「ボス“うらみのビンタ”」
「耐えろシア!」
バァァァァァァァン
放たれた尾の一撃に、激突と同時に派手な音を立てながらシアが吹き飛びながらフィールドを二転、三転する。
全能力値二倍の今のエテボースの一撃…………だが、シアならば…………
「…………っつ…………手酷い一撃ですね…………けど、倒れません」
床をバウンドしながらそれでも態勢を立て直したシアに、センリがぴくり、と表情を揺らす。
「シア“いのりのことだま”」
自身の指示と同時に、シアが両手を組み、祈る。
“いのりのことだま”
名前で分かるかもしれないが、“ねがいごと”から派生させた特技だ。
もう一つの効果を発揮せずとも回復に使える。
回復までにタイムラグがあるのは相変わらずだが、その隙を突かれまいとシアが身構え…………。
けれどエテボースは動かない。
「……………………」
「……………………」
バトル中に、唐突に沈黙が訪れる。
センリは何も指示を出さない。交代もしない。エテボースは持ち物のせいでこだわっている、けれど恐らくあのわざは出して最初の一撃でしかできないわざだ。そういう条件が付いて初めてあの威力を出せているのだろう。
だとすればどういうことだろうか…………いや、決まっている。
メガガルーラを最後まで出したくない、と言う意思表示に決まっている。
明確過ぎるほどに思惑が分かりやすい。
“ほえる”や“ふきとばし”などの交代技があれば使うのだが…………。
いや、そこまで読んでいる? 分からない、恐らくメガガルーラを出したくない理由があるのだとは思うが…………。
「…………シア“みがわり”」
指示に従ってシアの“みがわり”が作られる。
「ボス“わるあがき”」
センリの指示にスカーフによってわざを縛られ出すに出せないエテボースが“わるあがき”をする。
と、同時にシアの“いのりのことだま”の効果によってシアのHPが回復する。
恐らくこれで体力は六、七割と言ったところか。“みがわり”が発動した辺り、思ったよりも体力は残っていたらしい。
“わるあがき”に身代わりが攻撃されるが、耐える。
当然だ。
何せ
倒れた仲間の数だけシアは強くなる。半ばにして倒れた仲間に任せろとその意思を受け継いでシアは強くなる。
それがシアが
一人につき全能力が一段階、と言ったところか。
今のシアの守りは相当に硬いと言える。例え能力二倍だろうと“わるあがき”程度ではそう簡単に“みがわり”も壊せない。
だがこれでいよいよメガガルーラを出したくないと言うのが分かる。
恐らく…………そう言う裏特性か、もしくはトレーナズスキルか。
自身の知るセンリのトレーナーズスキルは“せんいこうよう”だけだ。
いくら親子とは言え、将来的に戦う相手にそう簡単に手の内は見せてくれないらしい。
自身が一つでもトレーナーズスキルを知っているのは、それを使っていたのを見たからだ。
だから逆に言えば。
この先にあるものは、まだ恐らくこのホウエンで誰も見た事が無い。
自身の指示でシアがさらに“いのりのことだま”を使う。
それと同時に“わるあがき”によって身代わりが破壊され。
「きゅい…………きゅう…………」
エテボースが反動ダメージで倒れる。
これで、残り一体。
「……………………さて、待たせたな」
センリがエテボースをボールへと戻し、最後のボールを手に取る。
「正直良くここまでやってきた、と言いたい…………だが、まだ終わっていない。最後まで勝負は分からんぞ?」
センリが不敵に笑む…………そして。
「これで最後だ…………超えて見せろ、ハルト!!!」
ボールを振りかぶり。
「蹂躙しろ! ルゥ!!!」
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
道場全体を震わせるほどの怒声を持って、メガガルーラが再び姿を現す。
“なれあい”の効果は一度下げられれば効果は無くなる。
だがよく見れば『マヒ』の効果は残っている…………ならばまだ勝ち目は…………。
「“ぼうえいじゅんび”!」
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「戻れシア! 行け、チーク!」
「わー、アチキ大ぴーんち」
“ぼうえいじゅんび”
メガガルーラがぐっと、空手か何かのような構えを取り。
瞬間。
「グラアアア!!! グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
その全身に活力が満ちていき、『マヒ』が回復していく。
さらに次々と能力の向上がかかって行くのが理解できる。
「ルゥ、お前が最後だ…………お前が
“デッドライン”
「グルガギャアアアァァァァアアアァァァァ!!!」
