ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 作:伊崎ハヤテ
「ん、あれは……?」
夕日が沈みかけの校舎。廊下は東側にあるせいか少し薄暗い。そんな中一つの教室の戸が開けられていて、オレンジ色の光が差し込んでくる。
「美術室、か……」
誰かいるのだろうかと気になって中の覗いてみる。
「~♫」
中では梨子がイーゼルにスケッチブックを乗せて絵を描いていた。スケッチの対象は、スニーカーかな? 時折それを見つめてはスケッチブックに視線を戻して鉛筆を走らせる。鼻歌を歌いながら描いてるの所を見ると、楽しそうにやってるのが伺える。夕日を浴びてスケッチをしている梨子は、様になっていた。
中に入ろうとして、足が止まった。
『せんぱいは女の子の扱いがなってないずら!』
ふと花丸ちゃんの言葉が脳裏を過ぎった。そうだな、ここでいきなり入ったらびっくりさせちゃうかもな。おれは開きっぱなしの教室の戸を軽く二回ほど叩いた。
「っ! あ、紫堂くん」
おれを見つけるとぱぁっと表情を輝かせる梨子。それが何だか嬉しくておれの頬も緩んだ。
「ごめん、邪魔だったかな?」
「ううん、大丈夫だよ」
ぽんぽん、と隣の椅子を叩く梨子。あそこに座っていいってことかな。
「じゃあ失礼してっと……」
彼女の許しを得たので、その席に腰を降ろした。
「学校の課題?」
「ううん、練習も終わって暇だなって思ってたからちょっと久々に絵でも描こうかなって思ったの」
視線はスケッチブックに向けながら鉛筆を走らせる。おれはこういう類の良し悪しは解らないけど、素人目で見てもすごく上手なデッサンだと思えた。でも、ライブの告知のチラシのイラストは、梨子は描いてなかった。
「すごく上手じゃんか。どうしてライブのチラシを書かなかったんだ?」
おれの言葉に少しぴくりと身体を揺らす梨子。ちょっと顔を赤らめてこっちを向いた。
「ありがとう。紫堂くんに言われると、すっごく嬉しい。でもなんて言うのかな、あぁ言う感じの告知のイラストと、わたしが描くものはちょっと違うような……」
「あー、言わんとしてることが何となく解るような……」
スクールアイドルのキャピキャピした感じと、今梨子が描いているこれはどう見ても真逆なイメージだ。
梨子は視線を落として苦笑いした。
「やっぱり地味だよね……前の学校では美術部員だし、アイドルとかそういうのにも疎くって……。向いてないのかな?」
「そんなことないと思うぞ。曜だって飛び込みの選手で水泳部と掛け持ちだ。水泳部のスクールアイドルがいるんだ、元美術部のスクールアイドルがいたっていいハズだ」
おれの言葉に梨子はくすくすと笑った。
「何その理論? でも、ありがとう」
「どういたしまして。それに絵だけじゃなくて梨子はピアノも得意だろ? 梨子の作った曲おれは好きだし、向いてないってことはないと思う」
「そ、そう!? ありがとぅ……」
梨子は恥ずかしそうに小さく呟くと視線をスケブに向けた。彼女の反応が可愛らしくておれも何だか照れくさい。そのまま鉛筆が走る音がおれ達の間に流れた。
「……」
「……」
時折梨子の視線がちらりちらりとおれの方へ向いている。描かれるラインもさっきよりもどことなく先鋭さが失われている。
「あ、ごめん。気が散るか? ならおれ出るから――」
「ううん、そんなことないよ! むしろ居て欲しいっていうか……」
互いに沈黙が続いてしまう。何だこの空気。とにかく彼女の気を散らさないようにしなきゃ。
「じゃ、じゃあおれ美術室ぶらぶらしてるから!」
「う、うん!」
こうしておれは美術室に掛けられた作品やら石膏像を見ながら時間を潰した。そうしていると時折梨子からの視線を受けているような気がして。彼女の方を見ると慌てたようにスケッチブックを見つめ直していた。
何度かそんな無言のやり取りをしつつ、使い込まれた机を撫でながら夕日を見て歩いていると。
「っ!!」
突然、左の中指に痛みが走った。左手を見ると、中指から血がにじみ出ていた。撫でていた机に視線を向けると、頭が取れた画鋲が机に打ち込まれていた。恐らくそれにかすってしまったのだろう。鋭くなっていたらしく、どくどくと血が流れている。
「梨子、救急箱ない? ちょっと画鋲で怪我しちった」
「えっ!?」
一目散におれの所へやってくる梨子。おれが指を見せるとはっと息を呑んだ。
「た、たいへん! 早く、消毒しなくちゃ!」
「うん。だから救急箱を――って桜内さん!?」
梨子はおれの手を取ると口を開けておれの指を運び始めた。ちょ、何してんのさ!
