闇が晴れた時、そこにあったのは去年克明なまでに脳裏に焼き付いた光景だった。
雷鳴轟く空と
荒れ果てた地上には生命どころか『文明』の足跡すら残さず、綺麗さっぱり全てが消し去られていて。
「ここ……は」
空を見上げ呟きながら腕の中の少年をぎゅっと抱きしめる。
それはすでに終わったはずの光景。
自身が……そして何より、少年が終わらせたはずの光景。
最早見ることは無いと思っていたはずなのに、たった一年の間すらおかずに再び見ることになろうとはシキとて夢にだに思わなかった。
それよりも何よりも。
この空間の『主』のことを思えば、自身の隣にいる少女の姿をした龍神へと視線を向けざるを得なかった。
「っ……」
同時に見なければ良かったと後悔もする。
視線の先に立つ龍神……レックウザは空を見上げていた。
―――今にもこの空間の『主』を縊り殺さんと殺意の滾った目で。
* * *
風が渦巻く。
レックウザを中心として渦巻く風が圧縮され、圧縮され、圧縮され。
今にもはちきれんばかりの空気の球となってレックウザのその手に収束していく。
その光景を後ろから見ているシキからすれば余りにも理不尽ぶりに目を覆いたくなった。
風が吹く、普通に考えればなんらおかしくの無い自然現象ではある。
だがこの世界……というか空間で風が吹く、というのはそれだけで異常なのだ。
この壊れた世界で、そんな『正常な』自然現象は起こり得ない。
完全なる凪の世界は破壊しかもたらさない、そのはずなのに。
その感覚を異能者以外の人間に伝えることはやや難しいが、かみ砕いて言えばこの世界は『風が凪いでいる』のが常なのだ。
まず風という概念があるかどうかすら怪しい話であり、だとするなら今目の前で起こっていることは余りにもシキの常識を逸脱した話である。
異能者の使う異能とは世界法則の改変のようにも見えるが、シキの感性で言うならば正しくは法則の『偽装』である。
理の上っ面を見せかけだけ変えてあたかもそれが真実であるかのように見せかける。
シキのような強力な異能者ならそう簡単に偽装が剥がれるようなことは無いが、けれど結局それは元となる理の上をなぞらえて形だけ整えた物に過ぎない。
故に元となる理が無いならば異能者の異能は使えない。
簡単に言えば今この空間においてシキの『反転』の異能は使用できない。
何故ならここは『凪ぎの世界』だから。
例えその平等性こそがもっとも不平等なのだとしても、だ。
だというのに今目の前でレックウザは風を集めている。
凪の世界で、平等がルールの世界で自らの有利を集めているのだ。
異能者の異能が理の『偽装』ならば超越種のそれは理の『偽造』である。
自分勝手にも自分勝手なルールを創り、押し付ける。
創ってしまうが故に元のルールなんて関係が無い。同じルールならば後は干渉能力のぶつけ合いだ。
そして恐らくレックウザという超越種は全ての超越種の中でも最大級の力を持っているように思える。
つまり実質的にこの世界においてレックウザに押し付けられたルールを跳ね除けることのできる存在など皆無に等しいということ。
例外、と言えるのかどうかは分からないが、それでも例外があるとするなら全ての祖にして全てを創った『カミサマ』か。
もしくは……。
ぱちん、と。
シキの思考を打ち消すように音が弾けた。
轟
轟音、否、最早爆音とすら言って良いほどの凄まじい音を立てて風が弾けた。
風が逆巻き渦となって天へと昇って行く。
まるで柱のように一直線に空へと進む風が分厚い黒雲を吹き飛ばし、その上にある漆黒の空を映し出す。
「居場所を教えてやったぞ……早く来い」
空に向かって手を突きだしたレックウザがぼそりと呟き。
―――直後。
「キリュオォォォゥウォォォォォォ!!」
空から黒が降り注いだ。
* * *
一対の流星が空を
その足元で先ほど消し飛ばしたはずの黒雲が再び戻ってきていることに気づきながらも、レックウザはそれに意も関せずにただ目前の黒い龍だけを見つめていた。
愚かしい、愚かしい、愚かしい!
