でもカーテンコールにはまだ早いさ。
確かに俺たちの物語は終わった、でも現実はそこで終わらない。
これからも俺たちは生きていく、勝ち取った平和を存分に謳歌しながら、楽しく生きていく。
物語を終えたなら、その次に待つのは蛇足染みた日常譚だ。
けどまあ、蛇足なんて言ってくれるなよ?
だってそれは、俺が……俺たちが命をかけて手に入れた最大の成果なんだから。
*ヒトガタに関する考察と結論。
ヒトガタと呼ばれる存在は凡そ十年以上前に初めて発見されたとされている。
そのためヒトガタとは十数年前に突如発生した、と考えれているがこの説には反論させてもらいたい。
ヒトガタは遥か太古より存在していた。
勿論根拠はある。
超古代ポケモンと呼ばれる二体、グラードンとカイオーガ。
この二体と直接対話したところ、かつての時代の生き証人たる彼女たちに太古の時代よりヒトガタの存在はあったという証言を得た。
と、なれば。ヒトガタの希少性はご存知の通りであり、近年発見されるようになったのは単純にそれだけ人類がポケモンとの共存を深めたから、というだけに過ぎないのだと考える。
これを裏付ける資料として―――
…………。
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では何故ヒトガタという存在が生まれたのか。
その解答の一つとして、こう考える。
ヒトガタとは人と交わるためにポケモンがした進化の一つなのだと。
まず大前提として、ポケモンという存在には人と違い生殖器と言うものが存在しない。
彼らの繁殖方法には不明点が多く、自然界においても、人工的にも卵と呼ばれる物から生まれることから卵生ではないかという意見も多いが、ただ卵生ならばそれを作る器官が必ず体内のどこかに存在するはずである。
ポケモンの♂には精巣は無く、ポケモンの♀には卵巣が無い。彼らは雌雄というものを持ちながらも実質的には何の違いも持っていないということになる。
そもそもポケモンの雌雄とは外見では余り見分けることができない。
勿論プルリルやケンホロウのように雄と雌で別の姿を取るポケモンもいるわけだが、大抵のポケモンは雌雄はあれど外見的にも肉体的にも一切の違いが存在しない。
ではどこで雌雄をつけているのかと言われれば精神性だと言われる。
このことに関してはポケモン生態学研究の第一人者であるオダマキ博士からも確認を取ることができたため今回の場合においてはこれを前提としてした上での考察であることは明記しておく。
また他研究者の中にはこのことにおいて―――とした考えが―――
…………。
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―――とこのようにして、ポケモンの性別とは精神性によって決定されることが多く、それは生まれる前の卵を見れば明白である。
だがヒトガタポケモンにおける性別というのは肉体が先に来ており、後から精神性がついて回る。
つまり通常とは逆であると言える。
さらに通常の種には存在し得ないはずの器官が存在する。
♂のヒトガタの場合、精巣や陰茎などの雄性生殖器。
♀のヒトガタの場合、卵巣や子宮、膣などの雌性生殖器。
通常の種とヒトガタとの決定的な違いはそこにあり、むしろ圧倒的な強さや思考能力の高さ、言語能力などはおまけとすら言える。
ヒトガタは通常のポケモンと同じく生まれた直後からほぼ成体として誕生し、生まれた時から全ての機能が十全である。
これは生物として異様な話ではあるが、ポケモンの祖である存在を考えればけれど決して不可思議とは言えず、勿論それが神話存在であり、存在を疑われていることは分かっている。とはいえこれは主題とは関連も無いので今は置いておくとして―――
…………。
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さてここまで長々と語ってきたが、いよいよ主題である。
ヒトガタとは一体何なのか。
研究者たちの長年の疑問であり、未だ解明されない謎に対して、一つの答えを提起しようと思う。
ヒトガタとは人と交わるために適応し、進化したポケモンの総称であり、ヒトガタとなったポケモンは
