基本的に俺は手持ちのポケモンたちを家族として扱い、その行動を制限していない。
まあ最低限のことは守ってもらわなければならないので、野生のポケモンだったルージュ以降の仲間たちには一時ついて回って人の社会での暮らし方なども教えたりしたが、ある程度ついて回って大丈夫だと判断したなら後は本人の自由にさせている。
ただ朝食と夕食だけは全員で食べることを義務づけている。顔合わせ的な意味もあるが、こうしないとシアの家事の負担が大きかったり、後はみんな好き勝手に動いていたら家族としてみんなで過ごす時間が無いからだ。
俺はこういう時間を大切にする性質なので、仲間たちにもそれに付き合ってもらっている。
ただ昼食だけはみんな朝から用事があったり、午後から忙しくなったりで時間が一致しないことが多く、仕方ないのでシアには手軽に食べれるものを作り置きしてもらって各自で食べるようにしている。
「今日は思ったより集まらなかったなあ」
シアがさっさと素麺を茹でる間に食べに来れるやつは全員集めたのだが、先ほどまでいたエアとシャルに加えていつも家でのんべんだらりと過ごしているアルファ、オメガ、デルタの三人しかいなかった。
「まあそんなこともあるわよ」
ソラたちを寝かしつけて来たらしいエアが器に山盛りにされた素麺を次々と減らしていくのを見やりながら、付け合わせの紫蘇を少し散らして自分もまた頬張る。
エアは出産後からまたよく食べるようになった。もうポケモンというよりは人と同じ体なので、昔のように大量に入らないはずなのだがその小さな体のどこに入るのだと言わんばかりの旺盛な食欲は留まることを知らないし、何故か太ることも無い。食べた物は一体どこに消えているのか……謎が多い。
「あーだりぃ……」
「飯食うことすら面倒くさがるなよ、オメガ」
未だに箸を使う文化になれないオメガはフォークに素麺を巻き付けて食べている。
しかも一回一回つけながら食べるのが面倒だと言って素麺の入った器に直接つゆをかける邪道な食べ方である。
一回器ごと持ち上げて一気飲みしようとしたので頭を叩いて止めたらさすがにそれ以降はしなくなったが、こいつは本当に戦闘以外だと怠惰なやつである。基本的に一日中家でクッション抱いてぐーたらしてる姿しか見かけない。
時々いなくなったと思った時はだいたい温泉に入り浸っている時だ。温泉の中でもぐでーっと寝ているらしい。よく溺れないものだと思う。
「うーん、涼しくてさっぱりしてて良いね、アタシこれ好きかも」
こちらは積極的に箸を使い、こなれた様子でツルツルとした素麺を苦もなく掴み食べている様子だった。
まあアルファは夏の暑さが好きではないらしいので、こういう涼しい食べ物は好みらしい。
好きではない、というだけで別に苦にしているわけではない、というのが何とも超越的である。
「はふぅ……んぐっ、ん! ん~!」
「はい、水」
「ん~! ぷはぁ、あ、ありがとうございます」
黙々と素麺を啜っていたシャルが喉を詰まらせた様子だったので水の入ったコップを渡す。
なんとか飲みこめたらしいシャルがほっと安堵の息を吐く。
「むう……効くな。だが突き抜ける清涼感が良い」
机の反対側ではデルタがつけ汁にワサビを溶かして素麺を食していた。
デルタはうちの中でもリップルやアクアに並んで味覚が大人なので、わさびなどの刺激物も割と好みらしい。
所作というか食べ方が丁寧で、静かであり、他の面々と違って食事中は余り会話はしない性質のようだった。と言っても話しかけられればちゃんと返してくれるのだが。
「暑いですしね、こういうひんやりとしたものが美味しい季節です」
「それにしても最近素麺多いね? 確か今週三回目じゃなかったっけ」
「あはは……お母様からお裾分けを頂きまして」
俺の記憶が正しければ二日目と四日前も昼が素麺だったはずだ。
つまり一日おき、というのはいくらなんでも頻度が高い気がしたのだが、どうやらうちのお母様が大量買いしたやつをくれたらしい。
「まあ美味しいから良いんだけどね」
味もシンプルながら、付け合わせで変化をつけれる。しっかりお腹にも溜まるし、暑い夏には良い一品だと思う。なので別に文句があるわけではない。
