―――知っていたはずである。
少なくとも……俺もシキも。
一度ならず二度、三度と戦ったのだ。
故に知っていたはずなのだ、その強さを。
それを踏まえて、それでも尚言わせてもらうならば。
「嘘だろ、お前」
ダークタイプと化した準伝説種二体を『げきりん』一撃で沈めた龍神を見て、思わず呟く。
シキとて俺と同じくらい……いや、異能者であるが故に俺以上に鋭敏に二体の脅威を理解していただろう。だからこそ、呆然としたように目を見開き動けない。
だがそんな俺たちと対称的に当の本人たるレックウザは不思議そうに首を傾げた。
「何をそんなに驚いている……
理不尽なほどの強さを、まるで当然とでもいうかのような表情で告げるレックウザにため息を漏らす。
シェイミとジラーチから一撃ずつもらったはずなのだが、見る間に回復していくその様子につくづく理不尽な存在だな、と思う。
とは言え敵にすればこの上無く恐ろしいが味方にすればこれ以上無いほどに頼もしいのも事実だ。
そうしている間に、シェイミとジラーチの真下にリングが現れる。
先ほどのセレビィと同じようにに二体がリングの中へと吸い込まれていき。
「―――」
「―――」
ばっと、二体がその体を起こす。
油断していたわけではないが、こちらがそれに対してリアクションを起こすより早く、ソレが起こる。
シェイミの、そしてジラーチの全身から抜け出していくように『黒』が噴き出す。
そうして噴き出した黒が黒い森の景色の中へと溶けていき……。
漆黒の花が足元を塗りつぶした。
赤い空に黒い星が澱んで沈んだ。
―――領域完成:
何がどう、とは言えないが。
ただ一つ、異能者でも無い俺にでも分かることが一つ。
セレビィが森を作り、シェイミが花を飾りたて、ジラーチが星を散りばめる。
そうして
それに気づいたのとほとんど同時。
森のいたるところに『ソイツ』らが現れた。
* * *
気づけば……そう、本当に気付けばと言っていいほど唐突に俺たちは囲まれていた。
森の木々の枝に、葉の影に、赤い空に。
先ほどまで確かに何もいなかったはずなのに、まるで闇から溶け出したかのように。
赤と黒に染まった無数の鳥影がそこにあった。
「「「キュオォォォォォ!」」」
「「「ギャァァギャゥゥ!」」」
ゆうもうポケモンのウォーグル。
ほねわしポケモンのバルジーナ。
外見……というか姿形だけ見れば確かにその二体に似ていた。
その全身が赤と黒の二色で塗り分けられていなければ。
直感的に理解する。
―――こいつらはこの森に適応した存在なのだと。
それを理解すると同時に、森中に光るその赤い瞳が俺たちを見据え。
「レックウザ!」
咄嗟に叫び、シキの手を引き傍に寄せる。
俺たちのその行動に触発されたかのようにウォーグルとバルジーナの群れが飛び出し、俺たちへと群がらんと殺到して。
「任せろ!」
どん、とレックウザが真下、地面に向かって拳を叩きつけたと同時に俺たちを囲むように竜巻が起こる。
押し寄せる鳥ポケモンの群れが渦巻く風の防壁に阻まれ吹き飛ばされていく。
だが次から次へと押し寄せるその影は文字通り『無数』で、限度が無いように見える。
「飛べるか?!」
「愚問だな」
『空』の龍神を相手に確かに愚問であったと思いながら、目の前でその姿を本来のものへと変じさせていくレックウザへとシキと共に飛び乗る。
緑色の蛇のような外見へと戻ったレックウザが竜巻の勢いを駆るようにその渦に乗ると、一気に空へと飛びあがる。
当然ながらそれを追ってウォーグルとバルジーナの群れが追って来る。
「ふざけんな、なんだあの数?!」
森が黒で、鳥影もまた黒であるが故の錯覚なのだろうが、一瞬冗談抜きで『森』そのものが動いているのかと思ったほどに数が多い。
正直これは百や二百でもまだ足りない。
千……或いは二千、いやもっと?
