ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 作:伊崎ハヤテ
いやこれ浮気じゃないから。小説を良くするための参考書だから。
51話 改めて二人で登る坂は
「櫂ーっ! 朝だぞーっ!」
白いまどろみの中、明るく元気な声がおれの意識を刺激した。その声にあらがうように身をベッドに寄せる。
「おーきーろーっ!」
声と同時に布団が引きはがされ、外の少し冷たい空気が肌を刺す。
「うおっ」
「いつまで寝てんのさ櫂。そろそろ学校行く時間だよ?」
もうそんな時間なのか。寝ぼけ眼で起こしにきた奴を見る。灰色が混じった様な短髪。少しふわりとしていてどこか女の子さがある、そんなおれの隣の家に住む、幼なじみ。
「曜、おはよう」
おれの朝の挨拶を聞くと嬉しそうに敬礼のポーズをした。
「おはヨーソロー!」
「そういや今日、母さん帰ってきてるんだっけ……」
制服に袖を通し、部屋を出る。おれの母さんはビジネスで世界を転々としてる人だ。親父は漁師の仕事があるから内浦から離れられないし、母さんも仕事を辞める気が無かったからおれは殆ど親父の手で育てられた。
でもだからって母さんのことは嫌いにならないし、偶に帰ってきてはおれを目一杯可愛がってくれるからいいんだ。
居間に出ると曜が台所で母さんと並んで調理していた。台所にはのれんがかかっていて、そっちの様子は見えないが、どうやら楽しげに会話しているようだ。
「それでねおばさん、櫂ったらサンオイルで真っ黒になって迎えに来てね――」
「あらあら、櫂ったら」
曜の奴、母さんに合宿のこと喋ってんな。恥ずかしいから辞めてくれ。おれが居間にいることを知らずに、二人の会話は続く。
「私のことナンパしてた人たちも櫂のこと見ただけで逃げちゃったくらいなんだよ!」
「どれだけ黒かったのかしら。そういえば海に言った割にはぜんぜん日焼けしてなかったし」
「だよねー。私も最初は誰だかわかんなかったよー」
おれはそんな二人の会話を聞きながらトースターにパンをセットした。
「でもね、そんな櫂でも格好良かったよ」
嬉しそうな声で曜が呟いた。
「普段はフザケ合って、軽口たたき合うような関係だけど、いざって時になると私のこと解っててくれて、それがすっごく嬉しくて……」
おれがいないから出来るであろう話。それを聞いておれは照れくさくて、恥ずかしくて。その場から離れようとした時。
「櫂。もう少しでハム焼けるからそこで待ってなさいな」
「えっ!?」
曜が驚きの声を上げて居間に顔を出した。流石母上様、おれの気配に気づいていらっしゃったようで。おっとりとしているようでかなり勘がいいのが母さんの特徴だ。なんだかんだであの親父も母さんには逆らえないでいるからな。
「い、いつから居たの……」
「んー、曜ちゃんが櫂のサンオイルの話をした時からかしら~」
おれの代わりに母さんが答えてくれた。それを聞いた曜は顔を真っ赤にしながらこっちに近づいてきた。
「か、櫂のーー」
チン、とトースターからいい感じに焼き目のついた食パンが射出される。それを曜は掴むと大きく振りかぶってーー
「すけべーっ!!」
おれの顔面へと食パンをブン投げた。焼きたてのパンの熱がおれの顔の肌を焼き尽くしたのだった。
「いやー良い朝だなー! この顔のやけどがなければすがすがしい朝になったんだろうなーっ!」
家を出て曜と並んで学校への道を歩く。曜は申し訳なさそうに俯いている。
「ご、ごめんってば……」
「別に気にしちゃいねーよ。程良い目覚ましにもなったしな」
鼻先をなぞって火傷の程度を再確認する。うん、この程度なら冷たい水で顔洗えばそんなに残るものじゃなさそうだ。
「そう言えば櫂の制服見るの、久々かもね」