メガガルーラの目の色が変わる。より強固に、より凶悪に。固い堅い意思が見える。
「…………やばいな、なんか絶対にやばい気がする」
とんでもない怪物が目の前にいる。ただそこにいるだけで、体が震えるほどの威圧感。
なんて化け物だ、こんなものバトルに持ち込むのかよ、と言いたい。
だが、そんなものだ。
強いほうが正しい。
弱いのが悪い。
自身が目指すポケモンリーグとは究極的に言えば
強すぎるなんて、反則的だなんて、そんな戯言何の意味も無い。
必勝の戦略? 打ち崩せないやつが悪い。
最強の特異個体? 倒せないやつが悪い。
反則的なスキル? 攻略できないやつが悪い。
強さにだけは何の言い訳もしないし、させない。故にレギュレーションなんて“トレーナーを攻撃しない”くらいしか存在しないのがポケモンリーグ。
そしてその先にいるのが四天王。
それから…………チャンピオン。
この先に進むのならば、越えなければならない。
「チーク“なれあい”」
「ルゥ! “グロウパンチ”」
轟、とメガガルーラが風を切り裂き、猛スピードでチークへと迫り…………。
“なれあい”
“グロウパンチ”
ほぼ同時に放たれた二人の技。だがチークの“なれあい”は
「にし…………し…………どうだい」
「グラアアアアアアアアアアアアアア!!!」
“ふりこうんどう”
“グロウパンチ”
ズドォォォン、とチークが道場の壁まで吹き飛ばされる。
「あと…………まかせた…………よ…………にし、し…………」
最後まで笑みを絶やさないままに、チークが気絶する。
「…………ありがとう、チーク。よくやった」
「…………やれやれ、最初から最後まで、デデンネ一人に崩されるとはな」
センリがため息を吐きながら。
「
視線をこちらへと向ける。
さあ、来い。と言わんばかりの視線にボールを手に取り。
「行け! シア」
「お任せください、マスター」
チークと入れ替わりにシアを場に出す。
現在『ひんし』になっているのは三人。これで全能力三段階上昇と言ったところか。
チークが『ひんし』になったことで、相手の“せんいこうよう”も効果を発揮しているが…………どうにも先ほど“なれあい”で下げた『こうげき』以外はもう上がり幅が無いらしい。
かなり厳しい…………だが、それでも、負けるわけにはいかない。こんな道半ばで、終わらせれるはずも無い。
「シア“いのりのことだま”」
「ルゥ…………“ほのおのパンチ”」
シアが手を組み“いのりのことだま”を発動すると同時にメガガルーラの炎を纏った拳がシアへと突き刺さる。
『ほのお』タイプ…………
「来た」
賭けに一つ勝ったことに思わず呟いた。
瞬間、ぐーんと上がるシアの『こうげき』と『とくこう』。
持ち物の『じゃくてんほけん』の効果だ。
これで『こうげき』と『とくこう』が5段階。
「ぐ…………う、ま、まだです!」
シアがその燃える拳を受けても、けれど気力で立ち続け…………。
“ ふ り こ う ん ど う ”
振り切った拳の反動でもう一撃、戻ってきた反対の拳がシアへと突き刺さる。
“ほのおのパンチ”
さしものシアもメガガルーラの高火力による二発もの弱点技は耐えきれず…………。
「あとは…………おねがい、します、よ…………エア」
ばたり、と倒れる。
「戻ってシア…………お疲れさま」
ボールへとシアを戻し、労いの言葉をかける。
これで最後…………ここで勝敗を決めるしかない。
リップルは最早『ひんし』寸前だ。まともに攻撃のできる体力はすでに無い。
だから…………頼む。
「頼んだぞ! 俺の『エース』!!!」
ボールを投げる。
「ぐ…………」
中から重々しく体を引きずるエアが出てきて。
“いのりのことだま”
シアの最後のわざがエアを包み込む。
「るう…………」
降り注ぐ光を受けながらエアが震え。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!」
天を見上げ咆哮する。あまりの音量に道場の窓ガラスがびりびりと振動し、今にも割れそうだった。
「行くぞ、エア!!!」
「ええ…………任せなさい、マスター!!!」
「これが最後だ! 勝て!! ルゥ!!!」
「グラアアアアアアア!!!」
エース対エース。
この勝敗が決着となるだろう。
互いにすでに後が無い。
出し惜しみは無い。
「勝て! エア!」
「蹂躙しろ! ルゥ!」
エアがふわり、と飛びあがり…………天井擦れ擦れの場所から突如急降下する。
メガガルーラが拳を固め、思い切り振りかぶり。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
“らせんきどう”
“ す て み タ ッ ク ル ”
“ ギ ガ イ ン パ ク ト ”
