“かざぎりのしんいき”
ぶん、と軽く手を振った。
それだけ、それだけのこと。
なのに、変化が劇的だった。
風が渦巻き、黒をかき消していく。
まるで霧か何かかのように、『闇』を吹き飛ばし漆黒の空間が一点して風が渦巻く円陣となる。
「さっすが伝説」
「よくまあこの短時間で……呆れるわね」
その余りの無茶苦茶に呟いた台詞ではあったが、何故シキは『彼女』ではなくこちらを見てそんなことを言うのか。
「だがこれでようやく進めるな」
「そうね、特に視界が確保されたのは大きいわ」
シキ曰く、この空間に置いては『イメージ』こそが何よりも重要となる、らしい。
あくまでシキの説明を聞いた上での俺の解釈でしかないが、ウェブの検索エンジンのようなものを想像してみて欲しい。
『
イメージが曖昧なままでは目的地を絞り切れず、どこにたどり着くか分かった物では無い……らしい。
だがこの黒一色の空間において、一体どんなイメージを持てばこの自体を解決できる……元凶となる『目的地』へとたどり着けるのか。
だがレックウザが闇を払った、つまりこの風が渦巻いた空間だけは外側に充満した『闇』の法則が適用されない。
歩けば前に進むし、目で見て進むことができる。
とは言え根本的な部分は変えられない。
現状のままではこの風渦巻く空間はこの場所に固定されたまま動かせない。
それは結局、この空間自体が『闇』そのものであり、闇の中を進むことがこの『世界』におけるルールだからだ。
超越種とは理を塗り替えることができる存在ではあるが、理を『塗りつぶす』ことはできない。
自分の周辺の法則を変化させ、自身の都合の良い空間を作り出すことはできても、それは一時的な物であり、世界自体を作り替えているわけでない以上、自身の干渉できる範囲外に関してはその世界の理がしっかりと適用されてしまっているのだ。
分かりやすく言うならこのままこの風の渦巻く空間ごと移動したとしても永遠に闇の中を彷徨うだけである。
この空間におけるルールは『闇』そのものであり、ただ無意味に闇の中を移動するだけならともかく、この『闇の先』へとたどり着くためには『闇』の満ちた空間におけるルールに則るしかない。
つまり今この状況に陥った『元凶』をイメージし、その居場所へと闇を『繋げる』しかないのだ。
「大丈夫、イメージはもうできてる」
とは言えその『元凶』についてはすでにレックウザに聞いている。
未だに自身はその姿をこの世界において直接見たわけでは無いが。
そんな自身の脳裏に浮かび上がるイメージに呼応するように、闇がざわめく。
自身の隣に立つシキが警戒するようにその手にボールを握る。
レックウザが自身たちを守るように手前に立つ。
そうして。
徐々に、闇が晴れていく。
そうして。
少しずつ、少しずつ。
そうして。
その後ろ姿が見えてくる。
赤と灰色の二色で構成されていたはずのその体はすっかり黒に染まっている。
光すら刺さないはずのその場所で、けれどその姿は何故か空間にくっきりと浮かび上がっていて、明瞭だった。
「フーパ……で、間違いないな」
「ああ、間違いない」
確認するように呟いた言葉に、レックウザが是と答えを返す。
その声に反応するように視線の先で『黒』がぴくり、と震え。
「キヒ……キキャ……」
ゆっくりと、振り返る。
「ケキャキャキャキャキャキャキャキャ」
振り返り、その口元に弧を描く。
「ケヒャヒャヒャヒャ」
嘲笑に呼応するように、その周囲にふわり、とリングが浮かび上がり。
「来るぞ!」
レックウザの短い、けれどひっ迫した声を皮きりに。
「ケヒャケヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャ!!!」
―――ホウエン最後の『伝説』が現れた。
* * *
ふわり、と闇の中を金色のリングが二つ、三つと浮かび上がりまるで意思を持っているかのように自在に空間内を泳ぐように移動する。
そうしてフーパの背後に現れたリングに、フーパの体が消えていくと同時に。
「ケキャキャキャ」
「レックウザ!」
“かみなり”
レックウザの全身から強烈な放電。飛来する電撃が自身たちの真後ろから現れようとしていたフーパへと迫り。
「キヒヒ」
“ワープフープ”
現れたかけたフーパが、再びリングへと戻って行き、その姿を消す。
再び正面から現れたフーパが嘲笑しながらその手を振り上げ。
「オ、デ、マ、シ~♪」
その眼前に巨大なリングが現れる。
