ポケットモンスタードールズ   作:水代

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残影と霊魂①

 

 自身、ハルトは現ホウエンチャンピオンである。

 とは言え今年いっぱいのことだが。

 先月九月末にようやくホウエンリーグ本選が始まり、恐らくチャンピオンリーグ開催は十二月と言ったところか。

 今年はエキシビジョンマッチどうするのかなと思ったらチャンピオンリーグ直後にやるらしい。

 スケジュールがズレたと父さんも苦笑いしていたが、エキシビジョンマッチのジム対抗戦期間中、当然ながらホウエン中のジムからジムリーダーが集まるので一日二日で終わるようなものでも無い。

 だいたい一週間くらいは続く期間中、ホウエン中のジムが閉まる関係上、挑戦者の受付はだいたい一か月前に締め切られることになる。

 さらにエキシビジョンマッチが終わったらじゃあすぐ再開、というわけでも無く、留守にしていた間の事務処理や対抗戦で得た物を身に着けたりとだいたい一週間から二週間くらいの間を置いてようやくジムの業務が再開される。

 因みに対抗戦終了後はだいたい全ジムリーダーたちが一同集まって飲み会してるのもジムの再開が遅くなる要因でもあるのだが。

 仕事しろよと言いたいかもしれないが、年に一度しかこうして各地のジムリーダーが一応に集うことが無いので交流という意味では十分に意味もあったりする。

 

 まあ思い切り話がずれたので戻すが、数か月前の伝説のポケモンがホウエンで暴れまくった一連の騒動の際にチャンピオンとしての権力をフル活用して、ホウエン中の人間を使い走りにしながらどうにかこうにか紙一重で騒動を収めた。

 ホウエンは救われた、ついでに星も。

 まあそれはそれで良いのだが、当たり前だがホウエンリーグどころかポケモン協会すら動かした一大事だったわけで。

 

「報告書ってのを提出する義務があるわけだよ、シャル君」

「……ふぇ?」

 

 良く分からないと言った様子で可愛らしく小首を傾けるシャルに苦笑し、その頭をわしわしと撫でればくすぐったそうにしながらもどこか嬉しそうにシャルが微笑む。

 愛らしいとしか言いようのないその笑みは、都会の喧騒の中鬱陶しいくらいに流れていく人込みをかき分け進む中での唯一の清涼剤だった。

 カナズミシティ。ミシロから行くとトウカの森を抜ける分キンセツよりやや遠く感じる。

 カナズミシティはホウエンでも五指に入る大都市だろうが、その中でも一際巨大なビルへとたどり着く。

 

 デボンコーポレーション。

 

 カナズミ……否、ホウエン最大の企業であり、元は小規模な会社だった物を前チャンピオンであるツワブキ・ダイゴの父親が一代で急成長させた会社だ。

 何の会社、と言われると範囲が広すぎて言い表せないほど多岐に渡ってホウエンの経済に根を張っており、一企業でありながらポケモン協会とて決して無視できない存在である。

 さらに言うならダイゴを通して今回の一件にも協力してくれており、特に事件後はここ数カ月の間に一連の事件がホウエンに与えた影響というのを調査してくれていたのだ。

 一応自分のせいではない、とは言え自分が指揮を取り行ったことの結果ということで、一度は確認しておきたいと思ってダイゴを通じて連絡は取ってある。

 

「時間は……大丈夫だな」

 

 碓氷晴人の世界でもそうだったが、人という存在が社会を形成すると決まり事はどうしてもできる。

 社会が発達し、人に倫理感や共同体意識というものが芽生えだすとさらに決まり事は細かくなる。

 まあ何が言いたいかと言えば、アポイントメントと時間は大事、ということ。

 人間社会がある程度以上に発達した現代ではどこに言ってもこういうのはあるものだ。

 実機ではいつジムに行っても即座に挑戦可能だったが、ジムリーダーだって二十四時間三百六十五日いつでもジムにいるわけじゃない。ポケモンリーグは年一回しか開催されないし、ジムバッジ八個集めたって時期が来なければ四天王に挑戦はできない。

 規則が秩序を作り、秩序は平和を保つ。世の中得てしてそういうものだ。

 

