「は~」
自宅に温泉があるとか、本気で贅沢だと思う今日この頃。
正直、『えんとつやま』から地熱引いて、地下水脈無理矢理通して温泉作るとか何やってんだこいつら本気で馬鹿なのか、とすっかり温泉文化に毒された伝説二匹に最初は呆れはしたが、こうしていざその恩恵を預かると良くやったと言いたくもなる。
「朝から温泉。贅沢だなあ」
いや別に入ろうと思えば毎日だって入れるのだが、別に自分はそこまでお風呂に拘りがあるわけでも無いので、普段は普通に夜に入るだけなのだが。
今日は
そう思ってのことだったが、思っていた以上に気持ち良い。
ホウエンとは言え冬は冷え込む。朝から冷たい空気に震えていた体が芯まで暖まってぽかぽかする。
こんなに気持ち良いなら普段から朝風呂しても良いかもしれない、そんなことを思いながら。
風呂場に取り付けられた換気用の小窓から顔を覗かせれば朝日に照らされたミシロの街並みが見えた。
朝から街にはあちらこちらにちらほらと人の姿。さして大きな街ではないが、それでも何だかんだ人生の半分以上をこの街で過ごしてきただけに愛着のようなものがあった。
珍しく。
本当に珍しく。
ひじょーに珍しいことに。
ミシロの街が活気づいていた。
簡単に言えばお祭り騒ぎだ。
ミツルとのチャンピオンリーグから少し時間は経ち。
今日は1月1日。
―――元旦である。
* * *
この世界にも暦というものがある。
それは実機時代にもあったはずの物であり、暦があるならば当然『記念日』または『祝日』というものがある。だいたいこの辺の文化は日本と同じだ。
そして1年を365日に区分した地球と同じ暦を使うならば、1月1日というものが必ず存在する。
ただし前世と違って宗教という概念が薄いので神社や寺、教会などと言ったものは余り見ない。
他所の地方ならばともかく、少なくともホウエンにおいてそう言った類の物がない。
つまり初詣という文化が無いのだ。
その代わりと言ってはなんだが、お祭りをする。
それが年始祭である。
「エア?! エアさん! 待とう、そろそろ待とうか」
「
「あいあいサー」
「あ、ちょ、ちーちゃん?! ダメだよ」
「はむはむ……あまーい」
「あ、シャル、口元汚れてますよ、もう……ほら、拭きますからじっとして」
「あむあむ、うーん。うまうまだねぇ~」
「アタイとしちゃ、普通にシアの飯のほうが美味いんだがねえ」
「ま、偶になら悪くないでしょ。あの馬鹿弟もあっちで楽しそうにしてるし」
「にーちゃ! わた、もこもこ!」
「騒がしいのう……ま、賑やかさを肴に一献というのも乙じゃ」
「あはは、人間ってやっぱこう騒がしいの好きだよねえ」
「面倒くせえ……オレはもう帰っていいか、眠いんだが」
単純にミシロの総人口が少ないというのもあるが、それを差し引いても自分たち一団は目立っていた。
何せ数にして十二人である。それが一同に集っているだけで、騒々しくなっている。
エアはお祭りでテンション上げて暴食してるし、チークは悪ノリしてあっちこっちの屋台で買い漁っているし、イナズマはそれに引きずられているし、シャルはリンゴ飴に夢中で口元汚してるし、シアはそれを拭おうとせっせと世話をしているし、リップルは『木の実のアイス』を片手にそんなみんなをニコニコ見ているし、アースも何だかんだ言いながら屋台のラーメン啜ってるし、ルージュはそんなアースの隣で向こうに見えるハルカちゃんの一団を見ているし、サクラはワタアメがお気に召したらしく自分に見せにくるし、アクアは朝っぱらから酒飲んで……お前どこから持ってきたそれ、アルファはお祭り騒ぎが気に入ったらしく笑みを浮かべて雑踏を眺めているし、オメガは面倒臭そうな表情ですでに帰りたそうに……なんでお前またクッション持ってんの。
何とも混沌とした一団だが、こいつら全員俺の家族であるという事実である。
年始祭は先も言ったように日本の三が日と違って宗教色という物が無い。
神社などに参る、という考えが無いのだ。
代わりと言っては何だが、挨拶回りをする。
要するに近所や同じ街の人たちに『今年も一年よろしく』と言って回るのだ。
