ポケットモンスタードールズ   作:水代

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趣味人は昔から趣味に生きてる

 

 ポケモン協会とポケモンリーグは色々な地方にあるが、実のところそれぞれ地方ごとに独立した組織だ。

 生活にポケモンが密着したこの世界において、ポケモンとの関係性の一切を取り仕切るポケモン協会という組織は地方統括にも関わる行政機関であり、ポケモン関連の法律というのは全てこのポケモン協会から発布されている。

 

 そんなポケモン協会だが、その活動内容は多岐に渡り、中でもポケモンセンターの運営はポケモンを隣人とする人類にとって非常に重要な役割を持っていると言って過言ではない。

 ポケモンを無料で元気にしてくれるこの施設はポケモン協会直下の多くの地方の各地に点在しており、旅をするトレーナーや町の住む住人たちにとって欠かせないものとなっている。

 

 他にもトレーナー専用の宿泊施設や、通信交換施設などなど、ポケモントレーナーにとって必要な要素を多く詰め込んだ施設ではあるが、その全てを無料で提供するための資金というが実は地方を統治する『地方自治体』が徴収している税金から出ている、という事実を知っている人間は意外と少ない。

 

 このポケモンの世界において『国家』という枠組みは存在しないわけではないのだが、少ない。

 基本的に『地方』ごとに『地方自治体』が存在していて、そこが行政機関となっており、ポケモン協会は一応名目上は『地方自治体』とは別の独立した組織となってはいるが、現代社会においてポケモンを介さない場所というのがかなり限られているため、だいたいどこの地方も半ば合一の組織と化してしまっているのが現状である。

 

 さてそんなポケモン協会の下部組織がポケモンリーグである。

 正確にはポケモン協会の中の『ポケモンバトル専門部署』の名称とでも言うべきか。

 このポケモンリーグなのだが、普通の行政機関として考えるとあまり無いのだがポケモンバトルに関連する『商業』を担っている。

 

 分かりやすく言えば年に一度の地方リーグの開催や、各地における公式大会などの『興行』を一手に引き受けるのがこのポケモンリーグであり、大会ごとのスポンサー集めなどをしてリーグ開催のための金策をしている部署があるのだ。

 

 まあ実質行政機関と化しているポケモン協会ではあるが、確かに名目上は『地方自治体』とは別の独立組織であり、別に商業展開しようが法律的には問題はないのだが、この辺りを一度詳しく調べるとぱっと見だと癒着に見えないことも無い。

 で、この『興行』からの商業展開に関して、最近になってリーグ内で拡大をしようという声が増えていた。

 

 元々ポケモントレーナーとは『地方の戦力』だった。

 

 それは野生のポケモンという自然の脅威がすぐ隣に存在するために必然的にそうならざるを得なかったという話なのだが、人は年々領域の開拓を続け、同時に野生ポケモンたちとの『住み分け』をし、さらには日を追うごとにトレーナーたちの平均的な実力も増している。

 

 要するに自然の脅威度が以前よりも随分と下がっているのだ。

 

 ポケモンの育成論が積み重なり、レベル100のポケモンたちが当たり前のように闊歩する現代のリーグにおいて、エリートトレーナー以外でも高レベルのポケモンを所持することはそう難しいことではなくなった。

 

 と、なると今度は別の問題が出てくる。

 

 過去強いポケモンを従えるトレーナーは一種の才能が必要とされた。

 故に街の防衛戦力などにはエリートトレーナーと呼ばれる優秀なポケモントレーナーたちがあてがわれたわけだが、現在の状況ではそう言った状況においてエリートトレーナーを必要とするまでも無く街の戦力で解決してしまえることが増えた。

 

 となると逆にエリートトレーナーたちの役割が減ってしまう。

 

 以前にも言ったかもしれないが、エリートトレーナーとは『トレーナーとして自活できているトレーナー』を指す言葉だ。

 ポケモンバトルに勝利した際の賞金、または各地で開かれた大会などの賞金、或いはその腕を見込まれてスポンサーが付いたり、もしくは先も言ったように街の防衛戦力に雇われたり。

