轟、と風が渦巻いた。
「キヒヒヒヒッ」
嘲笑するかのような声に苛立ちを感じながらも、全身に力を溜め。
“しんそく”
放たれた矢のような一撃は声の主の『虚』を確実に突いてまさに神速で迫り。
“ワープフープ”
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、キヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
するり、と空間に取り出した輪に倒れ掛かるかのように潜った瞬間、その体が消える。
直後背後から聞こえた嘲笑に即座に振り返って大きく口を開き。
―――キリュウオオオオオオオオオオオォォォォ!
咆哮を上げる、音は振動となって嘲笑の主へと迫り―――。
“ハイパーボイス”
“ワープフープ”
「ケヒャケヒャケキャケキャケキャ」
けれどまた輪を潜り、嘲笑の主が姿を消す。
そんなことを先ほどから何度も繰り返しいる。
当たらない、とにもかくにも当たらない。
“いじげんラッシュ”
突如目の前に現れた輪からにゅぅ、と拳が飛び出し自らの体を何度となく強く打ち付ける。
“かざぎりのしんいき”
だが全身を覆う風の鎧がその威力を大きく削ぐ。
反撃とばかりに尾を振って攻撃をするが、けれどまたするりと輪を使って逃げられる。
先ほどからこれの繰り返しであった。
こちらの攻撃はとにもかくにもあの『輪』で避けられ、逆にこちらへの攻撃は回避する間も無い。
今はまだ本気ではないのかちくちくと刺す程度のダメージしか受けていないが、本気でこちらを攻撃し始めれば勝てるかどうか。
何より、この地上数千メートルという自らが最も得意とするフィールドで押されているという事実に舌打ちしたくなる。
いざとなれば脱出……というのも考えたが、けれどそれはできない。
目の前のコレを放置することは決してできない。
過去自分自身でそう在ると決めたから。
例え裏切られたとて、今更その在り方を変えることは最早自分にはできない。
であるが故に、自身は目の前のコレを放置できない。
放置すれば間違いなくこれは『災厄』となって地上を襲うだろう。
それを止めることができるのは、今この場にいる自身だけだという自負があった。
もっと、もっと速く。
避けることすらできないほどに速く、速く。
“りゅうのまい”
積み上げる、力を、ため込み、力を蓄え、積み上げ、積み上げ、積み上げ。
「キヒ……キキャキャキャキャキャ」
嘲笑が響き渡り、直後。
ぴきり
「ケキャキャキャキャキャキャキャキャ」
ぴき、ぴきぴき、ぴき
目の前で、ゆっくりゆっくり、空間に『罅』が入っていく。
―――不味い。
それに気づいた時にはもう遅い。
「ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
ぱきん、と目の前で
“じ■■ほ■か■”
全身をバラバラに引き裂かれるような強烈な痛みが襲いかかり、絶叫を上げる。
“■らの■■う■ん”
咄嗟、自身の持てる全ての力を解放しようとして。
ぱりぃぃぃぃぃん
それより早く、まるでガラスが割れるような音と共に空間が砕け散る。
いくら自らの力で『空を飛ぶ』ことができるとは言え空間が砕け『距離』と『方向』という概念を失ってしまった今のこの場においてそれがどれだけの意味を持つことも無く。
―――キリュアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
黒より尚暗い『深淵』へと引きずり込まれていった。
* * *
黒く、黑く、暗く、昏く、そしてそれよりも尚
塗りつぶした黒一色よりも暗い闇がそこに広がっていた。
「……なんだこれ」
ぽつり、と無意識に呟くその言葉に、けれど隣にいるシキは何も返してはくれない。
いや、シキもまた同じ心境なのだろう。
ただただ呆然として、言葉を失った。
つい先ほどまで窓の外にあったのは青い空と白い雲、そして眩しい日差しをそれを照り返す海。
聞こえたのはざあざあとした波の音。びゅうびゅうと海の上を吹き抜ける風。そして波間に揺れ動く船。
その全てが今は存在しなかった。
地に足をつけたかのようにぴたりと止まった船内。
一切の音を失った船の外。そしてそこに広がる黒より暗い闇。
例え新月の夜の海上だとしても、ここまで黒に染まることはあり得ない。
一切の光が閉ざされた……なんて程度じゃない。