人の嘆きに、痛みに、世界を焼くほどの呪いに身を焦がし、自らが守ろうと決めた物すら自ら壊さんとする。
そんな無様を晒し続けた果てが『コレ』なのか。
そんな無様を自身もまた晒していたのか。
だとするなら、余りにも許しがたく、度し難い。
「「キリュウウウウウアアアアアアア!!!」」
咆哮をぶつけ合う二体の龍神。
その身の色以外は瓜二つな両者。
片や守護者と謳われた空の龍神。
片や破壊者と謳われた狂える龍神。
守る者と壊す者。
全く逆の性質を有していながら、けれど両者は同じ存在だった。
その差は歴然だった。
「リュウウウウウウウアアアアアアアアアアアア!!!」
「ルウウァァァ!?」
空の戦いは常に立体的だ。
地上での戦いと違い、足元にも空間があるが故に360度あらゆる方向に動ける。
だがそれでも、空中戦において一つ絶対の理が存在する。
上を取った者が有利となる。
例えポケモン同士の戦いだろうと、それは変わらない事実だった。
そして黒の龍神はその圧倒的破壊力と引き換えに飛行能力を衰えさせた存在だ。
で、あるが故にアドバンテージは常にレックウザにこそ存在する。
“ハイパーボイス”
放たれた音の壁が黒の龍神へと叩きつけられる。
だがそれで怯むような黒龍ではない。闇に染め上げられたかのような漆黒の胴はその身に纏う風の鎧も相まって生半可な攻撃ではビクともしない。
ここまでの数度の攻防でレックウザもそれに気づいた。
で、あるが故に奪った。
ゴウ、と風が唸りを上げてレックウザの元へと集まって来る。
それは黒龍が身に纏っていたはずの風も同様だ。
本来ならば黒龍が集めていた風を、レックウザが奪うなど不可能のようにも思えたが。
忘れてはならない。
さらに言うならば本来の黒龍ならばともかく、その
集めた風の力を身に纏いながら、ぐんと真上に向かって加速し始める。
上昇。
上昇。
上昇。
高く高く、レックウザが空を登って行く。
―――そうして。
「キリュウウウオオオォォォアアアアアアァァァァ!」
“ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ”
超高度から急降下によって放たれた空の奥義が黒龍へと突き刺さり、その身を地上へ叩き落した。
* * *
「化け物過ぎるわ」
どっちも、と言いたいが今はあのレックウザのほうだろう。
というか気のせいで無ければ、昨年戦った『ダーク』化している時より強くなっているような気がするのだが。
否、あの時は『理性』というものが無かったのだから、理性を持った今の状態のほうがより『効率的』にその力を振るえる、というのは分かる、分かるのだが。
「去年と同じ面子集めたところであれに勝てる気がしないわね」
少なくとも昨年戦ったダークレックウザはその殺意に呑まれてこちらへ『向かってきて』くれた。
空の上に佇んでいても、こちらの攻撃が届かなくも無い状態だった。
だからこそ戦うことができたのだ。
だが今のあのレックウザを相手にした場合、恐らく初手で空の上まで逃げられ攻撃の届かないところから向こうが一方的に攻撃してきて終わり、と言ったところだろうか。
例えグラードンやカイオーガがいたとしても、あの二体でも空の上のレックウザに届くだろう攻撃は少ない。
今更だがアレと敵対して良く無事に終わったものだと思う。
同時にもう二度と相手したくないものだと願う。
「まあ今は良いわ」
そう今は味方なのだ。
頼もしく思っていれば良い。
ついでに全力で放った一撃のせいで空の上で疲弊しているレックウザの代わりに。
「頼むわね、ギガ」
呟き投げたボールから巨体が現れる。
「ジジ……ジジ……」
電子音のような鳴き声を奏でながら
“いかさまロンリ”
“スロースタート”
「ああ、やっぱり」
発動した自身の『異能』に、確信を得る。
伝説殺し、その力を秘めたレジギガスを通してならば一時的にではあっても『超越種』のルールを破ることができるらしい。
そもそも伝説と戦うこと自体が少ない上に、基本的にメインで戦っていたのはハルトだったので詳しく検証できる機会が無かったのだが、こうして実証を得られると後で育成の役に立つのだ。
「まだ伸ばす余地があるわね、ギガも」
