篠ノ之束は大罪を連れ、エド達に何をするでもなく去って行った。
あれをどういう形で彼女の目的に活用するのかまでは分からなかったが、束の切実な叫びに嘘はなかったと、エドは思う。
さて、どうしたものかと彼は思案する。
インパクトのある出来事が連続したせいで、彼は何から片付ければいいのか判断に困っていた。
千冬に束のことを報告しに行った
「お?」
と、そこで、エドは草木の陰に隠れている男子生徒を発見した。
一学年ごとに指で数えられる程度の数しか存在しない、TS未経験の純粋な男である少年だ。
男だった女、女だった男、普通の男、どれもこれもがTS一夏に惚れる中、女になった一夏に惚れていない珍しい男子生徒だったので、エドもおぼろげながら覚えていたようだ。
「どうしたお前、なんでそんなとこに隠れてるんだ?」
「!?」
男子生徒は驚きながら振り返り大声を出しそうになるが、隠れているのを思い出してぐっと声を堪えたようだ。
そしてエドの顔を見て、彼が特定の女子と仲良くしていたリア充であることを思い出す。
男子生徒は少し悩んでいたようだが、自分よりちょっとでも恋愛経験のありそうな、かつ悩み相談をすればいいアドバイスをくれそうな顔をしている――いいアドバイスをくれそうな性格をしているわけではない――、二組の委員長・エドモンド本田を頼ることを決めた。
「なあエド。ちょっと相談に乗ってもらっていいか?」
「いいぜよ。ちょっとした相談くらいなら」
話を聞こうとするエド。今は汚い話ではなく、同級生とバカっぽい話がしたかった。
「俺、ホモかもしれないんだ」
「おおっとう? ちょっとってレベルじゃないのがいきなり来たぜよ」
あゝ無情。バカっぽい話を望んだはずなのに、薔薇っぽい話に流れてしまった。
そこでようやく、エドは男子生徒が草木の陰から見ていた人物が、男になった篠ノ之箒であることに気付く。
ちょっとだけ女らしい欠点があるものの、それ以外は非の打ち所のない美少女だった篠ノ之箒。
当然ながら男になった彼女は、非の打ち所のない完璧なイケメン剣道マンになっていた。
欠点があるとすれば、箒の剣道着が異常に臭いことくらいだろう。
「どうすりゃいいんだ。この胸のドキドキ、揺れる想い……」
(どっちにも揺れる胸がねえ恋愛相談を受けた俺の方こそどうすりゃいいんだ)
「俺、異常性癖者になっちまったのかな……」
(そうだよ)
「どうすればいいんだ、エド……これから俺は、何にすがって生きていけばいいんだ……」
男同士の恋愛は薔薇と呼ばれる。つまり
勃って歩け、前へ進め、男には立派な第三の足が付いてるだろ―――そう気軽に言えたなら、エドもどんなに気が楽か。
気軽に何かを言えない状況がエドに言葉を選ばせて、思考は堂々巡り。
結果、エドはだんだん面倒臭くなって、何も考えずに適当に喋り始めた。
「お前がホモであることを恐れる必要はないぜよ」
「だけど……」
「仮にお前の先祖の中に一人でもホモが居れば、お前は生まれてこなかった。
その事実が一つの事柄を証明する。
お前は先祖代受け継がれてきたその血脈に初めて現れた、始まりのホモ。始祖のホモだ」
「始まりの……始祖の、ホモ……」
「お前はアダム。ホモのアダムだ。イヴを必要としない、より完成されたアダムなんだ」
命がなかった頃の地球に初めて生まれた命は、偉大だろう。
海の命の中で初めて陸に上がった命も、また偉大だろう。
猿の中に初めて発生した人間も、我々からすれば偉大な命だ。
なればこそ、代々ノンケであった血脈の中に初めて発生したホモも、また偉大。
"それまで誰もなれなかったものになった"という意味で、ノンケの家系に生まれた始まりのホモとは、月に初めて足を踏み入れた宇宙飛行士のそれに匹敵する人間なのだ。
「考え方を変えてみるぜよ。お前は異常性癖者になったんじゃない。
今までお前の先祖が誰もなれなかった存在に進化した、未来を生きる生命なんだ」
「そうか、俺は、ホモに進化したのか……!」
Bボタン押せよ! ポケモンGOもといホモ堕ちGOだよ! と突っ込む者はここに居ない。
「答えは得た。ありがとうエド。俺もこれから頑張っていくから」
(アーッチャー……)
「俺、告白してくる!」
「いってらっしゃい」
走り去って行く男子の背中を、手を振るエドが死んだ目で見送っていた。
やりとげた感とやっちまった感が奏でる極上のハーモニー。
まったりとしていてそれでしつこくなく、口の中に絶妙な歯ごたえとほんのりとした後味を残す後悔が、エドの体に残っていた。