 とにかくポケモンバトルの腕で金を稼ぎ、トレーナー一本で生きていける人間全般を指す言葉であって、エリートトレーナーという言葉自体は別に職業でも何でもないのだ。

 

 つまり強いポケモンを所持する敷居が下がれば下がるほどエリートトレーナーの収入というものは減っていく。

 結果的に、エリートトレーナーとして生きていくことができる人間は年々減少していくのだ。

 エリートトレーナーとは即ち、リーグで鎬を削る者たちであり、それが減少すればリーグ自体のレベルの低下も招きかねない。

 

 何より最悪なのは、エリートトレーナーとして生きていけなくなったために他地方へと流れていったり、犯罪に手を染めたりすることだ。

 

 故に行き場を失ったエリートトレーナーたちのための受け皿を求められた。

 

 それが『ポケモンバトルの興行化』である。

 

 

 * * *

 

 

「だいたいこんな感じで良いかな?」

「そうだね、後は追々試しながら、と言ったところだと思うよ」

 

 ホウエンの最果て、サイユウシティ。

 ホウエン地方ポケモンリーグの本部が存在する街だ。

 

「しかしまあ、トレーナーを引退したのにまたここに来ることになるとは思わなかったなあ」

「ボクも会社のほうが忙しくて半ば引退したようなものだったんだけどね。けれど確かにこれは近年のポケモンリーグにおけるトレーナー事情を鑑みれば必要なことだと思うよ」

 

 ポケモンリーグ本部の一室で大量の書類が置かれた机を挟んでダイゴを向かい合って座っていたのだが、長時間書類を眺めていたせいか目がチカチカした。

 目頭を押さえ、眉間を揉み解すと硬くなった体をほぐすために伸びをする。

 

「さて、と。今日はもうこれで良いかな? 早く帰りたいんだけど」

「何か用事でも……ああ、そう言えば()()()()()()()()()()()()

 

 ダイゴの言う通り、先月半ばエアが出産した。

 初めての経験におろおろしたりもしたが、母子共に無事生まれ、初めての子育てに家族総員でてんやわんやである。

 子育ての先達こと我らが母上様とパッパにも協力を頼んだわけだが……。

 

『ハルト……大人に、いや、男になったんだな……』

 

 とパッパが遠い目をしていた。

 いや、まあ自分でもさすがに13で二児の父はやべーだろと思わなくも無いのだが。

 

 そう、二児である。

 

 エアの妊娠が発覚した時点では一人の子供しか身ごもっていなかったのだが、その子……『ソラ』と名付けた女の子が生まれた時、気づけばその傍らにポケモンのタマゴがあったのだ。

 理解が追いつかずに思わず三度見してしまったりもしたが、やがてタマゴから生まれたその子を見てそれが『自分とエアの子』であると漠然とだが直感した。

 タマゴから生まれたその子に『アオ』と名を付け、ソラの弟として一緒に育てている。

 

 因みにかくいうパッパたちだが、エアの出産より二月ほど早く母上様が男の子を出産している。

 

 つまり俺の弟となる子である。

 

 『ユウキ』と名付けられたその子はほとんど同じ時期に生まれたこともあって、ソラたちと共に育てられており、そのせいで余計にてんやわんやしている気がする。

 まあとにかくそういうわけで、今現在うちの家族は大忙しなのだ。

 

 『元』とは言え、チャンピオンである故に呼ばれはしたものの、帰れるなら早く帰りたいというのは実情である。

 

「まさかポケモンと人の間に子供ができるなんて、驚きだね」

「まあヒトガタっていうのはそもそもそういうことのために適応した種、らしいよ?」

「聞いたこと無いけれど、どこから発表されたかな?」

「いや、まあ……カミサマかな?」

「何だいそれ?」

 

 不思議そうな表情のダイゴに言葉を濁して曖昧に笑って誤魔化す。

 夢の中でお告げを聞いたなんて言ったところで『は?』という顔をされるのが落ちだろう。

 