そして。
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以上がヒトガタに関する考察と結論、その全てである。
この拙い論文を最後まで手に取り、読み進めたことに感謝を。
シダケタウンジムジムリーダー兼シダケポケモン研究所所長 ウスイ・ハルト
* * *
春が近づき、街中でも花が芽吹き始めていた。
ミシロタウンも一部が森に隣接しているだけあり、街の端のほうへと行けば花が咲き乱れており、散歩するにも良い場所だった。
「すっかり春ね」
幾分か、身長の高くなったエアが、風にたなびく髪を片手で抑えながら呟く。
そんな姿を、綺麗だ、なんて考えている自身に苦笑する。
「どうかした?」
けれどそんな自身の笑みに気づいたエアが振り返り、その紅い瞳で自身を見つめる。
「エアのこと……綺麗だなって思っただけ」
「っば、ばば、バカ、何言ってんのよ」
そんな自身の本心を告げた瞬間、真っ赤になる少女が愛おしい。
はあ、と嘆息しながらジト目で見る少女に、笑みを投げ返せば、再度ため息を吐かれる。
そうして二人肩を並べて歩いているとふと気づく。
「いつの間にか……またエアに背、抜かれちゃったね」
少しだけだが、エアのほうが肩の位置が高いことに気づく。
そんな自身の言葉に、数秒きょとん、としていたエアだったが。
「そう……ね」
やがてふっと笑って、呟く。
「またこうして一緒に歩けるなんて……いや、それどころか、こんなことになるなんて夢にも思わなかったわ」
ポケモンから、人へ。転じ、変じ、生じた少女はどこか困ったような笑みを浮かべていた。
「いきなり人間になって……不便とか無い?」
当たり前だが、同じ人の形をしていても、ヒトガタと人間では生命としてまるで違う存在だ。
例えヒトガタが人間と交わるために進化した姿だとしても、元はやはりポケモンなのだ、いきなりそれが人間になったからとそう簡単に順応できるはずもない。
「まあ当たり前だけど、飛べなくなっちゃったのが一番痛いわね……飛ぶの、好きだったんだけど」
まあ仕方ない、と呟くエアに、僅かに目を伏せる。
「力も弱くなったし、多分寿命も半分か、それ以下か……短くなったわね」
元が竜種である。ドラゴンは総じて成長は遅いが、平均寿命は長くなる傾向にある。
人間となった今、その概念も適用されない。エアの言う通り、竜であったころより半分以下となっているだろうことは想像に難くない。
「後悔、してる?」
少しだけ、怖かった。頷かれることが。
「はあ?」
だから、何を言っているんだ、と言わんばかりに首を傾げるその態度に、目を丸くした。
「
「そうだけど、さ……もっと何か違う道もあったんじゃないか、って思わなくも無いんだ」
「バカね……そんなもの、今の否定よ。アンタ、この子のことも否定するの?」
お腹をさするエアに、言葉に詰まる。
「それを言われるとなあ……」
「それにね」
声が弱くなった自身に被せるように、エアが口を開く。
「悪いことばっかりでも無いわよ」
「……本当に?」
思わず懐疑的になってしまった自身に、エアが苦笑して告げる。
「この子のこともそうだし。それに……」
「それに?」
一瞬、口を閉ざすエアに、思わず聞き返し。
「それに、自分でも初めて気づいたけど」
くすり、と一瞬笑い。
「ハルと一緒に歳を取れるようになったのが、凄く嬉しい」
そう言いながら、エアが花の咲いたかのような満面の笑みを浮かべる。
「…………」
呆気に取られ、言葉を失う自身に、エアがとん、と肩を寄せてくる。
「十年先も、二十年先も、五十年先だって……
―――胸の奥から、何かが込み上げてきた。
「竜の時と比べれば、確かにたくさん失くしたけど……代わりに、
―――熱くて、熱くて、胸の奥を焼き焦がしてしまいそうなほどに熱い、何かが。
「エア」
呟き。
「何? ハr―――っ」
こちらを向いたエアの唇を奪う。
―――ばくばくと心臓が高鳴っていた。
「エア」
呆けたように、目を見開いたエアの名を呼び。
「好きだよ……いや、そうじゃないな」
ぎゅっと胸に抱きしめ、その耳元に囁く。
「―――愛してる」
