ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 作:伊崎ハヤテ
おれの足は海へと向かった。
丁度陽が沈みかけの海は空をオレンジ色に染め、幻想的な景色を作っている。そんな海辺には、先客がいた。
「おっ、千歌もいたのか」
「櫂ちゃん……」
砂浜に体育座りで千歌は海を眺めていた。おれはその隣に腰を下ろす。
「珍しいな、千歌が海にいるなんて」
「もぉ、櫂ちゃんったら。千歌がどこにいると思ったの?」
「んー、学校裏のみかん畑とか。千歌みかん好きだろ?」
「あーたしかにね。いつもならそうしたと思うんだけど――」
「けど?」
千歌はふにゃっとした笑顔をおれに向けた。
「なんだかむしょーに波の音とかが聞きたくなってね。それとね、なんとなくなんだけど、櫂ちゃんが来てくれるかもって思ったんだ」
その言葉にドキッとした。千歌が、おれが来てくれるかもしれないと思ってくれたのが、なぜだか嬉しかった。おれはその胸の高鳴りを悟られないように言葉を紡ぐ。
「そっか。予感が当たったな」
「うん、これって奇跡だよ……」
ふと肩にちょっとした重みがかかる。視線向ければ千歌の頭がおれの肩に乗っかかっているのだ。
「千歌?」
「櫂ちゃん、わたしがスクールアイドルの活動をやるって言った時、手伝うって言ってくれたよね」
「あぁ、確かそうだったな」
「千歌はね、すっごーくうれしかったんだ。今までこれといって熱中出来るものがなかった千歌のやるって言葉についてきてくれた。応援してくれるって言ってくれた」
彼女の一人称が「千歌」になり、その頻度が多くなっていく。これは、彼女が甘えたがってるってサインだ。おれはそれに応えるようにこっちからも体重を預けた。
「今までずっと一緒にいた幼なじみと、いつか何かやりたいなーって思ってたんだ。こうやって学校にまで来てくれて、櫂ちゃんも活動してくれる。それだけで嬉しい」
「活動って言うけど、おれは殆ど何にもしてないぞ。むしろ皆の為になってるのかなって思っちまうよ」
「そんなことないよ!」
いつになく真剣な顔でおれを見つめる千歌。
「いつも櫂ちゃんは千歌達が上手く練習出来るようにしてくれてるよね。一通りダンスの練習とかが終われば水を出してくれたり、どこか様子がおかしいって思ったらこっそり話をきいてあげたり。ちゃんと見てるんだからね?」
「千歌……」
千歌はちゃんと見てくれてたんだな。正直な話ダンスとかが得意な訳でもなく歌も上手くもないおれは、皆の役にたっているのかと不安だった。だからせめて皆が効率よく、快適に練習出来るように動いてたつもりだった。それでも彼女達の役にたてているのか不安が拭えなかったから、こうやって見てくれてたという事実がその不安をぬぐい去ってくれた。
「ありがとな、千歌」
千歌の頭を撫でると、嬉しそうな表情をする。なんだか、犬を撫でてるみたいだ。
「へへー♪」
気をよくしたのか、千歌は更に体重をおれに預けてきた。
「なんだ、今日の千歌は妙に甘えたがるな」
「当然だよっ」
頬を膨らませて少し身体を離す。
「最近櫂ちゃん、千歌のこと構ってないでしょ? だから千歌、ちょっと寂しくて……。だからこーやって櫂ちゃん成分を補充してるのだっ」
「はは、何だよそれ」
でも確かに最近あんまり構ってやれなかったもんな。ここはライブ前の充電ってことでたくさんよしよししてやるか。メンバーのコンディション管理は、マネージャーの仕事だから。
「じゃ、思いっきり甘えていいぞ。思いっきり充電して、明日のライブに活かしてくれよ」
「うんっ!」
そう言うと千歌はもっと身体を寄せてきた。こうしてると、昔を思い出すな。果南姉ちゃんの影響を受けてなのか、千歌はよく「ぎゅーってしてっ」って求めてきたっけ。あの頃と違って、千歌はもう女の子の身体をしていることだ。かかる身体の重みに、女の子特有の柔らかさを感じる。
「っ!」
脳裏に淡島ホテルでの千歌に押し倒されたことを思い出した。事故とは言え、身体を重ねてしまったな。そして千歌の身体に、おれが反応してしまった。あのことがあっても尚、千歌はこうしてあの時程ではないとしてもスキンシップを求めている。単に忘れているだけなのか?
「櫂ちゃん? なんかむずかしい顔してるよ?」
考えが表情に出ていたのか、千歌が首を傾げておれを見つめていた。「なんでもない」と頭を撫でてやる。そうだ、これは今までやってきたスキンシップだ。あの頃と、おれとコイツの関係はなんら変わらない。そう無理矢理思うことにした。
「あ、そーだ櫂ちゃんっ!」
何か思いついたのか、千歌はおれから身を離した。
「ライブが終わったらさ、千歌の家に来てよ!」
「千歌の家に? それまたどうして?」
「今まで千歌達のスクールアイドル活動を応援してくれたお礼がしたいの!」
赤い瞳をきらきらと輝かせている千歌を見ると、断れなくて。
「わかった。久々にお邪魔するもの悪くないかもな」
おれの返事に嬉しそうに笑う千歌。
「やったぁ! 約束だよ!」
千歌はおれに向き合って小指をつきだした。おれもそれに応える形で小指をそれに絡ませた。
「ゆびきりげーんまん、うそついたらみかん百個のーますっ、ゆびきった!」
「それマジで拷問じゃねーか!」
「えへへっ」
おれのツッコミに笑う千歌の笑顔は、沈みゆく幻想的な夕日よりも魅力的に感じるのであった。
●●
えへへ、ついに櫂ちゃんを千歌のうちに誘っちゃったのだっ……。でもいつも家で遊んでるかんじみたいになっちゃうかな?ううん、今回は違うんだ。千歌達のために一生懸命頑張ってくれた櫂ちゃんをおもてなしするんだ。うう、後々になって緊張してきたよ……。こんな千歌でも、櫂ちゃんをおもてなし出来るのかなぁ? ううん、出来るかじゃなくて、やるんだ!
だけど、それよりも今は明日のライブに集中しなくちゃ! その為にも、今は櫂ちゃん成分を充電するぞー! 櫂ちゃん、千歌達の輝きを、ちゃんと見ててね!
そのあと、くっつぎすぎで恥ずかしくなっちゃったのは、櫂ちゃんには秘密なのでした。