互いにアイスクリームを「あーん」で食べさせ合うというのは非常に恋人っぽいのでは?
という疑問がふと沸いたが、思ったよりも心境に変化というのは無かった。未だに自分にとってシアは家族という立ち位置だからなのだろうか? 果たしてこのデートでそれが変わるのか、と疑問を抱いたりもしたが、それはさておく。
まあシチュエーションが手伝って、シアのほうは割と効果があったらしいが。だからこそ、そんなシアを見ているだけでごちそうさま、というか満足してしまっている気がする。
先ほどから顔を赤くしたシアに、微笑ましい物を感じながらも手にしたアイスを食べきり。
「それでマスター……来年どうするんですか? ミツル君のこともありますし」
「だよなあ……今年中になんとか仕上げて来年は一緒に旅かな?」
「本当に弟子にしちゃったんですね」
「ホウエンリーグからやるならちゃんとやれって怒られたからね」
一先ず休憩と先ほどから二人ベンチに座って他愛の無い会話を繰り返す。
「リーグのほうから掛け合って協会にも動いてもらえてるし、来年から勝負かな……」
「私は……私たちはマスターの望むがままに、それだけですよ」
「うん、ありがとう……まあホウエンリーグから公式試合以外で殿堂入りパーティ使うなって言われてるから、旅に出たとしてもしばらくは留守番しててもらうことになると思うけど」
「ふふ……ならそれまでいつ呼ばれてもいいように待っていますね」
ぐでーとベンチに背を持たれ全身を弛緩させる。
上を見上げれば春の日和の少しだけ肌寒い空気と温かい日光が刺していた。
「良い天気だね……」
「そうですね、ホウエンは全国的に見ても比較的暖かい地域ですから、春の季節は過ごしやすいですね。私は冬のほうが好きですけど」
「それはまあシアはね……うちの引きこもり勢もそろそろ動き出す頃だよ」
エアとか、シャルとか、それにアースもだが、冬になると途端に家の中でだらけ出す……いや、シャルは割と年中のような気もするが。
「そう言えばアローラってとこがあるらしいんだけど、ホウエンよりさらに温かいらしいよ?」
以前も言ったが、自分は実機で言う七世代を体験版でしかやったことが無いので、前世で言うところのハワイをモチーフにした南国の地域という程度の情報しか知らないのだが、別に封鎖された地域というわけでも無く、特に一部観光都市として有名な部分もあってホウエンでもある程度までなら情報を入手している。
「いつか行ってみたいとは思うんだけどね」
「ホウエンよりも暑い地域ですか……夏に行ったら私溶けますね」
「溶けるの?」
「……冗談です」
いつか行けると良いね、なんて呟きながら。
けれどそれが叶うか否かは来年、そこに全てが集約されている。
―――来年以降も世界が存続するか否か。
「なんて……言ったって仕方ないか」
やるしかないなら、やるだけの話であり。
できる限りの手は打ってきている、後は来年の話。
「まあ、今は良いか……それよりもうすぐお昼だけどどうする?」
「こちらはマスターに合わせますけど」
「そっかー……うん」
今朝いきなり誘ったのだからこちらも正直プランは無いわけだが、まあ幸いにしてキンセツシティならだいたい何でも買えるし。
「それじゃ、また商店街のほうに戻ろうか」
「はい、マスター」
すく、とベンチから立ち上がり。
「それとシア」
一歩、足を進めて振り返る。
「はい?」
後ろをついてこようと立ち上がったシアが首を傾げ。
「今更だけど今日はマスター禁止ね?」
「え……?」
素っ頓狂なことを聞いたと言わんばかりの呆けたシアの顔にニコリを笑みを向け。
「デートしてるんだから、名前で呼んでよ、
「な、名前で、ですか……ま、ま……」
マスター、といつもの調子で呼ぼうとして、一瞬言葉に詰まり。
「は……
気恥ずかしそうに頬を赤らめながら呟かれた自分の名前に、一瞬とくん、と心臓が鼓動を早める。
「う、うーん……と、取り合えず行こうか」
ちょっと恥ずかしい、なんて今更言えるはずも無く、気恥ずかしさを誤魔化すように歩き始める。
その後ろからシアが付いてくるのを確認しつつ。
「…………」
「…………」
居心地が悪いような、そうでも無いような。
ふわふわとした不思議な気分になりながら再びエレベーターを目指して歩いた。
* * *
