――――頼むぜ?
一方的にそう言い放ち、家を出て行ったグラードンの姿に一瞬思考がフリーズし。
「あ、おい、待て!」
その背を追おうと玄関の扉に手をかけた瞬間。
prrrrr
電子音。
それが自身のマルチナビから発せられているのだと気づく。
「何だよこんな時に!」
思わず毒吐きながらナビに視線を落とし。
「…………………………………………」
送られてきた情報に目を通した瞬間、絶句した。
玄関越しに外を…………空を見上げる。
闇黒の夜空の中を光が瞬く。
レックウザ、そしてカイオーガの戦いは刻一刻と熾烈さを増していっている。
そして先ほどの様子からして、恐らくそこにグラードンも加わるのだと考えれば。
「…………それでも勝てないのか?」
確かに過去の世界において、グラードンとカイオーガはレックウザに二度敗北している。
だがそれは、三つ巴の戦いにおいて、レックウザが最後まで残った、というだけの話であり。
だったらグラードンとカイオーガ、二体が協力…………は無理だとしてもレックウザ一体を敵として戦ったなら。
過去においてあり得ざることではあるが、だが今現実にそれが起ころうとしている。
だがグラードンはそれでも時間稼ぎにしかならないだろう、と自身へ言った。
二対一ですらレックウザのほうが強いのか、確かにレックウザ相手では天候を変えることのできない不利がある以上、全ての力を出し切るということができないのは分かるが…………。
「くそ、やっぱ情報が足りない」
グラードンが過去の経験から分かることを教えてはくれたが、それを差し引いても分からないことが多すぎる。そうして相手のことがまるで分からないのに、相手のほうが桁違いに強く、そして対処を要するという状況は厄介極まりない。
さらに状況を混迷に導くのがたった今ナビに届いた情報。
「よりにもよって…………って感じだな」
いつ来るのか、ずっと観測を続けていた。
いつか来ると分かっていたから、そのために人を動かし続けていた。
だから、来る時が来た、それだけの話。
それでも。
「この状況は不味い」
――――ホウエンに向けて、隕石飛来。
それがたった今、トクサネ宇宙センターにいるらしいダイゴから届いたメッセージだった。
時期や規模など一切書かれてはいない辺りがダイゴらしくも無いと思った。
あの御曹司が泡食って慌てふためいている様子も想像はできないが、それでも冷静さを失くす程度には動揺しているらしいことはその端的な文章が伝えてくれた。
問題は、ここからだ。
上空で荒れ狂うレックウザはグラードンの言によれば『メガシンカ』の影響でああなったらしい。
滅びの願い、破滅の祈りによって『メガシンカ』してしまったが故のあの荒れ狂い様。
だが実機にそんな設定は無かったはずだ。というかそこまで無茶なことできるはずがない。
実機をやった上での推察だが、レックウザをメガシンカさせるには通常のポケモンをメガシンカさせるのとは比較にならないほどの桁違いのパワーを要すると考えている。
だからこそ、実機においてヒガナは大量のキーストーンを集めていた。
キーストーンとメガストーンは対の存在だ。
互いが『共鳴』するからこそ、その力が発揮される。
そしてレックウザのメガストーンとはその体内、『ミカド機関』と呼ばれる臓器にため込まれた隕石そのものである。
その設定があるからこそ、レックウザはメガストーンを持たなくともメガシンカができる実機でも屈指の強さを誇るポケモンだったのだ。
だからこそ、ヒガナがレックウザを使って隕石に対処するならば、必ず『キーストーン』を求めるはずなのだ。
そのためにホウエン各地でそれを奪われた人がいないか、ポケモン協会に頼んでそれとなく調査してもらっていた。
結果は零。
――――ならどうしてレックウザがメガシンカしている?
メガシンカに必要なエネルギーとはポケモンとの絆だと言われている。
レックウザがメガシンカするのに必要なエネルギーとは一体どれほどのものだろうか。
実機ならば主人公一人で何気無く賄っていたが、歴史を遡り、さらにヒガナがやろうとしていたことを考えるならば、ホウエン中の人間が祈り求めるほどの絆が必要になるのではないか?
