店に入ってきたクロノスとセイバーが、俺たちのいるテーブルへと向かってきた。
「クロノス」
「やあ、間森くん」
クロノスの名前を聞いた緋咲さんが彼を見て、驚愕していた。
知り合いだったのだろうか。
「クロノス……まさか、畔野巣終始……?」
聞く緋咲さんにクロノスが答える。
「そうだが。わたしを知っていると言うことは、魔術師……。いや、マスターかな」
二人の間で、敵意の視線が交錯した。
セイバーも帽子のつばの下で緋咲の様子を見据えていた。
緋咲さんは令呪の覗く右手を握った。
シンジさんは会話に入れず困惑している。
「わたしを知っているのなら自己紹介はいらないな。間森くん、敵と顔を合わさせて、わたしに何をさせようというのかな?」
二人とも今にも戦いだしそうなので俺が慌てて割って入る。
「戦わないでくださいね。この人は緋咲さんです。今、停戦をしているところなんです」
「緋咲……。もしかして、あのカーティス魔術協会の緋咲煉かな。こんなところで会えるとはね」
緋咲も反応する。
「こちらこそ。そちらから出ていただけるなんて、光栄ね」
「ところで……間森くん、停戦だって? よく緋咲煉に出会って殺されなかったね」
クロノスに話しを振られ、俺が説明した。
「はい。俺に戦う意思がないって伝えたら、わかってもらえました。……それで、クロノスと緋咲さんも停戦しませんか?」
俺が本題の意図を言うと、緋咲さんは俺に目を向けてきた。
多少強引だったけど、緋咲さんの合意をとる暇はなかったんだ。
「間森くん何言ってるの? 私は停戦なんかしないわ。今すぐにでもここで戦うかもしれないのよ?」
「同意だね。今戦いが起きていないのは、君がそこにいるというだけの理由だよ」
両陣が殺気立っている。
まずい、静めないと。
「停戦と言っても、クロノスが俺に望んでいたような共闘関係じゃなくていいんです。ただ……殺しあわないでほしいんです」
クロノスが俺に疑問の顔を向けてくる。
「マスター同士で殺しあうのには反対っていうか……、知り合いに死んでほしくないから……」
横でシンジさんが、うんうんとうなづいてくれていた。
「ううん」クロノスが顎を触りながら唸った。
「なるほど。君は優しいんだね。……わかったよ。緋咲さん、あなたを殺さない事を約束するよ」
「えっ……」
あっさりと了承され、緋咲さんの気が抜けた。
「いいんですか?」とセイバーの子が困惑している。
「ああ、無駄な敵や犠牲は増やしたくないからね。……ところで、そちらの彼は?」
クロノスはシンジさんに目を向けていた。
「あっ、シンジです」
慌てて立ち上がり、シンジさんが軽く会釈をする。
下の名前だけの自己紹介に違和感を感じさせると思ったのか、緋咲さんが付け足した。
「彼は記憶喪失なの。苗字も職業も思い出せないのよ」
それを聞いて、目を細めたクロノスが聞き返す。
「ということは、彼があなたのサーヴァントですか。召喚時に、術者の魔力が足りないとよく起こる現象だ」
力不足だと言外に侮辱されたと感じたのだろう。緋咲さんの纏った雰囲気に、また剣吞とした敵愾心が混じったように思えた。
「つまり、こういうことだね間森くん」
クロノスが感情の見えない笑顔で言う。
「サーヴァント同士の戦いで緋咲さんを巻き込まなければいい。ーーわたしは、シンジくんを殺せばいいって事だよね」
その一言でまた、一瞬にして重苦しい敵視の空間が戻った。
空気中にあった敵意の粒子が針になり、お互いに先端を向け合っている。
シンジさんは突然のセイバーからの殺意に身構えた。
「そんな事させると思う? シンジを殺すのは私を倒してからーー」
「いいよ」
シンジさんが立ち上がっていた。
「俺もそれがいいと思ってた。サーヴァント同士で戦う戦争なのに、マスターを殺すなんて卑怯だ。緋咲さんを殺さないって約束するなら、俺が相手になります」
シンジさんとクロノスが真剣な目で見合う。
その横でセイバーが苦笑いしていた。
負ける気など全くないのだろう。
俺も付け加える。
「約束ですよ。もし殺しあうことがあったら、俺がアルトリアに戦わせることを許可します」
冷戦のような、三つ巴の沈黙ができる。
緋咲さんは椅子を引いて立ち上がると、カバンを持った。
「下らない。私たちは帰るわ。……実のある話し合いもできたし、これ以上日和るつもりもないから」
緋咲さんがテーブルにお代を置いて立ち去る。
「待ってくださいよ」とシンジさんが追いかけていた。
俺はシンジさんに目線で挨拶すると、店から出て行く二人を見送った。