能力ランク5段階と6段階状態での互いの最大威力の一撃。
最早想像を絶する威力の一撃と一撃がぶつかり合い。
パァン、空気が破裂したような音が響く。
直後、吹き飛ぶ両者。
天井に激突するエア、そしてフィールドを超えて壁にまで吹き飛ばされたメガガルーラ。
けれど激突しても尚、すぐさま動き出そうとして。
メガガルーラが反動で動けない。
一撃目が相殺されてしまったために反動が抑えきれなかったらしい…………全身を震わせながら、動かないメガガルーラ。
「エア、舞え!」
それを隙と見て、エアに指示を出す。
“かりゅうのまい”
エアの全身が炎を覆われていく。
これで『こうげき』と『すばやさ』は最大。
「行け! エア!!」
「やれ! ルゥ!!」
エアが再び急降下をし、メガガルーラが再び拳を構える。
先ほどの焼き回しのような同じ光景。
だが今、エアの『こうげき』は先ほどよりも高い。
メガガルーラの『こうげき』はケッキングよりも低い。だが低くても特性と…………恐らく先ほどから攻撃を連発してくるあの裏特性によって手数を増やしてその『こうげき』の低さを補っている。
だがあの裏特性は恐らく、
つまり、相殺し続ける限り、単発の威力しかないと言うこと。
先ほどは相殺された。
つまり同じ威力。
だが今は先ほどよりもエアの攻撃の威力は高まっている。
結果。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「グラアアアアアアアアアアアアア!!!」
メガガルーラの一撃を吹き飛ばし、エアがメガガルーラへと“すてみタックル”をする。
今度は一方的に吹き飛ばされたメガガルーラがフィールドを転がるが、すぐさま態勢を立て直し…………。
反動で硬直する。
「今だ!」
この瞬間しかない、相殺で勝っているとは言え、相手の反動技は動けなくなるだけ、だがエアの反動技はしっかりとエア自身の体にダメージを蓄積していっている。
繰り返すほどにエアに負担が大きくなる。
ここで決めるしかない、メガガルーラが動けない、無防備に受けてしまうこの瞬間しかない!!!
「決めろ!!!
「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
“エース”
瞬間、自身とエアの間に何かが繋がる。
その感覚を理解しながら、けれど意図的に無視する。思考の隅に追いやり、ただ一心に目の前の相手を倒すことを考える。
エアが全身の力を貯め込み、天井を蹴ると同時に弾丸のように飛び出す。
“らせんきどう”
“すてみタックル”
「貫けええええええええええええええええええええええええ!!!」
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
エアと、自身の叫びが重なり、道場へと響き渡る。
そして。
「グラアアアアアアアアアアアアアアアア?!」
メガガルーラへとエアが突き刺さり、その巨体を一瞬で吹き飛ばし、壁に勢いよく激突、めり込み…………そして落ちる。
先ほどよりもさらに威力を増したバカげた威力。
自分自身、どうやって放ったのかエアですら戸惑うほどの強烈な一撃にメガガルーラは動かない。
終わった…………そう思った、瞬間。
“デッドライン”
「ぐ…………ぐら…………グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「んなっ?!」
「はあ?!」
自身もそしてエアですら素っ頓狂な声を上げる。
それも無理は無いだろう。
先ほどの一撃は確実に決まったと思った、だと言うのにどうして動ける?!
「エア、もう一度だ!」
「っ…………りょう、っかい!」
一瞬エアが言葉に詰まる、分かっている…………三度の“すてみタックル”ですでに体力の限界が近いのだ。
元々バカげた威力だったのに、あんな強敵を相手にしていれば余計に体力も精神も消耗してしまう。
それでも、あと一息なのだ…………メガガルーラは“食いしばっている”。
ゲーム風に言えば絶対にあとHP1の状態なのだ。
あと一撃押せば倒れる。
「ルゥ! 潰せ!」
「エア、頑張れ!」
再び互いの一撃をぶつけ合う。そうして先ほどと同じ、エアが打ち勝ち。
“おんがえし”
エアの一撃がメガガルーラへと突き刺さる…………その巨体が崩れそうになり。
“デッドライン”
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「どうなってる?!」
さすがにおかしい、おかしすぎる。
ちらりとセンリを見れば、ふっと笑みを浮かべるセンリ。
「トレーナーズスキルかよ畜生がああああああああああ!!!」
どうする? どうする! どうする?!