何せ本当に個人で賄えるのならば、ヒガナは最初からキーストーンを集めて祈れば良かったのだ。わざわざグラードンやカイオーガなど蘇らせてホウエンを滅ぼすよりよっぽど安全で確実ではないか。伝説のポケモンを甦らせるのと、キーストーンを大量に集めること、どっちが簡単かなんて考えるまでも無い。
実機においてのヒガナのセリフを見るに、隕石が落ちれば世界が滅びる。
つまりは、ヒガナ単独でレックウザをメガシンカさせることは不可能なはずなのだ。
じゃあなんで実機で主人公は普通にメガシンカさせているのだろうか、とか、不可能なはずなのに何でヒガナさんキーストーン集めてたの、とか。
エピソードデルタ自体が後付けで作ったような設定だけに色々と説明のつかない行動はあるのだが。
少なくとも、キーストーンを大量に集めてレックウザをメガシンカさせる、というのはヒガナにとって苦渋の選択だったのは間違いない。それまで人を誘導してきたヒガナが自ら積極的に動きまわったのがその証拠だろう。
そして結果的にヒガナ単独ではメガシンカさせることができなかったのも事実。けどそれはレックウザ側に原因があった、ということはヒガナ側の準備は良かったということ。
エピソードデルタでヒガナがやったことを考えると、やはりキーストーンを集めていただけのはずなのだが…………なんで最初からそっちの方法でやらないのだ、もしグラードンやカイオーガの復活によって世界が救われてもホウエンが滅び損ではないか。
とは言え、これらの考察に関してある程度の推測というか、答えというのはあるのだ、ほとんどこじつけにも等しいものなのだろうが。
つまり『伝承者』が問題なのだ。
ヒガナの行動は全て『りゅうせいのたみ』の『伝承者』の果たすべき使命に起因する。
そしてこれはエピソードデルタ内ではっきりと言われていたわけではないが。
名前だけ出てきた『シガナ』という女。彼女こそが正当な伝承者であり、けれどシガナは(理由はどうあれ)いなくなってしまったために急遽ヒガナがその跡目を継いだのだと思われる。
これは公式設定でヒガナ自身には特別な才能はない、と言われているのもまたその説を助長している。
そして本来、『そらのはしら』にレックウザを呼び出すことも、キーストーンを使ってメガシンカさせることも正当な『伝承者』ならば可能なのではないだろうか。
だが先の推察通りならばヒガナは正当な『伝承者』ではない。
だから『そらのはしら』でレックウザを召喚できるか、そしてメガシンカさせることができるのか、それが分からなかった。確実性が無かった。
だから過去の歴史を真似、グラードンやカイオーガの復活でホウエンを危機に陥れ、人々の祈りでレックウザを呼び出し、メガシンカさせようとした。
こう考えると辻褄が合う…………ような気がする。
やはり細かい設定を考えるとボロの出る推論だが、結局のところ重要なのは実機における設定でなく
実機の設定が実際は公式がどう考えているのかとかそんなことはどうでもいいのだ。結局のところ、実機の設定に近い世界だからこそ、実機を参考にしただけであって、一番重要なのはこの世界の話なのだから。
実機において主人公がレックウザをメガシンカさせることのできた理由もまた、主人公が『伝承者』となったから…………或いは、それをできる素質がある人間こそが『伝承者』と呼べるのかもしれない。
実機主人公ができるからと言って、この世界で主人公ポジの自分にできるとは思えないのが困った話だ。どう考えても自分が実機主人公ほど特別な存在とも思えない。
とは言え、だったらそれはそれで良い。
結局、何とかしなければならないのは同じなのだから。
そしてだからこそ分からない。
「キーストーンはどうやって補った?」
それを言えばメガストーンもだ。
ホウエンで最近キーストーンが奪われたという事件も無いし、そもそもキーストーンなんてそうそう出回るものではないため買うという選択肢も難しい。そんなもの大量に集めている個人がいればどうやったって目立つだろう。
故に、ヒガナが自分の分のキーストーンしか持っていないのは確実だ。
実機のセリフから考えれば、通常のキーストーン一つではまず間違いなくレックウザの力に耐えられない。つまりメガシンカするだけのエネルギーが引き出せないのだろう。
メガストーンも同様だ…………いや、メガストーンは隕石で補えるのだから最悪どうにでもなると言えばどうにでもなる。元々レックウザも飛来する隕石を食べる習性のようなものがあるらしいし。『ミカド機関』とはそうして得た隕石からエネルギーを取り出すための機関であり、そんなものができるくらい隕石をため込んでいるようだし、案外ぽろっと落ちてきた隕石でも食べたのかもしれない。
というかここまで半ばヒガナがメガシンカさせたとして考えているが、本当にヒガナなのか?
なんでヒガナがレックウザを暴れさせようとするのだ?
ヒガナの目的は巨大隕石から世界を守ることではないのか?
