「あ、あの……ごごご、ご主人様、本当に行くの? 行くんですかぁ?」
携帯のバイブ機能のように全身を震えさせながら袖を引くシャルに頷いて返す。
「気になるだろ?」
「でで、でもだからって夜に行かなくても良いじゃないですか」
ぶんぶんと首を振り、顔を蒼褪めながら告げるシャルの頭をぽんぽんと撫でてやる。
「でも夜に出ることが多いって話だぞ、その幽霊屋敷」
ポケモンは生物であり、当然ながら活動時間というものがある。
実機でもそうだが、夜にしか出ないポケモン、というのもあり例えば『トウカのもり』ならばキノココなどの暗さを好むポケモンは夜のほうが活発に活動する。
一度ゲットしてしまえばボールの保護機能で昼夜問わずある程度活動できるようになるのだが、野生ではそういう種族ごとの習性のようなものが強く出る。
そして夜にしか出ないポケモン、夜のほうが出会いやすいポケモンがいるならばそれをゲットしようとするのがトレーナーであり。
そんなトレーナーたちの間で、『トウカのもり』の中に不意に現れる幽霊屋敷の目撃が増えているらしい。
幽霊屋敷。
さてどこかで聞いたような話だ。
「シャルは……七年前のこと、あんまり覚えてないんだよな」
「え……あ、はい。覚えてるのは……ご主人様の家で目を覚ましてからで、それ以前のことは何も」
若干申し訳なさそうなシャルにだろうなと思いながら気にするなと言う。
実際のところ初期メンバーの六人全員そうなので逆に一人だけ覚えているほうが不自然だろう。
というかこの辺のことはすでに七年前に確認してあるので念押しした程度に過ぎない。
懐古する。
七年前のこと。
そうして思い出すのは暗い館、そして嗤うシャルの姿。
「あの時のシャルはまさに小悪魔的だった……」
「あわわわわわ、お、覚えてない時のことは忘れてください、お、お願いですからぁ」
ぶんぶんと手を振り回しながらすっかり慌てた様子のシャルが涙目で縋りついてくる。
そんなシャルの姿に笑みを浮かべながら、視線を周囲へと走らせる。
時刻はすでに午後九時を回っている。
暗い森の中は、鬱蒼と茂った木々が影となり月の光さえ見えない。
風が吹くたびにがさごそと草木が揺れ動き、その度にシャルがびくびくと震えて抱き着いてくる。
そんなに怖ければボールの中に入っていればいいのに、と言うが。
「ひ、独りは……もっとやだ、だから」
ボールの中すら怖いのか、という僅かな呆れと、何年経っても相変わらず手のかかる、けれどそんなところが可愛いのだと苦笑する。
可愛い……そう、可愛いというのがシャルに対して一番当てはまる感情だろう。
単純な外見とかそういう話でなく、例えばエアなら頼りにしているし、相棒と言った感じがある。
シアならしっかりとしていて、姉のように思える時がある。
チークはあれで見た目よりずっと精神年齢が高く、反面子供のようなところもある。
イナズマはそんなチークに振り回されているようで何だかんだチークを支えているし。
リップルは一歩物事を引いてみる癖があるのか、いつも冷静であれが慌てふためいている場面など見たことも無い。
シャルの場合、どこか危なっかしくて、怖がりで、手のかかる妹のような可愛さがある。
普段からシアに世話を焼かれたり、何だかんだリップルが手を引いたり、チークが気を利かして振り回したり、エアが構ったり、イナズマが一緒に連れだしたり。
恐らく初期六人の中で一番精神年齢が低いのがシャルだった。
ヒトガタポケモンは恐らく、最初からある程度精神が熟成して生まれてくる。
通常のポケモンも人間と比べれば随分と早熟だが、最初の最初、卵から生まれたばかりの時はまだ赤子のままだ。
だがヒトガタポケモンは生まれた時から子供程度の知性と精神性を持っているのだ。
サクラがあれほど幼いのはラティ種という種族そのものが長命である反面、成熟が遅い特徴を持つからであり、けれど生まれた時からすでにサクラは今と同じ程度の知性を持っていたと聞いている。
半面、ヒトガタポケモンはある程度まで育つとそこで精神性の成長が止まる。
簡単に言うと、自己を確立した時点で変わらなくなるのだ。
その理由までは分からない。
だが調べた限り、ヒトガタポケモンは年月を重ねてもその外見にほとんど差は無く、精神性も変化が少ない。
実際隣にいるシャルとて出会って七年の時が過ぎた。その間に自分だって随分と成長した、五歳と十二歳を比べれば当然と言えば当然だが。
こうして目の前にいるシャルと七年前の記憶の中のシャルを比べても何一つとして変化が無いように思える。
