「強くなりなさい」
新しい『オトウサン』はそう言った。
「強くなれないなら、死ぬしかない」
新しい『オトウサン』はそう言った。
だからマシロは、分かりました、と頷いた。
そこに一切の疑問も無く、マシロは頷いた。
だってそんなものだから。他人にとってそれは異常に見えて、マシロにとっては
マシロが『オトウサン』と初めて出会ったその日。
まず最初に『オトウサン』がしたことは、マシロから名前を奪うことだった。
その日から、マシロはマシロで無くなった。
* * *
アオ、と呼ばれた少年が拳を握る。
そうして。
「オラ、行くぞ」
“アクアジェット”
「サクラ、“エナジーボール”」
指示を出す、が、遅い。
アオギリは何も言っていない、にも関わらずポケモンが技を出している。
つまりそれは信頼と経験値の積み重ねに他ならない。
何も言わなくても何をすればいいのか、分かる、要は絆だ。
勢いよく噴き出す激流に押され、サメハダーがサクラへ激突する。
とは言え“アクアジェット”自体は優先技だ、威力は低い。
だが。
「そのまま殺れ」
“かみくだく”
大きく口を開き。
がちん、と閉じる。
同時に巨大な半透明な牙がサクラを襲う。
「ゆ…………い…………たい…………」
『エスパー』タイプのサクラに、『あく』技はかなりの痛手だったらしい、目じりに涙を浮かべ、蹲る。
「…………戻れサクラ」
ここで我慢して技が出せないのは、精神性の幼さに加えて経験の少なさか。『ひんし』と行かずとも戦闘不能とは見て良いだろう。
これ以上はただのトラウマにしかならない、そう判断し、咄嗟にサクラを戻して。
「仕方ない…………来い、アース」
ボールを投げる、出てくるのは今度こそ正真正銘のガブリアス、アースだ。
「……………………っち」
場に出てき、そうして戦闘態勢を取る、だがどこか不機嫌に舌打ちする。
だがそんなことは関係ないと、サメハダーが再び動き出し。
「うちのチビ泣かしやがったな」
“しゅくち”
“ファントムキラー”
サメハダーが動きだすよりも早く、アースが地を蹴り上げ。
「ぶっ死ね!」
振り上げた拳でサメハダーの顔面を抉った。
「ぐ…………があっ…………」
絆は繋がれていないため、裏特性は発動はしていない。つまり普段の運用より随分と能力は下がっているが。
殴り、蹴り上げ、叩きつけ、突き上げ、撃ち落とす。
まるで身に溜めこんだ怒りを発散するがごとく。
「…………アース」
少しだけ意外だった。アースは元が野生のポケモンだ。だからこそ、良くも悪くも、弱いやつが悪い、強いやつが正しい、というような考えをしていた。実際、自身に従っているのだって、自身が勝者だからだ、そう思っている。
だからこそ、意外なのだ。
サクラを傷つけられて怒る、ということが。
だが考えてみればそうでも無いのかもしれないと気づく。
彼女は王だ。
群れ為すチャンピオンロードのガブリアスたちの王。
だからこそ、自身より下の者は彼女にとって庇護対象になるのかもしれない。
エアにしろ、シアにしろ、シャルにしろ、チークにしろ、イナズマにしろ、リップルにしろ、ルージュにしろ。
彼女たちはアースと対等だった。守るべき対象でも無ければ、守られる対象でも無い、仲間だった、同等だった。
そう考えれば初めてなのかもしれない、アースにとって。
自身より下の存在が群れに加わるというのは。
確かにサクラを見ていると庇護欲をくすぐられる感覚はあるが、まさかたった一日で、それもあのアースが堕ちるというのは割と驚きではある。
異能によって形成されたフィールドの効果によって、なまじ耐久が上がっているせいで、元は紙装甲のサメハダーでもガブリアスであるアースの攻撃を耐えることは出来ている、だが出来ているせいで余計に苦しんでいるような感じもある。
確かにアオギリと共に戦ってきた歴戦のサメハダーなのかもしれないが。
頂点で在り続けるため、あのチャンピオンロードの地獄の中で闘争に明け暮れていたアースが相手では分が悪いとしか言いようが無い。
「ぐ…………が…………」
「はあ…………はあ…………」
ようやく怒りが収まったのか、荒く息を吐き出しながら立ち止まるアース。
