『臨時ニュースをお伝えします』
テレビで、ラジオで、夕刊で。
『本日、チャンピオンリーグ最終戦が終了し』
それは伝えられた。
『結果について、先ほどホウエンリーグより正式に発表がありました』
ああ、まだやってたんだ。
それを聞いていた人間の大半はそんな感想を抱く。
テレビやラジオで実況中継されるリーグ予選、本戦と違い、チャンピオンリーグは結果以外、一般には公開されない。
言ってみれば、大多数の人間からすれば、チャンピオンリーグは、ホウエンリーグのおまけ、余禄程度の存在に過ぎない。
ただまあ、当たり前だが、チャンピオンとバトルの結果、と言うのは多少気にも留める。もしチャンピオンが敗北すれば、それは新チャンピオンの誕生を意味するのだから。
ただ、まあ。
それは無いだろうなあ、と言うのがホウエン地方ほぼ全ての人間の共通見識である。
現チャンピオンダイゴ。
五年以上に渡りホウエン地方数万のトレーナーの頂点に立ち続けてきた男。
チャンピオンとして、またデボンコーポレーション社長子息としてもマスメディアに良く出ており、その認知度は非常に高い。
同時にその強さもまた、広く知れ渡っている。
その隔絶した強さを、誰もが知っているから疑わない。
ホウエンの頂点が誰のものである、と言うことを。
そして、だからこそ。
『チャンピオンリーグ最終戦、結果は挑戦者ミシロタウンのハルト選手の勝利』
聞こえた言葉に、誰もが一瞬理解が遅れた。
『よって、現チャンピオンダイゴさんがチャンピオンの座から退き、ハルト選手が新しいチャンピオンとなりました』
理解が追いついた瞬間、誰もが驚愕の声を発した。
* * *
見ていた。見つめていた。
ただ、ただ。
ボールの中で、独り。
戦う彼女たちの姿を。
そして声を張り上げ、彼女たちを指揮する少年を。
自身が『ボス』と呼び、従う男の姿を。
見ていた。
見ていた。
見ていた。
「……………………あーあ」
漏れ出たため息が声となって、ボールの中で反響する。
「後半年、早く出会ってれば」
もし、後半年、ボスと出会えていれば。
「アタイもあそこで、戦えたのかねえ」
ただ、血が沸いた。
野生の戦いとは違う、負けても命を失くさない温い戦い。
己が誇りの全てを賭けた、本気の闘い。
ただ、輝いて見えた。
ただ、憧れた。
「なるほど」
――――なるほど、なるほど。
「これが」
――――これこそが。
「ポケモンバトルかい」
瞑目し、そう呟いた。
* * *
全身の力が抜けそうだった。
今にも倒れそうなくらいに、震える手と足。
それでも立っていられるのは。
「……………………ふう」
ただの意地だ。
目の前の男が、平然と立っているのだから、自身だって負けていられない、ただそれだけの意地。
どこか遠いところを見るように、上を見上げ拳を握る男…………ダイゴの胸中は分からない。
そうして一度目を閉じ、再び開く。その視線がこちらへと向けられ。
「おめでとう、と言っておくよ……………………さあ、ボクについてきて」
言葉を残し、こちらに背を向け。
扉へと続く階段をダイゴがゆっくりと歩き。
「……………………」
口を閉ざしたまま、その背を追う。
気力的にも体力的にも限界は当に来ていたが。
倒れるわけにはいかない。
ダイゴの言う通り。
自身は、このホウエン地方のチャンピオンとなったのだから。
ホウエン地方数万のトレーナーの頂点。
全てのトレーナーたちの目指す頂に座す存在。
正直、自覚は無い。
ただ自身は自身の仲間とどこまで行けるのか、それを試したかったと言うのが理由の大半である。
それと同時に、目の前の男に勝ちたかったと言う思いも確かにあった。
だから、チャンピオンと言う座も、全て結果に過ぎず、後からついてきたものに過ぎない。
現実感が沸かないのだ。
そうしてチャンピオンの間の奥にある扉をさらに進み。
殿堂入りの間へとやってくる。
「ここは、リーグチャンピオンのみが来れる部屋」
中央にある装置以外、何もない部屋。
「中央に装置があるだろ? そこにボールを置くんだ」
言われた通り、装置にある六つの窪みにエアの、シアの、シャルの、チークの、イナズマの、リップルのボールを置いていく。
「後は自動で装置が記録を取ってくれる」
告げられた言葉と同時に装置が機能を開始する。
ボールと繋がり、データを収集し、そうしてその所持者の情報と共に記録を残す。
「この記録はホウエンの歴史に残るものとなるだろう」
背後で、ダイゴがそう告げる。
「キミが殿堂入りを果たしたこの瞬間を持って、ボクはホウエンチャンピオンの座から降りる。そして同時に」
振り返る。そこにいる男の顔をしっかりと見つめ。
「キミがこのホウエンのチャンピオンとなる」
「………………………………………………」
こつん、と足音が響く。