曜が隣で嬉しそう笑う。確かに制服に袖を通すのも久々な気がする。
「それ言ったら曜だってそうだろ」
「あはは、それもそうだね」
曜は腰と頭に手を当て、ポーズをとる。
「どう? 似合う?」
「どうも何も、いつもと変わらんだろうが」
おれの言葉に曜は頬を膨らませて抗議の姿勢をとる。
「もーっ、もうちょっと何か言ってよー! それともアレかな? この制服曜ちゃんに見とれて何も言えないのかな?」
口元に手を当て、煽るように笑う。どうしてだろう、こいつに煽られるとどうもその気になってしまう。
おれは彼女に向き直り、微笑みながら自分の中で精一杯の良い声で言葉を紡いだ。
「ああ。あまりに魅力的過ぎて輝いて見えるぜ、曜」
ここまで大げさに言えば「もう、櫂ったら大げさだよー」と言うだろう。
が、おれの予想と反して、曜は顔を朱に染めて俯いた。
「そ、そっか。ありがと……」
その小さな呟きに、妙に彼女を意識してしまって。おれはそっぽを向いてしまった。この空気をなんとかしようと話の種を探していると、曜がその空気を破った。
「あ、あのね櫂……」
曜の声に視線を向けると彼女は頬を掻きながらしどろもどろしていた。
「さ、さっきの話なんだけどね……」
「さっきって言うと?」
「ほ、ほら、おばさんと話してたアレ……」
「あ……」
その言葉を聞いた瞬間、頬が上気した。曜の奴、さっき『格好良かった』って、『嬉しかった』って言ったんだよな……。互いに何と声をかけていいのかわからず、沈黙が訪れる。暫く蝉の声がおれ達の間に響いた後、曜は笑った。
「あ、アレはね! 日頃の息子さんの勇姿をおばさんに教えてただけだし、そもそも櫂が聞くより前は櫂のドジな所言ってたから!」
「そ、そっかー! 仕事で滅多に帰って来れない母さんにおれのこと教えてくれたのかー! ありがとなー!」
慌てて取り繕う曜に合わせる。あの言葉の真意を聞くのを、おれは避けていた。曜と今以上の関係になってしまうのが少し怖くて。だから笑顔を貼り付けて互いに笑いあってしまう。それが情けなくて、曜に申し訳なかった。
「でもよ、勇姿だけならともかくドジな所を教える必要無かったんじゃねえのか?」
おれが軽く睨むと曜はえへへと後頭部に手を置いた。
「だって櫂の色んなとこおばさんに教えたくてさ~。だっておばさん、滅多に家に帰らないじゃん」
「そうだなぁ。ありがとよ」
くしゅ、と曜の頭を撫でる。それを曜は嬉しそうに目を瞑る。
「ライブが終わったら、母さんの土産話でも聞こうぜ。多分それまでは家にいると思うし」
「うん! 楽しみだなー!」
「でも今は――」
足を止め、目の前に佇む校舎をおれ達は見つめる。
「ライブ、成功させようね、櫂」
「あぁ」
おれ達は頷き合うと、校舎へと入っていった。
●●
ごめん櫂、一つだけ嘘ついてた。私はドジな所なんて一つもおばさんには言ってないよ。だって私の目に映る櫂は、いつだってカッコいいから。
私はまだ、櫂に気持ちを伝えていない。そもそも伝えようと決心すら出来てないんだもん。こうやってふざけ合って笑い合えるこの距離が楽しくって、それ以上の関係になるのが少し怖くて。あーあ、我ながら情けないな。
でも、もう少し自分の気持ちに向き合って、伝えるかどうか決めようって思う。待ってくれなくていい、誰かを好きになってもいい。都合がいいと思われるかもしれない。私が覚悟を決めたその時は――、
聞いてくれるよね、櫂?
やっぱり一人に焦点を当てた話はいい。一人だけに注目するから文字数少なくて済むし。
さて、次回は番外編です。1月1日はダイヤさんの誕生日なのでその記念回を書こうかと。彼女とのデートを書くのも楽しみです。
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