彼は目を覚ますと、周りを見渡した。
知らない天井。広い部屋。
大きな窓から差し込む朝の光。鳥のさえずり。
天蓋のあるおおきなベッドで寝ていたようだ。
そこで思い出す。
彼は昨晩ヒザキ・レンに召喚され、記憶喪失のままだったのだ。
一晩経って変わっているかと思えば、これが夢ではないと思い知らされただけだったようだ。
彼はベッドから起き上がると、シーツに足が絡まり床に転がり落ちた。
「うわへっ」
バタン、とコケて頭をぶつける。
「いってて……つっー」
その音で気付いたのか、緋咲が部屋の入り口で、彼の事を痛々しそうに見ていた。
彼女はもう外行きの服に着替えている。黒のジーンズにグレーのタートルネックだ。
「やっと起きたのね」
「あ、うん。おはよう」
緋咲はそのまま、リビングの方へ歩いて行ってしまった。彼が急いでその後をついて行く。
ダイニングに行くと、いいにおいが漂っていた。
マホガニー材の大きなテーブルの上には既に、高級そうな食器が並べられている。
真ん中には籠に入ったバゲットや、花が替えられたばかりの花瓶が立てられていた。
「うわーすげえ」
彼がソワソワしている横で、緋咲はスープを皿に注いでいる所だった。
「ミネストローネ。口にあうといいけど」
彼の前にも朝食が置かれ、緋咲が対面の椅子に据わる。
「あ……ありがとう」
彼も椅子に座った。
緋咲が長々と祈りの言葉を口にしている間に、彼は「いただきまーす」といってスープをすすった。
「うわ、これおいしい! 緋咲さんが作ったの?!」
緋咲は祈りを止めると、そっけなく「そうよ」と言った。その割に少し嬉しそうだった。
明るい中改めて彼女を見ると、彼よりも少し大人びて感じた。
20代後半くらいだろう。落ち着いたセミロングの黒髪が似合っている。
夜中に話した感覚ではただ若い女性というだけの印象だったが、しっかりした性格の美人だと思った。
2人が食事をしていると、部屋の隅からテレビのニュースが聞こえていた。
なにやら、このところ連続で起きている事故について話しているようだ。
『被害者は意識不明の重体で病院へ搬送されました。原因不明のこの症状は今月に入り5度目で、現在ガス漏れ事故の疑いがあるとみて調査が進められています』
「ーー今月5度目ね」
「ん? この事故ですか?」
彼が聞くと、彼女はつまらなさそうに答えた。
「あれは事故じゃないわ。どこかのマスターが動いてるのよ。サーヴァントに人間の生命力を吸わせてるんだわ」
「は?! サーヴァントに?! なんでそんな事!」
彼の驚きに緋咲が答える。
「マスターの魔力消費を抑えるためよ。サーヴァントは活動の為にマスターからの魔力供給を必要とするの。その魔力を供給する代わりに、サーヴァントに人を食わせてるんだわ」
「そ、そんな。それじゃ、まるで……」
彼は憤りで何かを言おうとして、考えた。自分が何を想像したのか、自分でも分からなかった。
「まるで、怪物にエサを食わせてるみたいでしょ」
「そうだよ、それだよ! なんで関係の無い人を巻き込むんだ!」
彼は聖杯戦争への不快感が強まるのを感じた。
「勝つためでしょ。正攻法の一つよ。……ただ活動範囲を私たちに知らせてる、愚かなやり方だけどね」
ふざけてる。例え令呪とやらで命令されても、絶対に人を襲ったりしない。と、彼は心に誓った。
彼もサーヴァントとして召喚された身なのだ。
「ところで、あなたの名前が無いのは不便ね。クラスも不明だし、何て呼べばいいのか分からないわ」
緋咲にそう言われ、彼は一瞬だけ、考えた。
「ーーシンジ」
「え?」
「なんか、今思い浮かんだんだ。俺の名前。……かどうか分からないけど、〝シンジ〟だった気がする……」
緋咲はふっと微笑む。
「じゃあ、今はシンジでいいわ」
食事を終えると緋咲は立ち上がって言った。
「敵陣調査するわよ。仕度して」