そもそもハルトにレジアイスをもらうまで使えなかった力が多すぎてろくな育成もできていなかったので仕方ないと言えば仕方ないのだが。
“ギガインパクト”
放たれた一撃が地面に体半分埋まったまま動かない黒龍へと突き刺さる。
「リュウウウウウアアアアアアアアアアアアアア!!」
悲鳴染みた絶叫が上がるが、けれど動かない。レックウザにもらったダメージが大きすぎてまだ動けないと言ったところか。
“ぜんりょくリバーシブル”
“ギガインパクト”
放たれた二撃目、もう片方の拳での一撃が再び黒龍に突き刺さり。
「リュ……ァァァァ……」
断末魔の声をあげながら、その身が闇へと溶けていく。
溶けた闇が足元の大地が黒へと染め上げていき、徐々に広まっていく。
「さて、今度はどこかしらね」
未だに目を覚まさないハルトをしっかりと抱きかかえながら。
「ちょっと役得……なんて思ってるのはさすがに不謹慎かしらね」
黒に染まっていく空間を見やりながら苦笑した。
* * *
ゲンシの時代。
現代よりも遥か昔ではあるが、太古の時代よりは後の時代。
平穏だったはずのレックウザの領域は再び荒された。
かつて封じたはずの二体の怪物たちは当時世界中に満ちていたエネルギーを吸収することでさらに強力な力を操り地上を荒らしまわっていた。
今度ばかりはレックウザとて勝てないかもしれない。それほどまでに怪物たちは力を付けていた。
とは言え空の上まで登り切れば、レックウザとて我関せずを貫くことはできなくも無かったかもしれない。
そもそも空はどこまでも繋がっているのだから今この場所……地上でホウエンと呼ばれているこの地に留まり続ける意味も無いのだ。
飛んで静かな地に移動すれば……それだけでレックウザはまた平穏を取り戻せる。
以前までのレックウザならばそれもアリだったかもしれない。
だが。
知ってしまった。
地上にあるちっぽけな命たちのことを。
見てしまった。
地上に住まう者たちの営みを。
興味を示してしまったのだ。
今まで見下ろしていただけの地上に。
このままでは海が干上がるか、陸が沈むか、行きつく先は地上の破滅だろう。
そこに生きる者たちの生存は……控えめに言っても絶望的だ。
―――助けたい。
そんな気持ちが全く無かったと言えば嘘になる。
だが自らを危険に晒してまでも助けるべきか、と言われると動けなくなる。
そうしてレックウザが手をこまねいている間にも怪物たちは地上を荒らしていく。
その中でついに限界を迎えた生命が地上に落ちてきた隕石に願いを掛けた。
―――助けて。
そんな声が聞こえた気がした。
かつてのレックウザならば聞こえなかっただろう声。
けれど今は地上への興味を持ったことで地上とレックウザの間に『繋がり』が生まれている。
が、故に隕石はその身を震わせる。
その震えに共振するかのようにレックウザが体内に蓄えてきた隕石もまた震え出し。
そうして。
小さな小さな『絆』がそこに生まれる。
一つ一つは小さな『絆』だった、それでもいくつもいくつも、小さな命たちがより集まってレックウザに助けてと願う度に『絆』は強くなり。
―――助けたい。
強い願いは絆となって力となる。
メガシンカ。
人々との間に生まれた『絆』がレックウザの力となり、そうしてレックウザは二体の怪物を再度封じ込める。
もう二度と出てくることの無いように火山の深奥に赤の怪物を、深海の深く深くの海底洞窟に青の怪物を封じ込めた。
そうしてレックウザは空へと戻った。
地上の命の願いに乞われてやってきた、だが自らがあの怪物たちと同じく地上を壊してしまう力をもっていることを理解していたから。
だからレックウザは上から眺めるだけになった。
地上の命の営みを、ただ空の上に座して眺める。
そうして時折降りかかる災厄を、地上の命の願いに乞われて払っていく。
その度にレックウザは感謝された。
地上の命たちに感謝され、崇められた。
守りたい。
そんなことを幾度も繰り返していく内に、レックウザもまたそんなことを思うようになったのは。
さて、良いことだったのだろうか?
普通のポケモンバトルなら飛行適性とかあんま関係無いだけどね、フィールド区切られてるし。
でも何でもありの野良バトルかつ空中戦となると上を取ると常時『めいちゅう』ランクが2上がって『かいひ』ランクが2上がるくらいに思ってればいいよ。