カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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初めましての方は初めまして。ターキー1977と申します。
本作はガールズ&パンツァーのifストーリーとなります。
物語としては20話~30話程度の長編になる見込みです。しばし、お付き合い下さい。


イワシの隊長編
第一話 跳ねるイワシと伏せる虎


「まあ、飲んでくれ」

 シンプルな白のデミタスカップに注がれたエスプレッソと、砂糖瓶。

 大洗女子学園生徒会長・角谷杏はこれが単純な歓待でなくテストである事を理解していた。正しい飲み方も出来ぬ相手の話を聞く価値は無い。道理だ。

 砂糖瓶を開け、スプーンに山盛りの砂糖を乗せて掬い上げる。そのままカップに入れ、表面の泡が消えない程度に混ぜ、風味の飛ばない内に数口で飲む。

「あちち」

 ちょっと急ぎ過ぎたか。杏は舌を出して横に置かれた水を口に含んだ。

「……まあ良いだろ。飲み方自体は間違ってなかったし」

 相手はそんな杏の様子を見ると姿勢を崩し、自身も手元のエスプレッソを飲んだ。

「………」

 無言でもう一杯砂糖を入れる。どうやらまだ苦かったらしい。

「自分が出来るテストをやろうよ……」

「今日のが格別苦かったんだ! ……ゴホン、で、何の用件なんだ?」

 咳ばらいをして誤魔化す相手に、杏は単刀直入に言った。

「うん。ウチの戦車道に来てもらって、全国大会で優勝させてくんない?」

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

「……ちょっと待て。言ってる意味が分からないぞ」

「ウチの学校、次の戦車道の全国大会で優勝しないと廃校させられる事になってね。それで、アンタをヘッドハンティングに来たって訳。安斎さん」

「その名前で言うな! 私はアンチョビだ! A・c・c・i・u・g・a!」

 安斎と言われた長い髪を左右でロールに結んだ少女、アンチョビは強く言った。

 

 ここは学園艦・アンツィオ高校の接客室である。イタリアモダンで統一された室内はシンプルながらも落ち着いた雰囲気を持ち、窓からの潮風の匂いと調和する。

 

 だが、その部屋の空気とは裏腹に安斎千代美……否、アンチョビの表情は渋かった。まるで原始人に火を教えるような口調で、ゆっくりと杏に尋ねる。

「それに意味が分からないのはもう一つある。角谷杏。お前、自分が言っている言葉の意味が分かってるのか?」

「って言うと?」

「全国大会に優勝するって事は、あの怪物『西住姉妹』に勝つと言ってるんだぞ!?」

「『西住姉妹』?」

「黒森峰の誇る最強のツーマンセルにして名門・西住流後継者筆頭。国際強化選手にも姉妹揃って選ばれた、現高校戦車道最強の二人だ! 月刊戦車道にも出てたろう?」

「バックナンバーが品切れなんだもの、あの雑誌」

 

 

 第62回戦車道全国大会。黒森峰女学園は10連覇という偉業を成し遂げた。

 決勝戦ではフラッグ車の車長であった西住みほが水没した車両の搭乗員を救助しようとして濁流に飛び込むというアクシデントも発生したが、後方車両の援護が間に合いプラウダのエース、カチューシャの一撃を防ぎ、紙一重で隊長・西住まほが敵フラッグ車を撃破した。

 救助のためとはいえ自身の危険もあり得たみほの行動には賛否があったが、優勝という結果もあり最終的には美談として落ち着いた。その後のエキシビジョン戦や対外練習試合においても強さは健在で、特に姉妹での呼吸のあった連携は無敗を誇っている。

 現在の高校戦車道を語る上で、真っ先に話題に上がるのがこの姉妹なのだ。

 

 

「へえ、そんなに強いんだ」

「知らなかったのか……」

 素直に感心する杏に、アンチョビは呆れたように言った。

「あはは。まあこっちも勢いで戦車道って言っちゃって勉強中だから」

「他の学校にしてもそうだ。聖グロリアーナのダージリン、サンダース大付属のケイ、プラウダ高校『鋼の暴君』ノンナ、どいつもこいつも一筋縄じゃいかない」

 各校の名の知れた隊長達の名前を挙げつつ、何とか飲める程度になったエスプレッソをアンチョビは飲んだ。

「……戦車道の全国大会で優勝するって事は、そういう事だ。そして我々アンツィオも、それをようやく目指せる程度まで来る事ができたんだ。今私が動く訳にはいかない」

 ちくりとアンチョビの胸が痛む。よくよく駆け引きに向かぬ性分だと、アンチョビは自嘲した。僅かな嘘でも心が抵抗するのだ。そしてそれは杏にも伝わっているだろう。

「……頼む」

 杏は接待用のテーブルに両手を置くと、深々と頭を下げた。

「もう、頼める所は全て頼んだんだ……黒森峰やプラウダからは門前払い。聖グロからはやんわりと断られ、サンダースからは待たされた挙句電信一本でお断りだった」

 顔を上げる。普段から飄々としている杏とは思えぬ真剣な瞳が、正面からアンチョビを見つめた。

(……覚悟してきてるな)

