ポケットモンスタードールズ   作:水代

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深淵の水底:異次元回廊③

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!!」

 

 両頬に手を当てた少女が思わずと言った様子で放った絶叫が空気を震わせた。

 だぼだぼの袖ですぐ様隠し、後ろを振り向くとソレが苦笑した。

 

「驚き過ぎだよ」

「これが驚かずにいられるかデシよ!!」

 

 ぶんぶんと袖を激しく振りながら頬を膨らませて精一杯怒りを表現しても傍から見れば愛らしさしかそこには無いのだが、残念ながらそれを言及する存在は居なかった。

 

「なんで、あんなのがいるデシか?!」

「追ってきたらしいよ」

世界(ユニバース)が違うデシィィィィィィィ!!」

 

 ぐわーと頭を掻きむしる少女の姿にソレがまあ落ち着いてと宥める。

 しかし困ったことになったと少女はまだ苛々した頭で考え込む。

 残念ながら『前回』とやらの存在を知識としては知っていても記憶しているのは視界の端でこちらを見て穏やかに笑んでいる『カミサマ』だけなのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である以上、少女にとって世界とはここ一つでしかない。

 だが相手は世界という『カミサマ』によって閉ざされた箱庭から抜け出しこちら側にまで干渉している存在。

 

 否。

 

 ()()()()()()()()()()()()と言い直すべきか。

 

 今現在少女の『敵』がいるのは正確にはこの世界でも無く、もう一つの世界でも無いこの世のどこでも無い場所であるが故に。

 どこでも無いその場所からこちら側へとトンネルを開けようと空間を薄く薄く削られている以上このまま放置すればその内『アレら』がこの世界に飛び出してくることは明白であり、それは少女にとって折角もたらされた平穏をぶち壊されるに等しいことであり、決して許しがたいことである。

 

「とは言え」

 

 どうやらうちのカミサマは動くつもりは無いらしい、笑みを浮かべるばかりで自発的に動く気配は見せない。

 いや、それとももう動いているのだろうか?

 実際、事の起こりから少女が事態に気づくまでに間があったのは事実なのだ。

 虚空へと視線をやる。

 五感のいかなる物とも異なる第六感ですら無い感覚でもってしてその『下』を見やる。

 

「一応聞いておくデシけど……アレらが『はじまりのま(ここ)』まで来る可能性は……」

「無くは無いよ、でも今じゃないね」

 

 その答えになるほどと相槌を打ちながら思考を回す。

 どうやらあの()()()()()が動いているらしい。

 すでに『カミサマ』によって運命線の中心に位置するための力は取り去られたはずだから、これは純粋にアレの運なのだろう……隣に置いた特異点が惹きつけた悪運かもしれないが。

 あのおろかものも偶には役に立つじゃないかと少しばかり感心する。アレらの目は今あのおろかものたちに向かっている以上アレらがこちら側に出てくるまでの猶予は増したと見るべきだろう。

 

 だがこのままでは時間の問題だ。

 

 例えあのおろかものたちが元凶たるアレを足止めしているとしても、あの闇黒の性質が浸食である以上徐々にだが闇黒空間は広がりいつかこちら側の世界に『深淵』が滲みだしてくる。

 

「と、言うか」

 

 本来ならこんなことあり得ないのだ。

 

「馬鹿眷属たち何やってやがるデシか?!」

 

 時間と空間、ついでに反物質を司るやつらがいるのだ。

 あの三体が力を合わせれば闇黒空間に干渉することもできるはずなのに。

 

「あー……あの子たちね」

 

 そんな少女の当然の疑問に『カミサマ』が珍しく困ったように頬を掻き。

 

「全然意見が合わなくて喧嘩しちゃってみんなバラバラで動いてるみたい」

 

「あーーーーーーほーーーーーーーデーーーーシーーーーかあああああああああ!」

 

 ぶんぶんと袖を振り回しながら少女が絶叫した。

 

「お前ら単体じゃ異界まで管理能力が届かないデシーーー!」

 