「ふむ、それが本当ならコメットもそうなのかな?」

「いや、まあ適応した種ではあっても、本人がそれを望むかどうかはまた別というか。そもそもメタグロスって性別無いじゃん……」

 

 コメット、というのは確かダイゴのエースであるメガメタグロスの名だったはずだ。

 ただヒトガタとなってはいるが、そもそもメタグロスという種自体が性別が無く、メタモンから以外ではタマゴが作れない種なので果たしてヒトガタになったからと言って『できる』のかどうかは不明だ。

 そもそもそのための器官がついているかどうかすら怪しいし。

 

「っと、そろそろ時間かな。じゃ、俺は先に帰るんで」

「ああ、お疲れだったね。また会おう」

「まあ、機会があれば。良かったらうちの子の顔でも見に来てくれ、歓迎する」

「ふふ、今度時間を取ってね」

 

 部屋にかけられた時計を見やればもう結構な時間だった。

 すぐに帰り支度を整え、そんな他愛無い会話をかわしながら部屋を出る。

 

「無性のポケモンのヒトガタかあ」

 

 帰りながら思うのは、先ほど沸いた疑問。

 

 果たして性別なしのポケモンたちがヒトガタになった時、ヒトガタの本来の目的を果たせるのかどうか。

 

「ま、考えても分からんし。それに……そんなのは本人次第だろ」

 

 ヒトガタだからって必ずしもそうならなくてはならないわけでは無いのだから。

 

 

 * * *

 

 

 十年ほど前のことになる。

 

 当時のダイゴはまだ十代半ば。

 十歳を超え、社会的には一人の大人とされてはいるが、実際にはまだまだ子供のダイゴに大企業の仕事が回されてくることはない。

 例えダイゴがどれだけ優秀だろうと、そこには大きな責任が付きまとう以上仕方ないことだ。

 

 とは言え全く関わらない、というのも将来的に会社を継ぐのに問題だろうと文字通り子供のお遣い程度のことを父親であるムクゲから頼まれてホウエン地方の各地へと赴いては()()()()()に趣味である各地の珍しい石集めに精を出していた。

 特に『いしのどうくつ』はダイゴのお気に入りの発掘スポットであり、お遣いの帰りにムロタウンに寄っては『いしのどうくつ』を探索していた。

 

 当時のダイゴはポケモンの所有資格こそ持っていても、正規のトレーナーでは無かった。

 『趣味』のために洞窟や岩場などを探索する時にポケモンの力を借りたり、襲い来る野生のポケモンから身を守るためにポケモンの力を借りることはあっても、基本的にポケモンバトルに興味が無かったのだ。

 

 タマゴから孵した文字通り生まれた時からの付き合いであるココドラのココ……今となってはコドラである彼を連れることはあってもそれ以外のポケモンを所持しておらず、この先も特に必要とする予定は無かった。

 

 そう、だからそれはダイゴにとってまさに人生を変える出会いだった。

 

 

 ダンバルとは元来『自然発生』するポケモンの一種だ。

 タマゴグループ『こうぶつ』に多いのが特徴であり、要するに『性別の無い』ポケモンなのだ。

 この手のポケモンは自然界でタマゴが見つかることはまず無い。

 メタモンを利用して人工的にタマゴを作ることはあっても、他のポケモンのように天然のタマゴが存在しないのだ。

 

 故にこの手のポケモンは他のポケモンたちと異なり、自然発生する、と考えられている。

 

 例えばダンバルならば『細胞全てが磁石でできている』と図鑑に説明されている通り、磁鉄鉱が雷等で強力な磁気を帯びた際に時折生まれるポケモンである、と現在考えられている。

 最もその理論で言うならば磁鉄鉱に強力な磁気を帯びさせれば人工的に作れるのではないか、と考えた学者たちもいるがその目論見は失敗しており、何らかのファクターが足りないとされている。

 この手の研究が各地で行われ、約十年ほど後『ポリゴン』という一つの成果を生み出すのだが、今はまた別の話。

 

 ダンバルはその性質上当然のことながら磁鉄鉱の存在する場所にしか生まれない。

 

