(これで、準備は整った……)
暗く、広い部屋の中。魔法陣の周りに立てられた燭台が彼女を照らす。
この準備の為に一年を費やした。それが、ようやく実現する。
彼女の心は高鳴っていた。
聖杯戦争における、
「ーーーーーーーーーー告げる」
目を閉じ、
乾いた唇を開き、大きく息を吸う。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。
祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」
彼女が呪文を口にした瞬間、魔法陣が輝き始める。
「
魔法陣の光が、大きくなってゆく。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
ついに最後の詠唱を終えた瞬間、光は燭台の明かりを穿き消す程大きくなっていた。
目を閉じた瞼の裏からでも感じるその光が現界に達した時、唐突に爆発音を伴い、光が爆縮するように掻き消えた。
「……っ」
彼女が目を開ける。
(成功したか……?)
セイバーか、ランサーか、なんでもいい。己の魔力にそぐう偉大で強力な英霊を……
彼女の目が明順応したとき、魔法陣の中には、一人の男が立っていた。
その男が、ゆっくりと目を開き、彼女を見据える。
そして、主たる彼女へ向け、問い掛けるように呟いた。
「………………え、……ここ、どこ?」
*
召喚された男は、ぽかんとした顔で、彼女の事を見つめていた。
20代、長い茶髪で、青色のジャンパーを羽織っている。
何がおこっているのか、全く理解出来ていないという顔だ。
彼女は訝しく思いながらも、召喚された英霊に問い掛けた。
「私の名前は緋咲レン、お前のマスターだ。お前がわたしのサーヴァントだな?」
問い掛けられた男は、理解出来ない言語を耳にしたかのように、ぽかん顔のまま固まっていた。
緋咲は顎に手を当てて考え込んだ。
(もしかして、わたしは召喚に失敗したのだろうか……)
実際に術者の魔力が足りないせいで、サーヴァントの記憶などに欠損が生じるような障害が起こる事がある。
ーーつまり、彼女自身の力不足の為、英霊が混乱を起こしているということだ。
彼女が悔いていると、召喚された男が口を開いた。
「えーっと、あのー……。俺そろそろ帰りたいんだけど、いいかな?」
見ると男は魔法陣から出ようとしていた。
「帰るって、どこへ」
「え?」
男の脚が止まる。
「家だけど」
「家って、どこ」
「ん……?」
男が考え始めた。
「あれー、どこだっけ。まいいや、とにかく長居すると悪いから、失礼しまーす」
「ちょっと待ちなさいよ」
逃げようとする男を引き止める。
「あなたはサーヴァントなのよ? 帰る家なんてあるわけないじゃない。今日からあなたはここに居るの。わたしが勝つまでね」
「えーっと、ご、ごめんね。かまってあげられなくて。でも俺も用事あるから」
全く自分の立場を分かっていないのか……。
(あ、)
そこで彼女は恐ろしい結論に達した。
召喚の魔法陣が全くおかしな方向に誤作動してしまったのかもしれない。
つまり、間違って、どっかの一般人を召喚してしまったのだ。