 アンチョビはそれを悟り、膝を正した。

「頼む……アンチョビ。この二年で戦車道を無くす寸前だったアンツィオをここまで建て直した手腕を、どうか貸してほしい」

「だからそれはだな……」

 杏の言葉を遮ろうとしたアンチョビだが、更に杏は言葉を続けた。

「こっちも『誠意』だけで来てくれるとは思ってないよ。頼みを受けてくれれば、今のアンツィオが抱えている。いや、アンチョビが抱えている問題を、ウチが全部引き受ける」

 その言葉はアンチョビにとって半ば予測の範囲内。半ば予想外の言葉だった。数万人の大洗生徒を束ねる生徒会長。やはりお見通しか。

「……悪魔の契約めいた話だな。悪魔(ディアボロ)風はカツレツだけで十分なんだが」

「こっちも必死だからね。次の大会申請までに最低でもチームとしての体裁を整えないと、そもそも不戦敗になっちゃうから」

 アンチョビは大きく息をつき、革張りのソファにもたれかかった。

「二分……二分くれ。それで返事する」

 そのままアンチョビは目を閉じ、深く考えた。杏も何も言わず体を戻し、目を閉じる。

 

 アンチョビの脳裏にアンツィオ入学からの記憶が流れる。僅かな戦車道履修者と粗末なガレージ。数はあれど戦力としてカウント困難な豆戦車たち。士気は高いが三度の食事と数度の間食と数度のおやつと数度のコーヒーブレイクを優先する能天気なアンツィオの生徒たち。

 それを何とかまとめ上げ、「戦いはノリと勢い、それとちょっとの頭」をモットーに戦い続け「調子づかせると怖い」という評価を得るまでに至った。

 その横に常にいた二人。ペパロニ、カルパッチョ。

 彼女らとの日々を思い返し、アンチョビは僅かに笑った。ああ、答えは出ていたか。

 

 きっかり二分後、アンチョビは目を開け、同じタイミングで目を開けた杏に言った。

「……分かった。行こう、大洗に」

 

 

 カタクチイワシは虎と踊る  第一話 跳ねるイワシと伏せる虎

 

 

 二週間後。学園艦・大洗の朝の街を進む一両の豆戦車の姿があった。

 黄土色に塗られたそのCV33は使い込まれてこそあれ、今まで丁寧に整備されていたのであろう。所々の取り替えられたリベットはまだ光沢を放ち、車体左側の二門の8mm機銃は曇り一つなく磨かれている。

 交差点の手前で一旦止まる。ハッチが開き、大洗女子学園の新品の制服を着た、灰緑色の髪の少女が体を出した。アンチョビだ。

 「ええっと、ここが、こうだから……ああ、さっきのサンクスを曲がれば良かったのか!」

 手元の地図と周辺の景色を見合わせて道を確かめる。改めて車内に戻りUターン。

 狭いCV33の視界に苦心しつつ、改めて道を進みながら呟く。

「しっかしあの生徒会長、人をヘッドハントしておいて本人が来たら出迎え無しで『戦車道オリエンテーションの準備で手が離せないから自力で来い』とは……やっぱ、来るのを間違えたかな……ん?」

 その時、アンチョビは歩道に違和感を覚えた。何か大きな異物がある。

「………!?」

 咄嗟にアンチョビはCV33を急停止させると、慌ててハッチから飛び出した。

「おいおい! だ、大丈夫か!?」

 異物の正体が倒れている人間と気づき、アンチョビはそれに駆け寄り抱き起した。

「え、ええっと、こういう時は確か名前を呼びながら水を飲ませて木陰に寝かせれば良かったんだったか……!?」

「お、おお……」

 倒れていた小柄な少女は抱き起されると僅かに目を開け、アンチョビを見上げた。

「!? 気付いたか!」

「お……大洗の、生徒か……頼む、私が死んだら、それを理由に大洗シェスタ制運動を……」

「……ひょっとして余裕ないか、お前?」

 

 

