「はあ…………ふう」
一つ息を吸い込み、そうして吐き出す。
緊張が少しは紛れるか、とも思ったが、けれど心臓の鼓動は速さを増すばかりだ。
耳鳴りするほどの大歓声。
ギラギラと差す真夏の日差しに目を焼かれ、思わず手で覆い隠す。
実況が何かを言っているが、良く聞こえない。
「はあ……………………ふう」
もう一度深呼吸。
腰に下げたボールを一つ、握る。
瞬間。
「…………おっけ」
「それじゃあ…………行こうか」
最初の一体目、ボールを握り。
「試合」
審判が腕を振り上げ。
「開始!」
振り下ろす。
「行け!」
互いがボールを投げ。
そうして、自身のホウエンリーグが始まる。
* * *
ホウエンリーグ
リーグに参加登録するため、サイユウシティへとやってきた自身へと与えられた位置はそれだった。
今年はどうやら全バッジ取得者がやや多かったため、それだけで本戦へと進むことはできないらしい。
まあ予想できたことの一つなので、そこまで驚きは無い。
夏直前、それが自身の出るべき試合の日程らしい。
大よそ二か月後と言ったところか。
それを聞きつつ、一旦ミシロへと戻る。まだやり足りないことは多いと感じていた。
それからまだ中途半端に終わっていたトレーナーズスキルを磨いたり、リーグ出場者の情報を集めたりとしている内にあっという間に二か月が過ぎ。
そうして、今日。
自身のホウエンリーグ初の試合が始まって…………。
「えー…………」
あっという間に終わった。
…………うん、終わったんだ。
相手? まあ強かったよ? ある意味。
「俺のポケモンたちは全員裏特性で“おやこあい”を持たせているぜ」
とかなんとか、試合前から自分の手の内ぺらぺら喋ってくれていた親切な人だったよ?
でもガルーラはともかく、レアコイルやマタドガス、ナッシーを親子と言うのは違和感があったけど。
まあ疑似おやこあい、って感じだった。
多分裏特性で特性“おやこあい”を追加したのか、上書きしたのかは分からないが。
全員チークで“ほおぶくろ”に変えてイナズマとシャルで殴り倒した。
うん…………だって自分から手のうちペラペラ喋ってくれるし。
いや、予選レベルで裏特性持ちがいるってのは凄いんだけど、これまで戦ってきた相手が相手だけにどうにも消化不足感がある。
“おやこあい”は確かに凶悪な特性だが、それ単体ならいくらでも対処法はあるのだ。
けれど相手には
確かに予選レベルならそれで十分なのかもしれないけれど。
まああれだよ…………相手が悪かった、と言うことで。
所詮は予選レベル、言っちゃなんだけど
自身が目指すのはあくまでも、頂点。この程度軽くあしらってしまえて当然と言える。
まあそんなわけで至極あっさりと予選通過し。
* * *
実はリーグ予選最終日から本戦初日までの間には一月ほどの猶予がある。
とは言っても、この猶予は実は準備期間であると共に、
それこそが。
「ちゃんぴおん……ろーど…………?」
サイユウシティポケモンセンターの一室。
ぐるぐると回転する椅子に座りながら、エアが首を傾げる。
「そうだよ、チャンピオンロード。本戦出場者はここを通ってポケモンリーグへと至る、予選通過者最後の試練」
中にはレベル70を超える野生のポケモンがそこら中におり、主クラスになると当たりまえのようにレベル100が出てくる。
原作よりも遥かに強いポケモンの巣窟であり、ホウエン地方屈指の難関。
ホウエンリーグ予選通過者には一つの試練が与えられる。
それがこのチャンピオンロードを通過して、ポケモンリーグへとたどり着くこと。
入り口でリーグ職員にチャンピオンロード挑戦の受付をし、入場。
そうして期日の一月後までにチャンピオンロードを抜け、ポケモンリーグの受付を済ませることで本戦出場が決定する。
そう、逆を言えば。
期日までにこの難関地帯を抜けることが出来なければ、予選を通過しても本戦には出られない。
予選通過者は全部で100名に限定される。
だが本戦出場者は毎年十名前後にまで振り落とされる。
そして予選通過者の九割を振るい落とす悪夢の領域、それこそがチャンピオンロード。
「父さんから聞いた話だけど、入ったら最短で三日、長くても一週間くらいで抜けれるらしいから、明日、明後日はそのための準備をしようか」