明らかにフーパが通るだけならば大きすぎるリングの内側から闇が噴き出し始める。
ず、ずず、と闇の中から『黒い何か』が現れる。
「ケキャキャキャキャキャキャキャキャ!」
フーパの嗤い声を背にしながら、リングの内側から『ソレ』は少しずつ、少しずつ、その姿を現していき。
「ピキィ」
背に羽の生えた妖精のようなソレが現れ、まるで産声をあげるかのように鳴く。
本来白と緑のカラーリングだったはずのその小さな体躯は黒一色に染まってしまっているが、けれど見間違いようもないほどに特徴的なその外見。
「セレビィ……?」
俺のその言葉に反応するかのように、
「ピ……キキキキキキキ!」
嗤うその様相。
そして墨でも塗りたくったかのように黒く塗りつぶされたその目。
直感的に理解する、
それに名を付けるならば。
「ダークセレビィ、ってか」
呟きと共に、セレビィがふわりと浮かび上がる。
虫がさざめくような嘲笑を空間に響かせながらぶんぶんと闇の中へと溶けるように飛び回る。
右へ、左へ、その体躯と背景が同じ黒一色のせいで少しでも気を抜けば視界から消えてしまいそうな状況。
「キヒヒ」
そこに追撃をかけるように。
「オデマシ~♪」
「レックウザ!」
これ以上好き勝手に増やさせたら詰む。
そう思った時には、ほとんど本能的に叫んでいた。
“ハイパーボイス”
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
怒号のような咆哮が空間を震わせる。
音が衝撃と化し、闇が噴き出すリングをまとめて吹き飛ばし、その輪に亀裂を入れる。
直後、リングから溢れていた闇が消え去っていく。
「一発当てれば召喚阻止は可能、か」
だが代償として敵の姿を完全に見失った。
黒いセレビィも、黑いフーパも、風の円陣の外の闇の中に溶けて消えてしまい、最早目視では見つけることは不可能だ。
―――俺一人なら、の話だが。
「頼んだ、シキ」
呟いた直後、紅蓮の炎が闇を切り裂き噴き出してくる。
その炎に吹き飛ばされて、闇の中から黒いセレビィが風の領域へと引きずり出される。
その姿を完全に捉えると同時に、さらに追撃だと言わんばかりに流星が降り注ぎ、セレビィへと直撃する。
「―――ッ!」
『かえんほうしゃ』からの『りゅうせいぐん』だろうか、ならばきっとそこにいるのだろう、シキとシキの相棒たるあの竜が。
容赦の無い連撃に小さく悲鳴を上げながらセレビィが怯み、動きを止める。
そんな分かりやすい隙、見逃すはずも無い。
「ぶっ飛ばせ」
「オオオオオオオオオオオオオオォォォ!」
“ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ ”
エアに仕込んだ『モドキ』とは違う、本家本元、正真正銘の龍神の奥義が放たれる。
『すてみタックル』を改良しただけのようなそれとは違う、全身へと暴風を纏わせ放つ一撃はセレビィへと直撃し、その体を軽々と吹き飛ばす。
そのまま闇へと突っ込んでいくかと思われたが、レックウザが咆哮を上げると僅かな間、周囲を渦巻く風の勢いが大きく増し、風と闇の境界でセレビィを押し戻した。
「やったか?」
「まだだ、経験則だが『ダーク』タイプがそんな簡単に倒れるとは思えない。もう一発だ」
レックウザの一撃を食らって動かなくなったセレビィだが『ポケモン』である以上『ひんし』状態になれば縮小状態になる。つまりまだアレは動くまだ戦う、まだ『ひんし』ではない。そういうことになる。
実機ならともかく現実においてセレビィには『時渡り』という非常に厄介な能力がある。それを使われる前に倒さなければならない。
「レックウザ!」
「分かった……行こう」
再びその全身に風を纏わせていき……走り出す。
単純な格の問題として、セレビィはレックウザに大きく劣る。
以前にも言ったが、伝説と準伝説の間には絶対に埋められない大きな差がある。
『レベル』である。
とは言ってもこちらの世界にシステム的な表記は無いので体感でしかないが、伝説のポケモンはただ純粋な能力値の高さで他を圧倒できる。
確かにタイプ相性を考えれば全てのタイプを半減できる『ダーク』タイプは脅威の一言ではあるが。
半減されるなら二倍のダメージを叩き込めば良い。それが許されるのが伝説種……超越種という世界の理から逸脱した怪物なのだから。
嵐を具現したかのような一撃が再びセレビィへと襲いかかる。