 そもそもシンオウの伝説三体は『カミサマ』が()()()()()()()()()()()()作った眷属である。

 であるが故にその管理能力は基本的に『この世界』に限定されるのは当然のことである。

 

 ディアルガの時間操作能力は現在に限定される。セレビィのように『過去を変えパラレルワールドを発生させる』力は無いし。

 パルキアの空間操作能力はこの宇宙に限定される。フーパのように『異世界まで空間を接合してしまう』力は無い。

 両者共にその能力こそ絶大ではあるが、その効果適用範囲というのは結構物理的範囲であり、概念範囲にまでは及ばないのだ。

 

 それをどうにかするのがギラティナなのだ。

 

 その力は反物質。

 つまり物質の『対存在』であるが、正確には『反逆』することこそが本質であると言える。

 物質的な世界はディアルガとパルキアが管理しているとすれば非物質的世界を支配、管理しているのがギラティナと言える。

 故にこそその能力は『概念』にまで及び、物理的な不可能事象へ『反逆』することで事象を可能へと変えてしまう。

 分かりやすく言えば『制限や枠組み』を取り払う力である。

 

 ディアルガと組めば『未来』を操作し『過去』を書き換える力へと変化するし。

 パルキアと組めば『異空間』を繋げ『異世界』や『平行世界』への道を作り上げることも可能となる。

 

 三位一体。

 一体一体の能力も十分強力ではあるが、あの三体の真価は三体揃えば『カミサマ』匹敵する力を発揮できることにあるのだ。

 一体一体が『カミサマ』の力の末端を担い、三体揃えば『カミサマ』の代理にすら成れる。

 

 だがそれも揃えれば、の話である。

 

 遥か昔よりくだらない喧嘩ばかり繰り返して世界を揺らしてばかりのあいつらなど馬鹿呼ばわりで十分である。

 それでも、それでもだ。

 

 いくらなんでも世界の危機に瀕してまでまだ協力できないとはさすがに思わなかった。

 このまま手をこまねいていれば世界がどうなるのか……。

 

 何故こんな簡単なことも分からないのだと少女が興奮気味にぶんぶんぶんぶんと袖を振り回しながら頭をがくがくと上下にシェイクする。

 最早半狂乱と言った有様だったが、やがてピタリ、と動きを止めて。

 

「カミサマ」

「何かな」

「これは明らかな異界からの侵略デシ……つまり管理者(ボクたち)が動くだけの理由があるデシよね?」

「そうだね」

 

 言質は取った。

 最早何のアテにもならない馬鹿眷属たちは放置するしかない。

 自らで動いてどうにかしなければならないのだと少女は奮起し。

 

「いや、待つデシ……おかしいデシよ」

 

 ふとその事実に気づいた。

 

「ここまであからさまに空間が荒らされてるのに……なんであの悪戯小僧(クソガキ)が動かないデシか?」

 

 ホウエンはあの悪戯小僧の縄張りである。正確には縄張りの一部と言うべきなのだろうが。

 あの悪戯小僧の領域は通常の手段では知覚できない場所にあるし、手が出せない場所にあるので昨年ホウエンで伝説が暴れていても我関せずではあったが、今回のこれは明らかにあの悪戯小僧の領域が侵されている。

 クソガキの呼び名通り、短気で我が儘、自己中でとてもじゃないが我慢なんて言葉があるとは思えないようなやつである。

 半ば強制的にカミサマによって管理側に組み込まれたせいか、自ら望んで組み込まれた少女と違ってあのクソガキはカミサマに対して反抗心が強いとは言え、だからと言ってアレらと仲良くできるとは思えない。

 とするならば必ず現れるはずである。距離なんてあの悪戯小僧には関係無いのだから、今現れていない以上可能性は二つしかない。

 

 現状に気づいていないか。

 気づいているが身動きできないか、だ。

 

 と言っても気づいていないというのは無いだろう。

 好奇心の塊のようなクソガキな上にその能力の性質上距離という概念が無に帰すのだ。

 どこにでも現れるし、どこにでも消えていく。

 それができるのはつまり『空間』に対する知覚能力が飛び抜けているからだ。

 ある種の方向性によってはあのパルキアをも超えるほどの知覚能力を持つあのクソガキが自分の領域(テリトリー)が侵されていることに気づかないというのは少し考えられない。