因みにサイユウシティにまともな施設は無い。
そこは原作とほぼ同じで。
この街…………街と呼んでいいのか分からないが、ここには予選会場とポケモンセンターだけがある。
普通に家や、食事処などもあるにはあるが、ポケモントレーナーに必要なものを売っている店は皆無と言っていい。
それは意図的にリーグ側がこの街からそう言ったものを排除しているからだ。
道具を自前で揃えるところまで含めてトレーナーの腕。
つまりそういうことだろう。
さらにチャンピオンロードを抜けるために必要な道具や食料など、かかる代金も全てトレーナーが自腹を切る。
ポケモンの強さ、サバイバルのスキル、道具を集め準える力、そして財力。
本当に何から何まで試そうとしてくるのがポケモンリーグと言うものだ。
単純にポケモンが強い、と言うだけでは勝ち残れない。
そして最後に。
この試練最大のルール。
これこそが、予選通過者を大幅に減らす最大の要因と言える。
チャンピオンロード内でトレーナー同士が出会った場合、どちらかがバトルを申し込まれた場合、これを断ってはならない。
通常バトルは両者の同意を得た場合のみ行われるが、けれどチャンピオンロードでは違う。両者の否定が無い場合、バトルを
両者が共にバトルをしないことを選択した時のみ、バトルの回避が可能となる。
もしバトルを申し込まれているのに行わない場合、罰則が科せられる。
ペナルティは
通常一月のはずの期日が二十日に減ったり、などだ。
ここでは、トレーナーの交渉でバトルを回避しても良いし、戦っても良い。
ただし、戦えば自身の手の内を晒すことになる。
それも本気で戦えば戦うほどに。
だが負ければ、手持ちが全滅することになる。
そうなればすぐに『あなぬけのひも』で戻らなければ、野生のポケモンに襲われることもある。
『げんきのかけら』などもあるが、あれらは戦闘可能状態に戻るまでに一時間かそこらの時間を要するので、手持ちが全滅した状態で使っていると、戦闘できるよりも先に野生のポケモンが襲い掛かって来る。
それでも毎年、差し迫った期日に焦り、素直に戻らなかったため、野生のポケモンに襲われて大怪我を負うトレーナーがいるのは、リーグの恒例と言える。
棄権すればすぐに巡回の監視員が救助に来るため、早々死者が出ることは無いはずだが、それでも二、三年に一度は死者も出るらしい。
少なくとも、この道を目指すトレーナーならば、そこまで覚悟した上で挑まなければならない。
実際、入り口の入場受付の際に、そう言った類の書類にサインしなければならない。
それを軽んじて、甘く見た人間ほど怪我をして本戦辞退することになるのだ。
対策としては、トレーナーの少なくなる後半を狙うか。それとも圧倒的実力で情報をほとんど見せずに勝ち抜くか。もしくは交渉で不戦のまま通過を狙うか。
例えば、他の予選通過者の情報。本戦有力者の情報。最悪の場合、自身のパーティの情報など、チャンピオンロード内でバトルをして倒したとしても、サイユウシティに戻りまたやり直される以上、本戦に出場した時、知っていれば自身が有利になれる情報などのほうが価値が高くなる。そう言った価値を提示して、交渉をするトレーナーは意外と多い。まあ期日が危ないならば、出戻りさせてタイムオーバーを狙うほうが多いが。
例えば、有力なトレーナーは前半のうちに強敵を次々と突破して本戦登録を済ませてしまうのならば、必然的に後半になるほど力量に自信の無いトレーナーたちが集まる。そうなれば、有力なトレーナーと戦うよりは幾分か、本戦出場を狙いやすくなる。
例えば、一体で相手の六体全てを相手取り、勝つことができるのならば、情報の流出は最小限で済ませることができる。
ただ自身はこのどれをも取らない。
「力を見せつけてやればいい」
真正面から行く。
「格を見せて付けてやれば良い」
交渉もしない。
「どうせ全部倒すんだ」
バトルして、勝って。
「やれるな? エア」
そうして本戦に出る。
「…………任せなさい」
そんな自身の言葉に、エアが頷いた。
* * *
チャンピオンロードを早期に抜けることのできたトレーナーと、期日ギリギリに抜けてきたトレーナー。