対して相手のサメハダーは、完全に『ひんし』状態。グロッキーである。
「くそ…………があ…………」
サメハダーをボールに戻しながらアオギリが歯ぎしりする。
次のボールを取ろうと腰に手を回し。
その手が止まる。
「これ以上は無駄、か」
正直、あのヒトガタのサメハダー以上の存在がいる、とも思えない。
となれば、残りのポケモンでアースを相手にできるか、と言われれば。
「…………二度目だぞ、クソがあ!」
怒りに声を荒げても現実は変わらない。
と、同時に周囲の景色が変化していく。
異能が解除されたのだ、と気づいた瞬間、博物館の景観が戻って来る。
「ハルト!」
直後聞こえた声に振り返り。
「アンタ、大丈夫なの!?」
すぐ傍にやってきたエアに、思わず安堵する。
この小さな相棒を抱きしめたい気分でいっぱいになったが、ぐっと我慢して。
「うん、問題無いよ…………そっちは?」
問い返す自身に、エアが視線だけで答えを返す。
視線の先を見れば、
そうして冷静になって周囲を見渡せば、すでにハルカとクスノキ館長の姿も無い、どうやら無事逃げたらしい。
「どうやらこれで…………」
呟きと同時に、たたたたた、と多人数が階段を昇って来る音。
「ハルト!」
「ハルトさん!」
やってきたのは、シキとミツルだ。
後ろには
「…………な、こりゃあ」
いるはずの無いトレーナーたちの姿に、アオギリの目が見開かれ。
「チェックメイト、だね」
にぃ、と口元が弧を描き、自身は嗤う。
* * *
そもそもの話。
チャンピオンというリーグを動かせる公権力を持っていて。
今日、この場所にアクア団が来ると分かっているならば。
最初からリーグを動かせば、ここで一気にアクア団を壊滅することができるのである。
だったらそれをやらない理由は無い。
チャンスがあればいつでも狙うべきだと思っていた。
そして一番最初のチャンスがここだ、この博物館襲撃イベント。
どうしてここなのか、と言われれば。
恐らく理由を考えれば来るのはアクア団だろうとは予想していた。だがその前に、一度ぶつかったせいで本当に来てくれるか多少の心配はしていたのだが。
アオギリが目の前に出てきた時、思わず安堵してしまった。実機では出てこないウシオまでやってきた時は歓喜すらした。
幹部のイズミが残ってはいるが、アオギリを押さえた時点で半ば勝ちも同然だ。
だから、ハルカ、ミツル、シキには予めアクア団が来るかもしれないことを伝え、リーグに要請してリーグトレーナーたちをカイナシティの街中に潜ませていた。
エアには恐らくアクア団のアジトがあるだろうミナモシティでアクア団が動いていないか見てもらっていたのだが、カイナに来た当日にポケモン協会からアクア団らしき集団がカイナに来ているとの話を聞いて、どうにかしてこっちに来れないかと思っていたのだが、そこでまさかのサクラである。
『エスパー』タイプのポケモンというのはある程度超能力のようなことができる。自身の想像を
後は簡単だ、博物館に入った時点でアクア団が確認できたので、こっそりとミツルを外に出してリーグトレーナーたちにアクア団が動き次第、博物館を包囲、突入し、団員たちを確固撃破、捕縛してもらうよう連絡を取り、リーグトレーナーたちが来るまでの間一階をシキに守ってもらうことで、対処していた。
そうしてリーグトレーナーたちが二階に来た、ということは下の団員たちは全て捕縛済みであるということであり。
それはとどのつまり。
「チェックメイト、だね」
告げる言葉に、アオギリは動かない。
否、動けない。
ここは二階。そして階段はリーグトレーナーたちが押さえている。
そして知らないだろうが、博物館周囲も包囲されており、完全に袋の鼠だ。
「…………クソが…………糞がああああああ!!!」
激昂するが、どうにもならない状況なのは理解しているらしい。
やってくるリーグトレーナーたちがアオギリを捕縛するが、抵抗らしい抵抗も無い。
ウシオもまたそんなアオギリの姿を見て、抵抗してはならないことを理解したらしい、大人しく縛に着く。
両脇を固められ、歯を食い縛るアオギリの傍に歩いていき。
「ねえ」
声をかける。