そんな場所。
「……なんだよ、これ」
「分からない……分からないけど」
繰り返し呟いたその言葉に、反応を返すかのようにシキが口を開き。
「何か変……」
「いや、何かって言われても、何もかも異常だろこんなの」
「そうじゃない……そうじゃなくて、何か……何か」
俺の問いを否定するかのように首を振って、独りごちるシキのように首を傾げる。
少しずつ、頭が回ってきた。そうだ、ここでこんなことをしている場合では無い。
「シキ、船長のところに行こう」
「え……あ、ええ、分ったわ」
まだ戸惑っているシキの手を引いて走り出す。
扉を潜る直前に食堂の中をちらりと見やれば、窓の外を見ながら呆然とする船員や乗客たちの姿が見える。
「シキ、急いで」
「ちょ、ちょっと待って……なんでそんなに急いでるのよ」
「
その言葉にシキがはっとしたように目を見開く。
伝説の災禍の際中、ホウエンの一部の町の住人たちに避難を呼びかけたことがあったが、事前に連絡し、伝説の襲来前に避難を呼びかけたにも関わらず、伝説のポケモンたちが引き起こす災禍の『予兆』だけを見て混乱する人々も多かった。
トレーナーですら正常でいられる人間は一握りである以上、一般人があの圧倒的な脅威を前にパニックを起こすのも無理はないのだが……問題は。
直接被害にあったわけでもないのにそうなのだ。
今まさに、この突然の状況。
今はまだ混乱する思考のせいで、上手く考えがまとまらず呆然としているかもしれない。
だがやがて思考が収束すれば一つの結論に至るだろう。
「乗客たちがパニックを起こして船から飛び出しでもしたら」
「大惨事ね」
この船の外に何があるのか、未だに分かってはいない。
だが現状が極めて異常であることは分かっている。
無暗に動くことはすべきではないし。
何より恐ろしいのはパニックが『伝播』してしまうことだ。
「集団心理ってやつだね……一人逃げ出せばみんな逃げ出す」
「下手すれば乗客どころか船員までも、ね」
元とは言えホウエンのチャンピオンとして、この異常事態を見過ごすというのはできない。
何より目の前の人間を見殺しにするのは
故に走る。乗客たちがパニックを起こす前に。
「船長の部屋は確か一番上の階だ」
「ブリッジにいる可能性は?」
「っ!? 二手に! 俺は船長の部屋に」
「分かったわ」
問われてはっとなる。
一瞬考え、即座に結論を出す。
今は迷っている時間すら惜しい。故に最初に浮かび上がった判断で行動する。
そうして二手に分かれて走る。階段を登って行き、一番上の階の廊下を抜けて奥の部屋へ。
どんどん、と二度、強くノックをし、返事を待つより先に扉を開こうとするが、部屋に鍵がかかっていてるのかがちゃがちゃと音はする物の、ドアノブを回しても扉が開く様子は無い。
一度手を止めても扉の向こうで物音がする様子は無い。
ハズレか、と舌打ちしそうになり。
ぴんぽーん、電子音が響いた。
* * *
ブリッジにたどり着いてみればまさに『てんやわんや』の大混乱と言ったところか。
船長すらも目の前で起きた自体に思考を止めてしまっているような有様であり、即座に一喝して正気に戻す。
我に返った船長たちに事情を説明し、艦内連絡を行ってもらったは良いが。
「漏れは出るでしょうね」
全員が全員、この連絡に素直に従うとはシキには思えなかった。
ハルトはそれを良しとはしないだろうが、シキとしては勝手に行動して勝手に危険な目に会うのならばそれは自業自得だろう、と思っているのでハルトには言いはしなかったが。
「……ま、黙っておきましょ」
先も言ったがきっとハルトはそれを良しとしないだろうから。
だがそうは言ってもこの客船には多くの人間がいるのだ。優先すべきはどっちかなどと分かりきっている。
極論ではあるが、シキにとって重要なのは自分とハルトが無事この異常事態から抜け出すことである。
その他については最初から見捨てるという選択肢はないが、そのせいで自分やハルトが危険に陥るのならば切り捨てることはできる。
とは言え、自分とハルトだけで元の場所に戻ったところで海の上だ。
どうにかならなくも無いが、出来れば他の人手も欲しい。
理想としては船と船員たちが無事で元の場所に戻れること。
残念ながら、シキはハルトほど人が良くはない。
見ず知らずの人間に命は賭けられない。
「とは言え、まずは事態の把握ね」
正直シキをして『何が起こっているのか』まるで分らない。