年始祭自体はミシロだけではない、ホウエンの各地で行われているだろうし、ホウエン以外の地方でも名前こそ違えど同じようなことはどこもしている。
まだ俺がホウエンに来る以前、ジョウトにいた頃にはあちらのほうで参加していたが、まあやってることはどこも変わらない。
まあ要するに年明け早々に、理由にかこつけて大人たちが酒を飲む口実を作っているだけの話だということだ。
それはそれとして。
「よし、挨拶回りも終わったし、こっからは自由にして良いぞ……オメガも、眠いなら帰っても良いぞ」
年に一度のお祭りだ。
うちの家族は連帯感こそあれど割と趣向などはバラバラなのでやることだけやったら解散宣言を出す。
そうして自身の言葉にみんなそれぞれ自分の好きに動き始めた。
* * *
「しかし人多いわね」
「エアさん? さっきまで両手に持ってた屋台飯は? え? もう食べたの? え?」
朝から何も食べてないので朝食代わりにエアについて屋台巡りしているのだが、先ほどまで両手で抱えるほど屋台で色々買っていたのに、気づけばもうほとんど無い。
俺が横でフランクフルト一本食べている間に一体どれだけ食べたのだろう……というか妊娠が発覚する少し前くらいからエアの食欲が増大しているような気がする。
しかも日を追うごとにどんどん食べる量が増えているような気がするのだが、気のせいだろうか?
「エアさんよく食べるね……」
いや、それ以前からかなり食べるほうではあったが、それでも最近の食欲はちょっと異常じゃないだろうか?
「
「何言ってるかはまあ分かるけど、行儀悪いから食べてから喋って」
嘆息しつつエアの持っていたお菓子の包まれた包装紙を一つもらい開いてひょいと口の中に放り込む。
「ん、きのみのグミか……悪くないね」
時々日本と同じ食べ物が売っていたりするが、実際のところ大半はこの世界の料理が屋台で売られている。
勿論屋台だけでなく、くじ屋や射的屋、変わったところでは占い屋に
「あ、エア見て見て、あそこのくじ屋の一等賞『キンセツアミューズメントパーク』のオープンチケットだって」
イッシュ地方のライモンシティにある遊園地を参考に作ったと言われるキンセツシティの遊園地である。まあ正確に言うと作ったというか、今作っているというか。
工事計画自体は数年前からあったらしいが、実際に工事に着工し始めたのは今年になってからである。
とは言えポケモンの力を借りれば半年内には完成の見込みらしいので、試運転なども含めて正式な開業は来年になる予定らしい。
ホウエンには現状他に遊園地なんて無いので、割と人気スポットになると今から着目されていて、そのオープンチケットともなれば欲しがる人間なんて山ほどいるだろう、というレアな物なのだが。
「あっそ……あむあむ、この串焼き美味しいわね」
花より団子とでもいうのか、色気より食い気というのか。
残念ながらエアは全く興味が無いようだった。
やれやれ、と嘆息しながらくじ屋の賑わいを見ていると。
「あ、あれチークとイナズマだ」
くじ屋に並ぶ行列の中に先ほど別れたばかりの顔を見つける。
エアはまだ食べ足りないと屋台巡りに向かうらしいので、そのままエアと別れてチークたちのほうへと行くと、ちょうどくじを引こうとしているところだった。
「オジサン、これで引けるだけよろしくネ」
そう言ってチークが差し出したのは……万札である。
「お前、祭りの屋台で大人買いとか止めろよ……」
当たらないなら当たるまで引けば良いというのはクジの楽しさ全否定である。
後ろで思わず呟いた声に反応してチークをきょとんとしながら振り返り、こちらに気づく。
「シシ……やあ、トレーナー。アチキたちに用かイ?」
「いや、見かけたから様子を見に来ただけだよ。つか大人げないことやってんな」
「シシシ、だってアチキまだ子供だからネ」
いや、まあぱっと見で十歳……下手したらそれ以下のチークなので口が裂けても大人なんて言葉は出てこないが、それにしてもである。
フリフリと軽快に尻尾を揺らしながらがさごそとクジを選ぶ。