 階段を登りながらそんなことを考え、ふとこれは少し達観し過ぎだったかなと思う。

 まだ十二歳なのだ、よく考えれば。前世と思っていたのはただの記憶である以上、この世界のハルトという名の自分は正真正銘十二歳の子供なのだ……まあこの世界十歳が成人だが。

 碓氷晴人の記憶のせいか、少しばかり思考が子供らしくないかもしれない……とは言え、今更ただの子供のように振る舞ってもそれはそれで頭の病気を疑われるだけだろうが。

 

「社用エレベーター使えば良かった」

 

 ダイゴのオフィスは三階だ。

 大企業の本社だけあり、カナズミでも一際大きなビルだ。

 当然ながら実機の時のように、三階建て、なんて一軒家をワンサイズ大きくした程度なんてことあるはずなく、そのフロアは実に十数階にも及ぶ。

 とは言っても五階以降は本社の人間しか立ち入ることのできない場所らしく、社長室などは四階にある。

 そしてそれだけの階層があり、横幅も広く、ワンフロアあたりの敷地面積は広大。つまりはそれだけの人数が働いているということであり、社用エレベーターも各フロア三つずつくらいはあるらしいがどこもかしこも順番待ちで時間がかかる。

 幸い目的地は三階であることだし、階段で行けばいいか、と安直な考えで決めたのだが。

 

「思ったよりフロアごとに間が長かったなあ……」

「どうかしましたか? ご主人様」

 

 多分社員からすれば誤差みたいな範囲なのだろうが、階段一段一段が微妙に高い。

 子供の足からするとその僅かな差がけっこうきつかったりする。

 普段歩いたり走ったりする時に使う筋肉と階段の昇り降りをする時に使う筋肉は違うというが、確かに旅をしてけっこう歩き慣れているはずなのに、ほんの少し階段を登っただけで少しだけ足が痛んだ。

 対してシャルはすいすいと昇って行き、階段の先で振り返ってこちらを見てまた小首を傾けている。

 さすがはポケモンということか、といつの間にか背を追いこしてしまった小柄な少女の頭にぽんと手を置いてなんでもないと告げてまた歩き出す。

 昔は自分のほうがやや小さかったのに……いつの間にか少女を見下ろすようになっている、そんな光景を改めて意識してみると何だか不思議な気がした。

 

 階段からダイゴのオフィスまで少し距離がある。

 単純に一つのフロアごとが大きいので端から端まで普通に歩けば五分はかかる。

 途中通路を歩く他の職員たちをすれ違う。

 こちらを見てどうしてこんなところに子供が、といった様子に彼らの視線にシャルがびくり、と震えて自身の後ろへと隠れる。

 

 そんなところは昔と変わっていないな、なんてどこか嬉しいような懐かしいような、不思議な気分だった。

 

 

 * * *

 

 

「良かったですね……ご主人様」

「うん。ホントに良かったよ、正直ほっとした」

 

 デボンからの帰り道。

 ダイゴから報告によれば伝説のポケモンが暴れたことによる被害は軽微。

 トクサネシティなど街中をレックウザが這ったのだからどうなったかと思ったが、いくつか建物が倒壊はしたが幸い負傷者も少なく、それも軽い物ばかりで重傷を負った人間はいないとのことだった。

 先に宇宙センターのほうでシキが迎え撃ってくれたのが大きかったらしく、もしシキがいなければダイゴも含めて多くの人間が死んでいただろう大惨事一歩手前であった。

 

 経済のことはさすがに専門外だが、大衆の一般論としては伝説のポケモンという大半の人間が存在すら知らなかったようなポケモンが暴れ回ったことなどほとんどただの災害程度の認識らしい。

 それにしたってレックウザもトクサネ以外の街に降りることも無かったし、一部、全壊してしまったどこかの民の祭壇もあったが、そういう悲しい事故を除けば被害らしい被害は無かった、という一言に尽き、実質的にはほぼ被害無し、ということでもう終わったこと、という感じらしかった。

 まあ直接的に関わっていなければそんなもんだよな、とも思う。

 同時に伝説のポケモンが発見されたというのはそれなりに騒がれているらしく、ホウエンの空を今も多分飛び続けているだろうレックウザを求めてホウエン中を飛び回る人間も幾分かいるらしい。

