ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 作:伊崎ハヤテ
下駄箱が並ぶ玄関へと足を運ぶと、ふわりと赤毛のツインテールが視界を過ぎった。おれが知ってる中でそんな髪をしているのは一人しかいない。思わずその主の名を呼んでしまった。
「ルビィちゃん」
「ぴ、ピギッー!?」
おれよりも背の低いその女の子はびっくりしたように叫ぶと身体を下駄箱に隠してしまった。
「ごめんね、驚かせちゃったかな?」
「か、かい先輩……?」
おれだと解ると警戒を解いて、トコトコとおれに近づいてきた。少し潤んだ上目遣いでおれを見ている。ホント小動物みたいだな。
「かい先輩、どうしてここにいるんです? もしかして、どこか行こうとしてました?」
「ああ。飯が出来るまでまだ時間かかりそうだし、コンビニで時間潰そうかなって思ってたとこなんだ」
「あっ、ルビィと一緒です!」
途端にルビィちゃんの表情がぱあっと輝いた。
「ルビィ、今日発売の新作アイスを食べたくて……」
「そっか、じゃあせっかくだし、一緒に行こうか?」
「はいっ!」
おれの提案に嬉しそうにルビィちゃんは頷いたのだった。
夕暮れの橙色と藍色が混じりつつある空の下、波の音を聞きながらコンビニへの道を二人で歩く。おれの後ろをちょこちょこと後ろからルビィちゃんがついてくる。少し歩く速度を落とすと、すぐに彼女との距離は近くなった。それにルビィちゃんは何の抵抗感を示さなかった。
「そう言えばルビィちゃん、男の人は苦手じゃなくなったの?」
「かい先輩だけですよ? こんなに仲良く男の人と話せるの……」
ルビィちゃんは少し頬を紅く染めておれを見つめている。いつもとは違う彼女の視線にどきりとした。
「そ、そっか。でもそれじゃあ、いざステージの時とか男の人がいたら大変じゃないか?」
「うゅ、確かにそうかも……」
ルビィちゃんはしゅんと落ち込んだ素振りを見せた。よかった、いつものルビィちゃんだ。
「もっと慣れるように練習しないとね」
「はいっ。今までルビィはお父さんしか男の人とは話せませんでした。でもやっとお父さん以外の人と話せることが出来ましたっ」
「それ、おれの雰囲気がルビィちゃんのお父さんに似てるってことなんじゃないの?」
ちょっと意地悪な返しをしてやると、うーんと頭を捻った。
「ど、どうなんでしょう。お父さんはいつも優しい人だからそうかもしれない……」
「んー、まだおれはルビィちゃんぐらいの娘を持つ年頃じゃないんだけどなぁ」
「へへ、そうですね。迷惑、でした……?」
「いや、そんなことないよ」
ぽふりと彼女の頭に手を乗せた。ルビィちゃんは悲鳴をあげることなくそれを受け入れるのを確認すると手を左右に動かして撫でてあげる。
「それくらいルビィちゃんと仲良くなれてるなら嬉しいよ」
最初は花丸ちゃんの後ろからおれを見てたルビィちゃん。近づこうとすると更に縮こまったり悲鳴をあげたりしてた彼女が、今はこうやって隣に並んで歩いてくれてる。それだけで嬉しい。娘の成長を見守っているみたいだと思ったが、言うのはやめておこう。
「えへへ、せんぱい、くすぐったいですよぉ……うゅ……」
そんなおれのなでなでを嬉しそうに受け入れてくれるルビィちゃんの笑顔がとても印象的だった。
コンビニに入ってルビィちゃんと別れて数分。雑誌の立ち読みも終え、レジの列に並ぼうとしたらちょっと寂しそうな顔をしているルビィちゃんがいた。
「あれ、ルビィちゃん。お目当てのアイスは?」
おれの問いに、しゅんと肩を落とすルビィちゃん。
「全部売り切れちゃってました……」
「あー、新発売のアイスだもんな。売り切れは必至か……」
「はい……」
ツインテールまでもしゅんとしてしまっている。なんとかしてあげたいと考えていると、ルビィちゃんはお菓子やらジュースが入ったカゴを指さした。
「かい先輩、そのカゴはなんですか?」
「これ? 夕飯の後、お菓子パーティーみたいなことしようかなって考えててさ」
「わぁ、お菓子パーティー! あっ、ルビィもお金払いますっ」
そう言って小さなお財布からお金を出そうとするルビィちゃんをおれは制止した。
「いいよ、これはマネージャーのおれからの奢りってことで」