最大の生息地であるイッシュ地方の全てのウォーグルとバルジーナを集めてきた、と言われなければ納得できないほどの数だ。一つの森にこれだけの数の同一種が生息すること自体があり得ない、やはりこいつら『真っ当な生物』じゃないのだろう。
そもそも本当に『生物』なのかどうかすら怪しいところではある。
レックウザの能力を考えれば確かに戦っても勝てなくはない。恐らく千どころか万いたってレックウザなら蹴散らすことができる……レックウザ単体ならば。
これはポケモンバトルじゃない、野生の領域での生存競争においてトレーナーという明確な弱点があるこちらにとって数の不利というのは致命的な問題になりかねない。
「やってられるか! とにかく飛んでくれ、それから……」
それから、どうすれば良い?
そもそもこの空間は何だ?
意味が分からない、こんなところ実機で見たことも無いし、少なくとも俺の知識の中には存在しない。
俺の知らない七世代から先の話か? 恐らく否だ、俺たちをここに連れてきたのはセレビィだし、そもそもここに来る直前のあの闇の空間に連れてきたのは多分フーパ。
つまり俺の知識の中のポケモンたちが俺の知識に無い場所に俺たちを強制的に連れてきたのだ。
ここは現実だ、だからゲームの頃には無かった場所もあるかもしれない。
それを受け入れ、受け止めた上でどうするかを考えなければならない。
「ハルト!」
思考に没頭する俺を現実に呼び戻したのはシキの焦ったような声。
ふっと後ろを振り返ればバルジーナの群れがその口元にエネルギーを溜めて。
“あくのはどう”
放たれた黒い波動は確かに一発や二発、当たったところでレックウザはびくともしないかもしれないが、それが数百、或いは千近いとなれば話は変わってくる。
逃げ場が無い……ならば。
「レックウザ!」
先ほど仲間にしたばかり故に俺はレックウザの技幅というのをはっきりとは把握していない。
だから実機の知識から恐らく覚えているだろう技の一つを選択する。
「しんそく!」
その言葉を反応するようにレックウザが急加速し。
“しんそく”
僅かな時間差でレックウザが真上に急加速し、放たれた無数の黒い波動が直前までレックウザがいたであろう空間を埋めていく。
逃げていてもジリ貧か、その事実に内心で舌打ちする。
そもそもがあの無数の鳥ポケモンの群れは戦う必要性が無い相手なのだ。
こちらだって無限に動き続けることができるわけじゃない以上はできれば余計な消費は避けたかったが。
「シキ、頼んだ」
「任されたわ」
レックウザは逃げることに専念させたい以上、迎撃は隣にいるシキに任せるしかない。
シキが手元のボールを一つレックウザの背に転がすようにして放り投げる。
ぽん、と赤い光が放たれジバコイルが現れる。
「ルイ」
短いシキの言葉にジバコイルが一つ鳴いて―――。
“ほうでん”
後ろから追いかけてくるウォーグルやバルジーナへと電撃が放たれる。
『ひこう』タイプの鳥ポケモンたちに『でんき』タイプの技、となれば当然それは『こうかはばつぐん』だろう。
本来ならば。
「ほとんど効いてないわね」
「やっぱり……こいつらも『ダーク』タイプ化してやがるのか」
全てのタイプ相性を半減する最強のタイプ『ダーク』。
ただ『ダーク』タイプである、というだけでただのポケモンが一瞬で強敵に早変わりする。
しかもそれが数えきれないほどにいるのだ、まともに相手できるものではない。
とは言え。
「問題無いわ」
―――『でんき』技は通ったのだ。
“はんぱつりょく”
俺はそれを知っている。シキがジバコイルに仕込んだ技術の一つ。
『でんき』技を受けた相手を
トレーナーとのバトル出ない野生のポケモン故に吹き飛ばされていくだけに留まっている。やがて追いついてくるだろうが、そこは問題ではない。
「今だ!」
相手の最前列がごっそり消えた、その事実が重要である。
シキがジバコイルをボールに戻すと同時、レックウザが加速する。
その速度は以前戦った時よりさらに早い。
あの時は『ひこう』タイプで無かった、ということは今はあの時以上に飛ぶことに対する適性を持っているということだ。
とは言え飛ぶことに全力になるため相手が攻撃してきた時に避けられない危険性もあり、ここまで抑え気味にしていたのだが、シキとジバコイルの一撃でレックウザとそれを追う群れとの間に空白が出来た。
この空白が埋まるのは数秒に満たないだろうが……。
―――レックウザの飛行速度ならばその数秒で群れを引き離すことも可能となる。
「や、ばい……な、これ」