愛おしかった。目の前の少女が。
胸を焦がすほどに、感情が溢れてしまって。
自分でも抑えが効かないほどに、愛おしさが溢れていた。
「……それ、他に何人に言ったのよ」
「……えっと、(シアとシャルとチークとイナズマとリップルとシキで)六人くらい?」
ぽかん、と頭に拳骨を落とされ、思わず蹲る。
「バッカじゃない!? ホント、馬鹿! 馬鹿! 大馬鹿!」
怒鳴るようなエアに、正直に答えたのは不味かったかなあ、なんて他人に聞かれたらそうじゃないと言われそうなことを考え。
「ふん……もう帰る」
猛々しく鼻を鳴らし、背を向けて去っていく少女の後ろ姿に、思わずため息を吐く。
直後、とん、と目の前で足音がして。
「……エア?」
怒って帰ったはずの少女が目の前にいた。
むすーと不機嫌そうな表情で自身を睨む少女に、えーと、とか、あー、とか曖昧な言葉が漏れ出てくる。
「その……なに?」
思わず問うた言葉に、エアがすっと目を細め。
「一つだけ、忘れてたから」
「な、何を、かな?」
そんな自身の問いに答えることなく、エアが自身に手を伸ばし。
顔を抱き寄せられると同時に、唇に柔らかい感触が触れた。
「……え」
それが何なのか、理解するより早く。
「私も、ハルを愛してる……それだけ」
それだけ、と言い残して、少女が足早に去っていく。
後に残されたのは、腰が抜けたかのように花畑に座り込む自身だけであり。
「……は、はは……あははは……あははははは!」
思わず、笑いが込み上げてくる。
きっと少女は今頃、家路についているのだろう。
その顔を真っ赤にしながら、なのにどこか不機嫌そうに…………そんな光景が簡単に想像できて。
「はは、あはははははは」
笑った。笑った。笑った。
笑って、笑って、ひとしきり笑って。
どさり、と花畑に大の字になって寝転がる。
「ふ、ふふ……あー、ホント」
空が青かった。
かつて黒に染まっていたはずの空は、今はもう晴天に彩られていた。
平和だな、なんて思った。
ずっとそれを求めていた。
ずっとそれを追い続けていた。
今ようやく、それを手に入れたのだと、実感できた。
「……敵わないなあ」
本当に敵わない。
一度好きになってしまったら、深みに嵌るようにどんどん好きが溢れてくる。
ああ、本当に。
恋愛なんて惚れたほうの負け、だなんて言うけれど。
きっとそれは、思いを通じ合わせた時に初めて勝ちと言えるのだ。
好きな人が、自分を好きでいてくれる。
それがこんなにも嬉しいなんて。
心臓が弾けそうなほどに鼓動を打つ。
きっと明日も、明後日も、一週間経っても、一か月経っても。
一年後も、十年後、五十年後まで。
自身は彼女たちを好きでい続けるのだろう。
彼女たちは自身を好いてくれるのだろう。
繋がる絆がそう教えてくれる。
喧嘩するかもしれない、泣くことも、泣かせることだってあるかもしれない。
それでも俺たちは繋がっている。
切っても切れない確かな絆で結ばれている。
だからきっと。
この絆は永遠で。
この思いは永久だ。
そうやって明日も明後日も、一週間後も、一か月後も、一年後、十年後も、五十年後も生きていく。
くるくるくるくると、人生は回り続ける、まるで人形劇で踊る人形たちのように。
「さて、と」
起き上がり、服についた土を払う。
振り返ればいつものミシロの街並みが見える。
いつもと変わらない、自身が愛した風景。
歩きながらそんな風景を漫然と眺めていた。
街の入口を見て、初めてエアと出会った時を思い出す。
家の玄関先で立ち話をする主婦を見て、シアもあんな風に輪に入って話していたことを思い出す。
街外れの森を見て、シャルと夜の散歩に出たことを思い出す。
遠くに見える広場を見て、チークやイナズマと特訓をしたことを思い出す。
そうして見えてきた自宅、庭先でリップルがプールに入っていたことを思い出す。
ふと見たお隣、ハルカの家からさらに少し離れた一軒家で、シキと一緒に食卓を囲んだことを思い出す。
なんだか懐かしい、なんて思いながら、玄関の扉を開いた。
「ただいま」
Q.つまり? どういうこと?
A.やったねハルくん、家族が増えるよ!
今からネタバレ書いてくるからちょっと待ってて。