まだ『ひんし』では無いとは言え、シキにエースから二度も攻撃を食らい、レックウザの一撃が直撃したのだ。準伝説のセレビィとは言え、その体力は限界が近いのは明白だ。
重そうに体を動かしながら、セレビィが一瞬こちらを見つめ……たような気がした。
暴風がセレビィの体を跳ね飛ばし、その小さな体躯が軽々と宙を舞う。
「キィ……ピキィ」
弱弱しい声を発しながらセレビィが最後の力を振り絞らんと、その全身に力を込め。
直後。
* * *
セレビィが力尽きるように倒れると、その真下に現れたリングの中へと飲み込まれていく。
だがそんな『些細』なことを気にしている余裕はこちらには無い。
「……森、だな」
ほんの一瞬にして視界が、景色が、『世界』が変わっていた。
先ほどまでの闇一色の空間だったはずの場所が、黒色の深森へと変貌していた。
地面から伸びた木々も、その葉も、そして足元の土でさえ黒一色。見上げた空は赤く染まり、虚空に穴でも開いたかのように真っ黒な太陽とも月とも言えない丸い何かが浮かんでいた。
薄気味悪い、なんて言葉じゃ済まされない。
幼い子供が見ればトラウマになりそうなほどに不気味な光景に、さすがに背筋がぞっとする。
「ハルト」
そんな光景にあっけに取られていると前方から見慣れた少女がやってくる。
「シキ」
「どうなってるの、これ」
周囲を何度も何度も見渡しながら、その気味の悪い光景に顔を顰めるシキに今起こったことを説明する。
「そう、セレビィが」
少し何か考えるように黙りこくって、視線を森へと二度、三度を向け。
「塗りつぶされた、ということかしら」
「
ぽつり、とほとんど独り言として呟かれたシキの言葉に、傍にいたレックウザが目を細めながら否定する。
「塗りつぶしたのではない……繋げたのだ」
「……えっと、すまん、どういうことだ」
異能者であるシキと超越種であるレックウザにだけ分かる感覚で語れても正直凡人でしかないこちらには何のことかさっぱり理解できない。
だがそんな自身に気にする必要はない、とレックウザがきっぱりと断じる。
「理解できないだろうし、理解する必要性も無い。異世界に引きずり込まれた、とでも思っていれば良い」
「つまり、さっきまでの空間とは全く違う場所、ってことか」
「そうだ……厄介なことになったぞ」
とは言え先ほどまでの黒一色で塗り分された闇に染まった空間とは違い、同じ黒一色でもまだ薄暗い、程度で済むこちらのほうが視界的には比較的マシではある。あくまで比較的、ではあるが。
ただ先ほどまでと全く違う場所に……レックウザ風に言うならば『異世界』に連れてこられている、となると今度は『どうやって帰ればいいのだ』という話になる。
「恐らく元凶を倒せば元の場所に帰れるはずだ」
そんな自身の不安と疑問に対してレックウザはそんな答えを返す。
「元より世界同士の移動など簡単にできるものではない……私たちがここにいるのはあのリングを操ったポケモン……フーパが空間を操っているからだろうから、フーパさえ倒せば恐らく空間は正常に戻ろうとする、はず」
ところどころ断定できないところが怖くはあるが、けれどさすがにシキも理解が及ばない領域らしい、となればレックウザの言葉を信じるしかない。
「それで……フーパはどこに行ったんだ」
先ほどまでの闇の空間から全員がここに移された、とするならばフーパもどこかにいるはず。
そう思い視線を彷徨わせ。
―――先ほど吹き飛ばし、動きを止めたはずの二つのリングが再び浮き上がっているのを見た。
「っ!」
レックウザ、その名を呼ぼうとした時にはもうすでに遅い。
リングから闇が噴き出す。そして内側から徐々に『黒』が姿を現していき。
「んなっ!?」
そこに現れた二体を見て、目を見開く。
一体は星を象ったような被り物をした『黒い』ポケモン。
もう一体は両耳の辺りに花の飾りのついた獣のような『黒い』ポケモン。
両方見覚えがある……色以外は。
「ジラーチに……シェイミ?」
そこに現れたのは、紛れもない幻と呼ばれたはずのポケモンだった。
プロットさんが行方不明になりました(
本来ならあと三話か四話で終わってたはずなのに、何故かあと十話超えます(白目
ようやく戦闘始まりましたが、ここから劇場版らしくボスラッシュとなります。
具体的に言うと準伝説複数同時とか、禁止伝説複数同時とか。
それら『前哨戦』をこなしてようやくフーパ戦…………。
おいおいボブ、この小説はいつになったら完結できるんだい(