とりあえず彼を応接間に連れて行き、話をした。
ここは緋咲家の談話室である。
外は夜の帳が降り、暖炉の炎が赤々と燃えている。
話しをするうちに、彼には記憶が無くなっている事がわかった。
「記憶もないのに家に帰ろうとしたわけ」
「あれ……。うーん、なんでだろう。名前も思い出せない」
困ったのはこっちだ。と緋咲は思った。
ただの一般人だったのなら追い返して、もう一回サーヴァントを呼び出せばいいだけの話だ。
しかし、彼を呼び出してしまった自分の右手の甲には、はっきりと、マスターの証である〈令呪〉が刻まれていたのである。
「いい? あなたは英霊として召喚されたの。なら名のある戦士なんでしょう。何か、自分のクラスでもいいから、思い出せる事はないの?」
「戦士? ……いやー、ただの会社員だったような気がするんだけど……」
話にならない。
だが令呪をさずけられただけの一般人など、聖杯が英霊として選ぶはずがないのだ。
「最初から説明しなきゃいけないのか……。
ええと、あなたはわたしが聖杯戦争を戦う為のパートナーとして召喚したの。
聖杯戦争っていうのは、その名の通り聖杯を求めて奪い合う戦争の事よ。
6人の参加者全員を倒し、最後の一組になった2人だけが、その聖杯を手に入れ、己の願いを一つだけ叶える事ができる。
あなたはわたしが勝つ為に、他の魔術師を殺す戦士よ」
男はその話に顔をしかめた。
「は? 何言ってんだよ。自分の願い事の為に人を殺す? ダメだろ!」
「ダメって……、じゃああなたは何の為に召喚されたと思ってるのよ」
「嫌だよ。俺、そんな事の為に手伝う気ないから。あんたもやめよう!」
はぁ。と緋咲は溜め息をもらす。話にならないどころではない。
「わたしだって、あなたのような役に立たない英霊はお呼びじゃないわ。いいから早く真名とクラスを思い出しなさい」
「……クラス?」
「聖杯戦争に召喚される7体の英霊には、それぞれクラスっていうのが割り振られてるの。
剣士のセイバー
槍兵のランサー
弓兵のアーチャー
騎士のライダー
暗殺者のアサシン
魔術師のキャスター
狂戦士のバーサーカー
このなかであなたに思い浮かぶものとか、共通点のあるものはない?」
男が考える。
「いや、別に。弓道も剣道もやってなかったし……。あ、でも小型二輪免許なら……」
スクーターには乗れるらしい。
「まあいいわ、少しづつ思い出してるみたいだし……。とにかく早く、身を守れるくらいまでには魔力を使えるようにしなさいよね」
男は釈然としないようだった。
本人としては突然拉致され、強制労働をさせられようと言うのだ。緋咲の願いの為に。
「なぁ。……あんた、その聖杯の力で願いを叶える為に殺し合いをしに行くんだろ?」
男の問いに、緋咲は顔を向けた。
「そうまでして叶えたいあんたの願いって、なんなんだ?」
緋咲はまた顔を背けると、呟いた。
「なんでもいいでしょ。……下らない事よ」