俺は後ろにアルトリアを乗せてバイクを飛ばすと、クロノスに指定された廃ビルの前に来ていた。
四階建てで、敷地面積の広い立派な建物だか、不慮の事故があって借りていた会社の職員全員が病院送りになってしまったのだ。それ以来会社は廃業して、中も片付けられている。
「行くぞ、アルトリア」
俺達はアルトリアに声をかけると、ビルの中へ入って行った。
このビルは丁度一ヶ月程前に大規模なガス漏れ事故か何かで、中に居合わせた人達が意識不明になってしまったらしい。
そうしてこんな場所に呼び出したのだろう。
ビルの中は何も無かった。ただ広くて、四角い柱が立っているだけだ。
上も下もコンクリート打ちっぱなしの灰色で、殺伐とした閉塞感がある。
四階へ上がり、奥へ進むと、すぐに柱のかげからクロノスが現れた。
「あ、クロノス。来ましたよ」
「ありがとう。間森くん。突然呼び出してして悪いな」
ふわっと近くの大気が揺れたかと思うと、クロノスのセイバーも姿を現していた。
「間森くん、こんにちは」
「こ、こんにちは。……それよりクロノス、こんなところに呼び出して何をするんですか?」
クロノスは真面目な無表情のまま答えた。
「ここで事故があったのは知っているだろう。昨日も同じガス漏れ事故が起きた。だが、実はあの事故は敵のサーヴァントの仕業なんだ」
「そんな、……なんのために」
「サーヴァントに被害者の生命力を吸わせるためにさ。……その事に気付いた新人のマスターは、どのサーヴァントの仕業かを確かめる為に今までの事故現場を調べにくるはずだ。ーーーーーーーそいつを、私たちが待ち構えて仕留める」
俺は、クロノスの狡猾さに寒気を感じた。
執拗なまでに冷静、無駄の無い、頭のいい作戦に思えた。
「まさか、クロノスさん……。その為に、被害者が出るのを黙って見ていたんですか? 誰かのサーヴァントの犯行だって知ってたのに、新人のマスターを狩る為に泳がせて黙認していたんですか?」
俺が聞くと、クロノスは笑ってみせた。
「人聞きの悪い言い方だな。まあ結果的にはそうなってしまったが、犯人は分かっているから簡単に倒せるだろう」
セイバーが困惑に似た微妙な顔をする。
俺は少しだけ、自分の優位だけを優先するクロノスのやり方に、疑問を抱いた。
暫くすると、クロノスが窓の方を向いた。
「来たようだ」
その場の緊張が高まる。
クロノスとセイバーの子が柱の陰に隠れた。
俺も入り口から見えないように、近くの柱に身を隠す。
いきなり遠吠えをあげそうなアルトリアは、口を「むぐっ」と塞いで俺の方に引っ張り込んだ。
ビルの外から音が聞こえる。
バイクが近付いて来て止まる音。
……誰かが歩いてくる。
その人物はビルの一階に入ると、一階のフロア内をブーツの音を響かせて歩きはじめた。
こんなに響くのか……
俺は音を立てないように、気を引き締めた。
階段を上がる足音。二階、三階と、同じように歩き回っている。
下の階から聞こえる足音は、2人分のようだ。
……もう一人、少し体重の重い人物がついて来ているらしい。
〈ーー魔力の痕跡……これは、アサシンみたいーーーー〉
〈ーーじゃあ、この事件の犯人はそのーーーー〉
……会話している声が聞こえてくる。
一人は若い女で、もう一人は若い男のようだ。
アルトリアの口を塞いでいる手が、彼女のヨダレでぬめぬめする……。
会話が終ったと思うと、足音がまた響いて来た。
段々大きくなる。……近付いて来ているのが分かった。
俺の緊張がさらに高まる。
ーーいよいよ来る。
隣の柱のクロノスが目で合図すると、頷いて息をひそめる。
足音が近くまで近付いて来た。
もうこの階の入り口に来ている。
俺は心臓をバクバクさせながら気を引き締めた。