クロノスが歩いていく後ろを、何気ない様子を装いアサシンのマスターがついていく。
その頭上。
建物の屋上ではアサシンが、標的を下に捉えながら、屋根伝いに跳んで移動していた。
やがて人気のない場所へ来ると、マスターはそばにあった木の陰に身を潜めた。
クロノスが大学の建物を外から眺めながら、魔力の痕跡を探っている。
アサシンはその上の、今すぐにでも攻撃を開始できるような、入り口から張り出した屋根の上に音もなく飛び乗っていた。
ーーーーいけます。
アサシンからの無言の合図が送られる。
よし。
今なら誰も見ていない。
殺したらすぐさま植木の裏にしたいを隠させる。
ーーーーやれ。
マスターは同じく無言で攻撃命令を下した。
直後アサシンは左肩のマントを翻し、屋根の上がらクロノスの頭上へと躍り出た。
飛び降りたアサシンの右腕の手首から隠されていたブレードがシャキッと飛び出し、その切っ先をクロノスの頸に捉えながら襲いかかる。
ーーーーーーザンッーーーーーー
それは一瞬のことだった。
アサシンのブレードがクロノスの首筋に突き立てられた瞬間、その刃はまるで鋼鉄に当たったかのように弾き返されていた。
次の瞬間、強襲に対して放ったクロノスの回し蹴りがアサシンに撃ち込まれ、強烈な魔力の衝撃波によって吹き飛ばされたアサシンが近くにあった建物の柱にめり込み、ガレキを散らした。
(なっ!?)
突然の事態に傍観していたマスターが狼狽えた。
(攻撃が効かない!?)
ガレキ押しのけながらアサシンが立ち上がる。
「なんだお前……」
「ほぅ、アサシンか。……その服装、15世紀のアサシン教団だな」
頭を振って土埃を落としながら、アサシンが被っていたフードを外した。
黒髪で真っ直ぐな目をした男だった。
「なんだかわからないが、お前は暗殺対象だ。倒させてもらう」
アサシンは左手の籠手からも仕込みブレードを飛び出させると、間合いを詰め飛びかかっていた。
「お前にできるかな」
クロノスは素手のままブレードを受け止めると、渾身のアッパーカットの迎撃をアサシンに撃ち込んでいた。
その様子を見ながらアサシンのマスターは焦っていた。
標的の予想以上の強さ。
攻撃も効かず、サーヴァントと対等に戦い合っている。
ありえない状況だった。
「マジかよおい聞いてねえよなんだよあいつ」
今すぐ呼び戻して撤退しなければならない。暗殺に特化したアサシンは、白兵戦ではあまり強くないのだ。
もしクロノスにサーヴァントを呼ばれ2対1に持ち込まれては勝ち目はない。
だがここで呼び戻したら、近くにマスターがいることがバレ、そのマスターが自分だということが知られてしまう。
アサシンのマスターとして唯一のアドバンテージが無くなったら、勝利は遠のくであろう。
「逃げなきゃ……」
マスターは木陰から出て逃げ出した。
もうじき音を聞きつけた一般人がくるだろう。それにまぎれて逃げよう。
そう思っていた矢先、彼は強烈な力で首を掴まれていた。
「!?!?」
完全に意識をしていなかった横をジョギングしていた通行人が、いきなり掴みかかってきていたのだ。
「なんだお前! 離せ!」
背中に胸が当たっている。若い女だ。トレーニングウェアを着て、キャップ帽をかぶっている。
そして彼にヘッドロックをかましていた。
「痛い痛い痛い!」
ジタバタもがく彼を突き飛ばしコンクリートの地面に突き転がす。
赤い髪の女だ。ポニーテールを帽子の隙間から出している。
「あなたがアサシンのマスターね」
立ち上がって答える間もなく、彼女が鎧を着て双剣を持った姿に変身していた。
(嘘やろコイツ、サーヴァントや!)
「アサシン! 戻れ!」
彼が叫んだ瞬間、彼女に立ちふさがるようにアサシンが瞬間移動してきた。
令呪を使ったのだ。
アサシンが突然来た双剣の剣戟からマスターを守り、籠手のブレードで受け止めていた。
その攻撃を押し返すと腰の鞘から剣を取り出す。
彼女の二本の短剣の持つ赤い刀身が不気味に輝く。短剣といえど、金属バットほどの長さはあるショートブレードだ。
「アサシン! 一時撤退だ!」
二人のサーヴァントは一瞬のうちだけ睨み合う。
アサシンが突然懐から取り出した爆薬を地面に叩きつけると、その場が吹き出した白い煙幕によってつつまれた。
その隙にアサシンが自身のマスターの手を引いて逃げ去る。
霧が晴れると、彼女の前に敵の姿はもういなかった。