「ということは、この人、サーヴァントなんですか?」
俺は気絶した男の人を背負って、前を歩く緋咲さんについていきながら聞いた。
大学の敷地から出て落ち着いた頃には、もう遥か後ろにパトカーが到着していた。
アルトリアは私服に着替え、黙って後ろをついてきている。
「ええ。記憶が欠如していて、自分がサーヴァントだっていう自覚もない役立たずよ」
緋咲さんが言う。
口では背負っている男の人を貶めているようだけど、少しだけ期待と信用を抱いているような感じだった。
「それで……」
昼過ぎの街の中。視線を下げたまま、緋咲さんは聞いた。
「なんで、私たちを助けたの?」
素直な疑問だった。当然緋咲さんも、自分の願いを叶えるために他のマスター達と戦う、魔術師の一人なのだ。
「それは、助けなかったら緋咲さん達が死んでたからです」
「あなたもマスターなんでしょう? なんで殺さなかったのか聞いてるの」
質問の意味がわかってないと思われてる。この人たちにとっては、根本から理解できないんだ。
「……人が死ぬのが嫌だからです。俺は、聖杯戦争で誰も犠牲にしたくない。俺は、そのために聖杯戦争に参加してるんです」
言い終わると、緋咲さんは理解できないような顔をしていた。
「でも俺のサーヴァントは意見が違うみたいですけどね。こいつが誰かを殺さないように見てるのが、今は精一杯なんです」
ははは、と俺は乾いた笑いでごまかす。
後ろではまだ殺意を放つアルトリアが、無言で俺たちの行き先についてきている。
緋咲さんは冷たい苦笑いで言った。
「あなたのサーヴァントが、私のと入れ替わってたらよかったのに」
「そうですね。……俺の願い、だめですか?」
「そういう奴は一人知ってるわ」
そして、呆れたようなため息をつく。
「一人でたくさんよ」
俺は間が空いたのを感じ、また問いかけた。
「緋咲さんは、なんで聖杯戦争なんかで殺し合いをしてるんですか」
「願いを叶えるのに理由なんか必要?」
「えっ……」
「その願いが何かとか、叶える手段がどうとかは関係ないわ。
要は、じゃんけんで勝ったら100万円あげるって言われてるのと同じなのよ。……じゃんけんに負けたくないから参加しないっていうのが、あなたみたいな間抜けの言っている事よ」
違う。
……でも言えなかった。
この人は俺とは、叶えたい願いや重さが違うんだ。
じゃんけんでもらえる賞金の価値が違うんだ。
俺にとって生活費に消えるだけの100万円と、病気で死にそうな親を治療して助けるための100万円。
それ以上かもしれない。
この人が背負っているものの価値や重さも知らない。
それがたとえじゃんけんでなく。敵の命を奪ってまでも、叶えたい願いなのかもしれない。
俺が、自分の価値観で否定したり、決め付けていいものじゃないんだ。
俺たちは暫く歩くと、緋咲さんに連れられ、郊外にある喫茶店の中に入った。
静かな雰囲気のお店だった。
クラシカルなジャズが流れ、カウンターの奥の店員のおじいさんと、子供連れのおじいさん一組しか客はいない。
緋咲さんはテーブルの椅子に座ると、気絶している男の人を隣に凭れさせた。
俺とアルトリアも、その前に座る。
気絶した男の人はカクっと倒れ、緋咲さんの肩に頭を乗せると、ほっぺを潰したまま気持ち良さそうな寝息を立て始めた。
「じゃあ。少しお話ししましょう。……敵同士のマスターとして」
緋咲さんは無理やり男の人を肩で押し返すと、俺に言った。