「あ、そうだ……ついでだし、食事風景も一枚撮っておこうかな」
食事の際に避けていたカメラを取りに行き、机を囲んでいる皆をフレームに収め撮れば、ぱしゃり、と音が鳴って写真が一枚吐き出される。
「食事中にそんなことして……」
「まあまあシアさん、こういうのも思い出ですよ?」
僅かばかり眦を上げるシアにまあまあ、と誤魔化すように告げてまた食事に戻った。
* * *
「アチキが戻ったヨ!」
「ただいま~」
昼食を終えてリビングでのんびりとしているとチークの騒々しい声とイナズマの控えめな声が聞こえた。
トテトテと軽い足音が響きながらやがてリビングの扉が開かれてチークが、その後を追うようにしてイナズマが入って来るとこちらを見つけて視線をやる。
「今、戻りました」
「おかえり、イナズマ、チークも」
「ニシシ、ただいま、ハルト」
「どこ行ってたの?」
「イナズマと一緒にコトキタウンまで買い物だヨ」
ちらりと背後を見やるチークのその視線を追えば、イナズマが両手に中身の詰まったバッグを持ち運んでいた。
ここから見る限りでは雑誌類など本が多いように見える。
「チーク、本なんて読むの?」
「時々はネ。まあでもアチキは基本的に体を動かしてるほうが好きだから」
「ああ、イナズマの手芸のやつか」
「そそ、後はシアに頼まれた料理の本とか、エアに頼まれた育児本とか、アースが読んでる漫画とか、サクラに上げる絵本とか」
「どうせ出かけるってなるとここぞとばかりにみんな頼んでくるよな」
というかアースのやつ漫画とか読んでるんだ。それは初めて聞いた。
「あとまあちょっと帰りに寄り道したり、ネ」
ふふ、と意味深な笑みを浮かべるチークに首を傾げていると、ふと本題を思い出す。
「そうだ、チーク、ちょっとそこに立って」
「ん? 何か用さネ」
「写真撮らしてもらうよ、はい、チーズ」
「イェーイ!」
ぱしゃり。
カメラから吐き出された写真を見れば、先ほどの三人とは違い、戸惑った様子も無くノリノリでポーズを決めるチークの姿が映し出されていた。
「あの一瞬できっちりポーズ決めるとは、やるなあ」
「あ、ちょっと待って欲しいナ」
「ん? どしたの?」
「耳つけ忘れてたヨ」
「それ着脱できたの?!」
尚、後からもう一枚撮りました。
* * *
チークの撮影を済ませると、イナズマはもうすでに粗方片づけて早速今日買ったばかりのファッション系の雑誌を机の上に広げているようだった。
「今度はこんなの作るの?」
「え、いや、まだ分かりません。今はまだ色々見てる途中なので」
開かれている見開きのページを使って大きく映し出された衣服をじっと見つめるイナズマの真剣な様子に尋ねてみればまた決めかねている様子。
ふーん、と思いつつしばらくそうしてかぶりつくように見ていたのだが、やがて次のページをめくる。
今度は季節のコーデ特集だとか、で夏に合わせた薄着衣装のモデルたちが写されていた。
「うーん、これは……今度……でも材料が……買いに……」
今ならこっそり写真撮ってもバレないだろうか、と思いながらカメラを構えたところで、リビングの奥、キッチンのほうからシアが両手を交差させて×マークを作るのが見えた。
すっかり教育ママになったなあ、と思いながらも嘆息してシアの元へと向かう。
「これをイナズマに渡してあげてください。それともうすぐ昼食の支度ができるので、チークを呼んできてもらっていいですか?」
「ん、分かったよ」
「あと、いくら家族だって言っても、女の子なんですから、無断で撮っちゃダメですよ?」
「分かった分かった。悪かったって」
これホント、自分の子供ができたらどうなるんだろう。
迫りくる将来の予感をひしひしと感じながらもシアに渡されたコップを持ってイナズマの元へ戻る。
未だに視線が本に釘付けなイナズマの元へとコップを置くと、さすがにこちらに気づいたのか視線を上げる。
「ほら、それ、シアから」
「ああ……ありがとうございます」
礼を告げてコップに口をつけるイナズマに、思わず首を傾げる。
「なんでこの暑い日にホットココア?」
「買い物に行った時にちーちゃんとアイス食べたらお腹が冷えちゃって……」