 

 まあ正直、オゾン層を超高速で飛び続けるポケモンをどうやって捕まえるのか。

 『そらのはしら』を建て直すまでは出会うことすら無理ゲーな気しかしないのだが。

 取り合えず最後の伝説については放置で良いだろう。もう暴れまわったりしないだろうし。

 別に自分は伝説コレクターでも無い、手に余るポケモンはこれ以上必要無いのだ。

 

 今回の事件の影響を一言で言うなら喉元過ぎれば熱さも忘れる、ということだろう。

 いざ空が黒く染まった時はそれなりに混乱もあったようだが、今となってはそんなこともあった、程度の認識だ。

 些か平和ボケしているようにも思えるが、少なくともホウエンでこれ以上事件が起きる予定は無いし、もし誰かが起こせばアルファ(カイオーガ)にオメガ(グラードン)にエア(オーバーボーマンダ)の我が家の最強戦力が突撃していくので問題ない……正直この三匹だけで一つの地方軽く滅ぼせるくらいの力はある、まあする気は無いが。

 

 どうやら上に上げる報告も穏当なものになりそうだ、とほっとした直後。

 

「ん?」

 

 風に乗ってやってきた鼻腔をくすぐる甘辛い香り。

 

「何か良い匂いするね」

「ん……美味しそう」

 

 無意識に指を咥えるシャル。少し動作が幼い気もするが外見的にはばっちりあってて可愛い。

 さてはてこの匂いはどこからやってくるのだろうと視線を彷徨わせれば。

 

「シャル、あっちみたいだ」

「あ、ホントだ」

 

 公園があった……向かいにはポケモンセンター。

 以前シキが遭難していた場所だ。都心のさらにど真ん中でどうやったら遭難できるのか本気で疑問なのだが、それはさておき。

 噴水のある景観の綺麗な公園だったが、どうやらその公園の端で屋台が出ているらしい。

 匂いの元はそこから発せられていることに気づき、シャルと二人ふらふらと吸い寄せられるように屋台へと近づき。

 

「オクタン焼き……」

「えぇ……」

 

 屋台の書かれたメニューとタコ焼きそっくりなそれを見て思わず顔が引き攣る。

 オクタンとはポケモンだ。一言で言うならタコであり、テッポウオの進化系でもある。

 いやコンセプトは分かるのだが、これって食べても良いのか? という疑問は尽きない。

 

「へいらっしゃい!」

 

 だがそんな自分たちを見つけた屋台の店主……タオルを鉢巻代わりに巻いた元気な兄ちゃんだった……が声をかけてくる。

 

「オクタン焼き一つどうだい? 生きの良い蛸を仕入れたばっかりだよ?」

「あ、蛸なんだ……さすがにオクタン本当に入ってるわけじゃないんだ」

「ははは、良く言われるけど、昔は本当にオクタン使ってたらしいぜ?」

「「えっ」」

 

 店主の言葉に自分と、隣にいたシャルも思わず声をあげ。

 

「まあさすがにポケモン食うってのに抵抗あるやつも多いから今じゃ普通に蛸使ってるけどな、はははは」

 

 全然笑えねえ、と言うか昔の人ってやっぱオクタン食べてたのか。

 いや確かにタコみたいなやつだけど。

 

「ああ、食べるつったってオクタンの足だぜ? あれは切ってもまた生えてくるからな」

「何そのヤドンのしっぽみたいなの」

「おう、ヤドンのしっぽは珍味なんて言われてるが、アローラのほうじゃ家庭料理に欠かせない食材なんだぜ」

「なにそれこわい」

 

 アローラ地方。実は一度行ってみたかった場所なのだが、やはり止めるべきだろうか。

 ポケモンを日常的に食べている地方。ホウエンだと余り考えられない話だ。

 

「まあそれはそれとしてオクタン焼き二つ」

「え、買うんですか? ご主人様」

「だって美味しそうじゃん、つうかただのタコ焼きだし」

「ま、そうなんだよなー、あはははは」

 