果たしてこれはどちらが良いと言えるだろうか。
力を見せつけ、相手を下して早期に抜けたトレーナーは、その分、必要以上に手の内を晒すことになるだろう。何せ同じ時期に戦う相手は、同じ本戦有力候補なのだ。どうあっても激戦になりやすい。
逆にその辺を上手く立ち回り、情報の露呈を最小限に押しとどめることができれば、かなり有利になるのは間違い無い。
それとは反対に、慎重を期し、強敵との戦いを避け、情報を守りながら戦力を温存し、遅ればせながら抜けてきたトレーナー。こう聞くと、こちらのほうが良いように聞こえる。
だが時間、と言うのは非常に重要なものとなる。
チャンピオンロードを早期に抜けたトレーナーはそれだけ
逆に期日ギリギリに抜けたトレーナーはチャンピオンロードを抜けることに力を割き過ぎて、本戦への備えと言うのがどうしても不十分になってしまう。
特に早期に抜けてきたトレーナーの最大のメリットとして。
対戦相手が分かる、と言うのがある。
抜けてきたトレーナーは全て本戦出場者、つまりライバルだ。早期に抜けてきたトレーナーには予選時の情報を集めたり、対策を練ったりする時間が与えられる。期日ギリギリに抜けてきたトレーナーには無い大きなメリットである。
だがその分情報の拡散も大きく、敵に対策も取られている可能性も高くなる。
一長一短ながら、自身が選んだのは前者。つまり早抜けである。
それも出来れば、本戦出場一番を狙う。
極論を言えば、相手のトレーナーズスキルの有無やその効果、裏特性など事前に知っていないと当日になって詰みに陥る可能性の高いものが、この世界には多い。
それほど完成度の高い戦術はさすがにジムトレーナーなど一部しかいないとは思いたいが。
忘れてはならない。
ここはホウエンリーグ。
トレーナーの聖地にして、弱肉強食、力こそが全ての世界だ。
そのリーグの本戦出場者と戦うのだ、相手を低く見て詰んでしまう可能性は決して低く無い。
そのためにも見極めなければならないのだ。
自分の敵を。
* * *
バックパックにはおよそ五日分の食料、それからチャンピオンロード内の地図。
後は洞窟内で寝るためのテントなど。
正直十歳の子供が持つにはかなり厳しいものがあるので、一番体格の大きいリップルを出して持ってもらうことにする。
周囲から視線を感じる。同じくこれからチャンピオンロードへと挑戦するトレーナーたちだろうと簡単に予想できる。
ヒトガタポケモンを連れている以上、この手の視線は当たり前のように慣れた。
だから、特に気負うことも無く、ポケモンセンターを出て、チャンピオンロードへと向かう。
洞窟の入り口にリーグの職員が立っていたので、トレーナーズカードを見せて受付を済ませる。
子供がいる、と言うことで僅かに職員が驚いた様子だったが、一蹴して洞窟内を見る。
暗い…………だが原作でもフラッシュなどは必要無かった通り、ある程度道が整備されて明かりなども置かれている。
当然のことながら、完全な天然の洞窟では無いらしい。手入れなどはされている様子だった。
「リップル、大丈夫か?」
「平気だよ~、ただバトルする時は荷物が邪魔になっちゃうけど」
「…………なら、来い、チーク」
「はいはい~っと、お呼びかナ?」
「先行頼んだ」
「はいよっと、了解さネ」
手持ちからチークを出して先行させる。索敵と斥候も兼ねているが、何よりチークは先の予選ですでに使った一体だ。ある程度露出してしまっている以上、使っても惜しくは無い。
ぎゅ、とバックパックの肩紐を握る。
つま先でとんとん、と地を蹴り、靴をしっかりと履き直す。
「さて…………それじゃあ、まあ」
両隣二体に目配せし、そしてボールの中の四匹を軽くとんとん、と手で叩き。
「行くぞ」
チャンピオンロードへと足を踏み入れた。
開幕…………バトルするとは言ってない(
二次創作とかでもチャンピオンロードに大してほとんど触れられてない作品ばっかりなので、うちでは割とがっつり触れます。
と言うか原作では毎回あるのに、あれの存在意義ってあんまり触れられてないんだよなあ(
まあうちではこういう形式でやる。
バトルだけ強くても、ダメ、と言うことで。
追伸:トレーナーズスキル実装でシャルがさらに極悪化しました(