腹部に手を当てて苦笑するイナズマがまたコップから少しココアを飲み、ほっと息を吐く。
「じんわり温まりますね」
「幸せそうだなあ……夏場に熱いココア飲んでこんな幸せそうな顔できるやつなんて早々いないわ」
「あはは……そうですか?」
困ったように笑うイナズマに呆れの声を出しながら、それはさておき、と前置きして。
「写真一枚撮らせてくれる?」
「え……? えっと、あ、はい。どうぞ?」
唐突な切り出しに困惑したように俺を見るイナズマだったが、拒否はされなかったので早速カメラを構えて。
「はい、チーズ」
ぱしゃり、と音が響いてカメラから写真が飛び出した。
* * *
「あれ、ハルト? どしたの~こんなとこで」
「そろそろ時間だと思ってね、ご苦労様、手続きのほうは大丈夫だった?」
「うん、問題無いよ~」
「そっかそっか」
昼をやや過ぎた頃、玄関を出て待っているとリップルが帰ってきたので出迎える。
というのも、リップルにはカナズミシティのほうでちょっとした用事を頼んでいたのだ。
「助かったよ、これやっとかないとホウエンで研究できないしな」
簡単に言えばポケモン学会……正式名称地方携帯獣学専門教義会に対して、研究の目的と大まかな手法の申請だ。
カントー地方に『博士号』を取得したが、それだけではポケモン博士となることはできない。
正確には『自称』ポケモン博士にしかなれない。
各地方で
ありていに言えばタマムシ大学と各地方の携帯獣学専門教義会は別々の組織なのだ。
ただ携帯獣学専門教義会に参加するには高等教育知識を最低限取得していることなどが条件となる。
タマムシ大学で『博士号』を取得したのは手っ取り早くこれらの条件を満たすためであり、今日までの間にまとめた研究内容を今日リップルに提出しに行ってもらっていた。
「ところでそれ何?」
「あー、親父様にもらったカメラ。家族の写真、今撮ってるんだ」
「へー楽しそうだね~」
「リップルも一枚撮るか……そこでポーズ撮ってくれる?」
「ん~こうかなあ?」
「おーいいよー、じゃあそのままそのまま、はい、チーズ」
「にへ~」
リップルが両の指で頬を抑えながら笑みを浮かべて。
ぱしゃり
音と共に撮影が完了する。
「何そのポーズ」
「可愛い子アピールしてるの」
「何でだよ……ていうか誰に向かってだよ」
「ハルト」
「ん?」
「だから、ハルトにアピールしてるんだよ~」
「お、おう」
「可愛かった?」
「ま……まあ、良いんじゃないか?」
「にへ~」
「その笑い止めろって」
くすくすと笑うリップルに、揶揄われていることを察して溜め息をつく。
そんな俺の様子にリップルがまた笑みを浮かべる。
「ねえねえ、ハルト」
「今度は何だよ」
「その写真機、使い終わったら私も使っていいかな?」
「え……? あ、ああ、うん、別に構わないぞ?」
さらに揶揄われるのかと身構えた俺に、けれどリップルが告げた言葉は全く違うものだった。
「お前、写真になんて興味あったの?」
「んー、さっきまではあんまり無かったんだけどね。でもさ、写真なら『家族として過ごした絆』を目に見える形で残せるかなって」
「ああ、そういうことかあ……そうだな。それはとても大切なことだな」
これから何年経とうと、否、何十年経とうと。
今日この日に撮った写真はずっとずっと先の未来まで残り続け。
そしてアルバムに挟んだ写真を見る度に今日という日を思いだせる。
それはとても素敵なことだと思う。
何よりリップルは俺の仲間たちの中でも『家族』という形に一番拘っている、昔のような焦りはもう無いのだろうが、それでも形を持って残せる『家族の証』を欲するのは当然と言えば当然なのかもしれない。
「んじゃ、全員分の写真一度取り終わったら、これお前にやるよ」
「良いの?」
「ああ、お前の好きなように使ってくれ。十年先に、二十年先にその日のことをはっきりと思いだせるくらいに、たくさん、たくさん撮ってくれ」
―――考えてみれば。
「それってすごく良いと思わないか?」
そんな問いに、リップルがくすりと微笑みを浮かべ。
「うん、すごくすごく良いね!」
嬉しそうに、同意した。
ユキシロ先生、キヴォトスに赴任しました(