「…………んだよ」
ぎっ、と射殺すような視線でアオギリが自身を睨み。
「…………一つ、取引しない?」
笑みを浮かべながら、そう問いかけた。
「…………っち、この状況で、今更何のだよ」
舌打ち一つ、心底面倒そうに、吐き捨てるようアオギリが呟き。
「
告げた言葉に、顎が外れたのかと言わんばかりに口を大きく開き、驚愕に目を見開いた。
* * *
しんしんと、雨が降っていた。
「ぐ…………あ…………」
ごぽり、と。
喉を詰まらせ、吐き出せば鮮血が新緑を染め、雨がそれを押し流していく。
「けほ…………がほ…………」
何度となく咳き込む。そのたびにべちゃ、べちゃと鮮血がまき散らされ。
ずるり、と立っていられなくなって太い木の幹を背に座り込む。
「…………はあ…………はあ…………はあ」
収まらない荒い息。否、最早収まることも無いかもしれない。
雨に打たれ、頬を雨粒が流れていく、だがそれすら気にならない。
否、
どくん、どくん、どくん、と心臓が早鐘を打つ。
青かったはずの着衣は血に染まり、すでに立ち上がるほどの体力も無い。
なんとか流れ出す血だけでも止めようとするが、最早それを為すだけの体力すら残されていない。
雨を吸い込んだ服のなんと重いことだろう、腕を上げようにも重くて持ちあがらない。
「………………ア……ス」
ぽつり、と何かを呟こうと口が動く、だがそれすら言葉にならず。
直後、その全身から力が抜ける。
ころり、と力無く開かれた手のひらから透明な珠が転がり落ちる。
ころころ、と珠が転がって。
ピタリ、と止まった。
* * *
「はー、疲れたあ」
ポケモンセンターに戻り、ロビーの椅子に座ると思わず大きなため息が出る。
アオギリとの
「ハルト」
椅子に座り全身の力を抜いていた自身に、シキが声をかけてくる。
「どうしたの? シキ」
「さっき言ったこと、本気?」
眼鏡の奥に見える瞳の真剣さに、思わず目を丸くする。
「…………さっき言ったことって、アオギリとの話?」
尋ねると、こくり、と頷くのでそうだよ、とこちらも肯定する。
「伝説のポケモン、グラードンとカイオーガ。ハルトはその復活を阻止するために活動してたんじゃ無かったの?」
まるで裏切られた、とでも言いたげなシキに、思わず首を傾げる。
「俺…………最初に言わなかったっけ?」
“ホウエンの伝説を捕まえたい、協力してくれないか”
二年前、初めてシキと出会い、本気でバトルし、その後。
自身は確かにそう言ったはずだ。
問われ、ようやくその言葉を思い出したのか、シキが僅かに目を細め。
「あれは…………伝説のポケモンたちが悪用されるのを防ぐためだったんじゃ」
「そうだよ、
半分、というその言葉に、シキが警戒するようにこちらを見つめる。
「ハルト……………………
いざというときは実力行使も辞さないと言わんばかりのシキに口調の強さに、苦笑し。
ピピピピピ、と。
口を開こうとして、電子音が鳴り響く。
音源へと視線を移し、それがポケナビから鳴り響く着信音だと気づき、シキを一瞥する。
「出ていいわよ」
許可をもらい、一つ頷くと通話ボタンを押し。
『ハルトくんかい!?』
通話状態になると同時に響いた声に、目を丸くする。
「オダマキ、博士?」
「お父さん?」
机越しにだが、その声を聞いたハルカがこちらへと視線を向ける。
「あの、どうしました?」
普段かけてこないだけに、突然の連絡に割と驚きながらも、尋ねて。
『大変なんだ! キミのお母さんが、お母さんが』
「母さんがどうしました!?」
慌てたその声音に、何かがあったのだと、しかもそれは自身の母親に関連したことだと悟り、思わず口調が強まり。
『キミのお母さんが、倒れたんだ!』
電話越しに聞こえた言葉に、思考が凍り付いた。
祝! アクア団壊滅!
……………………はええよ?!
実機的に言うと、まだバッジ2個しか持ってないのに、もうエンディング半分いっちゃったくらいの速さだよ?!
と思うじゃん?
現状四章二十話以上書いてて。
――――まだ4分の1くらいなんだ(白目
この小説書き始めてのって7月くらいだった気がするので、一年内に終わらせたいなあ(終わらないフラグ