花里を挟んで座る華が尋ねた。

「有名な戦車なんですか?」

「逆です、超レア戦車ですよ! 降伏直前のイタリア軍が作った戦車なんですけど、エンジンを搭載して作られたのは僅か65両! 私の知る限り、戦車道の公式戦で使われたのはこれが初めてです!」

 まだ優花里は興奮冷めやらぬようだ。これは当分収まらないと沙織は悟り、彼女に自分からも質問した。

「えっと、それじゃ物凄く強いの?」

「……それは、まあ、何と言いますか」

 そう聞かれると、何故か優花里は途端にトーンを落とした。

「名前こそ『重戦車』と名乗ってはいますが、その重量は26tとウチのⅣ号戦車とほぼ同じ、装甲も全面50mm、背面40mmとⅣ号よりやや厚い程度。火力は34口径75mm砲を搭載していてそれなりにありますが、まあ、黒森峰のティーガー程の強さはありません」

「なーんだ」

「で、でも、当時のイタリア軍の戦車では最強だったんです!」

 安心する沙織に力強く説明する優花里。

 

 その一方、エリカは画像のP40を見つつ、険しい表情でアンチョビに静かに聞いた。

「隊長、アンタ何か一枚噛んでるんじゃないの?」

「……何の事だ?」

 一瞬の沈黙の後、普段通りの口調で答えるアンチョビ。しかし目線はエリカに向けない。

「とぼけないで。私だって黒森峰にいた頃に他校のデータを見た事はあるわ。一両ならともかく、アンツィオの財力で一度に重戦車二両も用意できる筈がない」

「………」

「彼女たち、言っていたわよね。『金目当てでアンツィオを裏切った』って……それじゃ、アンタが受け取ったって言うその金はどこに行ったの?」

「全部食った」

「………」

「……冗談だよ」

 やはりアンチョビはエリカに視線を向けない。エリカは彼女の横顔に向けて言った。

「私は一度は戦車道を捨てたから何にも言えないわ。でも彼女たちは違う……アンタが私の想像通りの事をしていて、それで最終的に大洗を負けさせるつもりなら……」

「んー、まあ、それは私が後で説明するよ」

 その言葉を遮ったのは杏だった。驚くエリカ。

「会長?」

「……ま、とりあえずアンツィオがここで負けたら説明しても意味が無いし、試合を見届けようよ。それで勝ったら全部話すからさ」

 そこまで話すと杏はもう一枚干し芋を咥え、プロジェクターを見上げた。

 知波単の進みは遅い。多少の戦列の乱れを気にせず突撃する知波単とは思えない程に。

5両のCV33はその知波単の矢印を回り込み、背面から突撃しようとしていた。

 

 

「統帥、チハの背面取れました!」

 CV33の車長が通信を飛ばす。即座に返ってくるペパロニの指示。

『よし分かった。そのまま突撃! それに合わせて私とカルパッチョも突撃する。存分に相手の陣形を混乱させてやれ!』

「了解ッス! CV33部隊、突撃ーっ!」

 言うを待たずに5両のCV33は6車線の大通りをレースのように全速で走る。

 やがて、前方にゆったりと進むチハの背面が見えてきた。こちらに気付いた最後尾のチハが背面の機銃を使って迎撃してくる。

「怯むな! 突っ込んで姐さんに風穴作ってやれ!」

『任せて下さいよ!』

 それを軽々と躱しチハの密集する戦列に混ざりこむ。CV33の8mm機銃ではチハの20mm装甲を撃ち抜く事は困難だが、それでも戦場を混乱させるには十分だ。

 一両、二両、チハの側面ギリギリを走り抜けて更に前進。このまま一度戦列を突破して乱れた箇所に戻り、更に混乱させる。

 そう考えつつ走らせる彼女の視線に、何かが写った。

「(……建物?)」

 大通りの真ん中を塞ぐ、巨大な物体。

 そこから突然二門の機銃が火を噴いた。驚きながらも、それを回避する。

「(違う……これは、戦車!?)」

 だが、それは戦車と呼ぶには余りに巨大な物体だった。豆戦車のCV33と比べればそのサイズは高さは4倍近く、幅も倍以上ある。P40と比べても二回りは大きい。 

「姐さん、逃げて下さい! 知波単、とんでもない戦車を……!」

 自分に向けられた47mm砲と100mm砲を前に、物体の正体を知った彼女は必死にペパロニに通信を送った。

 その通信は、最後まで言い切る事はできなかった。

 

 

 「何だ? どうした!?」

 突然途切れた通信にペパロニは呼びかけるが、通信機が衝撃で故障したか応答は無い。

 

『アンツィオ高校・CV33、二両走行不能』

 

 アナウンスが試合場に響く。

「……何だと?」

 声が漏れる。確かに多少の被害は覚悟をしていたが、これはそれとは何かが違う。

『これは……統帥! 前方を!』

 並走するカルパッチョから焦燥の入り混じった通信。ペパロニは混乱した思考を整理しようと努めつつ車外に体を出して前方を見た。

「何だ……ありゃあ?」

 ペパロニにはそう言う以外出来なかった。

 縦横4mを超す巨体。中央に位置する100mm砲と左右に位置する45mm砲。

 それは単なる多砲塔戦車と言うには歪すぎる存在だった。

 

 

 それと同時に、知波単の戦力表示のシークレットが消え、短い名前が表示された。

『オイ車』

 

「……凄い。動いてるの、初めて見ました」

 P40の時と異なり優花里の反応は静かだった。驚きが興奮を上回り、言葉が出なくなったのだ。それは他の大洗の面々も同じだった。

 ただ一人、アンチョビはプロジェクターから目を逸らさず呟いた。

「……気付け、ペパロニ。そいつは無敵じゃない」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十話 終わり

次回「サラミの意地と軍人の憂鬱」に続く


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