買い物はダメだと気づいたのは、昼食を済ませて三十分くらい街中をぶらぶらと歩いてからだった。
「ねえシアさん」
「はい? 何でしょうか、ま……は、ハルトさん」
未だ呼びなれない名前にあたふたとしているシアを見ているのはとても可愛らしく、グッドなのだがそれはさておいて。
「なんで俺たち台所用品なんて熱心に見てるの」
「……す、すいません、買い物と言われるとつい」
ぶらぶらとショッピング、というのは割と定番なんじゃないかと思ったりもしたのだが、うちのシアさんが予想以上に家庭的な件。
オーソドックスに服でも見に行こうと思ったら真っ先に買うのは靴下ってどういうこと。しかも自分のじゃなくて家族の分の。
「いや、最近穴が空いたのが増えてきたので……つい」
気分変えて、じゃあシアの好きなところで、と言ったらホームセンターに連れていかれた挙句、熱心に台所用品を品定めしているという。
いやこれデートか? 普通に家の買い物しに来ただけじゃね? という疑問はあるが。
「あ、これ良いですね……こっちも、今度あれを作るのに……」
楽しそうに、というか生き生きとしながら並べられた品々を見ているシアを見ていると、まあいいか、と思ってしまう。
普通のデート、とは言えないかもしれないが、結局そんなもの楽しめれば何でも良いのだろうから、別にこれはこれでありなのではないかと思わなくもない。
「ねえシア、それで何作るの?」
「はい、以前お母様から見せていただいた料理の本の中にあった一つでですね……」
少なくとも自分は、鼻歌混じりにあれこれと悩んでいるシアを見ているだけで楽しいのだから。
「じゃあ今度これで作って欲しいのあるんだけどさ」
「はい。分かりました、今度作ってみますね」
―――いや、これもう夫婦の会話じゃね? というツッコミは無しだ。
それを告げたらきっとまた顔を真っ赤にして慌てふためくだろう、そんなシアもきっと可愛いだろうけどね。
* * *
あっという間に夕方になった。
「すみません、ま……ハルトさん」
「良いよ、俺もけっこう楽しかったし」
結局回ったのは服屋、ホームセンター、生活雑貨にトレーナーショップとデートって何だろうと言いたくなるような場所ばかりだったが、同じ家で生活している以上あれやこれやと話題は尽きないもので、中々楽しめた一日だったと言って良い。
キンセツシティからミシロタウンまではそこそこ距離があるが、コトキタウンまではバスもあるので今から帰れば問題は無いだろう。
「はー……回った回った」
あっちこっちと店を梯子した気がする。自分の場合、買い物というのは事前に決めた物を買うだけのことが多いので、当ても無く何件も店を回るというのは余り無い。
だからシアに付き合って何件も店を回るのは多少疲れもするが、それでもシアが嬉しそうにしてくれているのだからまあいいかという気分にもなる。
「そろそろ遅くなるし……帰ろうか」
「あ……はい」
夕焼け空を見上げながら、バス亭へと向かって歩く。
そんな自分の後ろをシアが付いてきて……。
とん、と直後に背を引かれ思わずつんのめりそうになる。
「……シア?」
振り返ればシアが自分の上着の裾を掴んでいて。
「え……あ、い、いや……何でも、無い……です。ごめんなさい」
すぐさまハッとなってその手を放し、慌てたように何でもないを繰り返す。
無意識的だったらしいその行動に、夕焼けの中でも尚はっきりと分かるほど頬を染めて。
「……本当に?」
問う。
僅かにずらされた視線を、一歩距離を詰め、無理矢理に視線を合わし。
「ちゃんと言え」
告げる言葉にきゅっとシアの口元がきつく結ばれ。
「
名を呼べば、それが緩む。
観念したように、シアの手が再び自分の裾を掴み。
「……もうちょっとだけ、居たい、です」
どこか寂しそうな声で、シアが呟く。
そしてそれを突っぱねることなど、俺にはできるはずも無く。
「少し歩いて帰ろうか」
「……はい」
荷物類は全部ボックス転送で送っているし、基本的に手ぶらで帰れるのはこの世界の良いところだろう。
まあ余り大量には送れないが、衣類や小物くらいなら問題無い。
キンセツからカイナまで、それなりに時間はかかるがそれを込みにしてもまあ夜には帰れるだろう。
母さんにはすでに遅くなるかもしれない旨は朝から伝えてあるし、一時間や二時間さらに遅くなっても大して変わらない。