それはダイゴが部屋を去っていく音。
最早ダイゴはチャンピオンではない、男の態度こそが、その事実を如実に示し。
「……………………チャンピオン、ね」
未だに自分の中で実感は沸かなかった。
* * *
ミシロタウンは長閑な田舎町だ。
その歴史を紐解いても、有名なトレーナーがいたと言う話はとんと聞かない。
精々ポケモン博士のオダマキ博士や現トウカシティジムリーダーセンリが住んでいること、ミシロの有名な人間と言うとそれくらいだろうか。
だからこそ、自身のリーグ優勝はミシロ始まって以来の快挙と言っても良かった。
ましてそこからの殿堂入りである。
前回を超えるほどの人の熱狂に晒された。
まあどこの街でも当たりまえだが、自分の住む街のトレーナーが有名になれば街を挙げて祝う。
ジョウトに住んでいたころにも稀に見かけた光景である。
前世と違い、全体的に人と人の繋がりが強い世界なのだ。それはポケモンと言う隣人のお蔭なのかもしれないと思う。
チャンピオンの関する諸々の話や手続きなどをホウエンリーグで済ませ、戻って来たのは翌日のこと。
戻って来た時にはすでに我が家の周囲は宴会場と化していた。
――――何やってんだこいつら。
と言う当然の疑問だったが、その中心でマイファザーが一番騒いでいるのだから、絶句する。
酔っ払いの群れに突入する勇気は無かったので、お隣さんの家にお邪魔すればハルカとその母親がいた。因みに博士のほうはマイファザーと一緒に騒いでたのを見かけたのでスルーしておく。
なんでこっちに、と言う当然の疑問に、いや、むしろあの酔っ払いの輪に入れと? と言う当然の答え。
そこで、じゃあまあ取りあえず一晩泊まって行けば、と言われる辺り前世じゃあり得ないなあと本気で思う。
そうしてハルカにチャンピオンロード内で出会ったポケモンたちやリーグで見たポケモンの話をしながらオダマキ家に泊まり。
ふと、深夜に目を覚ます。
「……………………ここ、どこ?」
一月寝泊りしていたホテルの部屋とは異なる天井に、あれ? と、一瞬首を傾げ。
「…………うそーん」
思わず変な言葉が出てしまうくらいにはびっくりした。
「ああ、そっか昨日ハルカちゃんと話してて」
半年近い旅の話を話していて、その途中で眠ってしまったのだった。
「……………………それでなんで俺、ハルカちゃんのベッドに放り込まれてるの」
しかも本人と一緒に。
何だろう、このもやもや感。信頼されているのか、いや、そもそも十歳ってそんな歳では…………いや、でもけっこうそんな歳じゃないだろうか、十歳と言うと。
「ハルカちゃんは絶対に後から入って来ただろこれ」
隣で眠る少女へ視線を向ければ、きちんとパジャマに着替えられている。
少なくとも、自身の覚えている限りでハルカが眠そうにしていた様子も無かったので、自分の意思で後から入ってきたのだろうが。
運んだのは確実に母親のほうだろう…………ハルカが一人で二階の部屋まで自身を運べるはずも無いし。
何なんだろうこの信頼度。微妙に怖さすら覚えるのだが。
「……………………はあ」
一つため息を吐き、もぞもぞとベッドから抜け出す。
幸い同じ布団で眠る少女、寝つきはいいらしい。起きる様子は無い。
「なんか…………目が冴えちゃったな」
時計を見れば、四時間ほど眠っていたらしい。
それで大した気怠さも無く、起きようと思った瞬間眠気が覚めていくのだからさすがは十歳児の体、そしてそんなことを考えている自身の心は確実に体より大分老けているな、と思う。
一階に降りれば机の上にボールが置かれていた。
「あ…………出してなかった」
さすがに他人の家で解放するのもどうかと思っていたので、全員ボールに入れっぱなしだったのを思い出す。
一応ポケモンセンターで回復だけはしているのだが、この一か月近く、ボールから解放した生活をしていたので、ボールの中で物静かにされているとどうにも違和感を感じる。
誰か出すか? とも思ったが、こんな夜にと言うのもあって、止めておくか、と結論を出す。
それに、今は少しそう言う気分でも無し。
玄関の鍵を開き、そっと開く。
「……………………え」
思わず二度見してしまう。
玄関先にオダマキ博士が転がっていた。
「…………え、鍵…………え?」
鍵、閉まってたよな? と一瞬考え。
「…………意外と怖かったんだな、ハルカちゃんのお母さん」
まさか夫を締め出していたとは、と内心戦慄を覚えながら、玄関を出る。
まあまだ夏と秋の変わり目くらいだし、ホウエンは元々気候的には温暖だ。多分大丈夫だろう…………多分。
内心でそう呟き、自分を誤魔化しながら視線は自身の家へ。
「……………………」
自然と足がそちらへと向く。
庭先にあれやこれやとゴミが散らかっているが、すでに人は居ない。
「…………あーあ」
