シンジは、目を覚ました。
もう朝になっている。
ベッドから起き上がると、考えた。
さっき、夢を見た。
克明な夢。
……でも、よく思い出せない。
また自分は緋咲になっていた。
何年も前、入月ミリアとまだ仲良しだった頃の記憶らしい。
二人で協力して何かを召喚しようとしていた。
実力を認めてもらうためだったのか、彼女たちの師匠には内緒で準備をしていた。
だがその召喚が失敗し、呼び出してしまった巨大で邪悪な何かが制御できなくなってしまう。
そこで慌てて助けに来た師匠が彼女たちを守り、犠牲になってしまう。
それが、ミリアとの確執が生まれた原因の出来事のようだった。
緋咲の願いは、その出来事に関係があるらしい。
もし叶っても報われない、酷く後ろ向きな願いのように感じた。
「話さなきゃ」
シンジは思考を振り払うと立ちあがった。
着替えてダイニングに行くと、緋咲が朝食を並べていた。
「おはよう」
緋咲は挨拶を無視して、淡々と動きながらシンジに言う。
「またサーヴァントの動きがあったわ。今度は近くの大学の構内よ。朝食の後、急いで行きましょう」
緋咲から焦りが感じられた。
昨日寝潰した時間を取り戻そうとしているかのようだ。
「ちょっと、話ししようよ」
シンジが真剣な表情で話しかけると、緋咲は気だるげな目で反応した。
「何を」
「緋咲さんの事。俺、ほとんどなんも知らないし……。緋咲さんの話を聞きたい」
緋咲は「そんな事してる暇はない」とでも言うように、下らなようにまた背を向けた。
「待ってよ!」
シンジは緋咲の肩を掴むと、彼女の前に回り込んだ。
緋咲は驚いて目線をそらす。
「俺は緋咲さんのサーヴァントなんだろ? マスターの願いが何かくらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「……」
緋咲は鬱陶しさを伝えるように小さい声で呟く。
「あなたは教えてくれないのに、私だけ教えなくちゃいけないの?」
「俺は……まだ思い出してないけど、これから思い出すし! 契約してるんだったら話し合いは必要だと思うんだ!」
「……暑苦しい」
緋咲がサラダのボウルを抱えたまま、シンジに見つめられて止まっていた。
そんな彼女を見て、シンジが話しかける。
「実は昨日から、緋咲さんの夢を見るんだ。夢っていうか、何か、記憶が入ってくる感じで……」
その言葉に緋咲は顔を上げる。
「これたぶん、俺が緋咲さんのサーヴァントだから見れたんだと思うんだ。その夢で緋咲さんは、あのアーチャーのマスターの人と」
「うるさい!」
緋咲は叫ぶと、シンジの目を見ながら言った。
「勝手に人の記憶を覗かないで」
シンジは狼狽えて肩から手を離した。
緋咲は続ける。
「そうよ。私の願いは過去を変える事。過去にあった私の失敗を全て無かった事にして記憶から消し去る事よ。単純でしょ」
緋咲はサラダボウルをテーブルに置くと、シンジの傍を通り部屋から出ようとする。
「そんな……馬鹿だよ」
「そんな馬鹿な事にしか賭けられない人間がマスターになるのよ」
「緋咲さん……そんなの駄目だよ。過去は変えられない。変えちゃ駄目なんだ」
「綺麗事なんかやめて。あなたなんかには理解できない」
「できるよ!」
緋咲が少しだけ立ち止まる。
「いや、やっぱ分かんないけど、……でもあんたの気持ちは分かる! だから過去にとらわれてちゃ駄目だって!」
「……あなたには関係ないわ」
緋咲はまた歩き出すと、言い残し、部屋から出て行った。
「ご飯食べたら行くわよ。早くして」