急加速によって降りかかる圧に耐えながら、風によってまともに開けていられない目を薄っすらと開いて前方を見据える。
結構高いところから見ているのだが黒い森と赤い空がどこまでも続いているようにしか見えない。
このまま飛び続ければ後ろの群れはどうにかなるだろうが、問題はその後だった。
この空間……世界はどこまで続いているのだろう。
見えている限りに続く黒い森と赤い空は、この世界に果てなんてものがないようにも見えて不安が鎌首をもたげる。
「ハル、ト!」
不安と焦燥が心を圧し潰そうとしてくる中、ぎゅっと手が掴まれる。
視線を向ければシキが風圧に半分目を閉じながらも、必死に何かを伝えようと指をさしていて。
「……あっ?」
その指が刺す方を見やり、思わず間の抜けた声が漏れる。
異様だった。異様としか言い様が無いほどに。
この黒一色に染まったはずの森の中で。
何故かその場所だけ白く染まっていた。
なんでこんな物にさっきまで気づかなかったんだと自分を殴りたくなるほどにはっきりと、その場所は目立っていて。
直後。
がくん、と突如としてレックウザが速度を緩めた。
「あ、お、おい!?」
止まったら後ろから、そう言おうとして……視線の先、俺たちの後ろから追ってきていた群れが離散する光景を見た。
否、離散という言い方は少し似つかわしくないかもしれない。
あれは
何かから、逃げ出したのだ。
ここまでずっと追ってきていたほど執念深かったやつらが、ここ……或いはこの先にいる『何か』から逃げようとしている。
つまりそれだけの『何か』がここ、或いはこの先にいる、ということであり。
―――その『何か』がどう考えたってあの白の森にあるのは自明の理だった。
* * *
降り立ったその場所は不可思議な場所だった。
黒の森は確かに色こそ異常ではあったが確かにあれは『木』だった。
足元に生えていた花も色こそ黒一色とおかしかったがそれでも確かに『花』だった。
直接降り立ってみたわけでは無い物の、鬱蒼と茂り広がっていた森全体もきっと同じ様なのだろうことは想像に難くない。
で、あるならばこの場所は一体何なのだろうか。
それは確かに木だった。
見た目だけを言うならば真っ白な木だ。
だが近くで見ればそれが違うことに気づく。そして触れてみれば一発で理解できる。
―――木の形をしただけの『石』がそこにあった。
周りも全て同じだ。
ここは『石の森』だった。
「……石、ねえ」
実機にこういう場所は無い。こういうことができるポケモンも居ない。
ただ実機外だと実は心当たりが無くも無い。
いや、俺は……というか碓氷晴人は実際に見たわけじゃないらしいが。
アニメ……正確には映画のほうか、には同じような場所がある。
「まさか、だよな」
居るわけがない。
こんな場所に、居るはずがないのだ。
勘違いに決まっている、気のせいに決まっている。
そのはずだ、そのはず……なのだ。
「…………」
シキが蒼褪めた様子でそれを見つめる。
「…………」
レックウザが無感情にそれを見つめる。
「……湖?」
そしてその視線の先を俺もまた見やり、あったのは湖だった。
まるで血の池のような真っ赤な色をした湖。
石の森の中心にぽつん、と広がるそれは余りにも異質であり。
一歩、無意識に踏み出した足がざり、と土を擦って音を立てる。
ごぽり
まるでそれが切欠になったかのように、湖の中心の泡が一つ沸き立った。
ごぽ、ごぽごぽ、ごぽごぽごぽごぽ
二つ、三つ、と次々と泡が浮かびあがって行き。
ザパァァァァァァァァァァァァァァ
赤と黒の球体が湖を裂いて飛び出す。
ふわり、と空中で球体が停止して。
解けるように球体が開いていく。
それは翼だった。
それは尾だった。
開かれたのは一対の翼と長い尾。
その全身は赤く、そして黒い。
まるでこの森と空そのものに対応しているかのように。
大きく開かれた翼、そして長く垂れ下がった尾。
空中でぴたりと浮かびあがるその姿は『Y』という文字にも似ていた。
俺はその名を知っていた。
当たっていて欲しくないと願っていた。
けれど、その願いに反するかのように、俺の予想通りの存在が俺たちの目前に現れていた。
はかいポケモン。
「イベルタル」
呟いたその名を肯定するかのように。
キュオオオオオオオオオオオ!
漆黒の殺意に染められた破壊神の咆哮が森に響き渡った。
というわけで次回、ダークイベルタル戦。因みに前話書きあがった時の予定ではそんなやつはいなかった(
なんでこいつ、カロス編より前に出てんの(自分でも聞きたい