 

 と、すれば。

 

「あぁ……しまったデシね」

 

 思わず顔に手を当てて嘆息してしまう。

 その可能性は真っ先に考えておくべきだったのだ。

 元凶たるアレの力を思えば同質の力を持ち、その扱いを自分より得意とするあのクソガキは邪魔極まり無いのだから。

 とは言えあのクソガキがそう簡単にやられたとも……。

 

「いや、寝こけてるところに奇襲気味に一発でやられてそうデシね」

 

 馬鹿なのだ。思考が心底クソガキなので油断してあっさりやられてそうな気がする。

 とは言えあのクソガキの力があればとても便利なのも事実。

 

「仕方ねえデシね」

 

 まずはあのおろかものを呼び寄せるところから始めよう。

 

「ようやくの一時の平穏、ぶち壊してくれたこと……後悔させてやるデシ」

 

 きゅっと唇をきつく結び、虚空を睨みつけた。

 

 

 * * *

 

 

 夢を見ていた気がする。

 長い長い夢。

 

 それは本当に夢だったのか、それとも現実にあったことなのか。

 

 果たしてそれは分からないが。

 ただ一つ分かったことがある。

 

 レックウザという怪物が何を求めていたのか。

 

 否、怪物だと思っていたあの少女の姿をした龍が、本質的にただのポケモンでしかないことを。

 もしあれが僅かに繋がったこの『絆』が見せてくれた龍の想いだと言うならば。

 

 行かなければならない。

 

 多少なりともあの龍に認められた人間として。

 何よりも、レックウザのトレーナーとして行かなければならない。

 この一時だけだとしても、仲間として。

 

 ―――助けられたからな。

 

 レックウザが居なければ間違いなく、あの船で立ち往生からの時間切れが関の山だろう。

 シキは世界でも有数のトレーナーだと思ってはいるが、超越種を相手にして単独でどうこうできるわけじゃない。

 レックウザが居てくれたから今もまだ生きているのだと思う。

 

 だから助けたい。

 本人が自覚しているかどうかは、分からないが。

 レックウザはもう限界だ。

 心が悲鳴を上げている。

 深く『絆』を繋げようとするだけでじくじくとした痛みが伝わってくる。

 その痛みがレックウザの心を苛む物のほんの一部でしかないのだから、その全てがどれほどのものになるか。

 考えただけでぞっとする。

 

 ずっとずっと、長い間人を守り続けてきた。

 人が世代を重ね続けその存在が伝承となり果てるほどに長く、それでも人を捨てず人を忘れず人を守り続けて。

 

 そうして人に裏切られた。

 

 結局そこなのだ。

 レックウザもまた昨年のあの事件の『被害者』なのだ。

 別にそれを義務と言うつもりは無いが。

 当事者の一人として、後始末くらいはしたほうが良いだろう。

 

 ホウエンの災禍はもう終わったのだから。

 

 伝説だって、少しくらい休んだって構わないだろう。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ますとそこは一面の闇だった。

 明り一つ差すことの無く、視界を塗りつぶす黒にここはどこだと考える。

 確か、あの『悪夢の世界』を超えた辺りまでは覚えているのだが。

 

 ふわふわとした浮遊感を感じる。

 

 まさか死んで幽霊になった、とか言わないよなと思いつつ胸に手を当てればとくんとくんと心臓が動くのを感じる。

 どうやらまだ生きているらしい。

 

「シキとレックウザは……?」

 

 見当たらない、というか姿が見えない、物理的に。

 だがレックウザとの希薄ながらも繋がりを感じる。

 確かにいる……ただどこに、と言われると曖昧だ。

 ()()()にいる、というのは分かるが。

 

「どうしたものかな」

 

 何か明りになるようなものは無かっただろうかと調べ、ウェストポーチにマルチナビが入っていたことを思い出す。

 取り出したナビのスイッチを入れると闇の中にぽつん、と明りが生まれる。

 とは言えナビの明りではそう遠くは照らせない、というかただの闇ではないのか数十センチほどにしか光が届かない。頭の上から掲げると腰から下が見えないほどだ。

 ただそれでも分かることもある。

 