日本でも良くある開くと番号が書いてある紙のやつだ。
だいたいこういうのって当たらないんだよなあ、とお祭りの闇をサラッと内心で零しながらも、楽しそうにクジを開くチークにそんなこと言えるはずも無く、その後ろ姿を眺める。
そうして三十枚かそこら開けたところで。
「出ないヨ?」
「そうだな」
「アチキのお小遣い三か月分だヨ?」
「お前がそこまで溜めてたのがまずびっくりだわ」
まあこの子ネズミ(鼠じゃないけど)は好奇心旺盛で何にでも興味を示すのでお店などに行くとしょっちゅう余計な物を買っていたりするのだが、そもそもミシロにいて金を使う機会というのは余り無いし、買うと言ってもさすがに高い物を買う前に一度考える程度の冷静さはあるらしい。それに店先で見るだけでも満足できることも多く、何でもかんでも無節操に買っているというわけでは無いらしい。
ここ最近はチャンピオンリーグに向けてトレーニングなどもしていたので、余り使う機会が無く溜まっていたのだろう。そうして三か月の間溜め込まれたお小遣いはたった今、ゴミの山へと消えたというのが切ない。
「これ当たりはいってるのかナ?」
「さあ? それは言ってはならないお祭りの闇だよ」
はい次、とチークが去って空いたスペースに次の客が並び。
「あ、出た」
「おぉ」
二人分の小さな声が聞こえた。
無意識に視線をそちらを向き。
ちりーんちりーんちりーん
「大当たりー! 二等賞出ましたー!」
チークの後に続いたイナズマがちゃっかり一発で神引きしていた。
「当たり、入ってるみたいだね」
告げる言葉にまさにorzと言った感じのチーク。
チークとイナズマ、どこで差がついたのか……と言われれば。
やはり物欲センサーの差では?
* * *
「んで、何が欲しかったの?」
燃え尽きたように真っ白になったチークの頭に手を置いて慰める。
まあくじ引きなんて所詮運なのでこんなこともあるだろうと言えばそれまでなのだが、だからと言って仕方ないと言って切って捨てるのも薄情というものだろう。
「……さんとー」
「三等?」
一体何の? と思いながらくじ屋台へと視線を移す。
一等『キンセツアミューズメントパーク』オープンチケット。
二等『デボンコーポレーション』商品引換券。
三等『バトルリゾート』招待券。
四等『キンセツアイテムファクトリー』商品引き換え券。
五等『サイクルショップカゼノ』じてんしゃ引換券。
「バトルリゾート? 行きたかったの?」
「リゾートビーチで遊びたいだけの人生だったヨ……」
哀愁漂うチークの背中に思わず苦笑する。
「じゃあ今度みんなで行こうか」
「……え?」
あっさりと告げた言葉にチークが驚き振り返る。
「一応『元』チャンピオンだしね。招待状なら届いてるから行こうと思えば行けるよ」
バトルリゾートは実機にもあった施設だが、この世界においては二年ほど前から建造が始まったホウエン唯一の『人工島』だ。
と言っても伝説の一件があったので今までそういう『寄り道』をするつもりは無かったのだが、昨年ようやく一連の事件にも決着を見た。
これからどうするか、まあ色々やることもあるが、これまでできなかったことをやるのも良いだろう。
「行けるのかイ?」
「その気になれば行けるね」
「アチキのお小遣いの意味は?」
「クジを開ける時のわくわくとドキドキを買ったと思ったら?」
告げてからしまった、と気づく……つい口が滑った。
がくり、と膝から崩れ落ちたチークを抱きとめる。
ぴくりとも動かなくなったチークに思わず笑ってしまうがいつまでもこのままでも困るので保護者を呼ぶ。
「イナズマー」
「あ、はーい」
今しがた当てたばかりのくじの景品を受け取ったイナズマがこちらにやってくる。
「マスター、ちーちゃんどうしたんですか?」
「まあ……色々あったんだよ」
うん、まあ、悲しい事件だったね。
一人頷きつつ、イナズマにチークを預けてその場を離れた。
シキちゃんとバトルするって言ったな。
あれは嘘だ……というのは嘘だが、データ作って話考えてたら後のほうが良いだろってことになったので後にする。