シンジは、緋咲に連れられ、廃ビルの近くへと歩いて行くところだった。
「あのビルよ。一ヶ月前に起きたガス漏れ事故で潰れた会社の廃墟」
シンジはビルを見上げる。
この建物に居た全員が昏睡し、病院へ搬送されたらしい。
それほどまで大規模に一般人への犠牲が、聖杯戦争によって引き起こされている事への不満が、シンジの中で膨らんでいった。
ビルの前には、大きなバイクが止まっているのが見えた。
見覚えのある、黒い車体だ。
「あれって、ミリアのバイク……」
緋咲が呟いた。
「ミリアって、さっきの人?」
その時突然、緋咲が立ち止まって、曲がり角に身を隠した。
「え?」
緋咲に腕を引かれ、シンジもそこに隠れる。
「あそこよ」
緋咲が角から顔を出しながら、小声で視線の先を見るように伝える。
シンジも顔を出すと、緋咲の目線の先を窺った。
そこには、廃ビルの入り口から出て来る、三人の人物の姿があった。
一人は黒シャツに黒ズボンの30代くらいの男。もう一人は10〜20代と見られる若い男。そしてその後ろには白いシャツに青いスカートをはいた若い女だ。
緋咲とシンジは、その三人の姿が無くなるまで見送った。
「廃墟からあんなに大勢出て来るなんておかしい」
緋咲は呟くと、物陰から出てビルのほうを向いた。
「……じゃあ、さっきの人達も聖杯戦争に関係があるって事?」
「そうかもね。行きましょう」
緋咲は廃墟になったビルへと入っていった。
廃墟の中は何もなかった。
社員の少ないベンチャー企業のオフィスだったのだろう。打ちっぱなしのコンクリートが灰色で無機質な印象を強めている。
緋咲は殺風景な建物内を見渡すと、上へと繋がる階段へ目を向けた。
「上に行きましょう」
三階まで上がると、緋咲はフロアを眺めながら顔をしかめていた。
「おかしい……魔力の形跡が多すぎる」
シンジも、緋咲の様子を窺いながら聞いた。
「どういうこと?」
「何種類も違う魔法が使われたみたいな感じがするの。最低でも8人、違う魔法使いがここに来たみたい。……まるで、つい最近に何度もここで戦いがあったみたい」
「サーヴァント同士の戦い?」
「かもね。上に行ってみましょう」
緋咲は四階へ上がっていった。
四階に入った瞬間、2人は強烈な違和感を感じた。
硝煙と、埃と、血の匂い。床や壁に空いた銃創。
そしてーーーー部屋の奥では紫色の炎が上がっている、ゴミのような物体が捨てられていた。
ついさっきまでここで何かがあったのは明白だった。
緋咲が炎を上げる物体に近付いていく。
その後をついていったシンジにも、だんだん視界に入っていたものが何なのか見えて来た。
「ーーーーそんな」
緋咲の表情が愕然へと変わる。
シンジが見たものは、紫色に燃上がる女の顔だった。
「ミリア!」
緋咲が飛びついてミリアの身体を抱き起こす。紫の炎は彼女の身体には燃え移らない。
緋咲は友人の死亡を確認して呆然となっていた。
「うそだろ、それって、まさかあの時の」
シンジは目にしてしまった死体の衝撃に後ずさり、壁に手をついて吐き気をこらえた。
ついさっきまで生きていて会話もした人が死体になって転がっていたのだ。
「……きっと、さっきの奴らね」
緋咲は冷静さを取り戻すと、分析するように呟いた。
「二本の刃物で喉を掻き斬られてる……」
「……ごめん、もう無理!」
その後ろで耐えられなくなったシンジが逃げ出していた。