(……どう答えるのが正解か分からなかったから……
……テキトーなことをそれっぽく言ってしまった……)
現在ノンケの――考えようによってはレズだが――♂箒に告白して、あの男子生徒がそのショックでノンケ、あるいはバイに戻ることもあるだろう。今のエドにはそう祈ることしかできない。
負けないホモになること、投げ出さないホモになること、逃げ出さないホモになること、信じ抜くホモになること。ホモからノンケに戻りそうなその時、きっとそれが一番大事なことだ。
ただそれは、ホモで居続けるために大事なことであり、人として大事なことではないことに留意する必要がある。
「そうだ。大切なのは、自分らしくあることぜよ」
ホモらしくあること、ノンケらしくあること、レズらしくあること、男らしくあること、女らしくあること。この世界だからこそあやふやになっているそれらについて考えを巡らせる内に、エドは一つの結論に辿り着いたようだ。
スカーやら束やら、間近に迫った危険は多くある。
だからエドはどれから片付けるべきか迷っていた。
されどエドはここで"自分らしく考える"という思考から原点に立ち返り、今すぐにでも何かやらかす可能性のある方、スカーから片付けるべきだという判断を下した。
IS学園はいい学び舎だ。
青少年が迷った時、他の青少年の決断と覚悟が、迷う背中を押してくれることがある。
「ん? 自分らしく? その人らしく? ……、……? ……!」
何気ない出会いが、閃きをくれることもある。その時エドに電流走る―――!
「そう、か。そういうことだったのか」
駆け寄ってくる
カックエー・タナカ。
エドとアルの会話にも名前が出ていた、名の知られたIS操縦者であると同時にソマリア国家代表である人物であり、二人の後ろの席の少女であり、スカーの襲撃を受けた少女だ。
彼女は昇降口でオソマを漏らした姿を発見され、スカーの被害者として病院に運ばれた。
そして本日退院し、午後の授業から出席することになっていた。
が、そんな少女の前に一人の少年と一人の少女が立ちはだかる。
少年はタナカを指差し、告発の言葉を紡いだ。
「お前がスカーだぜよ」
「……何の冗談かな?」
タナカは動揺を見せず、けれど僅かな困惑が垣間見える微笑みを浮かべ、頬を掻く。
それを見た鈴は不安になったのか、エドの背後からその背中を軽く小突いた。
(ちょっと、大丈夫なんでしょうね)
(俺を信じろ。俺がお前に嘘ついたことあったか?)
(あるわよ。え? 何? もしかしてあんたの方は忘れてんの? え? マジで? は?)
鈴が怒り始めた雰囲気を背中に感じ、エドは誤魔化しも兼ねて話を進めた。
「俺はまず、犯人の性癖を考えるべきだった。
正解は……そこにあったんだからな
俺は過去の事件を参考にプロファイリング、スカーの思考を推測した」
突きつけた指をピッと動かし、エドは推理を披露する。
「お前は恐るべき女ぜよ。
常に趣味と実益を両立していた。
『タナカ』だけを狙っていたのはフェイク。
自分を被害者に仕立て上げても、自分もタナカであるがために疑われないだろう、という企み」
「! じゃあエドは、この人が自分を容疑者から外すために自作自演やったって言うの?」
「ああ。この人はわざとオソマを漏らして、自分を容疑者にならない被害者にしたんだ」
「……」
あの男子生徒のおかげだ。
濃厚なホモ話とホミングアウトのダブルパンチによって、エドは
が、それが逆に『一時的に狂人を理解できる状態になった』というメリットをエドにもたらしたのである。
狂人は狂人にしか理解できない。
与えられた狂気は、言い方を変えれば狂人を理解できる権利であるとも言える。
そうして狂人の思考を一時的に手に入れたエドは、自分が今まで無自覚に一部の人間を犯人候補から外していたことに気が付いた。
「スカーの性癖なら、人前で漏らすのは苦痛じゃない。むしろ快楽のはずだ」
もしタナカが本当にスカーであるのなら、真っ昼間、青い空の下、人に見られる目的で、野外で漏らすのはさぞ気持ちよかったことだろう。。
見つかるまでの間、漏らした自分の姿を見られたらどうなるんだろうと興奮してたはずだ。
発見された瞬間、絶頂すら覚えていた可能性すらある。
「肌の色は? 私の肌の色は褐色ではありませんよ?」
「そこもお前の恐ろしいところだ。
お前はそこでも、趣味と実益を両立していた。
"好きな物を身に付ける"のは、そりゃ誰だって好んでやることだよな?
