「アサシンのサーヴァントでしたね」
セイバーはクロノスの元に戻りながら言った。
「逃げられたな。まあいい。顔は見たんだろう」
「はい。でもおそらく相手も私たちの顔を把握しています。正体を隠して近くのは無理そうですね」
クロノスは黒いコートの襟を正した。
「次は、……バーサーカーを使おう」
❇︎
アサシンのマスターは自宅のアパートに帰ると、ベッドの上に飛び込んで寝転がった。
「うわーもう最悪や!!」
マスターが毒づき、アサシンを睨みつける。
「なんで仕留めんかったし! アホちゃうんか?! 俺の顔バレたやんけ!!」
マスターは憤りをあらわにテーブルの脚を蹴ってやつあたりした。
「申し訳ございません。俺には魔術の知識はありませんけど。でもあれは何らかの魔術で攻撃が跳ね返ったようです」
アサシンの言い訳に、マスターは口をへの字に曲げて鼻息を荒げた。
「……あれは《鋼鉄のロザリオ》の力や。攻撃されても体が鋼鉄みたいになって跳ね返すんや。あれがある限り不死身や。俺ら詰みやんけ」
マスターは不貞腐れ枕にしていたスヌーピーのぬいぐるみに顔を伏せてしまった。
「……」
アサシンは手持ち無沙汰になって、体育座りで落ちていたぬいぐるみを触った。
沈黙が続いた後、ボソッとマスターがつぶやく。
「……まあ、ロザリオを奪っちゃえばいいだけの話だけどな」
マスターがちらりとアサシンの顔を見る。
何か含意がある視線で、アサシンは目をそらした。
アサシンは立ち上がりマスターに背を向けると、ベランダに向かった。
「少し、……外に行ってきます」
窓枠から身を乗り出すと、アサシンは4階から飛び降りた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
アサシンが召喚されたのは一ヶ月ほど前だった。
気がつくと目の前に立っていた彼のマスターの事を覚えている。
彼のマスターは抜かりなかった。
魔術は両親から聞きかじっていた程度であったが、マスターとして十分な能力で召喚を成功させたのだから。
彼が召喚に応じた時にも、全く記憶の欠如もなく聖杯戦争に参加することができた。
「問おう。貴方が俺のマスターか」
「そや! よろしくな!」
マスターは如才なくその力を使いアサシンに命令を下した。
マスターは聖杯戦争に参加したら自分ならどう行動するか、最初から想定した指針に従っていたのかもしれない。
聖杯戦争に関係のない人物の暗殺を命じられることが多くあったが、着実に任務を遂行した。
結果的にはその任務は全て、彼のマスターの有利になるよう功奏した。
暗殺対象のほとんどが、聖杯戦争に参加しようと目論む魔術師だった。
恐ろしく強力で、野心を燃やす魔術師たち。そういう者たちがサーヴァントと契約を結ぶ前に殺していった。
それが正義だと信じていれば、ためらいはなかった。仕事柄、殺しには慣れていたからだ。
だが何度も殺しているうちに、疑問を抱くようになった。
他のマスター候補者がどんな願いを持って聖戦に参加しているのか、自分は知らないのだ。
マスターの数だけ願いがあるのならば、その中には自分と同じ考えの者がいるのではないのか?
同じ正義を持つものであれば、殺しあう必要はないのではないか?
そして自分のマスターは何を願っているのだろうか。
ある時、彼はマスターに話をされた。
人の魂を食らえばマスターからの魔力供給なしでも魔力が蓄えられるらしい。
ーーーーそれは、自分の正義とは反した命令だった。
彼が反抗の意思を見せるとマスターは、令呪を使って人を襲わせるようなことはしなかった。
マスターの願いはわからない。
だが彼の意思が揺らいだのはその頃からだった。
自分のマスターは、自分が従うべき主なのだろうか。
アサシンである彼の願いは、正義の為の平和だった。