分からないことだらけで何から手を付ければいいのか分からない。
かと言って思考を放棄して上空のアレに勝てるとはとてもじゃないが思えない。
何か…………思考の迷路を抜け出すための何かが欲しい。
そんな風に思考が袋小路に陥っている時。
prrrrr
二度目の電子音が鳴った。
* * *
「グルウウウウアアアアアアアアアアアアア!!!」
ポケモンとしての姿を取り戻したグラードンが光に包まれ、球体上の光が割れる。
中から現れた元の姿より一回り巨大となった大地の王が咆哮を上げる。
レックウザが現れたゲンシグラードンの姿を一瞬見つめ。
「キュリィオォォウォォ!!!」
けれど現在進行形で対立しているゲンシカイオーガのほうへと向き直り、雷鳴を、流星を咆哮を、ありとあらゆる技を雨霰と降り注がせる。
天候を封じられ、本来の力の引き出せないゲンシカイオーガではそれらを全て捌き切ることはできず、けれど致命的なダメージを追わないよう雷鳴を、流星を、咆哮を迎撃していく。
それでもじわり、じわりとダメージはかさんでいく。同時に回復もしていく、だがどう足掻いても攻守の立ち位置を入れ替えることはできない、純粋な力の差がそこにあった。
だがそこにグラードンが加われば話はまた別だ。
“ちかくへんどう”
グラードンが拳を叩きつける、と同時に大地が鳴動する。
まるで脈打つような地響き。直後、グラードンの周囲十メートルほどの大地が
盛り上がる、というよりそこだけまるで巨大な柱になったかのように上空に向かって伸びていく。
上空にいる敵に攻撃が当たらないならば
まるでそんなことを言わんばかりの余りにもふざけた光景だが、こと伝説のポケモン同士の戦いとして考えるならば酷く
レックウザとの高低差をほぼ零に近づけたグラードンにレックウザが吼える。
“ハイパーボイス”
激しい音がグラードンを襲い。
“だんがいのつるぎ”
放たれた大地の刃が音を切り裂き、レックウザを襲う。
“かみなり”
直後にカイオーガから放たれた雷鳴が黒龍を襲う。
純粋な能力差で言えばレックウザのほうが圧倒的に優位ではある、だが二対一という数の優位はそれを補えるだけのものがある。
――――そう、だから。
「キュゥゥリォォォォォォォ!!!」
ふっと、レックウザが漆黒の夜空へと消えていく。
黒ペンキをぶちまけたような空の色に黒一色の龍の体が完全に溶けてしまい、その姿を目視することすらできない。
直後。
“あんやのつぶて”
一直線に貫くそれはまさしく闇色の槍だ。
咄嗟のグラードンの防御も何もかも貫いて的確にその急所を抉った一撃に、グラードンが絶叫する。
――――能力の優位はレックウザに、数の優位はグラードンとカイオーガに。
“こんげんのはどう”
グラードンへと追撃をかけようとするレックウザを阻止するかのようにカイオーガから放たれた強烈な水の弾丸がレックウザを穿つ。
カイオーガの持つ技の中でも最強に近い威力を持つ一撃。
けれどそれを受けても尚、レックウザは怯まない。
互いに互いの優位を持つ。質ならレックウザ、量ならグラードンとカイオーガ。
そしてだからこそ、もう一つの相性が両者を分かつ。
それこそが。
レックウザの持つ『タイプ』の優位に他ならない。
生命を侵す最凶のタイプ相性はそれを持つ生命自身をも蝕む。
そしてだからこそ、他の生命にとってそれは致命的なのだ。
――――けれどそんなことは最初から分かっている。
グラードンも、カイオーガも。
相手のほうが強いのも、相手の攻撃が自分たちにとって致命のものであることも分かっている。
それでも、戦う、戦うしかないのだ。
自分たちが敗北する未来に向けて、走るしかないのだ。
その未来の到来を一分一秒伸ばせれば。
その先の未来で、彼が何かを思いついてくれたなら。
――――それこそが勝ちってか? 狂ってるな俺も。
――――それを言えばアタシもかな?
一瞬の目配せ。ニンゲンに化けている時ならばともかく、本来の姿。
けれど不思議とその目から感情が、意図が、透けて見えた。
――――まあ、アレだよな。
――――そうだね、アレだね。
どうしても信じたくなってしまう。
結局、本能的なところでグラードンもカイオーガも『ポケモン』なのだ。
――――負けちまったからな。
――――負けちゃったからね。
一言で言えば。
惚れた弱み、というやつだ。
恋愛的な意味じゃないぞ?
グラカイがヒロイン参戦とかないから。
…………あと二日でウルトラムーン発売なんですけど(白目
グラブルの古戦場、リブレスのレイドイベント、そして多数の面白いスレの発掘。
来るオフ会、忙しい仕事、書くほどに増えていく残り話数。
17日までに終わらせると言ったな…………無理だった(
うん、もう諦めた。
今年度中くらいに変えとくわ。
そして最終章話削ろうかと思ってたけど、諦めて全部書く。多分⑮まで続きそうな気もするけど、もう仕方ないとする。