 とは言え磁鉄鉱なんて本当にどこにでも落ちているのだが、当たり前だが磁鉄鉱ならなんでも良いというわけではない。

 当時の調査によれば、一定以上のサイズが必要とされるとされており、さらにそこに雷等磁気を帯びるだけの要因が加わる必要がある関係上、ダンバルの生まれる場所というのはある程度限られてくる。

 

 『いしのどうくつ』は知る人ぞ知る、ダンバルの発生地である。

 

 希少性などを鑑みて生息地は保護区に指定されており図鑑の分布などには表記されないし、立ち入ることもできないが『いしのどうくつ』奥地ではダンバルの群れが存在している。

 

 故にソレは群れの中で発生した明確なイレギュラーだった。

 

 ヒトガタ、とそう定義される存在。

 将来的に『コメット』と名付けられることになるヒトガタのダンバルはそんな洞窟の中で生まれた。

 多くのダンバルの中で人の形をしたイレギュラーは他のダンバルたちよりも知能が高く、能力が高く、何よりも意思が強かった。

 本来なら二匹が合体し、磁力で思考を結ぶことで合一の存在たるメタングへと進化するはずの過程で、一方的に相手を支配し、自らの思考を保持したままメタングへと至り、さらなる強さを求めメタグロスへと進化した。

 

 そのダンバルが何よりも異端だったのは『強さ』を求めるその思考だった。

 

 ダンバルやコイルなど『性別の無い』『こうぶつ』グループのポケモンというのは無機質的であり、感情が薄い。ポケモンである以上、一定の情緒を理解はするがそれでも普通のポケモンと比べるとどうしても機械的な印象が否めないのだ。

 

 だがヒトガタという『感情を強く揺さぶられる』形態を得たことで、本来ならば無機質だったその思考が動物的なものに近くなり、野生環境の中で『強さ』を求める『本能』を獲得した。

 

 そんなメタグロスが群れを飛び出し、外の世界を目指したのはある種、当然のことだったのかもしれない。

 

 そうして本来の保護区画から飛び出したメタグロスは偶然『趣味』のために『いしのどうくつ』にやってきた男と出会う。

 

 それはまさに運命を変える出会いであり。

 

 やがて二人はこのホウエンの頂点へと至る。

 

 まあそれはまた別の話なのだが。

 

 

 * * *

 

 

「キミもそんなことを思ったりするのかい?」

「馬鹿? アレに影響されるな。一緒にされても不快」

 

 先ほどまで一緒だった少年と少年のエースにして自らのエースのライバルだった少女との関係性を問うてみれば呆れたような視線で一蹴された。

 

「じゃあ質問を変えようか……このままで良いのかい?」

 

 それは明らかに言葉の足りない質問ではあったが、けれど目の前の少女の形をした『ヒトガタ』はそれを当然理解していると言った風に鼻を鳴らした。

 

「構わない」

 

 コメットは強さを求めている。

 

 強さを求めて自らのポケモンとなった。

 

 それは一種の契約のようなものだ。

 

「…………」

「必要ない、とは言わない。けれど、お前以上というのも思いつかない、だから構わない」

 

 ツワブキダイゴにとってこれからの人生はデボンコーポレーションという自らが継ぐ巨大企業を背負うためのものだ。

 ポケモントレーナーにしてかつてのホウエンチャンピオンとしてのダイゴはもうお終いと言っても良い。

 故に、の発言ではあったが、けれどあまりにもあっさりとしたその答えに苦笑するしかない。

 

「そうかい……ならこれからもよろしく頼むよ、相棒」

 

 それは男女のそれというにはあまりにも色が無い。

 同じヒトガタでもダイゴを負かしたあの少年とそのエースと比べれば違い過ぎてはいる。

 

 けれど―――。

 

「……。当然のことを言うな、相棒」

 

 人とポケモンの関係の一つとして、これ以上ない正解であることも間違いは無かった。

 

 




いや、こう……ダイゴさんとコメットってどうにもそっち関係を連想しづらいというか、このくらいの距離感のほうが作者的にはしっくりくるかなあって。

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