「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
真っ暗な室内で、男は嗄れた声で呟いた。
足元には自らの血で書かれた魔法陣が、板張りの床を埋めている。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する」
感情のない淡々とした機械のような呪文が部屋に木霊する。
部屋の四隅に置かれた燭台が、一人でに紫の火を灯し始めた。
「―――――Anfang
――――――告げる」
魔法陣の周りには小さな円陣が数個。
円の中心に触媒が載せられ、置いてある。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
男の声が大きくなる。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
男の詠唱が終わると、その言葉に反応するように床の魔法陣が紫色に光りだした。
空間を無理に広げるかのような爆発を起こし、一瞬にして室内に煙が充満する。
男が魔法陣の中に目をやると、そこには、召喚された英霊が立っていた。
紫色のドレスを纏った、妙齢の女性。
栗色のやわらかな髪を揺らすその頭には白銀のティアラを頂き、手には黄金に輝く五叉の槍を胸の前で握っている。
それはとても美しい、儚げな女性だった。
「ええと……。ではーーーー問いましょう。あなたが妾のマスターですか?」
彼女が、とろんとした優しい声で男に問いかけた。
「……はい」
男が寝言のような、なんの感情も込めない声で返す。
彼女が男を見る。
彼は眼鏡の奥で、光の無い真っ黒な目でどこかを見つめていた。
男の後ろにはカウンターがある。
ここは。喫茶店だった。
「ランサーよ……。令呪を持って、命ずる」
「はい……?」
困惑した笑顔のまま、彼女はマスターである男の言葉に耳を傾ける。
男は、まるで操られているかのような声で、彼女に命じた。
「ーーーーー自害しろ。ランサー」
「へっ?」
肉を突き破る生々しい音が部屋に響いた。
彼女の腹に開いた穴から、大量の血液が床にビシャビシャと音を立てて落ちる。
気づいた彼女の体には、自らの手で、黄金の槍が腹部を突き刺していた。
「ごぶっ……がはっ! ……?!」
彼女の口から血が迸った。
状況の理解できない彼女が目を白黒させて、男を見る。
「な、んで……?」
男は答えない。
意識が遠のき。
力尽きた彼女は床に倒れ伏した。
消えていく意識の中、彼女は、自分の意味を考えた。
なぜこれだけのために召喚されたのだろう。
……私の出番は……?
彼女が死んだのを確認して、男は佇んでいた。
「ふっふっふ……」
男の後ろで、もう一人の人物が笑っていた。
「お役目、ご苦労様」
もう一人の人物が男に近づいてくる。
その人物が男の頭に手をかざすと、バタッと男は倒れた。
一瞬にして魂を抜かれた男の死体が、魔法陣の床に横たわる。
真っ暗な部屋に死体を残し、その人物はゆっくりと立ち去っていった。