とは言え、全く変化が無いというわけでも無い。
少なくとも―――。
「シャル?」
「え……あ、はい。何ですか?」
「いや、さっきからじっとこっち見て、どうした?」
「え……あ、いや……その」
頬を赤らめながらちらり、ちらりと何度か上目遣いにこちらを見つめ。
「怖い……から、手……繋いで欲しいな、って……思って」
おずおずと手を差し出してきたシャルに笑みを浮かべ、自分もまた手を出す。
そっと触れ合い、繋がれた手。温かくて、くすぐったくて、何だか落ち着かない。
―――少なくとも、七年前ならこんな反応は見せなかっただろう。
俺から手を取り、あわあわと慌てることはあっても、自分から繋ぐなんてこと、七年前のシャルならきっとしなかった……否、できなかった。
顔を真っ赤にしながら、何度となくこちらをちらちらを見やりながら、一瞬握られた互いの手を見つめ、また顔を赤くする。
先ほどまでの怯えが嘘のように黙りこくってしまって何も話さなくなったシャルを見て、何もかもが同じなわけでも無いのだと思った。
「なるほど……臆病ってのは違うかもな」
今のシャルに怯えは無い。
単純に周囲を気にして怖がるだけの余裕が無いだけかもしれないが。
まあ強いて言うなら。
「シャルちゃん意外とムッツリだったんだな」
「は、はわぁぁぁぁ?!」
びくん、と体が跳ねてばっと顔を上げる。
わなわなと何かを言おうとして震える唇はけれど何の言葉も紡げず。
ぼすん、と体当たりするように自分の肩へと顔を埋め。
「ご……ご主人様の、いじわる」
呟いてそのまま何も言わなくなった。
* * *
暗い森の中を彷徨いながら歩いていく。
生憎、目的地というものが分からないため遭遇できるかどうかは運次第ということだ。
とは言え。
「……シャル」
「……はい」
噂になるほど何人もの人間が遭遇しているのだ。
奥へ奥へと進んでいけばきっとそこへたどり着けるとは思っていたが。
―――屋敷がそこにあった。
深い森の奥、切り開かれた土地に、鉄柵で囲まれた屋敷が。
こんな暗い暗い夜の闇の中で、けれど屋敷には明りに一つも灯っていない。
にも関わらず屋敷はボンヤリと薄くその輪郭を視せていた。
「
七年前にも全く同じようなものを見たような記憶がある。
あの時と違うのは、あそこにいたはずの少女は今は隣にいるということと、今回は誰も攫われてはいないということか。
「そもそもの話……何でこの森にマボロシの場所がある?」
ここは現実だ、当然ながら実機とは違う。
それは分かっているが、けれどマボロシの場所とは基本的に島だ。
島、森、山、洞窟と違いこそあれど、全て孤島にある。
レックウザとの最後の戦いの直前、アルファとオメガと戦うために一度だけ訪れたことがあるが、マボロシの場所は日ごとに現れたり消えたりする。
そう考えると、この屋敷はマボロシの場所とは全く関係など無いのかもしれない。
連日連夜出現するこの屋敷。
朝になると消えてなくなる、そんな屋敷。
むしろそれは、幽霊屋敷のほうが正しいのかもしれない。
そうするとまた一つ疑問。
何故こんなところに幽霊屋敷?
街中に現れるのなら……まあ分からなくも無い。
シンオウ地方にある『もりのようかん』のように森の中に屋敷が無いわけでも無いが、『トウカのもり』にそんなものが建てられていたという話、現実でもゲームでも聞いたことが無い。
脈絡が無いのである。
もっと言えば、関連性。
何故森の中に屋敷が出てくるのか。
「シャル……行けるか?」
「……は、はい」
少し緊張した面持ちのシャルだったが、確かに頷く。
よし、と一つ息を吐き出し。
「行くぞ」
「はい」
ぎぃ、と錆び付いた鉄門を開いた。
* * *
ばたん、と。
触れてもいない門が音を立てて閉まった。
びくり、とシャルが背筋を震わせるが、七年前も同じことがあったので全く驚きは無い。
気にせずそのまま屋敷の前まで歩き。
重厚な扉に手を触れ……押す。
ぎぃ、とその外見に反してあっさりと扉は開く。
まるで招き入れようとするかのように。
僅かに震えるシャルの手を握り、一歩、屋敷へと足を踏み入れ。
ばたん、と。
再び扉が閉まったが今度はシャルも予測していたのか怯えは無かった……まあ音に驚きはしていたが。
屋敷の中は真っ暗で視界の中は黒一色である。
以前は入った直後に蝋燭に火が灯っていたが、今回はそういうのは無いらしい。
―――ケケケケケ。
代わりに聞こえたのは嗤い声。
―――キキキキキ。