だけどおそらく、お前以外の誰もがそんなことを考えもしない。だから気付けなかった」
「……」
戦慄する鈴。
つまり、カックエー・タナカは、肌の上に『好む物』を塗りたくって自分の肌の色、ひいては人種を誤魔化し、捜査網を逃れていたということになる。
鈴は戦慄しつつも、全く理解できない。
「…………………………………………!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!!?!?」
いや、本当は分かっているのだ。
ただその現実を鈴の脳が受け入れていないだけで。
「でも、証拠が無い。残念ね。私がスカーだという推測、いや妄想に過ぎないでしょう?」
「いや、証拠は今見つけた。」
「……?」
エドはタナカに突き付けていた指を僅かに動かし、彼女の髪を指差す。
「オソマ、髪に付いてるぜ」
「!」
はっとして、髪に手をやるタナカ。
これが決着の一撃となった。
髪にいもけんぴが付いていた少女漫画を参考にエドが考えたハッタリが、綺麗に炸裂する。
一瞬後、タナカは狼狽し、エドは目を細めていた。
「ボロを出したな……? 普通の人間はな!
オソマなんて触りたくねえんだよ!
自分の髪にゴキブリが付いてたとして、瞬時に掴んで捨てようとできる人間が居るか!?」
「……!」
「咄嗟に手で取って隠そうとした時点で、お前はもう言い逃れできんぜよ!」
好んで常にオソマと共にあった人間だからこそ、してしまったミス。
普通の人間なら、髪にオソマが付いているわけないと思い、少し視線をやるだけだろう。
最近の事件で疑心暗鬼になっている人間でも、髪のオソマに怯えて洗面所に駆け込み、そこで初めて恐る恐る確認するはずだ。
髪のオソマを『手で取って隠そうとした』行動を見せた時点で、タナカは詰んでいた。
「……そうよ、私がスカー」
「!」
エドが追い詰めたことは無駄ではなかったようで、タナカは様子を一変させ、一転して饒舌になり、自分がスカーであることを認め始めた。
「一つ訂正しましょう。
タナカを狙ったのは、偽装の意味だけじゃない。
名前被りのキャラ被りがあんまりにも多かったから、間引いたのよ」
「想像以上に酷い理由だった……! オソマ被ってる奴がキャラ被りを気にするとかありかよ!」
タナカの言葉からは、凄まじいやけっぱち感が感じられる。
自殺直前の女性を見ている気分だ。
「一夏を狙った理由は何だ!?」
「ふふふ……あなたに分かる?
好きな男に告白して、"悪い俺、織斑が好きなんだ"と言われた私の気持ちが。
元男に女として負けた、私の気持ちが。女として、殺された、私の気持ちが……」
「!?」
「私の何がアイツに負けてるの!? って言ったら!
『顔と、性格と、性癖のまともさと、胸の大きさとスタイルの良さかな……』
って言われた私の気持ちがぁ! あんた達なんかにぃ! 分かるってのぉ!?」
「……ごめんね」
「……ごめんな」
「同情はやめろォ!」
これは酷い。
タナカが好きだった男が、タナカの必死の懇願で胸中を語ってしまった結果がこれであるというのだから、なおさらに酷い。
完全にとばっちりな一夏も、単に好きな人が別に居ただけという男も、狂乱に相応の理由があったタナカも、全員哀れだ。
許される許されないの問題を脇に置いておけば、全員が被害者であるとさえ言える。
何もかも、クソみたいなこの現実が悪い。
「だから教えてやったのよ!
あの、アイドルはオソマしないと幻想を抱いている男に!
当たり前の現実を思い知らせる、この幻想殺しの右腕で!」
嫌な幻想殺しもあったものだ。
下の幻想殺しなんて上条さんではない。下条さんだ。下条オソマだ。神裂さんが「下条のオソマ……いい名前ですね」とほざきはじめたらどうしよう。
神の右席・前方の○ン○とオティヌスのクソグニルの大規模衝突間違いなしか。
とはいえ、カックエー・タナカの目的は一つだろう。
自分の正体を隠したまま、目障りな人間全てを排除し、そして最後は自分を割と酷い理由で振った男への復讐で完結させるはずだ。
それは怒り狂って無差別八つ当たり襲撃犯と化したタナカがここまで、タナカを振った男に何の危害も加えていないことからも伺える。
ならば、ここで彼女が取る行動は決まりきっている。
自分の正体を隠すための、口封じだ。
「さあ、あんた達も味噌漬けにしてやるわ!」
「嫌よ! 絶対に嫌! そんなことになったら首吊って死んでやるわ!」
タナカが動き、鈴が動く。
IS二次創作に相応しい、代表操縦者VS代表候補生のIS戦が始まろうとしていた。