Fate/Scramble   作:DF946

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処分の炎

「……大丈夫だったかい?」

 

 クロノスが俺の方へ歩いて来て、聞いた。

 

「はい。……なんとか」

 

 俺は服についた砂埃をはたきながら答えた。

 女の死体に目を向ける。

 死体なんて見るのはそう言えば二回目だが、全く慣れない。昨日のはちょっと現実味がなかったからよかったけど、今のはエグすぎて吐き気を催しそうだ……。

 

 アルトリアは吸い込んでしまった硝煙に咽せながら、やり場の無い暴力に身を任せて金色の剣を振り回していた。

 闘いたかった、殺したかった欲望が溢れ出ているような暴れ方だった。

 

 

 俺達は窓際に転がる女の死体に近付くと、気持ち悪さを感じつつ見下ろした。

 綺麗なブロンドのロングヘアは、酸化してドス黒くなった血糊で固まっている。

 その目は恐怖で見開かれたまま硬直していた。

 

「この女は入月(イリツキ)ミリア……、カーティス魔術団の組員で、この聖杯戦争におけるアーチャーのマスターだ」

 クロノスが呟く。

 

「この人のこと、知っていたんですか?」

 

「いいや、身辺調査をしただけだ。この女は私の事を知らなかっただろう。いずれにせよ、倒せてよかった」

 

 哀れみや、目の前で人が死んだ事に対する感情が読めないまま、クロノスがそう呟いた。

 

 俺は混乱が収まらぬまま、クロノスに疑問を呈する。 

 

「あの、さっきの白いフードの男は何だったんですか……?」

 

 俺が聞くと、クロノスが答えた。

 

「あれは暗殺者《アサシン》のサーヴァントだ。私たちの戦いを傍観していたんだろう。……ミリアが逃走するのを見て、殺しておくのが得策だと考えたんだろうね」

 

 暗殺者《アサシン》……。別の敵のサーヴァント。

 ミリアを追ってついて来ていたのか。……それとも、俺達の方だったのか。

 

「アーチャーを逃してしまいました」

 と、サイバーの子が申し訳なさそうに呟いた。

 

「まあいい。マスターが死んだから、奴は聖杯戦争から除外されたからね」

 

 それより……。とクロノスが俺の方へ視線を向けた。

 

「それより……、間森くん、君はミリアにとどめを刺すバーサーカーを止めたね? ……あれは、なぜかな」

 

 俺は、無意識にクロノスから目線を外し、下を見てしまっていた。

 やましい事をしたつもりはない。自分の心が下した判断を叫んだだけなのに、なぜ俺は目を逸らしているんだろう。

 上司に問いただされる気分を感じ、俺ははっきりと意見を言う事にした。

 

「俺は……。この戦い、なんか、間違ってる気がしたんです」

 

 クロノスが疑問の表情を向けてくるのを感じる。

 無理も無い。自分の願いを叶えられる戦いに、全も悪もあるはずがないんだし。死ぬ覚悟がある奴が参加して、勝手に死ぬだけだ。でも……

 

「たしかにあの時俺は、あなたと停戦する事は同意しました。でも、協力するとは言っていなかったはずです。

 だから……俺には聖杯を使って叶えたい願いなんて決まってないし……こういう戦い、したくないかなって……」

 

 俺は正直な感想を口に出した。

 しょせん、俺みたいな凡人には向かなかったんだ。

 巨万の富、名声、力。そんな物が、命を賭して戦い相手を殺す価値があるなんて、俺の貧乏性の感性では考えられない。

 

 言って、俺はクロノスの表情をちらっと窺った。

 クロノスは、無表情のまま俺の話を聞いていた。

 

「そうか……。折角騎士王の力を使えるのに、もったいない選択だね」

 

 俺は緊張で視界が暗くなっていくような感覚がした。冷や汗が出る。

 クロノスが俺への見方を変えるスイッチを、切り替える思案をしているところに思えた。

 俺が対応を間違えたら、この場で殺されかねないかもしれない……。

 

 永遠にも思える一瞬の間を置いて、クロノスは言った。

 

「それでも、サーヴァントを召喚してしまったからには聖杯戦争からは逃れられない。いつかは敵のサーヴァントが君の命を狙いに来るだろう。……もし不安なら、私が護衛してあげるが、どうだろう」

 

 真っ黒な目で、感情のない声が俺に提案してきた。

 

「もし君が殺されそうになった時には、私とセイバーが、騎士王と共に君を護るよ」

 

「…………それなら、いいですけど」

 

「そうか」

 クロノスが感情のない笑顔で納得した。

 

 俺は今、自分が囮になる契約にサインをしてしまったのだ。

 

 クロノスが「そろそろ行こうか」と言うと歩き出し、出口へ向いながら呪文を口にした。

 俺も暴れているアルトリアを呼んで、下へ行く階段へと歩きだす。

 

 

 女の死体が、その後ろで紫の炎を上げて燃えはじめた。

 

 


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