種が全く分からない。恐らく何度でも“食いしばる”なんて便利な技では無いはずだが、それでも後何度“食いしばる”ことができる?
「行け! ルゥ!」
「グラアアアアアアア!」
最早重戦車もかくやと言わんばかりの勢いでメガガルーラが動き出す。
何だこの化け物、ここまで来てさらに“食いしばり”連発とかふざけんなくそチートどもめ!!!
ダメだ、足りない、こんな状況はさすがに想定していない。
こんなバカげた状況さすがに想定できるはずが無い。
経験が足りない、圧倒的に、トレーナーとしての経験値が余りにも不足しすぎている。
「エア! 頼む!」
「…………分かって、る…………わよ!」
息も絶え絶えなエアに、それでも行け、としか言えない自身に腹が立つ。
“すてみタックル”
“ギガインパクト”
互いの攻撃が放たれる。
だがすぐに気づく。
“らせんきどう”が乗っていない。
最早それを出すことができないほどに、極限まで疲れ切っている。
だがダメだ、あれが無いと!?
「ぐ…………が…………」
「グラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
激突し、
“ふりこうんどう”
“ギガインパクト”
そしてメガガルーラが反動をつけ、さらに威力の増したもう一方の拳を振りかざし…………。
「スイッチバーーーーーック!」
咄嗟にエアをボールへと戻す。エアを、アタッカーを失えば最早勝ち目は無いと言う判断。
「ごめん…………リップル!」
入れ代りにリップルを出す。かと言ってこの状況で何ができると言うものでは無い…………そう、思っていると。
「…………いかん!?」
瞬間、センリが明らかに顔色を変えた。
けれどもう止まらない、振りかぶった一撃はエアと入れ違いに出てきたリップルへと振り抜かれ。
「ぬわあああ~~~~~!?」
リップルが吹き飛ばされ、壁際まで転がり、目を回す。
「ぐらあああ…………あ…………」
同時に
「…………え…………え…………?」
何が起こったのか理解できず、動けない自身に。
「…………ふう…………やれやれ」
センリが…………父さんが、ため息を一つ吐き。
「お前の勝ちだ、ハルト」
そう告げた。
勝った! 第三章…………完!
裏特性:なかまおもい(仲間想い)
『ひんし』になった味方の数だけ『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』の能力ランクが上昇する
特技:いのりのことだま 『ノーマル』タイプ
分類:ねがいごと+バトンタッチ
効果:次のターンの終了時にHPが最大HPの半分と状態異常を回復する。このわざを使用したターンに『ひんし』になった時、次のターン、交代した味方のHPと状態異常を全回復し、このわざを使用したポケモンの能力ランクを引き継ぐ
裏特性:ねらいめ
命中率100以上のわざが必中になり、きゅうしょに当たりやすくなる(急所ランク+2)。『ゴースト』タイプに『ノーマル』わざが当たるようになる。
裏特性:ふりこうんどう
『ぼうぎょ』『すばやさ』ランクが3段階以上上昇した状態で手を使うわざを使った時、同じわざをもう一度使い、二度目の威力を1.1倍にする。この効果発動時、わざの反動を受けない。
トレーナーズスキル:ぼうえいじゅんび
通常のわざとは別に、変化技「ぼうえいじゅんび」を使用することができる。
ぼうえいじゅんび:変化技
戦闘に出ているポケモンのHPを1/2回復し、状態異常を治す。一定ターン任意の能力ランクを上昇させる。制限ターンは戦闘の開始からこのわざの発動までにかかったターン数と上昇させる能力ランクの数による(戦闘開始から発動までにかけたターン数÷上昇させる能力の数=切り捨て≒制限ターン)
トレーナーズスキル:デッドライン
戦闘に出ているポケモンが最後の一体の時のみ使用可能。特性:デッドラインを追加する。
特性:デッドライン
攻撃技によって『ひんし』になる時、上昇した能力ランクを一種類12段階下降させてHPを1残す。
トレーナーズスキル:エース
詳細不明。ただし『エア』に関連すると思われる。
今回のMVP:リップル
ケッキングを倒した上に、ゴツメなかったら負けてた。