「先輩……、ありがとうございますっ」
嬉しそうに頭を下げるルビィちゃん。彼女に喜んでもらえるのはこっちも嬉しい。
「じゃあおれは会計してくるから、ルビィちゃんは先に店を出て待っててくれるか?」
「はいっ!」
少しは元気を取り戻してくれたみたいだ。ルビィちゃんがコンビニから出るのを確認すると、おれは足を動かしたのだった。
「おまたせ。じゃあ行こっか」
「はいっ。あ、荷物半分持ちますね」
「ありがと」と言っておれは右手に持っていたレジ袋を彼女に渡した。暫く二人で歩いていると、おれは足を止めて自分が持っていたレジ袋に手を突っ込んだ。
「そうだ、ルビィちゃん」
「はい? あっ、これってーー」
おれの方を向いたルビィちゃんの表情がぱぁっと明るくなった。おれが差し出したのは、ホームランバーのアイス。
「新作って訳じゃないけど、これ。他のメンバーには内緒だぞ?」
「先輩……」
おれからアイスを受け取ると、嬉しそうな表情をしながらおれの顔とアイスを交互に見る。それが子供っぽくて、可愛らしくて。買っておいてよかったなって思えた。頬を緩ませながらおれは自分用のアイスを取り出した。
「せっかくだし、ここで食べちゃおうか?」
「はいっ!」
停留所近くのベンチに腰掛け、二人でアイスを食べ始めた。
「えへへ、先輩が買ってくれたアイス―♪ ぺろっ」
そう言ってルビィちゃんは白いアイスをぺろりと舐め始めた。
「んん……、れるっ、ちゅっ……」
ルビィちゃんがアイスを舐める様を見てると、どことなく変な気分になってしまう。ダイヤさんは咥えて食べてたけど、ルビィちゃんはちろちろと舐めるんだな。姉妹で食べ方が違うんだね。ルビィちゃんはそんなおれのドキドキを露知らず、舐め続けている。
「ぷはっ、先輩?」
ある程度堪能したのか、ルビィちゃんが首を傾げておれを見つめてきた。
「先輩、あの、全然食べてませんよ?」
「え、あ、ああ! 食べるとも!」
少し溶けてゆるくなったアイスを口に運ぶ。うん、少し溶けても美味しいな。
「あ、そうだ先輩、ライブが終わったら時間ってありますか?」
「んー、残りの夏休みの期間は特に予定ないから比較的ヒマだよ」
おれの返答が嬉しかったのかルビィちゃんは嬉しそうな表情をした。
「も、もしよければ今度ルビィに泳ぎを教えてもらいませんか!」
「おれが!?」
「はい。曜さんの教えはアレでしたので……」
「あー、確かになー……」
先程の勉強会の曜の教え方を思い出す。アイツは何でも出来るけど、教えるってことになると、どうも上手くないからな。おれもクロール位なら出来るし、問題ないかな。
「ああ。おれで良ければ教えよっか」
「やった!」
「そうだ、男の人の視線に慣れる為にも市民プールに行ってみようか」
「えっ、し、市民プール!?」
「うん、今後おれ以外の人とも話せるようにしないとダメでしょ? もう少し男の人の視線に慣れておくのも大切だと思うから。言ってもおれと一緒にいるだけなんだけどね」
今回はマネージャーとしてここにいるが、浦の星は女子校。ましてや女の子と一緒にプールに入るなんて絶対ヤバイだろ。下手すりゃ警察沙汰になるかもしれないし。でもルビィちゃんのこの様子じゃ無理そうかな。
「わっ、わかりましたっ! ルビィ、頑張りますっ!」
ルビィちゃんは鼻息荒く決意を示してくれた。ならその決意におれも応えなくっちゃな。
「よーし、じゃあおれも曜程じゃないけど、少し厳しめにいくから、覚悟しといてな?」
「はいっ!」
元気のある返事を聞いて、おれは残りのアイスを食べきるのであった。
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ってかい先輩は言ってたけど、二人で市民プールまでおでかけって……。それってデートなんじゃ……。うわぁ、ルビィ緊張してきちゃったよ……。先輩は真剣に教えてくれそうだからこっちも真剣に取り組まないとっ! でも、少しは、ほんのちょっとでも手とか繋いでも、いいかなぁ?
いけないいけない、今はライブに集中しなくちゃ。
かい先輩。明日のライブでめーいっぱい踊って、歌いますっ。だからその後はナデナデして欲しいなぁ……。
その為にもルビィ、頑張ルビィ!