誰が片づけるんだ、と内心で呟きながら庭へ一歩、足を踏み入れ。
がちゃり、と玄関のドアが開く。
「…………………………おかえり、ハルちゃん」
そこから顔を覗かせた自身の母親は、自身を見つけ、笑みを浮かべてそう告げる。
「…………なんで分かったの?」
「さあ…………何となく、かしらね」
やっぱマイマザーただ者じゃないわ、なんて内心で思いながら、苦笑する。
「それに、私だけじゃなくて、お父さんも、さっき出かけて行ったわ」
そしてそんな言葉に、きょとん、とした表情になり。
「多分、待ってると思うから…………行ってあげて」
母さんの言葉に、頷いた。
* * *
ざあ、と風が吹いて、草原を揺らした。
月が煌々と草原を照らし。
その中央に、男が立っていた。
「…………よく分かったな」
「まあ俺も…………何となく、かな?」
久々に親子の会話、けれど第一声はそんな言葉だった。
「…………不思議な気分だ」
「何が?」
「息子がチャンピオンである、と言う事実が」
振り返る、男が、センリが。
「俺はずっと強さを追い求めていた。追い続けていた。チャンピオンと言うのは一つの終着点だ。地方の最強、そう…………最強と呼ばれる存在、俺が求めた物。今そこに、自身の息子が立っている」
ただ言葉も無く、センリの語る言葉を聞く。
「正直同じトレーナーとしてそこに嫉妬が無いとは言えない。俺が追い求めた場所に、俺より先に息子が立つと言う事実にな。だが同時にそれを誇らしく思う気持ちもある。俺がまだ成し遂げられないことを、息子がやってくれた、と言う誇らしさが確かにある」
――――だからこそ。
「複雑な心境だ。嬉しいのに、悔しい。悔しいのに、嬉しい。複雑だよ、本当に」
ああ、なるほど、と思わず納得してしまう。
どうして自身がチャンピオンと言う事実を受け入れられないのか、現実味を感じられないのか。
分かった、分かってしまった。
「ねえ、父さん…………難しく考えすぎだよ」
「…………む?」
呟いた言葉に、センリが疑問符を浮かべる。
そしてそんなセンリに、告げる。
「俺もさ、自分がチャンピオンだって言われても、どうにも現実味が無いと言うか、しっくりこなかったんだけど…………今その原因が分かったよ」
呟き、腰に付けたホルスターに納められたボールを一つ、手に取る。
「始まりは、父さんだった…………そう、父さんなんだよ」
全ての始まり…………自身がホウエンリーグを目指した日。
「始めたのは父さんだ…………だから、締めくくりはやっぱり、父さんじゃないとダメだ」
きっと自身は今、笑っているのだろう。
獰猛なまでに、攻撃的な笑みを浮かべているのだろう。
「だから、俺は父さんに告げよう」
呟きと共に、ボールを差し向け。
「勝負だ、センリ」
そんな自身の言葉に、センリがハッと笑い。
そうだ、トレーナーならばこれが最も手っ取り早い。
思いの丈の全て、心のありったけを詰め込んで。
互いの全身全霊をぶつけあう。
「トウカシティジムリーダー、センリ」
握り込むように掴み、腕を振り上げ。
「チャンピオン…………“
互いに、投げた。
「「勝負!!!」」
ポケットモンスター
…………即ちポケモン。
世界中の至る所に棲んでおり、人と共に助け合い、時には共に戦いあう、人間の隣人たる存在。
ヒトガタ、それはポケモンの遺伝子異常から発生した突然変異だと言われている。
ヒトガタ、その名の通りの人形(ひとがた)。文字通り人の形をしたポケモン。
それが初めて確認されたのはもう十年以上前だ。それだけの時間が経てば、最早それは見慣れた日常の一部でしかない。昨今のトレーナーからすればヒトガタの存在はやや珍しくはあっても、それでも偶にならば見かける程度のものでしかない。
そんな知識を、この世界に来て、自身は初めて知った。
自身の知るゲームと似ているようで、似ていないこの世界。
だけど、生まれてきてしまった以上、ここが自身の生きる世界なのだと、そう思うから。
かつての仲間たちは今、見目麗しい彼女たちとなってここにいる。
だから旅を始めた。
やがて世界を踏破するための旅。
始めた旅はようやく終わりを向かえようとしている。
ここに一つの終わりを告げよう。
ハルトと言う名の自身がチャンピオンとなり、一つの結末を迎えた物語。
――――そうして次に始まるのは。
ホウエンの全てを巻き込むだろう、伝説との邂逅の物語である。
“ドールズマスター”ハルト。
これ割と前から考えてたハルトくんの二つ名。
ヒトガタ使い、でもいいけど、“ドールズ”のトレーナーズスキル考えてた頃からずっとこれにしようと思ってた。出せて満足。
と言うわけで三章終了です。
次から四章、で、四章で終了(予定)です。
何話で終わるかな(遠い目
取りあえず、ORAS久々に最初からやり直そうと思う。
ではまた次回まで。