 快活に笑いながら手慣れた手つきでくるくるとタコや……オクタン焼きをひっくり返し、じゅわりと音を立てて焼けたそれをパックに移しささっとソースを塗る。

 ふわりと匂いを漂わせる香ばしいソースに思わず喉が鳴る。

 上から青のりをばらばらとかけ。

 

「ほいお待ち」

 

 爪楊枝を差して完成である。

 ほかほかと湯気を立てるオクタン焼きを受け取り、一つをシャルに渡す。

 

「わーい……いただきまーす」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべ、早速と言わんばかりに香り立つオクタン焼きを一つ口に頬張り。

 

「あつつ……あふ……はふはふ……うーん、おいひい」

 

 口の中で弾ける熱に何度となく熱い熱いと言いながらも美味しそうに食べるシャルに癒される。

 店主に代金を渡して公園のベンチに二人で座る。

 以前来た時には気づかなかったが、どうやら近所に住んでいるカナズミの住人たちもいくらかいるようで、遊ぶ子供たちやその保護者のお母さん方、それに休憩中らしきスーツを着たサラリーマン風の男性や、どこかのショップの制服を着た店員らしき女性たち。

 どこの世界も同じような光景というのはあるものだと苦笑しながら自身もまたオクタン焼きを頬張る。

 

「おいひいですね……ごひゅじんひゃま」

「喋るなら飲み込んでからなー」

「はーい……むぐむぐ」

 

 こくん、とシャルの喉が鳴って満面の笑みでこちらへと視線を向ける。

 

「みんなも来れば良かったのに……」

「みんな出かけてたからなあ」

 

 エアは行方不明……まあ良く風の赴くままに出かけるのでいつものことだ。

 シアはリップルとイナズマとチークを連れて街に出ている。何やら買い物があるとか何とか。

 アースは気まぐれによくいなくなるが、まあいつも夕飯までには帰ってくるし。

 サクラはアオバが連れて行った、まあちょくちょくあることだ。

 アクアは裏庭でアルファと水浴び……あの二人も仲良くなってくれたようで何よりだった。

 そしてオメガはリビングで寝たまま起きない……まあこれもいつものことだ。

 

「シャルがいてくれて良かったわ……」

「あはは……寝てたらシアに置いてかれちゃって」

 

 シャルが寝坊助なのはいつものことだ。シアも昼まで寝ているって分かっているから朝食だけ置いてさっさと行ってしまったし。

 まあお陰で昼から出るのにシャルがちょうど目を覚ましていたので連れてきたのだが。

 さすがにポケモンの一匹も持たずに街から出るのは危険というものだ。

 自然界のポケモンは人間の隣人であるが、決して友好的だとは限らないのだから。

 

「それはそれとして、シャル……口元ソースついてる」

「えっ?」

 

 手でごしごしとこするが、それじゃ単に滲むだけだ。

 

「ハンカチとか無いのか……仕方ねえな」

 

 幸いポケットティッシュがシアに持たされたのがあるので一枚取り出し、口元を拭ってやる。

 本当に用意の良いことだ、シアはますます所帯じみている気がする。

 

 ところでシャルさん、何故口元拭うのに目を瞑ってるんですか?

 

 何かこれからキスする人みたいになってしまっているのだが、止めろ、少しドキドキしてしまうじゃないか。

 

 なんてこと、考えていた時。

 

「そう言えばあの噂聞いた?」

「えーなになに?」

 

 どこからか声が聞こえてきた。

 どうやら公園の別の場所で女の人同士が話し合っているらしい。

 

「トウカの森あるじゃない?」

「うんうん」

「そこにね……出るらしいの」

「出るって……幽霊?」

「ううん、そうじゃなくて」

 

 

 ――――幽霊屋敷。

 

 

 聞こえた言葉に、思わず眉をひそめた。

 

 

 




因みにオクタン焼きはアニメで本当にあるらしい。
ただ本当にオクタン入ってるのかどうかは不明。なのでこの小説ではオリ設定を通す(すごくしょぼいオリ設定


そして久々にシャルちゃん愛でれて満足しています。
もっと可愛く、そして恋愛も絡めてデレさせたいなあ(恍惚

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