ここはどこなのか、どうやってこんな場所にたどり着いたのか、何故ここにいるのか。
分からないことが多すぎる。余りにも唐突過ぎた。
これからどうする、それが最大の問題だ。
そして何よりも、先ほどからずっと感じている奇妙な感覚。
違和感、としか言いようが無い何か。
それが分からず、頭の片隅でずっとぐるぐると思考が渦巻いていた。
―――何か、何かおかしい。
一から十まで全てが異常なこの状況において、確かにそれは余りにもおかしな話ではあったが。
けれどシキの感覚がずっと訴えかけていた。
その意味を知るのはすぐ後のことだった。
* * *
昔の船ならばともかく、現在造船されているような客船の入口というのは基本電子ロックだ。
自力で解除する方法も無くは無いが、船員ならともかく一般客がぱっと見てできるようなことではないので船長に船の出入り口をロックしてもらえば船外に出ていく方法が途端に制限される。
乗客の安全に配慮したなら、次はいよいよ事態の解決のために動きださねばならない。
そのためにもまずは船の外へと出なければならないのだが。
「……シキ?」
開いた船の入口。
その前に立ち尽くしてこちらを手で制するシキに首を傾げる。
「ダメ」
ぽつりと呟いた一言に、え? と思わず声を漏れだし。
「ダメ……ハルト、ここから先は、ダメ」
呟きながらそっと手を伸ばし。
まるで船の入口を境界線としているかのように。
―――船の外へと突き出した腕先が黒に染まっていく。
「シキ!?」
「っ!!」
咄嗟の反応で腕を引っ込めた途端、その腕から黒が抜けていく。
ぐーぱーと手のひらを開いては握ってを繰り返すシキだったが、きゅっと口を噤み、視線を船の外へと向ける。
残念ながら俺にはそれが何が原因なのかは分からない。分かっているのはあの闇に触れることが不味いという事実だけであり。
けれどシキにはそれがどういうことなのか、何を意味するのか理解できたらしい。
「理が違うわね」
告げる言葉には確信めいたものがあった。
振り返り、こちらを見やり……首を振る。
「残念だけどハルト……アナタじゃこの先には進めない」
そうして告げる。
「異能者でなければ……理に絡めとられる」
それは。
「いずれこの船も……闇に呑まれて一体化してしまうわ」
それは。
「……中にいる人間たちごと、ね」
迫る死へのカウントダウンを告げる言葉だった。
* * *
「
指先から流れ滴る血に目もくれず。
視線は目の前の空間へと向けられていた。
そこには何も無い。何も無いはずではあるが、けれどその視線は何かを見ていた。
それは通常言われるような五感と呼ばれるような機能では無いのだろう。
言うなれば超越者の持つ超越的な感覚。
人に理解できるようなものでは無いし、言語化することすらできないだろうその感覚を持って。
今世界に起こる異常を明確に察知していた。
「不味い……不味いね」
二度、三度と同じ言葉を繰り返す。
繰り返すごとに曖昧な笑みは能面のような無表情へと塗り替えられていく。
「まさかこちら側にまで来るなんてね……予想外だった」
隔てられた壁を越えて、やつらはやってきた。
その事実に嘆息したくなる。
とは言え、迂闊に手を出してしまえばそれはそれで大惨事である。
故にどうにかして間接的に解決してしまいたいのだが。
「……うーん」
全能の力を持ってしてもできないことがあるというのは酷い矛盾だ。
全能だからこそ、出来ない、そんな矛盾もけれどこの場においては正しく理でしかない。
「ここの流れを変えれば……そうしたら『彼』なら『出会う』はずだ」
ぶつぶつと独り言ちながら再び指先を伸ばす。
ぱちぱちとまるで見えない壁があるかのように空間に阻まれながらも、その表面をなぞるようにして手を動かし。
「……できるのはこれだけ、かな? 後は頼んだよ」
呟いて、ふっと笑みを零した。
特性:ワープフープ
『必ず命中する』技以外を受けなくなる。相手の『必ず命中する』技の効果をうけず、技の命中を50にする。『かげふみ』等の効果を受けず、必ず味方と交代できる。『おいうち』等の交代する前の相手を攻撃する効果を受けない。
エネミー専用ぶっ壊れ特性。
未来編で使おうと思ってたオリジナル特性がまだ70種(まだ増える予定)くらいあるんだが、こっちは完全にボス専用。基本的に味方が使う予定は一切ない。
因みにあと十種かそこらある(まだ増やす予定