「つばぐらい自分で着けられるから! っていうかそうじゃねーし!」
「だ、ダメだよ! もしもその画鋲が錆びてたらバイキン入っちゃうかもしれないし!」
「そ、それこそ自分で出来るって! そもそもそういうのって蛇に噛まれた時の対処法じゃなかったか!?」
「あっ――」
おれの指摘にぴたりと身体の動きを止める梨子。みるみる顔だけでなく、首筋や手先も紅くなっていく。
「わ、わたし、救急箱とってくるね!」 ぴゅーっと逃げるように走り去ってしまった。一人取り残されたおれはさっき梨子が掴んでいた左手をまじまじと見つめた。
「やって、もらえばよかったかな……」
そう言った瞬間、おれの右手は全力でおれの顔面を殴ったのだった。
「はいっ、これでよしっと」
ぱたん、と梨子が救急箱を閉じた。おれは怪我した指を見た。巻かれた絆創膏はキツ過ぎずかつユルすぎず、程良い感じだった。
「ありがとう梨子。上手なんだな」
「そ、そんなことないよ。でもごめんね。怪我させちゃって……」
「梨子が謝ることないさ。逆に考えれば、梨子が怪我しなくて済んだってことになるしな」
「紫堂くん……」
少し潤んだ梨子の目がおれを見つめる。照れくさくてそれが直視出来なくて、話題を変えた。
「所で、デッサンは完成したのか?」
「あっ、うん! お陰様でいいのが描けましたっ」
完成した絵を梨子は見せてくれた。鉛筆一本から生まれた濃淡がスニーカーを形成している。自分の拙い表現では『凄い』という言葉しか浮かばなかった。
「これ、コンクールとか出したら賞とかとれるんじゃないか?」
「わたしなんてまだまだだよ。上には上がいるもん」
「でも、おれは梨子の描いたこれ、好きだなぁ。ん?」
画用紙の隅、関係のない所が黒く塗りつぶされている。これは、なんだ?
「梨子? この黒いのは何?」
質問された梨子ははっと声をあげた。
「な、なんでもないの! なんでも! それよりも、早く帰ろ? そろそろ陽が沈んじゃうし」
それもそうだな。日が落ちたらけっこうこの辺り暗いし。ちょうどいいから彼女を送っていくとしよう。
「じゃあ、下駄箱前で集合ってことで。おれは自分の荷物持っていくから」
「う、うん」
そう言っておれは美術室をあとにするのだった。
●●
「危なかった……」
紫堂くんが去った後の美術室。わたしは隅の塗りつぶされた所を見た。
「消しといてよかったなぁ」
さっき紫堂くんが美術室をぶらぶらしてた時。彼の横顔を見てとっさに『紫堂くん♡』って書いちゃった。直ぐに恥ずかしくなって鉛筆で塗りつぶしちゃった。うう、ホントのこと知ったら紫堂くんどんな顔するかな?
スケッチブックをカバンに戻して、美術室を出た。ここで彼が言った言葉が脳裏を過る。
『梨子の作った曲おれは好きだし、向いてないってことはないと思う』
『逆に考えれば、梨子が怪我しなくて済んだってことになるしな』
『おれは梨子の描いたこれ、好きだなぁ』
「ッ――!」
思い出しただけで胸がドキドキする。紫堂くん、ズルいよ。こんなにわたしをドキドキさせるなんて。いつかこのドキドキを、この気持ちを伝えられる日が来るといいな。
先に玄関で待っていた紫堂くんにわたしは声をかけたのだった。
「お待たせ、紫堂くん!」
書いてる途中でも「あ、これいいんじゃないか」って追加することがあります。今回もそうでした。梨子ちゃん回書いてるとホントに楽しい。サクサク書けちゃいますね。でも贔屓過ぎるのではないかと悩むことも。一番好きだからサクサク浮かんでしまう。是非もないよね。
さて、これで学校でのピックアップ回が全員分終わりました。あとは問題の分岐点の一歩前ルートになります。ついにここまで来れました。ここまでやれたのも読んで下さった皆様のおかげです。これからも自分なりの彼女達の物語を書いていこうと思います!
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