 数分後、拾われた少女を乗せCV33は再び走り出していた。

「すまない。助かった」

 黒髪の小柄な少女、冷泉麻子は無表情ながらも素直に頭を下げた。

「全く、低血圧とは人騒がせだな……レバーを食って血を増やせ」

 呆れながらもアンチョビは気を悪くする風でもなくハンドルを握る。

「レバーは嫌いだ」

「そりゃ旨いレバーを食った事が無いからだ。旨いレバーは臭みより旨みが勝つ」

「機会があればな……ああ、そこを左だ」

 ハッチから顔だけ出して麻子が誘導する。校門前にはおかっぱ髪の生徒数名が立ち、登校者のチェックを行っているようだ。CV33に気付いた一人が駆け寄ってくる。

「ちょっと貴女! バイク及び戦車での通学は禁止よ!」

「ああ、すまない。今日が初登校で、戦車道のガレージに一緒に持ってきたんだ。どこに持ってゆけばいい?」

 厳しい口調で咎めてくる風紀委員に、アンチョビは気さくに答えた。

「仕方ないわね……校内に入ったら右手奥の校庭に向かって。奥にある建物が仮設のガレージよ。鍵はかかってないわ」

「Grazie(ありがとう)!」

 快活に礼を返す。一方、麻子はハッチから身を乗り出し地面に下りた。

「あ! ズルいわよ冷泉さん、人の車に便乗とか! ちゃんと徒歩で通学しなさいよね!」

 注意する風紀委員を無視して、麻子はぺこりとアンチョビに頭を下げた。

「……世話になった。この礼は必ず返す」

「気にするな。あとレバーが嫌いなら牛乳を飲め」

「牛乳……分かった」

 そう言うと麻子はまだ若干ふらつきながら、校舎に向かって行った。

 

 

「やあやあアンチョビ、良く来てくれたね。こっちもなかなか手が離せなくって」

「せめて迎えの一人でも寄越せ……で、それで、これが、今ある大洗の戦車か?」

 以前の応接室での態度はどこに行ったか、角谷杏は軽いノリの笑顔で言った。それに対し、アンチョビは眼前に並ぶ五両の戦車を見た。Ⅳ号、38(t)、Ⅲ突、八九式、M3Lee。

「これに私が持ってきたCV33を合わせて6両……貧弱だな」

「いやあ、発見者に報酬ありとかで探してもらったんだけど、なかなかね。昔はもっとマシな戦車もあったらしいんだけど、その辺りは戦車道廃止時に売却しちゃったんだって」

 肩をすくめる杏に、アンチョビは不敵に笑って言った。

「何を言ってる? 強い戦車を揃えて勝つなんて事は誰にだって出来る。弱い戦車で強い戦車を打ち破れるのが戦車道だ。むしろ面白くなってきたぞ」

「そう言ってもらえると助かるよ。そんじゃ、一緒に来て」

「何だ?」

「オリエンテーションを始めるからさ」

 

 

【戦車道入門】という筆文字が体育館の大型スクリーンに映る。

『戦車道。それは伝統的な文化であり、世界中で女子の嗜みとして……』

 

「戦車道連盟の宣伝用8mmか……懐かしいな。私もアンツィオで同じ映像を使ったよ」

「まずは正攻法でね……特典も色々つけて、人を集める所から始めるよ」

 体育館舞台袖でアンチョビと杏は上演の様子を見ていた。体育座りでそれを観る女生徒たちの反応は悪くない。映像を食い入るように見るもの。戦車の砲声に驚くもの、様々だ。

「……ん?」

 その中、アンチョビは一人の生徒に目を止めた。スクリーンの映像に憧れるでもなく、といって無視している訳でもなく、むしろ敵意に近い表情で観る少女を。

「あれは……?」

「さて、そんじゃ私達の出番だね。ちょっと行ってくるよ」

 映像の終わりが近づき、杏は腕を上げて背伸びをすると河嶋桃、小山柚子の二人を連れ舞台に上がった。派手な煙と音が上がり、やたらと「戦車道」の欄だけが大きい選択科目申込書が映し出される。桃が背筋を伸ばし、説明を始めた。

「実は、数年後に戦車道の世界大会が……」

その光景を見つつ、アンチョビは何かを思い出そうとしていた。

「ん~……あの子、どこかで……どこだったっけかな……?」

 

 

 その一時間後の学生食堂。授業とオリエンテーションを終え、多数の女生徒が話の花を咲かせている。話題は専ら先ほどのオリエンテーションの戦車道についてだ。

「選択科目なにする?」

「やっぱ戦車道かな?」

「食券サービス、遅刻見逃し、単位三倍って凄いよね~!」

 その盛り上がる会話から一歩引き、無言で食事をする少女が一人いた。グループの一人が彼女に話を振る。

「ねえ、逸見さんはどうするの?」

「私は忍道にするつもり」

「えー? 戦車道は?」

その少女、逸見エリカはそう聞かれて心底不機嫌そうに答えた。

「……やらないわよ。あんなもの」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第一話 終わり

次回「イワシは虎と喧嘩する」に続く


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