どこから聞こえるのか、屋敷の中を反響しながら響いてくる声が前から後ろから聞こえる。
―――クケケケケケ。
一瞬、背後に視線を感じ。
振り返れば
目を見開き……そうして。
「シャル」
「はい」
“シャドーフレア”
一瞬の躊躇も無く、シャルに指示を下し、シャルがその手から黒い炎を放つ。
明りを灯さない漆黒の炎が扉に張り付いた目玉を燃やし。
「ギエェェェェェェェェェ!!!」
絶叫を上げながら目玉が変じ、『ゴースト』ポケモンへと変化し、そのまま消え去った。
「倒したか?」
「え、あ、いや……追い払っただけ、です。ちょっとだけ、脅して」
シャルのその言葉におっかないなと思いつつも良くやったと褒める。
シャルの種族、シャンデラは炎で燃やして魂を吸い取る、そういう種族だ。
ポケモンバトルでは使われない、というか使ったら犯罪待ったなしだが、『ゴースト』ポケモンに対する
まあシャル自身そういう気質でも無いので実際に殺すことは無いだろうが。
というかシャルも自身のそういう性質を理解し、だからこそ以前あれほど不安がっていたのだろう。
それを理解している以上は、軽々しく殺せなんてこと言えるはずも無い。
「アレ……本気だったと思うか?」
「えっと……多分、本気、かな?」
野生の『ゴースト』タイプのポケモンというのは往々にして二種類に分かれることが多い。
悪戯が好きな騒霊と悪意を持って人を呪い殺す怨霊だ。
前者はまだしも、後者は非常に危険だ。俺が捕まえる直前のシャルは半ば後者に分類されていたが、あのヒトガタスリーパー……マギーが居なければとんでも無い数のポケモン、或いは人間を殺傷していただろうと予想できるほどに。
恨みや悪意を持って人を襲う『ゴースト』は最早害獣と何ら変わりない。
祈祷師などが捕獲することもあるが、祓われる場合も多い。
前者の場合、基本的に驚かせはするが人に友好的な存在が多いので、適当に付き合ったり、ポケモンバトルで追い払ったりで済むことが多いのだが。
残念ながら、この館に住み着いた『ゴースト』は後者のようだった。
* * *
ぼっ、と手の中に炎を生み出す。
黒ではない、普通にオレンジ色の炎。
技としてはともかく、種族的にそのくらいはお手の物と、シャルが手の平の上に炎を生み出せば、一気に周囲が照らされる。
何と言うか、館の外観と比べて内装が随分と見すぼらしい……否、古いというべきか。
崩れた階段、埃の積もったテーブル、半分に割れた花瓶、などなど。
七年前とは違い、内装だけ見れば完全に廃墟である。
シャル曰く、この館に住み着いた主となるポケモンの性質がありありと出ているのではないか、とのことらしい。
普通の場所ならともかく、幽霊屋敷だ。そういうこともあるのかもしれないと納得しつつ、周囲を探索してみる。
残念ながら階段が崩れているため二階へ登れない……まあシャルなら行けるかもしれないが、まずは行けるところから行ってみることにする。
そうやって一階部分を調べていく。
分かったことはそう広い屋敷ではない、と言うこと。
そして館に住み着いた主は執拗にこちらを狙っているということ。
実際道中で二、三度襲われた。同じ『ゴースト』同士、シャルがいるので危ない場面も切り抜けられたが、壁をすり抜けて出てくるという時点で厄介極まり無い。
そして最後の一つ。
「何だか……この屋敷、変な感じがする」
シャルが呟き、しきりに足元を見やる。
「下に何かあるのか?」
そう尋ねてみれば、分からないと首を振る。
「分からないけど……でも何か、変な感じが」
呟きながら食堂らしき広間を歩いていると。
ぼーん、ぼーん、と古びて振り子の無くなってしまっている壊れた時計が突如として鳴り出す。
思わず身構え……けれど何も起こらない。
「……シャル?」
問うてみて。
「…………」
けれど返事は無い。
振り返ったそこに。
というわけで前半のびくびくに見せかけたデートからの後半のちょっとホラー風味。
夏だしね、ちょっとくらい肝冷やしてくれ。
作者はこれを書きながら部屋に侵入してくる虫どもの影に怯えているぞ(耳元でブーンブーン
古戦場で遅くなってしまった……累計貢献6000万とか初めて稼いだ。と言っても上のやつらは1億とか2億とか普通に稼いでるし、まだまだって感じだが。
そして来月また古戦場とかマジかよ……しかも水とか火と並ぶ最弱パなんだが。
こんなところに居られるか! 俺は別ゲーに逃げるぞ!
あ、ブルーブルーは多分その内また書く……気が向いたら。
そして何話か書いたら多分別作品として独立させる気がする。