 屈んで足元を照らし、ようやく気付く。

 

「浮いてる?」

 

 足元に地面が無かった。

 何の気無しに立っていたが、それを理解してみると確かに浮遊感のようなものを感じなくも無い。

 今まで気づかなかったのか、と言われると確かにそうなのだが、真っ暗闇でどっちが上か下かも分からないような状態だったせいで本当に今の今まで気づけなかった。

 

「呼吸……できるな」

 

 それにあの船のように闇が浸食してくることも無い。

 ここは一体どこなのだろう。

 改めてそんなことを考えてみるが、残念ながら情報が少なすぎる。

 

 ただ少なくともこの世界のどこかにレックウザがいる。

 僅かながら繋がった絆がそれを教えてくれる。

 そしてレックウザがいるならシキだってきっといる。

 あの二人と合流することを最優先にしたほうが良いだろう。

 

 とは言え、どこをどう進めば良いものか。

 

 残念ながら何のアテも無い以上、手探りにやっていくしかないだろう。

 この頼り無い明り一つで闇の中を歩くのは不安しかない。

 『敵』と出くわした場合、その時点で詰みだ。

 

 それでも。

 

「ここでただ待ってる、なんて選択肢は無い」

 

 あの二人の全部任せて……なんてことはしない。

 俺は、レックウザのトレーナーなんだから。

 ポケモンと共に戦う、それがポケモントレーナーだ。

 

「……行くか」

 

 呟き歩き出そうとして。

 

 こつん、と。

 

 何かを蹴飛ばした。

 

「ん……?」

 

 先ほどまでそこには何も無かったはずだ。

 だがよくよく見れば石の破片のようなものや、枯れた草木のようなものがふわふわと闇の中を漂っている。

 自らの体が浮かび上がっていることと言い、まるで宇宙空間か何かのような無重力状態である。

 普通人間の体は無重力空間に入ると重度の問題が起こるはずなのだが……全然そんなことは無さそうだった。

 

 それはともかくだ。

 

 石でも蹴っ飛ばしたかと思ったが、先ほどの感触はもっと硬い……金属製の何かだった。

 

 ナビをかざしながらゆっくりと屈んで今しがた蹴っ飛ばした何かを探す。

 闇が深く見えづらいため手探りだったが、しばらくそうして探していると、指先に何かがぶつかった。

 

「あった、これか」

 

 腕を伸ばしてソレを掴み、手元に手繰り寄せる。

 

 そうして。

 

「……は?」

 

 それは『壺』だった。

 

 不可思議な『壺』である。一見すると花瓶か何かのようにも見えるやや細長い形状。

 だが肝心の胴の部分は中央に穴の開いた輪のようになっており、果たしてこれが一体何を目的として使われるのか、外見からでは一切の推測が出来ようもないほど摩訶不思議な形状をしたそれは、けれど確かに『壺』である。

 

 最早薄れかかった知識ながら、それに見覚えがある。

 

 確かその名は。

 

「いましめの……つぼ?」

 

 

 




悲報:シンオウ伝説三匹マジで役立たずでジラーチちゃん渾身のネタバレ連打

因みにちゃんと共闘すればマジ強いぞ、シンオウ三匹。
ぶっちゃけ単体でダークレックウザに勝てるやつはアルセウス以外いないけど。
シンオウ組は三体セットならダークレックザに3,4割の確率で勝てる。

分かりやすくいうなら、ディアルガが本気出すと、アインファウストフィナーレ(自分のレベル以下の敵は全て行動不能)しちゃうんだが。
そこにギラティナをセットすることでアルゾシュプラーハツァラトゥストラ(敵は全て行動不能)になる(分かる人にだけ分かる例え)。
ギラティナの本質的な能力は「反逆」です。
なのでシステムに「反逆」することで制限と限界を解除できます。
能力ランクが+6上限突破して+12くらいまで行っちゃう。

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