「手、つなごっか」
「……はい」
大きく息を吐きながら、シアを手を繋ぐ。
俯いたその顔が見せる表情はどこか暗い。
「どうしたの?」
何が、なんて問わないけれど。
けれどそれは確かにシアには伝わっていて。
「……我が儘、言ってしまいました」
そんなシアの答えに、そっかと返した。
「ちゃんと……待ってるつもりだったん、ですよ?」
「……うん」
「マスターが……ハルトさんが、ちゃんと答え、見つけてくれるまで、待ってる、つもり、だったんです」
「うん」
「でも……こんなの、ダメですよ。こんなの……こんなの……」
-――抑えられないじゃないですか。
ぎゅっと、体を強く抱きしめられる。同時に背にかかる重みと、少しひんやりとした体温を感じる。
「満たさないでくださいよ……好きが、抑えられなくなります」
「……ごめんな」
我慢させているのは自分だ。
曖昧にして、濁して、はっきりさせず、ずるずると引き延ばしているのは、自分だ。
「謝らないで、ください……マスターがちゃんと考えてくれてるのも、それどころじゃないのも、ちゃんと分かってます、から」
「……うん」
「優しくしないで、振り払って……そうじゃないと」
「……ごめん」
回された手に、そっと手を重ねる。
抱きしめてくる力が一層強くなる。
「……だめ、だって……言ってる、のに……マスターのばか」
「……シア」
すぐ後ろにある少女の頭に手を伸ばす。
身長の差で少し背伸びしながら、その頭に手を乗せ、無言で撫でる。
震えるその体を安心させるように、何度も何度も撫でて。
「……ハルト、さん」
名前を呼ばれる。同時に体がぐんと引っ張られ、真正面から抱きしめられる。
と、同時に、
「ん」
「ん!?」
唇と唇が触れ合う。
見開いた視界には、白い頬を真っ赤に染めたシアが大きく映っていて。
「好き、です……ハルトさん」
ぽたり、と。一滴、その目元から雫が零れ落ちて自身の頬を塗らした。
「好き……大好き……です」
以前にも、言われたな……ふと思い出した。
リーグの最中に、公園で、同じことを言われた。
あの時自分は同じ言葉を繰り返して、曖昧なままに濁した。
「俺も……好きだよ」
でもその好きは、本当にシアの気持ちと同じなのだろうか。
その答えは未だ出なくて。
「だから、ごめん……まだ応えられない」
だから、そう告げるしかない。
どれだけ思いを寄せられても、焼かれるような思いに駆られていようと。
自分は未だその答えを持ち合わせていないから。
「……はい……知ってます。分かってます」
涙が潤んだ瞳で、シアが自分を見つめる。
「知ってても……分かってても……それでも、言わずにはいられませんでした」
アナタのせいですよ、と暗に告げるその瞳に、分かってると無言で返し。
「シア」
「はい」
名前を呼ぶ。
「いつになるか分からない……けど、ちゃんと答え出すから、だから」
だから。
「もう少しだけ、待って」
情けない言葉だった。ともすれば見捨てられてもおかしくないと思えるほどに。
それでも。
「はい……待ってます」
あっさりと、少女は返した。分かっていたと、先ほど言った通りに。
まるで何の気無しに、そう返した。
「今はまだダメだって……知ってますから」
でも、いつかその答えが見つかったなら。
そう、見つかったなら。
「ならもし、答えが見つかったその時は……私にちゃんと答え、くださいね?」
告げて、少女は泣きながら笑った。
前回の蛇足話こっちに持ってこなかっただけ有情だと思わんかね???
書いててハルトくん、糞屑じゃね? って思わず思ったけど、基本的に好感度マックス(二周目補正)のお陰で刺されずに済んでるという。
今だから言えるけど、ハルトくんって晴人の記憶持ってても結局作られたのは十数年前だから正真正銘現在ただの十一歳なんだよな。この時点だとまだ本人も知らない事実だが。
当然のことだが子供に大人の記憶乗せたって歪にしかならない。なんの支障も無く子供として、或いは大人として振る舞うなんてことはできないのだ。
だからハルトくんは歳取るごとにただの人間になっていくけど、子供の時ほど歪さが目立つ。あと五、六年もすれば情緒も育って普通の人間になれるかな、って感じ。ああ、でも思春期だからそれはそれで情緒安定しないかもな。